2019LOVING文字

~ アウロラカンタータ ~

 

深い絶望や喪失を抱えている時というのは
意識的であれば人生において
最もなる大きな苦しみと言えるでしょう。

 

余りにも大きな絶望や喪失を抱えてしまった時には
身動きできなかったり、声をあげることが出来ないほど
苦しかったりするからです。

 

しかし、それらが転じて、強い望みとなった時には
わたしたちは、最も神聖な核の自己からの
確固たる決意と共に、かつてないレベルで
己を生きることが可能になるのです!

 

時間が過ぎることでしか絶望をしのぐことが出来ず
絶望のまま抱えていることしか出来ない人生の運命から自由になり
今、絶望を確固たる望みに変えて、望みと共に自分を生きる力が身につきます。

 

~ アウロラカンタータ ~

 

新しい真実の自己を生きる際には
今まで制限して抑圧して諦めていた
深層の奥深い新たな願いが沸き起こってきます。

 

本当は自分はどう生きたかったのか
一体、何をしたかったのかが見えてきますが
この時、現時点では叶っていないので
願いが大きければ大きいほど
目の前にそれが無いことに対して
大きな絶望を伴うことになります。

 

人間は、自分でも気がつかない間に
自分自身に対しての制限と不自由を
無意識のうちに自分に与えているものです。

 

何でも自由に選んでいるつもりでも
カルマの影響や過去生の影響
解き放たないと自由になれないということが
後に分かることは、沢山あります。

 

言い換えるならば、
世界の既存定義として君臨していた
『今まで信じ続けられていた伝説』を脱ぎ捨てて自由になったり
『今まで信じ続けられていた伝説』に影響を受けていた
今までの自分の真実を脱ぎ捨てることが出来ることが出来たからこそ
その望みに対して許可が出てきたために
今の望みが見えてきたとも言えるのですが

 

その人の人間としての存在そのものの望み
人間としてここに存在している目的や
生きるということ自体を現すような
本質的な望みであればあるほど
絶望として感じる度合いが強くなり
想像を絶するほどの苦しみを生みます。


程度によっては、声を出せなかったり、身動きが出来なくなることすらあるのです。

 

実のところ、鬱や引きこもりで動けない人たちも
心の奥底で大きな絶望を感じています。
それが一体、何であるかの顕在意識的な自覚があるか無いか
言葉に出来るかどうかの違いだけで
大きな絶望は人間の身体的行動を、完全に止めるような作用があります。

 

絶望はエネルギーの形状として、棒のような塊の形状になっています。
幾つもの絶望がある場合には、棒が何本も立っているような状態です。

 

昨今、多くの人々に
今まで制限して抑圧して諦めていた蓋が
開くことが起こっています。

 

そうすると、その人の人間としての存在そのものの望み
人間としてここに存在している目的や
生きるということ自体を現すような
本質的な望みが現れて来ていますが

 

現在達成出来ていない深い苦しみや
今目の前にない大きな絶望を伴うことになるため
生きることが非常に苦しいと感じる原因そのものとなります。

 

故に、絶望を本当に実行実現できるような
確固たる望みのエネルギーに
転換することが急務なのです。

 

絶望が絶望のままのエネルギー状態である場合
『今、目の前にない』『それを得ることが出来ていない』方を
感じています。

 

アウロラ カンタータは
迷いや葛藤・躊躇いがなく
純粋無垢な形でシンプルに望めるように促し
施術することで、絶望を望みに転換して
絶望を超越していきます。

 

その際に
『何が自分の創造を阻んでいるのか』という原因が見えたり
『自分が何を信じている故に、絶望のままになってしまっているのか』

という信念が見えたり
『自分の創造に関しての無力感がどんな思い込みによって阻まれているのか』

という思い込みが見えて
絶望を絶望のままになってしまっていた要因が気づきとして起こります。

 

何故、出来ないという風に感じてしまっているのか
出来ないと思う余地が一体どこにあるのか。

 

創造を阻んでいるものを見つける視点が生まれ
自分が何を信じているのか、自分が何を望んでいるのか。
確固たる強い望みだけが、確かにある状態になるのです。

 

アウロラは、暁の女神。
カンタータは、合唱。
暗い夜に光を。
大きな絶望に光の歌を。

 

アウロラ カンタータのLOVINGは
アークレジェンド、フリーダムディスティニー、ラブプロテクションと並ぶ
絶望の超越というテーマで、LOVINGの大作と成りました。

 

~ LOVING体験者の声 ~

規約画像2-上アウロラカンタータのLOVING施術を
実際に受けられた方々から頂いた生の声です。
ご感想アンケートを元に集計しました。
多くの方々が効果を実感されています。

1.男性という概念についての質問です。アウロラカンタータは、男性という概念自体を集合無意識レベル、及びその人の過去生から続いている男性の定義を解放することを行っていますが、男性というものがこうであるという定義は受ける前と受けた後では、どのように変化しましたか?(例:男性はずるいと感じることが無くなった、ある程度付き合っていると、自然と男性から離れたくなる衝動が無くなった 等)

 

