【一人の人に求め過ぎない】

パートナーにおいて
一人の人に理解を求め過ぎない
というスタンスは重要だと思います。

自分の全てを理解出来る人はいないのです。

この部分においては、共通するというのが
それぞれに存在しているのであって
自分の全てを理解出来る人は
自分以外いません。

その真実から、目を背けずにいることで
幻想を追い求めなくなります。

どんな人であっても光も闇もあり
どんな付き合い方であっても
光も闇もあるのですから

そこに発生する闇も抱きかかえる事です。
その上で、思いやりを持って
お互いに思いを伝え合って
改善したり、向上していけば良いのです。

問題が起こる時というのは
そもそも、自分が望んだその場所に
発生しうる闇を抱きかかえきって
いないために生じます。

闇を抱きかかえきった時
目の前の世界は破壊されません。
闇を抱きかかえられなかった時のみ
目の前の世界は崩壊します。

抱きかかえきった時には
闇は、愛に帰還するのです。

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【魚の骨】

息子と二人きりで、ゆっくり温泉に来ています。
朝ご飯の時に、鯵の焼き魚を食べていると
「お母さんは、魚を上手に食べるのだけは
特技だね。」と言われました。

「他に、お母さんの特技って、なんかある?」
と戯けて聞いたら、笑って、無い。と
きっぱり言われました。

ホッとする瞬間。
彼にとっては、わたしは、普通のお母さんで
特殊能力とか、求められていない。
彼は、わたしの能力では無く、純粋にわたしを
求めて愛してくれているのを感じる。

夫もそう。
ありのままのただのわたしを愛してくれている。
ティーチャーでは無く、ひとりの人間として
接してくれている。

そうした、家族と触れ合えるから
わたしは、もっと、自分の能力を出す事を恐れず
能力を求められる場面において、虚しさを感じずに
自分を表現してみようと思えるのです。

今年、これから行っていく試みは
夫無しでは、出来なかった。
彼が居なければ、ティーチャーとしての
わたしだけを世界に求められる虚しさを抱えて
立ち竦んでいたに違いない。

ただのわたしとして、愛される度に
もっと、わたしは強くなれる。
人は、愛されることによってしか
本当には強くなれない。

わたしの行なっていることもそう。
色々なことを行なっているように見えますが
いつもいつも、目の前の人を
ただ、ひたすら、愛することによって
そのひとの幸せを願っているだけなのです。

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【役割におけるそれぞれの資質】

役割によって、どんな資質が
重要かは異なります。

野球などのスポーツにおいても
1、プレーヤーとして
2、コーチとして
3、監督として

これらの資質において
重要なものは、異なります。

プレーヤーは、自分が技を磨く事が重要です。
例えるなら、エネルギーワーカーやライトワーカー。

コーチは、他者の技術が上がる事をサポートしたり
教えたりする、教える技術が重要です。
例えるなら、スーパーバイザー、スピリチュアルティーチャー。

監督は、どんな資質を各々のプレーヤーが
持っているかを見極め、チームをまとめて
プレーヤーを活躍させる技術が重要です。
プレーヤーもコーチも両方経験していて
多角的な視座と総合力が必要です。

わたし自身は、プレーヤーもコーチも監督も
全てを行う監督ですが
全員が、わたしの真似をする必要はありません。
プレーヤーが好き。コーチが好き。
自分らしくあることが大切です。

名プレーヤーだからといって
名コーチとは限らないし
プレーヤーとしては、目立たなくとも
コーチとしてだったら、花開くかもしれません。

ティーチャーとしての姿勢として重要なのは
『自らが、止まらないこと』です。

止まっていれば、詰まってしまって
育てている人が、立つ場所が空きません。

皆んなが自分と同じような事が
出来るようになった時
わたしは自分の身を退けるように
そして、新たな場所に赴くようにしています。

それが、ティーチャーとしての
姿勢だと思うからです。
わたし自身が留まろうとしない。
だから、目の前の人がどんどん育っていきます。

フリーダムディスティニーのトレーナーも
15名に増えて、ここから、このチームが
どんな風に発展していくのか。
とても楽しみです。

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【心がときめくもの】

まあ、こんなものだろう。という妥協と
これしか無い!という
心のときめきは全く違う。

皆んな、ベターを選ぶ癖がついているけれど
ベターは、あくまでベターだから
本当に手にしたいものでは無いんだよね。

ベターというのは、ある意味
後ほど、不満足な所が見つかったら
「やっぱり、そうじゃ無かった。」とか
「ほらね、こうなると思ったわ。」
「自分には、相応しく無い。」
というような、被害者になる余地を
残して置いている行為だよなと
思ったりするわけです。

ベストを選んだ時には
後から発生する不満足の余地が無い。
光も闇も抱きしめたところから
選び取った自分にとってのベストの位置。

それが、自分が自分に相応しい
環境や世界に自分を置いてあげて
自分を大切にしてあげて
世界に責任を取ってる行為。

東京の物件選びで、ようやく心がときめく
物件に出逢えました。後は、その場所が
わたしを選んでくれるかどうか。

わたしが、何を一番大切にしているか。
世界に、それが、現れます。

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【愛について】

本当に言葉にすると
これだけの言葉になるのだけれど
色々な人が色々な段階の
色々なプロセスにおいての
愛すると愛されるを
語っていると感じます。

愛されるもそうですね。
愛を求めていて、愛されたい切望が
込もっている愛されるを
語っている場合もあるでしょうし

愛されている自分には
価値があるのよということを
言いたい伝えたいので
愛されるを語ることもあるでしょう。

わたしが、いま、伝えたいのは
《お互いにフェアに、愛し合うパートナーシップ》や
《愛の絶対温度の高め方》
《力では無く、愛を選ぶ》
というあたりを伝えたくて
愛されるという言語を使っています。

それは、エネルギーや波動レベルで
嘘偽りなく伝わりますし
必要な人同士で引き合いますから
間違いは起こりません。

何時も、完全で完璧に
人と人は出逢い
離れる事もあれば
もっと深く触れ合って
愛し合っていくものです。

愛は、奥深い。
それでいて、何処までも広がっていきます。

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【助けられる】

お昼寝して、目覚めて
階段を降りようとしたら
そこには、夫が居ました。

facebookの投稿を観て
放っておけなくて
駆けつけてくれたのだとか。

わたしの力では、全くどうにも
ならなかった問題が次々に片付いて
ファンも直り、家事も手伝ってもらい
買い出しも手伝ってもらいました。

助けられる時、感謝と共に
愛を受け止められるなら
助けられている自分の
不甲斐なさや出来なささえ
愛おしく感じるものです。

わたしは、何時も思います。
『出来ない自分が居て良かった!』

だって、何でも出来ちゃったら
《助け合う》事が出来ないですからね!