▶ 以前は、男性はずるいという感情がやはりどこかにあった様に思います。それは薄れた様に感じます。
▶ 男性、女性という性別による先入観のようなものがなくなったように思います。個人に対する感覚のみで、「男性」という集合体に対する感情はなくなったように思います。
▶ 意識の上では引いてしまうとか、近づけない、嫌悪するとかは特に感じたことはなく友人も多い方なんですが、恋愛となると得意な方(興味がある方)ではありませんでした。男女に関して自分が差別的な感情をもっているというより、男性から差別されることへの怒りみたいなものがあったようです。ワークの前日でしたが、急に怒りがこみあげた出来事があり、自分でもなぜそんな反応になり怒りが爆発したのかわからなかったのですが、、相手(3人)も引いてました・・。仲間だと思っていたのに(女だからと)、うらぎられた、ばかにされた、仲間にいれてもらえなかった・・そんな感情がわきあがり、気づくことができました。
▶ ずるい、権力者、女性は服従させられるという意識があったが、薄れたように思う。自然な感じで自分を守れるような気がしている。
▶ 自然と男性から離れることが多く、男性や恋愛にもそこまで興味が湧かなくなってきていましたが、急に男性から大切に愛されたいという気持ちと涙が溢れてきて、驚きでした。
▶ 痴漢やセクハラ等に対しての意識の違いからくる男性 対 女性の図式で意見が対立したり、見ている景色が違うといった事を普段ネットなどで見るにつけ、男性全体に対して憤りを覚える事もありましたがあまり感じなくなりました。もちろん個人個人の認知の歪みの修正は必要であるにしても、認知の歪みを抱えた人達や男性全体に憤るのではなくて、やはり日本にも欧米のように幼児期からきちんとした性教育(性行為がどうとかではなく、男性と女性の体について、自分の体と他人の体について正しく学び、お互いに対してきちんと敬意を払う意識を持つ)が必要なのだなと強く思うにとどまる感じです。
▶ 以前は、男性は支配的、男性の方が権利を持っている、というイメージが心のどこかにあって、自分が下手に出ないといけないように感じたり、いかにも男性らしいタイプの男性に苦手意識を感じていたけれど、今は対等に付き合えるし、その人自身を感じられるようになりました。
▶ まさに、男女平等と言いながら、世の中はまだまだ「男尊女卑」だし!どうにも許せない!と感じていました。受けたあとは「男尊女卑」について考えてみても、そうかなぁ?うーん、そうだっけ?という感じになっているなぁと思います。
▶ ちょうど、一斉ワークが始まる前に有名な俳優の不倫問題が注目を集めていました。そのことで、その俳優(男性)のイメージは、幼い子供の子育てを奥さん一人に任せて、自分は外で遊び歩く、なんてゲスイ男だっ!協力する気はないのかっ!と、批判する気持ちでした。他にもこの俳優について、いろいろと思うところがありました。ところが。。。一斉ワークが終わった後は、なんだか全く気にならなくなりました!そういう人もいる。いろんな課題があるんだろうな。そう思うようになりました。
▶ なんて言葉にしたらいいのかよくわからないんですが、男性に対して、期待しなくなりました。なにかを期待していたものが無くなったようです。一人の人、という感じです。
▶ 男性は、プライドは高いが、かなりデリケートであると感じていましたが、以前と比べて、無くなりつつあります。
▶ あまり男も女も変わらないという感覚が強くなりました。まだ男性はどこかずるいという思いはどこかにいったと思います。どれだけ影響を受けていたのだろうと思った時、その影響力を実感しました。
▶ 男性とは、ずるい生き物で浮気する生き物という概念がほとんど消えた。ずるいというのは、いざというときに逃げる・しらばっくれるといったずるさがあったが今はない。また、必ず浮気すると思っていたが、今は自分が凄く愛されていることに気づいた。
▶ 終わりがある恋愛ならば大丈夫だったのに、結婚など、パートナーシップとなると男性を心から受け入れる事が出来ず、いつでも逃げ出せるポジションや優位に立てる人を選んできましたが、本当に好きな人に寄り添い、自分の中に迎えいれたくなりました。
▶ 男性は自分勝手な生き物、理解し合うことはできないと施術前には思っていた。上から目線だ、とも。施術後に、身近な男性に対する上記のような不満を他の女性と共有する機会があった。話しているとやはり”自分勝手だな”という気持ちは出てくる。理解し合えない、というほどの境界は感じない。
▶ 男性というものは、支配的でコントロールしたがる、という観念を無意識に持っていたのだと気づくことができて、男性に対しての観念がニュートラルになりました。
▶ 男性は怖い、男性には勝てない、といった考えが浮かばなくなった。
▶ 一斉Loving前は、ここ数年は男性をイメージすると自分の等身大のゴキブリ(?)のような虫が、私の真横に絶えず居座っているイメージで怖い、気持ち悪い、吐きそう、殺される前に殺さないと!とか憎い!汚い!と心底不快感・不安を感じていました。受けている期間中徐々に、その虫と私の間に人間らしき姿のものが割って入ってくれて、虫がどこか遠くへ行ってくれるようになりました。依然として虫はいるんですが、虫との距離ができたのでその虫が全てではないと思えるようになっただけでも少し安心しましたし、イメージの中で目に入ると不快感はありますが、人のようなものが間に入って守ってくれている感じになったので「守られている感」がでてきました。有難い存在の登場で、男性に対する感謝の気持ちが湧いたのかな?と受け止めています。
▶ 男尊女卑の男性を立てたり、もてなしたりすることに対して、抵抗があったことに気が付きました。たとえばお酒を注ぐとか、敬うとか、主人と呼ぶこととか、苦手でした。そして、そんな風に思いながらもそんな風に付き合わないといけないものだと無意識で思っていたからか、だんだん疲れてきて、いつも自分から距離を置くようになっていました。男性と居ても安心することなく、一人で生きていかなくては。と今まで強く信じ思って生きてきましたが、その頑なな思い込みが緩んできたように感じます。いつも少しでも深く関わる男性に対しては、拒絶に近い感覚で距離を置いていたように感じます。その謎がこのLOVINGで解けたように感じています。
▶ 施術後は、男性を男の人と捉える前にひとりの人間として認識するようになったと思います。他には、夫は(男)ばっかりズルイ、家事もせず働いていればなんでも許されると思ってズルイ、私が(女)感じていることを感じることなく或いは感じていれども表現することなく、それでいて常に上に立っているように感じるから嫌、等々あらゆる不平不満がありましたが、これらは私が夫をその人だからと見ずに男性だからという曇った視点で彼を観ていた、そして私自身で男尊女卑をしていたことにあやさんの説明で気付かされました。
▶ 受ける前は男性に対し、おぞましい気持ちがふと湧いてしまったり、交際相手でさえ、近寄られると身をかわすこともありました。またシスターの過去世が多かったせいか、元彼や交際中でさえも連絡が来ると、面倒くさい、やっかい、やりたいことができなくなる、という意識もありました。社内の男性と交際したときは、自分から女性の先輩に報告することはできず、相手の男性が同僚や上司に報告し、周りの方たちに受け入れてもらえてほっとしていました。結婚の話が出ると、結婚できないから別れるという選択を取り続けてきました。好きな気持ちはあったので、お願いだから結婚の話はしないでとびくびくしていました。施術して頂いた後は、男性におぞましさや面倒くささというヴェールが消えて、その人自身としてクリアに感じられるようになりました。男性が近くに来ても、緊張感がなくなりました。交際や結婚に対し、相手の男性から「一緒にいる時間が減る」と嫉妬や文句を言われ、やりたいことができなくなるイメージより、応援や協力をしてもらえるような、共に目指していけるようなイメージが広がっています。周囲からも祝福してもらえる明るい光のイメージとなりました。
▶ 夫の話し方が変わりました。だいたい圧力強めで喋る人で、私にも押さえつけるようなエネルギーを含んだ話し方が普通でした。最近はフラットに言葉を伝えてくれます。私も今まで常に対決の姿勢で身構えていたと思うのですが、その必要がなくなりました。

 

2.女性という概念についての質問です。アウロラカンタータは、女性という概念自体を集合無意識レベル、及びその人の過去生から続いている女性の定義を解放することを行っていますが、女性というものがこうであるという定義は受ける前と受けた後では、どのように変化しましたか?(例:女性は面倒くさいという定義がなくなった、 女性はいやらしい等)

 

▶ いやらしい女性に対して、どうしてそうなれるのか理解できなかったのですが女性に対してフラットな感じになった気がします。
▶ めんどうくさい人たち、いやらしい、きたないという思いがあったが、これも薄れてきている。
▶ 女性の定義にも反感があるのか、またはその「差」が気になるのかわかりませんが、女性らしくいたい、女性としてみられたいなどの感情があまりなかったようです。「差」がいやだったのかもしれません。
▶ 女性に対しても、男性同様に、「女は、、」という特別な感情がなくなったように思います。また、つい昨日のことですが、女性の後輩(部下)から会社を辞めたいという話を聞きました。彼女には、リーダーシップもあり、スキルもある人なのに、自信が持てず、自分は3番目、4番目のポジションが気楽でよい、今の立場(拠点のトップ)は気が重い、、、というものでした。以前なら、同じような年齢の女性で長く働いてきているのだから、がんばってほしい、がんばれるはずだ!と、歯がゆく感じたのではないかと思うのですが、昨日は、ただ、彼女がどう感じているのかを(特に感情なく)聞いていました。個々を尊重するような感覚のように思います。
▶ 以前は女性の集団が陰湿で面倒臭い感じがしてとっても苦手でした。それが少し緩和されたかな?感じます。
▶ 女性に対して、自分に対して、「ずる賢い」「面倒くさい」イメージがありました。受ける前にはとても面倒くさくて好きになれない女性と、受けた後にメッセージのやり取りをする事があったのですが…可愛いなぁと感じる自分がいて驚きました。
▶ 女性の中にいると優劣をつけられるように感じ、女性としての自分には魅力がないと感じていたけれど、今は自分の個性に自信が持てるようになりました。自分のなかにもあった他人に優劣をつける癖もなくなりました。
▶ 女性はか弱く貞淑でなくてはならず、またそうでない女性は男性からは見向きもされないもの、たとえ嫌でも肉体で性的さを押し出す事をしないと見向きさえして貰えないもの、性的な部分に対して何らかの反応があるという事が女として認められる事でそこに大きな価値があるような感覚と同時に、そこから外れている自分には女としての価値がないような気もしていましたが、今は特にありません。
▶ 女性は虐げられる存在、立場が弱い。女性らしさを前面に出すようなタイプの人は苦手、女を使って得をするような事への嫌悪感。施術後、”女性”男性”はあくまでも、性の質の違い、という感覚。そこに大きな隔たりや格差は感じない。今までは無意識に男性の方が上、大きい、と思っていた気がする。
▶ 女性であること、男性に愛されるには弱くなければ、または母親の様に何でも出来なければと、相手次第で演じて途中で苦しくなってしまってました。今は弱くて強くて天真爛漫でクールで無限大に広がる自分を演じる事なく表現し始めています。自分を愛し、愛される永遠に続くストーリーが楽しみで嬉しくて♡
▶ 女性は、影でコソコソするもの。集団でないと生きていけない。群れたがるもの。私には側室だった過去世や性奴隷だった過去もあります。ライバルの蹴落とし合い、陰湿ないじめ、男性を得るために何でもアリの世界… 私は今世で集団で愚痴を言っている女性が嫌いでした。性に対する穢らわしさは軽減したように感じます。集団でいるのは、女性として自分を守るため、また、愚痴を言うことで団結力を増しているのかなぁとも思いますが、よく分かりません。もう少しよく内省してみる必要があります。
▶ 実は女性はすごく面倒だと思い込んでいました。もちろん、そうでない人もいますが、私も女性ですが、理解できないところがありました。自分の中の性的な部分をどこか拒絶していたため、男性と深い関係を築くことができませんでした。男性という概念に比べると、女性という概念により深い拒絶があって、まだ少し残っている感覚は否めないのですが、このワークを受ける前が思い出せないのです。どれだけ、影響を受けていたのかと実感しました。
▶ 女性は、図太いという感じがありましたが、徐々に減っていきました。