出来ない部分があるからこそ
助け合える醍醐味を味わえるのです。

お陰で、その後は
息子リクエスト食品も購入し
まったりと、親子団欒の
楽しい時間を過ごせました。

愛されれば、愛されるほど
人は、自然体でナチュラルになって
リラックスで有りながら最高の愛を
発動する事が出来るのです。

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【切り替えはお昼寝】

いきなりですが、お昼寝が好きです。
好きというより、わたしの場合は
お昼寝を活用しているともいえます。

生きていると
想像とは違う景色が観える事もあって
心無い言葉を言われることもあるし
思ったように上手くいかない事もあります。

そんな時は、無理をせず
お昼寝をすると、さっきとは
違う世界が広がっていたりします。

息子と夫が交代で入れ替わり
夫が普段行っていた
家の様々な家事をわたしが
自分で行い出した途端
様々なものが壊れ出しました。

カーテンを開け閉めするロープが切れ
食洗機を使ってみたけれど上手く行かず
気を付けて使っていたのに、ファンが壊れました。

別に怪力なわけじゃ無いのですが。。。汗)
こうなると、もう、寝るしかありません 笑)

わたしは、何時も、何でもスムーズに
進んでいるように思われがちですが
全然そんな事は無くて、不器用で
鈍臭いところが沢山あるので
一歩一歩しか進めない事も多々あります。

それでも、時に人に助けてもらいながら
自分の出来る最善を尽くしていると
気がつくと解決していたりします。

お昼寝は、わたしにとって、切り替えする事で
自分の最大限を上げてくれるツールなのです。

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【ターシャの庭を創ろう】

森の奥にあるお家の側には
小さな小川があって
小鳥の声と川の流れる様子を
ゆっくり楽しむ事が出来ます。

今もお庭にはなっていますが
自分が自分のために
大好きなターシャテューダーのような
イングリッシュガーデンを創って
もらうことにしました。

各々の花や木々が自由に存在していながら
それでいて、調和と美を奏でている
ターシャの庭は、わたしが創りたい世界
スパイラル フラワーオブライフの
イマジネーションにピッタリだと思って。

創作活動の最中、休憩する際に
花々を愛でられるようになります。

花や木々が、ただ、ありのままの姿で
それぞれが美しく咲いている様子を眺めて
わたしは、人と人が賛美と協力に生きる
星を創っていこうと思います。

写真は、現状のお庭。
ここから、どんな風に庭が出来て行くのか。
とても楽しみです。

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【シングルマザーでも自由に】

シングルマザーを実際やってみたけれど
思った以上に大変で過酷だった。

先ず、何よりも母として、我が子を守り
育てるという、絶対的とも言える愛が
先になるから、自分は後回しになりがちで。

わたしも、同じくその状態になったけれど
同時に、わたしは、自分も捨てられなかった。
自分の使命と仕事に進む事も両方選んで
どうなるかわからない未来に賭けた。

どうなるかわからない未来と
愛する子どもがいたら
真剣にならないわけが無い。

わたしは、人生で初めて本気になった。
自分の全力を出していった。
死ぬ気で、両方を叶えると決めたからだ。

シングルマザーが過酷過ぎるから
子どものために、離婚して別れたいけれど
別れられない話を、一体、何度聞いたことか。
その悩みは、悩みでさえ、子どもへの愛で
出来ているというのに。

このように、決して現在ゆとりは無い
環境や状況の人であったとしても
今まで続けてきた仕事を辞めて
自分の生き甲斐や使命を仕事として
両立させて自由になっていける
チャンスを与えられるように

シングルマザーの立場の人でも
自分の夢を諦められずに
生きられるように

本当に本気でやりたければ
その仕事で生きていけるように
その応援を、言葉だけでなく生き様と
お仕事紹介システムという世界への奉仕で
これからも、体現し続けるのだと思います。

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【母になる】

昨夜、遅くに息子と我が家へ。
ニュージーランドに留学してから
始めての帰国だったから
軽井沢のお家は彼にとって
初めて見るお家。
初めての一軒家。

離婚して、仕事もお金も
何もかも失って、小さなワンルームに
息子と二人でひっそり暮らしていた頃からの
軌跡を感じて、家を中を紹介しながら
ふと、将来この家が欲しいか聞いてみたら

『家は、自分で建てるよ。
だから、お母さんが老後まで、ずっと住むといい。
でも、この家階段が急だから
年取ったら、階段を螺旋階段みたいにして
緩やかに直した方が良いね。』
と言われました。

大人になって、逞しくなった。

彼は、何時も物を欲しがらない。
物心ついた時からそうで
自分にとって必要か必要じゃ無いかを
良く知っているなと感心する。

シングルマザーになってから
彼を養うために、一生懸命働いてきた。
並大抵の努力では無い、努力を日々重ねながら
小さなワンルームで、もっと大きな家で
もっと良い暮らしをさせてあげたいと思って
ひたすら、働いた。

お母さんらしい手作りのクッキーを
焼いている暇があったら、仕事をした。
家に余り居なくて、寂しい想いや
不便をさせたかもしれないけれど
人は、どんな状況からでも、世界を
変えられるという背中を見せる事は出来た。

それは、お母さんというより
どちらかというとお父さんのようで
あったかもしれないけれど
わたしが、とても、彼を愛している
という事実は、一度も変わった事が無い。

仕事も基盤が出来てゆとりが生まれ
沢山の仲間に支えられ
プライベートでも夫に支えられ
今日、わたしは、朝起きて、こう思った。

『ようやく、お母さんになれる。』

手作りの料理をじっくり愛情込めて
色々作っている暇が無くて
母親らしい事をしてあげられかったけれど
年に3回息子が留学から帰ってくる期間は
それがしてあげられる。

あの時には、叶えたくても、叶えられなかった夢が
気が付けば、また、目の前に広がっていた。

夢は、何処までも続く。

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スピリチュアルティーチャーは
常に求められ続けているから
休むのって、自分が相当意識がけないと
本当に難しいなとつくづく思います。

求められる事に応える行為を
お休みするのが、お休みだから
自分が個人的に発信したい事は
そこには含まれませんので
大抵、お休みの時の方が
発信は増えます。

お休みは、色々な事を
整理整頓されていきながら
これからの活動を創っていく
大切な時間。

そんな時でも、ライトワークは
四六時中、ずっと続いていますが
それ以外の仕事を休むと、動いている時には
起こらなかった創造が生まれていって
思いもよらないような
素敵な発見が自分の中に
宿る事もあるのです。