▶ 女性は面倒だ、とは思わなくなった感じがあります。わたしも女性ですが、女性が苦手でした。苦手意識が無くなった感じです。でも、苦手意識を感じるときがあります、その人の中にある自分自身の受け入れられない部分を感じているときだな、と思いました。
▶ 女性と言えば、その太古の昔には、女神のように尊い存在だった時もあるかもですが、長い歴史の中で、男尊女卑の待遇にあった、女性は虐げられてきた、力で征服されてきた、そのような思いがありました。また、女性同士では、いつも何かしらどこかでイライラ(家庭の忙しさ、育児の大変さ、その他日常のイライラ)を抱えていて、いつもどこか、それを身にまとって、振りまいている、そんなイメージがありました。男尊女卑については、はっきりとこんな感じに変わったというところまでまだ落とし込めていないのですが、女性のパワーについて、何かどこかで希望を感じているかな、と思います。女性同士については、一斉ワーク後、不思議と笑顔で話しかけてくれる人(女性)が増えてるな、あ、みんな、そんな時は本当の笑顔だ!ということに気づきました。いつもイライラしているのではなく、はっと笑顔になっている時がある。心がぱっと輝く瞬間、喜びが花開いている、女性同士の笑顔の交流はうれしいものだと気づきました。
▶ 自分も女性なのに、女性は男性にある程度支配されても仕方ない、というような、男尊女卑を受け入れてしまう感覚があったのだと気づきました。今までは、パートナーシップにおいて、いつも相手を立てようとしていましたが、それをしなくていいのだと思えるようになりました。
▶ 女性は男性より弱い存在だと思わなくなったので、どんな場面でも男性と対等だと思うようになっていた。
▶ 女性は、本当は腹の中では私のことを非難否定したり批判したり蔑んだり裏切ったりしているんだろうという気持ちがありました。女性に対する不信感が強かったです。女性は、本当は敵、本当はずる賢い、本当は信じちゃダメ、本当は嫌な奴、と思っていました。正直、私が好感を持っていて素敵だなと思う方々にさえ、そう思っている節があったと思います。受けた後は、例えば直接的に嫌なことを言ってきたりした女性の方を思い出しても「女性だからああいうこと言ったのね」ではなく、ただただその人個人の発言でだったように思えますし、それに反応する私個人の課題であると思えます。「女性だから」ではなく、もっとニュートラルにみれる気がしますし、「女性とは」という枠組みを設ける必要がないので私自身を「女性なのに・・・」と批判する私も意味をなさなくなりました。
▶ あらためて考えると、女性は表と裏があってめんどくさいと思っていました。今関わらせていただいている友人はそんなことのない人たちが多くて楽なのですが、集団や組織に入った時のネチネチ感が嫌悪レベルで苦手です。その裏の姿を隠しながら、表向きの姿を見るとぞっとし、気持ち悪い。と思っていました。男性に媚びを売る女性にも吐き気がしてましたが、施術を受けた後は、別にどうでもいいか。くらいの気持ちで感情を動かされず客観的になることができているように感じます。
▶ 女性というと、ひそひそ話、噂話、陰口などのイメージに、恐さをもっていましたが、しなやかでやわらかな温かい母性とか、その人自身が感じられます。力を抜いていられるような、ゆるめた感じがします。
▶ 女性は面倒くさいと思わなくなったように感じています。女性という定義以前にまずその人と捉えるようになったので女性という固定概念を通して女性を感じなくなったように思えます。
▶ 義母の態度が変わったと思います。力のない弱い立場でも、口先と女性的な魅力で、自分の思い通りに誰でもコントロールができるように思っている人に見えていました。しかし、最近は私の文句混じりの発言を素直に聞いてくれることが増えました。ずっと、表と裏の顔が正反対で裏側で恐ろしいことを平気でする女性のイメージでした。私は義母の処世術だったのだろうと諦めていましたが、裏心を感じない素直さに接することができストレスが減りました。

 

3.セクシャルについての質問です。アウロラカンタータを受けることによって、セクシャルに関する概念はどのように変化しましたか?具体例も教えて下さい。(例:セクシャルな事を感じると、やましさや背徳感が何処かでよぎっていたが、崇高で美しいものではないかと思えるようになった、セクシャルに関しては恥ずかしくいかがわしいことであった為、人前で話すことができなかったけれど、ネガティブな感情がなくなり人前でも話せるようになった。等)

 