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【健康ライトワーカーの秘訣】

力を抜いた時に
最も力は発揮されます。

特に、地球や宇宙のライトワーク。
ずっと行う役目であればあるほど
力を抜いて取り組む事が大切です。

ライトワークのし過ぎで
体調が悪くなるのは
本末転倒です。

自分を大切に。

健康なライトワーカーとは
自分の出来る範囲で
最善を尽くすという意味が
真に解っている人です。

奉仕と犠牲のラインは
自分を大切に出来るか
どうかで決まる。

力を抜きましょう。
承認欲求でのライトワークを辞めて
自分の力を見る証拠をライトワークに
一体化しない事です。

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【マイナススパイラルの行き着く先】

マイナススパイラルを
何処までも歯止めなく現実化し
奈落まで堕ちていく。

セーブをかけられない。
歯止めをかけられない。
そんなパターンの方の
意識研究をして、メカニズムを
研究しました。

いずれ、ブログか出版する本かに
詳しく書こうと思いますが
こうしたマイナススパイラルを
形成するメカニズムは以下の通りです。

1、何処までも堕ちていき
自分の現実が、とても酷いものになる。

2、自分の現実がとても酷いものに
なっているので、世界や宇宙や神が
自分を愛してくれていない、自分だけ
見放されているという正当性を得られる。

3、こんなに世界は自分を愛さない。
こんなに宇宙も神も自分には味方しない。
という証拠を得られる。

だから

《自分が何一つ成し遂げられていないのは
とても、当然だ》
という風に、何も出来ていない自分に
都合の良い言い訳が出来て、正当化出来る。

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

つまりは、それほど正当化しなくては
生きられないほどに、自分を責めているのです。

多くの問題は辿っていくと
自責、罪悪感が元であり
それを構成しているカルマを
エネルギーごと解く事が
マイナススパイラルを
真に終わらせる鍵となる。

===================================

【創造性の奪還】

力が欲しい。
力が無い。無力だ。
自分には出来ない。
自分には無理だ。

そう言いながら
実は、多くの人は
何をしているかというと
《他者に力を明け渡してしまっています》

何てこと。
自分で自分の力を
他者や世界や、時には霊にすら
明け渡してしまっておきながら
『自分には、力が無い』と
嘆いているなんて。

どうして、そうするのか。
そうする事で、被害者で居られる
余地を創っているのです。
自分が、この世界を紛れもなく創っている
そんな事は、認めたくは無いからなのです。

今までも、これからも、自分自身が
この世界を創っている。
一ミリの猶予も無く、どんな瞬間も。

全ての現実を創っている事を
完全に受け止めた時
人は、他者に対しても
真に優しくなれます。

そして、創造性を完全に奪還した時に
第二の人生が始まるのです。

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【愛か力か】

何も持たず、何も出来ず
無力に感じるそのままの自分を
愛して力を貸してくれる人がいた時

受け取る側の人間によって
その事象は光とも闇ともなる。

闇である場合の時は
力にフォーカスがある。
『わたしはこんなに力が無い。
あの人に助けてもらわなくちゃ
ならないほどに力が無い。
あの人は力があり、わたしは無力だ。』
そうして、嘆きが訪れる。

光である場合の時は
愛にフォーカスがある。
『こんなに何も持たないわたしを
あの人は愛してくれた。
どんなわたしでも、わたしは愛される。
ただの、そのままのわたしのままで
わたしは、世界から愛される存在なんだ。
わたしは、そのままで、愛に値する。』

どんなに世界が愛に満ちていたとしても
あなたが黒い絵の具で塗り潰してしまったら
世界は真っ黒に観えるのです。

力では無く
愛にフォーカスを。

世界から愛されたと感じる時
感謝のスパイラルが始まります。

===================================

【通じ合えない理由は状態異常】

夫と通じ合えない。
妻と通じ合えない。

そうして、心を閉ざしてしまったとか
自分を愛してくれなくなったと
感じて苦しい想いをしている人は
とても多いように思います。

通じ合えない理由には
一番目には本人の課題がかかっている事もあるし
二番目にはお互いの課題であることもあります。

しかし、通じ合えない理由には
世の中には見過ごされている
第三番目の理由が存在します。

昨日、一斉ワークを行わせて頂き
この第三番目の理由によって
通じ合えない状態になっている人が
非常に多い事に驚きました。

第三番目の理由とは
《宇宙的な氷の壁》です。

この壁をまとってしまった人は
雪の女王の鏡のカケラが
入ってしまったかのように
ネガティブな目線からしか
物事が見えなくなり
実際に心に壁が構築されます。

酷くなると、本人自体が
何処か遠くの異世界に行ってしまって
この地球にいながらにして
存在していないような事になるのです。

第三番目の場合
本人の人間的課題
及びお互いの課題とは
全く無関係に発生するので

とても愛し合っているのに
あたかも愛し合っていないかのように
通じ合えないという事が発生してしまうのです。

なんとも耐え難い辛さを
わたし自身も肌で感じながら
朝から泣いてしまいました。

通じ合えない理由の一つに
宇宙的な氷の壁という状態異常が
あることが、世の中にもっと
知っていって、それを解く事が
出来る人が増えれば、世界は
もっと通じ合えるようになります。