▶ 性の話を人前でする事にはまだ抵抗がありますが、人前で女性らしい服装をすることへの抵抗が薄れ、もっと女性らしさを楽しみたいと思う様になりました。
▶ セクシャルに対しては、「秘め事」のような感覚が薄らいだように思います。なんとなく、めんどくさい感じがありましたが、今は、そんなにめんどくさくもないかも、、という感覚はあります。
▶ 性に対していやらしいイメージというより、男女のコミュニケーションのようなイメージに変わりました。
▶ 頭ではそうではないとわかっているものの、性的なものに対してうしろめたさのようなものがあり、性的な話や関連のある話をする時に身構える癖がありましたが今はないように思います。
▶ ピュアな人とセクシャルなイメージが結びつくことがなかったけれど、誰の中にもあるとても大切なものというイメージに変わりました。
▶ 自分の性に対する考えが、理解されず否定されたり誤解されたりが多く、話すと面倒くさいと…と思う気持ちが強かったです。どうせ否定される。どうせ誤解されると。が、受けたあとは自分の思う考えを自然に話せるようになりました。
▶ 私は貧乳なので、実は巨乳の方への憧れがあります。巨乳のグラビアアイドルは思わず見てしまいますし、一般の方でも、巨乳いいなぁ、うらやましいなぁ、と思ってしまいます。以前はバストに興味を持っている自分は、実は男なのではないか?いわゆる、そういう資質なのだろうか?とか、もしかして女性が好きなのだろうか?とか、疑ってみたりすることもあったのですが、ただ巨乳への憧れだな、と。巨乳であることは、昔の西洋絵画や彫刻にあるように、やはり女性であることの象徴、女性らしさ、母性、女性である価値にすら感じていたのだと思います。いいなぁ、と思う憧れの気持ちは、まぁ、ないものねだりですが、それもまたそれでいいや、と思っています。いいものをいいと、認められる心も大切だと思うようになりました。また、いろいろ理由はあるのですが、だんなさんとハグですら、やめとこ、って思う時が多々あったのですが、今はハグしようと思う時に、ハグできるようになりました。これも大きな変化だと感じています。
▶ 性の対象にされる感じが無くなったような感じもあります。父親からの目が、性の対象として見られているんじゃないかという感覚がたびたびありましたが、いまは感じなくなりました。(特に昔なにかされたわけじゃないです。)父親への嫌悪感が消えました。施術の3日間、吐き気みたいな気持ち悪さがたびたびありました。いっぱい抱えてたんだな~と思いました。
▶ 人前でイチャイチャする人を見て、「公衆の場で」と思っていましたが、何も気にならなくなりました。また、セクシャルな話しに対して、恥じらいを感じることが徐々に減っていきました。セクシャルに関して、本当に愛する人と結ばれる事は、とても素晴らしく、私達の願いでもあると感じました。
▶ このワークを受けてから、某タレントのインスタグラムや写真を見た時に、すごくきれいと思いました。また、ネガティブな感情については、それほど感じていませんでしたが、愛する男性とのセクシャルな行為が、すごく愛おしく感じました。
▶ 彼と付き合っている事は他の人には誰にも言っておらず、言わないのが当たり前だと思っていた。また、彼も私との関係を誰にも知られたくないのだと思っていた。でも、今はオープンな関係でありたいし、地元でも堂々としていたい。聞かれても隠し続けていたが、言ってもいいと思えるようになった。また、結婚願望も出てきた。元々、人前で手を繋いだりすることには抵抗はなかった。人がいちゃいちゃしていても気にならなかった。今はもっと気にならないし、手を繋ぐことがより平気だ。
▶ SEXは男性を喜ばす為のもの。自分を守る武器と考えていました。女性性の喜びを感じる余裕はなく役割に一生懸命でした。そして草臥れて終わりにする。1人になるとほっとする、、繰り返してきました。今、初めて彼に触れたい、彼を感じたい、一つになりたい、女性としての喜びを感じたい、そお、子宮が叫んでいます。
▶ 元々あまり背徳感や罪悪感などを持ってはいなかったと思うが…施術後は更に、どちらかというとカラッとした明るい印象になっている。実際に人前でも話題にできるかどうかは、その場面にならないとわからない。ということは、まだ”秘め事”の刷り込みがあるのかも。
▶ 好きな人とキスをしたり触れ合うことが尊く美しいものだと思うようになった。そういうことをする時は自分の内側を曝け出すことだと思っていたので好きな人の前との行為でも抵抗が強かったけど、触れ合うことをどんどんしたいと思うようになった。
▶ 性に対しては、どこかやましいもの、隠しておくもの、自分からそれを求めることは恥ですらであり、好んではいけないものという感覚がありました。また、セックスの時に、男性が主導権を握ることも当たり前と思っていたので、自分の要望を伝えることもありませんでした。今、パートナーはいないので、具体的な変化はまだわかりませんが、性はとても自然なもので、恥じるようなものではないのだと思えます。