通じ合えない哀しみを超えるのは
真実を見抜く目と、対応出来る技と
愛の力です。

為せる事を為して
《通じ合える》
《通い合える》
世界をもっと顕現して
いきたいと思います。

===================================

【欠乏は、愛の始まり】

『わたしは、無力です。』

そのように、仰る方が
いらっしゃいます。

無力って、一見、とても悲観的で
ネガティブなもののように見えますが
エネルギーを感じてみると
とてつもない、愛だったりします。

もっと、愛を広げたい。
もっと、愛したい。

未来を見つめる、その想いが
こだまして、自分は無力だという
叫びに変わっているのです。

力不足の自分を感じれば感じるほど
『今のわたしは持っていない』という感覚と
『いつか持てる自分を既に知っている』
という感覚が交差しています。

《欠乏は、愛の始まり》
無力という欠乏が、あなたを震わせ
もっと大いなる自分へと向かわせる。

新たなる大きな規模の自分が誕生して
愛を広げたいと感じた時に
人は、最も無力を感じるものなのです。

===================================

本当は、世界に敵など
存在しないのです。

あなたが、そうだと決めさえすれば。

敵のように思える人は
とても傷ついていて
その傷をぶつける以外に
方法を知らない人か
あなたに愛を求めている人。

絶対に味方しか居ない。
その時、世界は変わります。

世界を定義するのは
あなた自身なのです。

===================================

どんな人にも
傷があると解れば
誰かの傷の表現を見て嘲る事など
決してしないのだと思います。

傷と自分が同一化していない時には
他者の傷に巻き込まれる事はありません。
本当に巻き込まれていない事と
譲り過ぎてしまったり
離れ過ぎてしまう事とは違います。

そのままの距離で
自分自身のままで居られるか。
自分自身で在る時が
最も愛に満ちている時です。

===================================

今や、地球の中心が日本というだけでなく
宇宙の中心が地球です。
  
 
錬金術の有り様も
全てが変わりました。
  
 
ここから、何を広げていき
ここから、何を生み出していきたいか。
  
 
過去や形に合わせて
宇宙に合わせて生きる生き方から
あなたが、宇宙を創っていき
未来を真に自由にクリエイト出来る時代へと
変わってきたのです。
  

何万年もの、歳月をかけて
ようやく、手に入れた、この自由。
圧倒される自由の中で、どう生きるか。
全ては、あなたの手に委ねられています。

===================================

【意見と文句の違い】

意見は、もっと良くするために
その空間や場や向上するために
相手を尊重しながら
伝える愛のエネルギー。

文句は、闇を受け止められない自分が
自分で受け止められない事や
お前が間違っているという事を
相手に認めさせるために
相手にぶつける破壊のエネルギー。

最近、セッションで「伝え方」について
教えて欲しいという依頼が多かったので
シェア。

これらは、似て非なるものなのです。

===================================

【王トラウマ、圧政からの解放】

いつも、わたしは万人の声を聞き過ぎて
疲れ過ぎていました。

指導者から言われる助言は
『気を使いすぎる、もっとAyaさんの
好き勝手にやりなさい』と言われ

私のこころの奥深くまで見える目を
持っている一緒に同行する
ライトワーカー仲間からは
『Ayaさんって、気を使っていないように
見せかけて、何時も全員見回して
全員に気を配っていますね。
凄く良く全体を見て行動しています』

と図星を言われてしまいました。

過去生で、リーダーや王様をやり過ぎて
自然に全員の心の声を拾いあげて
その上で全体を見極めて
そこに自分の声を入れていくやり方が
板についてしまったのです。

何時も、「民の声」「民の声」
その時々の過去生で、努力して
最前を尽くしては、どの方針にも
光と闇が存在して、都合が悪くなったら
王は消されて、消された後には
有りもしない事実で塗り固められ
そういう歴史が一人歩きしました。

何度、統治者という役目
リーダーという役割を
捨て去りたかった事だろう。

でも、その度に、
「今回は、最初から王として
任命されてやらされているのでは無く
自分が能動的に、統治者として立ち
愛によって統治する事を達成する」
という誓願の一つを思い出して
逃げないで来ました。

相変わらず、民の声を大事にして
幸せになる方針は変わらないと
思うけれど、統治者という役目を脱いだ
ただ、一人の女性であるわたしの
喜びと幸せに生きることが
少しづつ、出来るようになってきました。

皆んなの願いを叶える。
というアトランティスからの純粋な誓願に
「願いを叶えなくちゃ」と背負い過ぎる
ヒビが入ったのは、圧政を恐れる余りに
自分の方針を強く言えず、他者に譲り過ぎて
しまったからです。

過去生では、王しか権限を持っていなかったから
民衆は王に文句を言うしかありませんでした。
自分の権限を自分で持ちたく無い人が
権限を持っていると感じる王の立場の人に
自分が為すべきことや、片付いていない
自分の課題をぶつけて文句を言うのです。

でも、今回は違います。
《皆んなが、王》の時代です。

一人一人が、全員が自分の権限は
自分で持っています。

圧政も、支配も、コントロールも
その人の内側に無ければ
世界から、消え失せます。

もう、自由は皆んなの手にある。

わたしも、わたしの進みたい道へ
自分の自由を生きることを
もう、恐れない。

ただの、宇宙の役割としての
一人の統治者である事を
もう、恐れない。

圧政は消え去った。

自分だけの時間も大切に
世界に対しての愛を
出来うる限り
広げていきたい。

===================================

【失ったか繋がったか】

失ったか、繋がったか
同じ出来事でも
どちらで捉えるかは人それぞれ。

目の前から、去ったように思えても
触れ合った事実は、決して消えず
愛は繋がっていくものだし

死んだように思えても
生きた事実は、決して消えず
命は繋がっていくものだし

大切な思い出は、過ぎ去っても
同じ時を過ごした事実は、決して消えず
出逢いは繋がっていくものだし

いつもいつもいつも
失って消え去って無くなったように思えても
決して失われない何かが胸にある。

繋がりは、時空を超えて
愛を知らせる。

===================================

【負けると曲げる】

他の誰に負けても良いけれど
曲げてはいけない事があります。

それは、自分の役割、使命です。

例えば、わたしは
プロフェッショナル集団の育成
マイトレーヤ的役目を宇宙から
求められておりますが

それを生きると決めたなら
一貫して、揺らがずに
貫き通していくことが重要です。

実現するかどうかは
実は、この揺らぎに
かかっているのであり

言動と行動を一致し続ける事は
揺らがずに貫き通す事でしか
成し得ていきません。

それでは、どうして、貫き通す事が可能なのでしょうか?
それは、それを生きると決めた時に
そこに発生しうる光も闇も
その時点で、全て抱きかかえるからです。

決めた時に、既に見据えている闇を
抱きかかえて、それでも前に進むのです。

そうした時には
「こんなはずじゃ無かった」とか
「もっと良い道が有るだろうか」などとは
考えもしません。

光も闇もどちらの道にも
漏れなく存在しているだけに過ぎません。

完全など存在しなくて
未完しか無かったとしたら
不正解など存在しなくて
正解しか無いとしたら

自分という、一雫の水が
最も輝くその路へ向かい
この身を最も活かして頂けるよう
宇宙に身を委ねるのみです。

パラドックスではありますが
宇宙を信頼して
身を委ねれば委ねるほどに
一貫して揺らがずに貫き通す事になります。

===================================

誰かのことの方が愛してる。
誰かのことの方が愛してない。
  
  
そんなこととは、全く無関係。
判断基準が違っていることも
世の中、沢山あります。
  
 
例えば、判断基準が
<責任が取れる範囲>という基準で
物事を進めていたりすることも
沢山あります。
  
 
どんなに愛していたとしても
どんなに応援していたとしても
<自分が関わっていないもの>
に対して、責任が取れるかというと
取れませんし、責任が負えません。
  
 
責任とは、責任を取らな過ぎることも問題ですが
責任を負い過ぎることも問題なのです。
  
 
基準値は、カルマが少なければ少ないほど
自分自身の身一つの責任の範囲のみで行動するから
過剰に責任を追い求めてくることを、拒否することに
なります。
  
 
断る。
それは、愛していたとしても
自分の責任が取れない範囲は取らないという
カルマを生み出さない、依存を生み出さない
そういう愛の在り方なのです。

===================================

ソウルグループの活動が
より、活性化している。 
 
 
今までは、地球での過去生でのご縁や
過去生で共に取り組んでいたことの達成
ということが多く
  
 
それについても引き続き
取り組んでいくことになるが
  
 
出身星。もしくは、滞在して
住んでいたことのある星。
  
 
そうした、地球外の時の
ソウルグループの影響が
非常に大きくなっていて
  
 
人間レベルではなく
宇宙時代においての
ソウルグループ活動が
出来やすい環境に
個々が移動していったり
より、関係性を深めていって
協力していくという流れに入った。
  