▶ 正直、人前でセクシャルの話をすることが期間中~後なかったので答えが的外れになってしまいそうです。受ける前も、一応表面上はセクシュアルなお話もすることは大丈夫でしたし、セクシュアルな話題はとても大切なものであると意識してきました。ただ、本当は自分の中の下心といいますか、異性に対する好意の中に男として女として性的に惹かれる感覚を非常にやましく罪深く思い恥じてきました。だから、好きになってはいけないし、好きなんて思ったら失礼だし気持ち悪いし私は変態なのか?!と自分を罪人のように強く責めていましたし、そんな想い(好意)は本物ではない!!と思っていました。でも、受けた後の現在は、セクシュアルな魅力を誰かに「ただ感じること」は決して恥ではないし、悪ではないと少しずつ思えるようになりました。私って人間だもんなぁ・・・という納得が起こりました。私はセクシュアルなことを頭でばかり考えていて、自分の身体で何も感じてなかったのかなとも思っています。自分の身体に対する神聖性みたいなものが芽生えた気がします。
▶ 性的な話は口にすることも聞くこともどうも苦手ですが、あまり変化がないようです。変化があった気がするのは、年頃の子達の性的な成長に対して(性のことばかり話している、とか・・・。)、苦手意識というか、なんとなくいやな印象がありましたが、それはそういう年頃で、性的な成長も自然なことだよな、というふうに捉えられるようになった気がします。そういえば、私は手をつなぐことが大好きだったのに、いつの間にか、触れること触れられることも苦手になってしまいました。私はもうだめだから(お産や病気で体がボロボロになってしまった、とか・・・。コンプレックスやおそれや完璧主義があるのだと思います。)、と自分で自分の心にフタをしてしまったのかもしれません。そんなことをふと思いました。年頃の子達のはじけるような美しさは、それはそれでよくて、そうでなくなっていく自分もそれはそれでいいのではないか、その時なりのしあわせがあるのかも、という気がしました。そして、誰だって、愛したい愛されたいよな、とふと思いました。
▶ セクシャルに対しての変化は、女性性を大切にしようと周りに伝えてもいいかな。と思えるようになったことのように思います。たとえば、デリケートゾーンの石鹸や、生理用品など、女性の身体はもちろんのこと地球環境にも配慮した商品を女性にお伝えし、自分をないがしろにせず性を大切にしようと伝えたいと思うようになったことや、女性の美しさに関して、あまり自分で伝えることに興味はなかったのですが、自分をケアし、自然にも優しい化粧品などを使うことで自分自身をもっと労わろう、と女性に発信していってもいいかな、といった意識の変化がありました。
▶ 変化したかどうかがはっきりと分からない(分かりたくない⁉︎)のが現状です。以前からオープンな方で会話もスキンシップも人前でのキスも全く平気なのですが、相手がどう感じるか、どう感じているのかの方に気持ちがいき気にするあまり止めてしまうということがあります。直感でそうしいているのか妄想で迷走しているかのどちらかなのですが、特に日本にいる時と対日本人の時がそうです。私の場合はどうしても女性であることと自分自身に対する無価値感を強く感じてします。私は女として男性を魅了しなければならない!男性から好かれない私には価値がない、セックスを求められない私には価値がない、女として求められない私は価値がない、相手が気持ちよく感じないのは女の私のせいだしそれを与えられない私は十分でないし価値がない、女として若く綺麗でなければ価値がない、若い方がいいにきまってるし若くなく年取ったオバさんには価値がない、オバさんになったらもうおしまい、オバさんは求められないし、もう生きる価値がない、だから今わたしには価値がない等々…書いていて気づいたのですが、これらは私が持っている女性と男性に対しての偏った見方をしているだけなのですよね。では、どう変化したかは、、、そんなにセックスに重きをおかなくてもいいよね、もうそんなこだわりはいいよ!私は私を安心して受け入れていけばいいし受け入れられる存在だとも受け入れていけばいいんだよ!と思える、思いたい、、、というのが今現在認識できていることです。
▶ 受ける前は、脱衣場のドアをノックをしない父に、ドアを開けられないようにと(過去3回開けられたので)、守る意識が強くありましたが、強く守る意識が大分緩み、まぁいいかと、ドアを開けられること、裸を見られることに恐怖を抱かなくなりました。性に関するやましさ、嫌悪感から、男性との交際中や生理前、映画の中などの性的なシーンの後、また性のセミナー、ワークショップ、今回の一斉LOVING前にも、膀胱炎になっていました。これまで何度も解放して頂いて、お陰さまでその都度よくなっていましたので、今回は見送ろうと思っていたらまた発症し、やはり私に必要で、新たなパートナーに出逢う前に、本当に解放されるんだと、確信めいて申込みさせていただきました。日程がずれたお陰で申し込みができ、本当にありがたかったです。おかげさまで、膀胱炎もよくなりました。もう一回受けさせて頂けることで、トイレの回数も減っていくと思います。一時は生理前に毎月繰り返していた膀胱炎スパイラルから抜けられること、本当にありがたいです。いつもありがとうございます。性へのイメージも、明るくなって、隠すような恥ずかしさややましい感じではなく、他者のお話を聞いても、ほほえましく感じました。俳優さんの不倫話も、男性にすごく怒りや嫌悪感が湧いていたのが、執着が薄らいで、まあそういうこともあるんだなと、ゆるんだ気もします。
▶ 義母が自分のおシモ(下半身)の世話を上手く出来ていないことを夫が最近非常に気にしていました。病院で目にした尿もれパッドを使わせたいと私に言ってきました。衛生的に入れ歯を外すまでもかなり手こずった人でしたので、プライドが高く隠ぺい体質の人にデリケートな面の話題は非常に気が重く感じておりましたが、夫の思い切った言動に勇気が湧きました。尿もれパッドの利用を促してみようと思います。