 
明日、3月23日の春分が切り替えの日であり
実際の活動は5月が始まりとなるだろう。
  
 
それまで、各自、<宇宙レベルにおいての、自分をより一層知る>ということが重要になってくる。  
  
 
何故なら、それが、自分の使命に直結しているからだ。
人類は、今までとは、もっと、違う壮大な、宇宙レベルでの
自分に目覚めていく時なのだ。

===================================

人と人との間に
距離が出来るのは
『あなたと、わたしは違う』
というところから生まれる。
  
 
彩りや、表現方法が異なるだけで
奥底に抱える人間としての孤独や
光と闇の両方を携えながら
生きるということ自体は
誰もが同じなのに。
  
  
秀でた才能や、培った行動力。
そうしたものは
生きている中で、研がれて
ようやく養えたもの。
  
  
泥の中からの蓮の収穫の
蓮だけを見るなかれ。
  
  
どれほどの、泥だったのか。
それを見ずしては、何も見えない。

===================================

集団に対して、わたしは違うという事を
過度に主張する人の中に
潜むものが何だろうと
研究してみたら

闘いだけでなく、優位性だけでなく

「あなた達みたいのと私は違うのよ」
という、優越感と特別感が
入り混ざっている事がわかった。

優越感も特別感も
その人が自分で思っている以上に
深く深く傷付いているだけ。

なるほど。孤独でいる事で
得られる代償は、そこにあったのか。

更には、同じ課題の者同士が
優越感と特別感のエキスを味わうために
別の集団を形成することさえある。

一見、ネガティブに見える行動の奥には
不利点だけでなく、何らかの利点があるから
辞められない事が多い。

しかし、その利点自体が幻想で
まがい物ばかりだとしたらどうだろう。

愛によってしか
本当には満たされないと
知るまで、それは続く。

===================================

全力を出し切れない。
という悩みを聞きました。
  
 
全力を出せないうちは
依存から抜け出すことは出来ません。
  
 
全力を出し切ることが出来れば
依存は生まれません。
  
 
全力を出し切るときというのは
カッコ悪い情けない自分を全部受け止めて
だからこそ、はじめて出すことが出来るのです。

===================================

【返してという見返りの消滅】
  
 
ある時を境に、わたしは世界との
貸し借りの関係を結ぶ事が
全く、出来なくなりました。
  
 
昨年、パーフェクトパートナーのワークを
構築してからは、自分自身にも多大にかけたため
貸し借りの関係を結ぼうとする他者が
どんどん去っていく流れが起こり
世界が新たに破壊再創造されていきました。
  
 
『これを先にあげておくから、私に愛を返してね。
私に頂戴ね、だから、あなたを応援するわ』
といったような
  
  
与えるという行為に一見みえるけれど
実は貰おうとしている見返りが主体の行動が
わたしを応援してくれる層の人たちからも
消えていってしまったのです。
  
 
いつも、世界に現れるのは
新しいわたしに相応しい世界。
  
 
世界は、もっと、リアルになった。
  
 
皆んなが、わたしに欲しているものの
全てをわたしから得ることが出来ないと知ったら。
  
 
皆んなが、わたしに期待するものの
全てをわたしが与えられないと知ったら。
  
 
失望して、去っていくだけ。
  
 
どの時代でも、変わらず、勝手に期待されすぎては
失望されるを繰り返してきたけれど
どんなに全身全霊で、人間の限界に挑戦するレベルで
世界を愛していても、不満は生まれる。
  
 
一見、協力に見える<利用>や
一見、愛に見える<見返り>など
あらゆるものが、ごちゃ混ぜになって
現れていたものが消滅して
リアルだけになった。
  
 
利用や見返り。
わたしはそれに対して過去生からのトラウマがあり
それを超えて、ずっと、自分自身と取り組んできた。
  

『どんなに利用されてもいい。
それでも、わたしは、愛そう』
  

そう思えるようになって、生きてきたけれど
今世では、王という役目を昨年秋にエジプトで降ろし
パーフェクトパートナーを創ってしまったので
わたしを利用してやろうと思う他者が消えてしまった。

  
今、世界に見えるのは
とても純粋に、応援してくれているか。
とても純粋に、わたしを愛したくて愛してくれているか。
もしくは、とても純粋に愛し合っているだけ。
  
 
過去から繋いできた『王』という役目を降ろし
得たものは、平等に愛し合える仲間と
愛による統治をする役目の新しい『王』
   
  
それでこそ、本当に、わたしという役目を生き
この役目を全うしながら、他者と愛を結び合える。
  
 
世界は、完結しながら
愛し合うを奏でていく。

===================================

自分は、ただ、愛によって行った行動だとしても
違う人が見たら、そうではなくて
利己的に見えることは良くあること。 
  
そんなことは気にせず
愛していけばいい。
   
どうして、違う人から見たら
愛ではなく見えるのか。
   
その答えは簡単だ。
その人は、それほどの愛というものを
実際に体現したことが無いからである。
その人の世界には、それほどの愛は存在しない。
   
自分には想像がつかない時
人は、無いと断定する。
   
それは、ある意味正解であり
その人の世界には、それほどの愛は存在しない。
    
この世界は
見える人には、見えて
見えない人には、見えない
裸の王様の逆バージョンのような
世界なのである。

===================================

【ここまでだよ。というのが、人間の愛なんだよ】
    
人間、誰しもが人間的制限があります。
    

体があって、時間があって。自分の都合があって。
それは、誰もが共通すること。
  
その人間的制限の中で
何処まで、愛することが出来るかを
挑戦しているのです。
    
色々なものを持っていると
次から次へとそれを求めるが来ます。
   
求められても、その全てには答えられない。
でも、全部に答えないわけじゃない。
    
『ここから、ここまでは出来るよ。』
『ここからは、出来ないよ。』
    
どんな霊的指導者であっても
どんなスピリチュアルティーチャーであっても
人間であること、それは、発生します。
   
人間に対して、無制限の愛という幻想を求めている限り
失望を繰り返していくだけ。
   
『誰もが、人間なんだ。』
    
そうして幻想を解き放って
初めて、相手の実態が見えてきて
初めて、相手の愛がどれほどかがわかります。
      
制限があるからこそ
その中での、この行為は
どれほどの愛であったか。
ということが見えることがあります。
    
誰もが、人間である。
幻想を解いて
最善という言葉の
本当の意味を知っていく時なのです。

===================================

人は、時に疑う生き物だ。
  

不可能など何も無いのに
自分が出来る力を疑い
周りの人たちの愛を疑う。
   
目の前の人を信じられなくて
一体、どうするんだ。
   
それは、いつも、自分なのに。
   
発した言葉と行動が一致せずに
約束を破り続けている人から
約束を破られたり、裏切られたりしても
気にせず、自分を生きればいい。
   
愛じゃないという批判や陰口
そうしたことに構わず
自分という愛を貫き
相変わらず、自分も他者も信じ抜く。
   
信じることを貫き通す力は
<それでも、信じる>と決めた時に
<相手は裏切るかもしれない>という
不平等さえ、抱きかかえ切った時に
発揮される。
   
わたしは、信じ続けよう。
   
ずっとずっと前
遠い昔から信じ続けることしか
出来なかった自分が
お人好し過ぎて
半ば嫌になったこともあったけれど
    
<それが、わたし>
    
ずっと変わらずに共にあるもの。
そうした本質が、生き様を現す。

===================================

【わたしがそれを選んでいる】

どんな事象も、対象との関係によって
依存は発生する可能性がある。

物でも、人でも、神でも
対象の種類は何でも良い。

「ライトワーク」ですら
一歩間違えば
「神界に依頼されて、やらされている自分」
となった時には、依存に陥ってしまう。

どんな事象が対象でも
「わたしが自分で選んでいる」
と完全に受けとめ
自分の自由意志で選び取っている時
そこには、依存は存在せず
責任と自由が自分の中に存在し
依存から自由になるのだ。