 

4.過去に付き合った人への感情の変化についての質問です。受ける前と受けた後では、過去付き合った人たちに感じることは、どのように変化しましたか?(例:思い出したくない気持ちが強かったが、そんなこともあったなとニュートラルに感じられた。過去に付き合った人が怖かったけれど、普通の人に感じるようになった 等)

 

▶ 過去に付き合ったひとはエネルギー強く、恐かったですが今は時間がたったせいか興味が薄れて何が良かったんだろう?という感じがしました。確認のためネットで過去の人の情報がでてきてみていたら、さらに立派な人になっていたのでまた会ったら怖く感じてしまうのかもと自信のない自分と比べてしまう部分もありました。
▶ さっぱり感情がなくなっているのにすごく驚いています。あれほど愛していた人の事をもう何とも思わないなんて。
▶ 過去のことが記憶に残る方ではないのですが、逆に消し去ってるところもあるのかもしれないですが、どちらかというと私が続かなかった感なのでさっぱりしています。
▶ 過去に付き合った人に対しては、何も感じません。。。 そんな人もいたかなぁ・・・くらいで、もしかしたら、今会ったらイヤかもしれないなぁ・・・とか思います。でも、今現在絶対に会いたくない!と思うわけではなく、会っていない今は、特に何も感じられず、非常にニュートラルです。
▶ 以前は悲しくなったり怒りが残っていた様に思いますが、それが少し緩和されたかな?と感じます。
▶ 過去の男性がしてきてくれたことを、それは愛じゃない!と決めつけていました。男らしくない!女みたいだ!とか。わたしの方が男前だ!とも。でも、すごくたくさんの優しさやと努力と行動と、いっぱい愛をくれていたんだなぁと過去に対する気持ちが変わりました。
▶ どうしても男性のセクシャルな側面を見ることに、その人の闇を見てしまうような怖さがあったり、純粋で心の優しい男性のなかにセクシャルな側面があることを受け入れられず、心ではずっと一緒にいたいと求めていても、深いお付き合いに発展していくことにいつも恐れを感じていたけれど、自分が性のイメージに対して過去世からの問題を抱えていただけなんだと自覚できました。
▶ 全員ではないですが、基本的に自分が何かしらの被害者という感覚で別れているため、当時を思い出すと『あんな事をやられた』『こういう事もやられた』『あれはハラスメントだった』と思い出し怒りのようなものがありましたが、怒りまでは沸かなくなりました。
▶ 過去に付き合った人に対しては、施術前もネガティブな思いはほぼなくなっていたので、『パートナーシップ』についての違い。自分は本当のパートナーを得ることはできない、頑張らないとパートナーは得られない、裏切られる不安、ありのままの自分では認めて(愛して)もらえない。施術後は”手に入らない”などの不平等感はない。幸せなパートナーシップのイメージを普通に描ける。自分は本当にそれを求めているのか?よくわからない状態でもある。
▶ 過去の彼達、皆さん愛と感謝しかないです。色々な残念な恋愛があったから本当の私になれた今がある。さようなら、ありがとう!
▶ 過去のDVや、浮気されたこと、冷たくされたことを思い出すとすごく嫌で、怒りや悲しみが出てきていたが、今は思い出しても不思議なくらいニュートラルな状態である。
▶ どうにもならなくて、好きだけど大嫌い(というか拒絶)という人が過去にいて、憎しみに近い思いもあったと思います。それが、あ~そんなこともあったっけ?というレベルまでになりました。話そうとは思わないけど、ありがとうございましたという気持ちです。
▶ 不倫恋愛でしたが、勝手、気ままと感じていましたが、今は、「あ〜、付き合ってたんだ」と特に何も思わなくなりました。
▶ そんな人いたかな?…。という感じになりました。過去付き合った男性がどうでもよくなりました。もうしばらくしたら、だいたい忘れるんじゃないかという勢いです。顔があまり思い出せなくなりました。
▶ 過去にお付き合いした方は、やはり自分の男性へのイメージを演じてくれる人と勝手に思っていた気がします。その人自身を見ていた訳ではないので、やはり自分の男性イメージからはずれたことをされると、イメージダウンだし、がっかりだし、こういう時はこうでしょ!というのを押し付けていた気がします。今は、あ、ああいう時は、あの人だって、孤独だったし、怖いことだってあったし、後ろ向きで、ネガティブにもなったし、助けも必要だったろうな、と思えるようになりました。今はきっとそれぞれの人生を生きているだろうから、思い出したこの瞬間、感謝して、その方の幸せをお祈りして、あらためて終わりたいな、と思っています。
▶ 男性は支配的であるという、私の無意識のフィルター越しにしか、元夫を見ていなかったと気づけたことで、うまくいかなかった結婚が、本当の意味で共同創造だったのだと、深いレベルで腑に落ち、更なる癒しが起こったのを感じています。
▶ なんでこんなに忘れられないのかと不思議だった元彼に対して、特別何も思わなくなった。傷付いた経験も、そんな事があったなと思うくらいで無意識に思い出すことがなくなった。
▶ 過去に付き合った方に対しても、好きな方に対しても、いつもそうですがとても怖いんです。私を抑圧しまくらないと一緒に居られないといいますか、「この人は私を見捨てる、拒絶する、傷つける、裏切る、心も体もボコボコに殴られていずれ私を殺す。でも、好きだから私は私を抑え込まないと!」と心のどこかで信じていて非常に怖かったしいつも苦しかったです。でも、みんな、その人それぞれ別々の人で性格で、別々の趣味趣向、人生観があって、私に対する行動や扱いも別々でした。その人たちそのものと向き合えてなかったなと思っています。愛し方もそれぞれで、「男の人だからこう愛する」とか要らなかったんだな・・・と思えます。
▶ ワークが始まる少し前から、離婚した元ダンナさんとのいろいろなことがふと思い出されました。ワーク期間がちょうど子供の誕生日と重なり、お産した頃のことなど、印象的なことを思いだしました。元ダンナさんのことを思い出すのはちょっと居心地がよくない気もしましたが・・・、彼との間にも、楽しいとき、しあわせなときがあったこと、彼の良いところや優しさを感じられました。
▶ 過去に付き合った人への感情の変化は、嫌悪感が減っています。彼(ら)なりにやさしくしてくれていたことに気付けました。元夫が再婚し、幸せそうにしています。良かったね。と思えます。男性は自分勝手だとか、自分の望むように女性に動いて欲しい生きものなのかと思っていましたが、そうでもないのかもしれないと感じるようになりました。もらっている愛に私は全然気が付けていなかったし、受け取らずに拒否してきたのだと、何となく感じます。受け取ったら張りつめて自分を維持してきたものが壊れそうで怖かったのかもしれません。
▶ 施術前に元彼から「元気かなあ」とショートメールがあり、しつこいなぁとか、嫌悪感を感じていましたが、ヴェールが外れて、嫌な感じが消えました。返信しませんでしたが、ああ、寂しいのかなと、ニュートラルにその人自身が見えてきました。
▶ 過去に付き合った人に対して、あの時はありがとう、元気にしてるかなーと心揺れることなく悲しかったり苦い思いのような複雑な感情がわきあがってくることなく相手の顔を思い浮かべられますし私自身優しくなれホッとゆるみます。
▶ 感想を書くために、色々と考えていたら、私は性役割分担の意識が強かったことに気づきました。男性は経済力、女性は家事という分担です。過去に付き合った人には経済力が足りないだろうという視点の判断が大きくありました。今は純粋にありがとうという感謝の思いだけになりました。