されてる事など何一つ存在せず
自分がしたくてしていて
自分自身も出し惜しみの無い愛を
世界に繰り広げた時
世界と自分がフェアになる。

平等は、自分で創るもの。
全ては、自分で決められる。

===================================

アセンションにおける
混沌や不可思議さといった
現象が増える昨今において
「強い生き方だ」とつくづく感じるのは

「一本、通ってる」生き方です。
それは、腹を括っている事がある
生き方とも言えます。

何本も必要ありません。
善悪で判断出来ず
他の人にとって良い事とも限りません。
自分にとっての一本です。

数は、一本で充分ですが
手当たり次第掴んだ紛い物は
全く頼りになりません。

外側には、益々頼れなくなりますから
自分で決めた一本が
自分の内側にあるかどうか。

それは、どんな暴風雨でも
倒れない一本の木が
自分の内側に存在しているか
どうかであるとも言えます。

倒れてしまいそうな
街路樹はいらない。

自分の中心の
野生の一本を生やせ。

それは、自分自身そのものだから
絶対に倒れない。

確かさは、自分自身そのものに
なっていくのです。

===================================

自信が無くなるという現象は
自分の本質から遠ざかっている時にのみ
起こる現象です。


自分の本質と一体化している時
自信が無いという事は
起こり得ません。

他の何者かになろうとしない。
それは 他の何者かに対して
「完全に負け」
を認める事でもあります。

負ける部分、自分のウィークを認めないと
自分の本当の強みも見えて来ない。

あなたを、生きよう。
その時、決して失われない
自信が共にあります。

===================================

愛を起点とする循環だけが
リアルであり、それだけが残り
他は、全て淘汰されていく流れ。


それが、より社会レベルで
起こってきています。

愛し合って生きる。
とてもシンプルなのに
そこに興味を抱けないのは

愛の代わりの代替え品で
自分を埋め尽くそうとしているから。

代替え品では、紛らわせない。
紛い物では、空虚さは埋まらない。

愛だけが、全てを満たす。

ここから
人々は現実を使って
ただ、唯一の真実を
自分に教えていきます。

今までもそうでした。
ただし、ここからは
今までよりも、もっと速く
それに気付いていくように
自分に教えていくのです。

===================================

深く深く愛し合っていく時に
それを阻害するのは
「返さなくては」
という重荷です。

相手は、全然返して欲しくなどなくて
見返りなど欲していなかったとしても
自分に課題がある時
「返さなくては」という気が
してきてしまうのです。

壮大な愛であればあるほど
今まで体験した事の無い
レベルの愛であればあるほど
受け取るのが恐ろしくなる。

両親から
母親からさえ
ここまで愛された事は無かった。

それなのに、目の前の人は
想像を絶するほど自分を愛してくる。
「そんなはずは無い。
そんな素敵すぎる事があるものか
見返りを求めているに違いない。」

そうして、マインドが防御に出て
愛を全力で否定しにかかるのです。

自分が未だ至っていない
愛の境地は、受け入れ難く
自分の物差しでしか
判断出来ないから
見返りだと憶測し

見返りであれば重過ぎて
返さなくてはいけないのが重いから
その関係性を破壊するように
知らず知らずのうちに起こしていきます。

貸し借りなど、存在しない世界に
住んでいる人にとっては
そんな事を思われていたとは露知らず。

信じ難いほどのレベルの愛であっても
「その人の事をそのまま信じて」
愛を愛のままで受け取った時

世界は変わります。

そして、信じ難いほどのレベルの愛を
紡げる同士で、出会っていき
深く深く愛し合っていくのです。

自分の想像を遥かに凌駕するほどの
愛を受け止めて、触れ合いながら生きる時

「もっと深く愛する」
「もっと深く愛される」
事を許し合い

出し惜しみの無い
制限の無い
自分の愛を表現していけるのです。

===================================

「誰かの役に立ちたい!」
という感情を否定している
ケースを見かけます。


どうして否定しているのか聞くと
「誰かのために」になってしまい
「自分のために」生きれていないと。

本当にそうなんでしょうか。
誰かのために自分の喜びを無視して
しまったら、それは、自分のために
生きれてるとは言えないけれど

「誰かの役に立ちたい」
という事が=
「自分の喜び」
という場合だって沢山あります。

むしろ
「誰かの役に立ちたい」とか
「誰かの笑顔を見たい」とか
「誰かが幸せになっていくのを応援したい」
というのは、愛の原点です。

大切なものまで捨てないで。
何時もそうであるように
捨てていいのは
「自分が無理して過剰にやってる」
ところだけ。

誰かのために
誰かの役に立ちたい感情は
捨てようと思っても捨てられない。

何故なら、それは
私たちの本質が愛だからです。

===================================

「好き」と「愛」は違う。
似ているようで、全く違う。

「好き」は
他者に惹かれる要素だけれど
自分のための感情。

他者に恋をしながら
他者に投影をしながら
自分を受け入れ、愛していくためのもの。

「好き」に「自分にとって好都合」
という要素が絡む事もある。

言い方は悪いけれど
それは「利用」と呼ばれる。

使い捨てのカイロみたいに
沢山捨てられた事もある。

スピリチュアルティーチャーにとって
使い捨てにされる事も
ある意味仕事の一部だからだ。

必要とされる間だけ
求められる間だけ
全身全霊で愛するのみ。

そうして生きていても
時に「好き」だけに留まらず
愛に発展する事がある。

「好き」が「愛」に変わった途端
好きという、一人完結のエネルギーではなく
愛という二人の共有のエネルギーに変わる。

相手と交わり
交流できるのは
「愛」だけ。

愛によってのみ、真に他者に
触れる事が出来るのです。

===================================

『アセンション後の地球』
を先取りして、味わちゃっても
良いのかもしれないね。


先日、500億あったら、何したい?
という問いかけをしたけれど

今度は、こう聞いてみたい。
『アセンション後の地球で
何してみたい?』って。

この問いにも
やっぱり私の答えは変わらない。

『愛し合っていきたい』

プライベートも仕事も
スタッフとの会話も
ライトワークの旅も
打ち合わせも何もかも

ただ、それだけで埋め尽くされてる。
例え、アセンション後でも変わらない。
ずっと、愛おしい仲間たちと
触れ合い、愛し合っていく。

それは
既にゴールを生きてる事でもあって
続きのあるゴールを楽しみながら
歩んでいくのだと思います。

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何も無い
ただの日常という幸せ。

『愛し合う』
こんなにシンプルな答えに
辿り着くために

人は色々なチャレンジをする。

チャレンジ自体は
人生終わるまで終わらないけれど
実は、チャレンジには二つある。

一つは、「もっと最高を目指す」事を
人を変え、場所を変えて行く事で
達成していくチャレンジ。

もう一つは、「もっと最高を目指す」事を
同じ人、同じ場所で達成していく
チャレンジ。

これらは、同じチャレンジでも全く違う。

「もっと最高があるかもしれない。」

そうして、世界を探求する時
人は、多くの人と出逢い
自分が何を求めているのかを
知る旅に出ているのだ。

この時には
未だ答えに辿り着いていないか
目の前に答えがあっても
それに気付いていない。

もう一つは
「あなたと、最高を築いてゆきたい。」

ただ、愛のみによって
こうして、辿り着いた答えと一緒に
愛を育んでいくチャレンジは
それまでのチャレンジと全く異なる。

新鮮さや目新しさで
引きつけているわけでは無く
「愛する」事と向き合っているからだ。

恋愛も仕事も同じ。
キープしてる時は
所詮、キープでしか無い。

答えと決めた時には
目の前の人と愛を育む事に迷いは無い。

どんな人にも、どんな場所にも
光も闇もある。
どんな人にも、どんな場所にも
強さも弱さもある。

光だけを追い求める幻想が
終わるまでキープは続く。

『これが答え。この人が最後の人』

それを本当に決められる時というのは
もっと他を知りたいという
あらゆる好奇心というものが
つまらないものに見えるほど
凌駕する愛によって
繋がっている。

実は、好奇心旺盛の人の
シャドー的側面として
「深い関係性を築く事の恐れ」がある。

わたしは、とても長い間
このシャドーに苛まされていた。

わたしだけでなく
「深い関係性」を築く事を
多くの人が恐れている。

もっと一歩奥まで
踏み混んで愛し合うのが怖いのだ。

それは、過去生で散々、裏切りや
支配を経験しており、人間の多くが未だ
パワーゲームの中にいるからである。

親しい間柄やパートナーシップで
ある一定の距離以上
踏み込めないのは
「愛し合う」事を恐れ
「愛し合う」以外の
別のものを外側に
探してしまうから。

何も無い
ただの日常という幸せ。

「愛し合う」という答えの
連続の日常の中で
今日も、目の前の誰かと愛し合っていく。

===================================

人間って
どうして、やりたい事はやりたい
やりたくない事はやらないって
シンプルに生きれない事が
あるのでしょうね。

とても答えを複雑にして
自分を律してやりたい事を
止めてしまう。

世間一般の正解では無い方を
選びとれない優等生になる。

向かいたい方向は
優等生的では無いし
褒められたものでは
無かったとしても

未だ未だ愛を求めている
弱い自分がいたとしても
それを認めなくては
始まらない事があります。

愛を求める事が出来る者が
愛を受け取る事が出来るのです。

「求めよ。さらば与えられん」
という言葉は、事実なのです。

===================================

いつも、自分と違う意見の人が
面と向かって、その意見を私に言う度に
『私は正常だ。』
と胸を撫で下ろして安堵する。
  
  
歴史において、未だ
超え切れていないのが
『正当性』と『統一性』からの脱却であり
  
  
自分だけが、唯一の答えだというところから
抜け出せずに、保守のために、多くの殺戮が
繰り広げられてきた。
  
  
『自分だけの答えに、世界を染め上げる』
ということだけは、絶対に不可能であり
それが、徒労に終わる行為だということを
とことん知るまで、人々は多くの痛みを伴った。
  
 
『皆んなで、仲良く』という概念が変わる時が来ている。
  
  
皆んなで仲良くとは、決して、何から何まで一緒
という意味などではなく、個々が自己確立をした上で
愛を中心としながら、お互いの愛の在り方や
尊重と尊敬に溢れて存在しているということなのだと。
  