規約画像2-下

~アウロラカンタータ 期待される効果~

・大きな絶望、深い絶望を絶望のままでなく、確固たる強い望みに転じるように促します
・絶望のままのエネルギー状態を転じて、確固たる強い望みに変えエネルギーレベルで絶望を超越します
・何故、絶望の状態のままになっていたのか、その理由がわかり、望みを実現するアイディアが湧いてきます
・『何が自分の創造を阻んでいるのか』という原因が見えてきます
・『自分が何を信じている故に、絶望のままになってしまっているのか』という信念が見えてきます
・『自分の創造に関しての無力感がどんな思い込みによって阻まれているのか』という思い込みが見えてきます
・人間としてここに存在している目的を達成するにはどうしたらいいかが見えてきます
・新しく見えてきた望みに対して、この人生で叶えてみようという意欲が湧きます
・自分にとって最も重要なことは何であるかに対して自覚できるようになってきます
・深層にある無自覚な絶望にも働きかけるため、無気力、無力感が解消されて生きやすくなります
・絶望という非常に重々しいエネルギーが解放され、自分という存在を生きることの強さが漲ってきます
・過去に封印していた絶望が解放された場合には、大きな癒しと許しが起こり自分を労うことが出来ます
・完全に停滞していた状態から、前に進んでいく意識が芽生えます
・封印していた絶望が解放され絶望していたことに気づくことが出来ます
・抑圧していたり、諦めていた本当の望みがわかるようになります
・絶望の状態から、望むことが出来る状態に変化します
・自分にとっての新しい真実がわかるようになります
・根底の存在に関わる絶望が転じた場合には、自分自身が何者か思い出すことが起こります
・根底の自分という存在に関わる絶望が転じた場合には、自分そのものを生きられるようになります
・自分の中にある奥深い望みを発見し、望む現実を創造していこうと思えます
・根底の自分という存在に関わる絶望が転じた場合には、自分の存在意義を感じられるようになります
・今まで無意識のうちに諦めてしまっていたことに気付けて、それに着手しようと思えるようになります
・蓋をしていた過去の絶望が転じた場合には、これほど絶望していたんだという気付きと癒しが起こります

~このような方に特にオススメです~

・生きている中で絶望を感じるような出来事が起こった方
・存在意義に関わるような深い絶望を感じている方
・人間であることに対しての絶望を抱えている方
・生きていくことに対しての絶望を感じている方
・自分という存在定義に大きな変化を感じている方
・今までの自分を超越したい方
・無気力、無関心を感じている方
・魂の誓願を生きたい方
・スピリットの望みを達成したい方
・無意識のうちに過去に本当にしたいことを諦めてしまったことがある方
・過去に絶望を感じたことがある方
・日々の生活において塞ぎ込みがちな方
・望みをポジティブに抱くことが出来ないでいる方
・世界に空虚感や理由のない虚しさを感じている方
・理由のない苦しさを感じて未だ自分を生きれていないと感じる方 
・過去に絶望してしまった経験がある方
・前向きに生きようとしてきて絶望を押し殺してきた方
・今までと願いの質や深さが変わってきたと感じている方
・自分らしく生きたいと思っている方
・自分の本当の望みを見出したい方
・自らの望みに矛盾や葛藤を感じる方
・自分が本当にやりたいことを、どのように叶えていったらよいか分からない方
・自分の奥深い望みを知りたい方

アウロラカンタータ講習

アウロラカンタータの施術を
ご本人と二親等の家族に対して
施術ができるようになる講習です

~ アウロラカンタータ講習の概要 ~

1.アウロラカンタータ施術
(施術者の方が、ご自身で出来るようになる部分です)

アウロラカンタータの施術がご自身で出来るようになります。
施術は無制限に幾らでも、ご自身と二親等のご家族に
行っていただくことができます。

 

エネルギーを取り扱ったことがない方でも
事前に必須講習である、ラブプロテクション講習を
お受けになられてから、他の講習を受ける流れになりますので
確実にエネルギーを取り扱えるようになります。

 

すべての受講者が、確実にアウロラカンタータのエネルギーが取り扱えるように
アウロラカンタータを伝授して、取り扱い方を指導しますので
施術できるかどうかの不安は無用です。

*講 習 代 金 132,000円
*事前LOVING開発準備ワーク 4日間
*講 習 時 間 90分(人数によっては時間が多少伸びることがあります)
*受 講 資 格 特にありません。どの方でもお受けいただくことが可能です。
(プロとして第三者に提供をされたい方は、別途LOVINGプロヒーラー講習、
またはアセンションライトワーカー覚醒プログラムをお受けください。)

【 銀行振込をご希望の方 】

 

【 クレジットカード支払いをご希望の方 】

アウロラカンタータ遠隔施術

アウロラカンタータの遠隔施術を

平野あや本人から受けられたい場合は

LOVING完全遠隔施術~Neoコース~にて提供しています。

        【LOVING完全遠隔施術 Neoコース】

 

《銀行振込をご希望の方》
https://business.form-mailer.jp/fms/235c4462120950

《クレジットカード支払いをご希望の方》
https://business.form-mailer.jp/fms/07efb493120951

 

 

*以上の文章の著作権は、Freedom Destinyに帰属します。こちらの内容を一部引用でも転載する場合は、必ずFreedom DestinyのHPリンクを貼り、引用部分、引用元を明記してください。


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