  
人と人との関係性も
同じだから良しとされるのではなく
同じや違いというもの自体を超えて
愛によって、繋がっていく時なのです。

===================================

技術やスキルは大切だけれど
それだけじゃ、埋められないものがある。

人が人を選ぶ時
それだけじゃない理由があるからだ。

「どんどん幸せになっていく事を
揺るぎなく実現し続けているか」
という体現と在り方に
皆んな惹かれていく。

本人が幸せじゃないのに
他人を幸せになど出来ない。

幸せじゃないってのは
何処かで、その人そのものから
「ズレてる」って事。

誰だって
「幸せになるチカラ」は
本来持っているもの。

だから、幸せじゃないなら
自分の不幸を見定めて
認めなくちゃならない。

そうしないと、何時まで経っても
「何処かで薄ら寒く感じる幸せ」
のままで生きる事になるからね。

最初思っていたのと
自分の想いが違っていた事に気付いたら
潔く、それを認めていくんだよ。

諦めるな。
己の幸せを叶えるんだ。

===================================

自分の喜びに
責任を取って生きなさい。

後から不満が出ないように
その時々で嫌な事は嫌だと
世界に現していくのです。

何のことはない。
後から不満が出るというのは
外側のせいなどでは無く

自分が望んでいる環境に
自分自身を置くことに対して
怠惰を行なっただけです。

全部、思い通りになる事が良いと
言っているのではありません。

自分が望んでいる環境に対して
自分自身を置こうとする
行為、そのものが

自分が自分を尊重して
大切にしている
証なんだよ。

「それは、嫌だよ」
「もっと、こうしてくれると嬉しい」
「ごめん、そこまでは出来ないんだ」

愛しているけど。

愛しているけど、愛しているからこそ
自分も相手も大事だから
心の声を、そのまま届ける。

人々の関わりは、変わりゆく時なのです。
偽りの、我慢と犠牲と制御の関係から
本音と本音の触れ合いと関わりに。

「仕方ない。」

諦めるのなら
諦める事を決めたのは自分。

大切な自分の想いを見逃さずに
想いを叶えてあげていけば
世界だって、丸ごと変えられる。

自分の喜びに責任とって生きなさい。
喜びを叶えてあげられるのは
貴方だけなのです。

===================================

愛と思いやりが中心の関係性の時には
自分の弱さが、愛おしさに変わる。
  
 
弱さがあるからこそ
あなたの光が見れる。
  
 
わたしが弱ければ弱いほど
あなたの輝きは増すばかり。
  
  
だけど、自分の番の時には
そんなことは気付かずに
ただ、我武者羅に、目の前の人を
全力で愛することだけで
世界が埋め尽くされているだけ。 
  
  
手が届きそうで、届かない時に
手を差し伸べて歩み寄ろうとすることが
愛という原点なのだとしたら
  
 
孤独さえ、恐るるに足らぬ。
  
 
むしろ唯一無二の孤独があるからこそ
愛し合うという体験が存在しているのだ。
  
 
満たされないでいる
求めずにはいられない
そんな自分を認めて愛すれば
自分が自ずと何に向かいたいかが見えてくる。
 
  
『愛し合いたい。』
  
 
それが、答えだとしたら
どんな風に愛し合いただろうか。
  
  
全てはあなたの意のままに。
世界は、願いを叶え続ける。

===================================

『どうしようかなあ』と
考える余地がある程度の事なんか
手に取ってないで
サッサと捨てちゃいなさい。

余地があるものなど
そこそこやりたい事であって
最高にやりたい事とは違うから。

でも、悩んでる理由が
とってもやりたいのだけれど
自分には未だ早いとか
自分には未だ無理だというのだったら
許可が出てなかっただけだから
悩まず、やった方がいい。

悩んだ時の答えはとてもシンプル。

1、そこそこやりたい事でやろうと思えばやれること。
世の中にとって重要そうだけれど、自分にとってはそうじゃない。

自分的には、対して重要じゃないから、やらない。

2、本当はすっごくやりたいけれど、自分には無理だとか、時期が早いので迷ってる

許可を出して、やる。

===================================

タヒチ最終日の朝日。
光の矢が放たれた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

何かが出来ないというのは
全部、過去から出来ているんだ。

だから、それが本当かどうかなんて
何一つわからないんだよ。

希望っていうのはね
確証からは生まれない。

何時だって、不確かで危うい
わからない中で生まれるものなんだ。

だから、言い換えると
もし、今、『わからない状態』に
貴方がなっているとしたら
そこには、希望が存在する。

何故なら、わからないのは
『まだ、決まっていない』からだから。

どんなに、オセロの盤が
真っ黒に見えても
何時だって、一番角は空いている。

だから、未だ見えぬ角に白を描き続けよう。

人生が大逆転だって出来るのは
人生のオセロの盤は
『角が空いてる』盤だからさ。

気を付けなくちゃならないのは
白を置いていても
目的を見失って
欲に飲まれてしまったり
方法に囚われてしまえば
黒に変わってしまうところも
同じだということ。

愛を起点にした光の矢を放つ時
世界は、もっと虹色に包まれる。

===================================

タヒチでのライトワーク
最期は海にて。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆

全部、わからないままでもいい。

貴方にとって幸せと
思える道を行きなさい。

勘違いしてはいけない。
楽と幸せは違います。
苦楽のどちらもがあっても
ただ、幸せを選び取るのです。

自分にとっての幸せを
とことん貫いて生きなさい。

幸せとは、言い換えるなら
大切だと思えることや
大切だと思う在り方に
凝縮しているかもしれません。

耳を良く澄ませて
魂の声に耳を傾けなさい。

魂には、不可能はありません。
何かを得るために、何かを失ってしまう
そんな制限は魂にはありません。

貴方にとって、大切なものは
何一つ失わず、本当に全てが
揃うという事を信じてください。

未だ、一度も希望を抱けないほどに
叶わず、信じられなかったとしても
諦められず、信じたい自分がいる事に
気付いてください。

本当は、誰もが
諦めているように思える時ですら
自分が幸せになる事を心の奥底で
失う事など出来ないのだから。

幸せになる事を諦められきれない。
だから、時々、人々には
奇跡が起こるのです。

虹の橋を架ける時が来ました。
虹は、雨と光で出来ています。

『貴方が、雨の時には、私は光』
『わたしが、雨の時には、貴方が光』

そうして、互いに愛し合う事で
虹の橋を架ける事が出来るのです。

雨の自分を嫌うなかれ。
光の自分を恐れるなかれ。

全ては愛である事を
誠に知る永遠の中で。

===================================

今、お金が500億あって
何不自由無く暮らせるとしたら
どんな事がしたい?


有り余るお金があっても
今としたい事が変わらないなら
貴方が本当にしたい事を
貴方が今既に生きているという事です。

答えが変わる場合は
自分は本当は何がしたいのか。
未だ見つけられていないか。
本当にしたい事をして
生きていないという事です。

===================================

海は、いのちの始まり。

いのちの始まりである海は
『ここが、始まりだ』と告げる。

始まりとは、愛の源。

愛の源であることを
思い出して、海のように
始まりである己を生きよ。

生み出す者となれ。

内と外の全てが逆転していく。

宇宙があり、地球があり、日本があり
そこで生きる自分がいるところから

自分が始まりであり
自分から、宇宙が広がるように生きよ。

宇宙は、外にあるように見えて
内側にも広がっている。

海の水は
始まりであることを止めている
あらゆる理由を洗い流し
始まりであるいのちを震わせて
愛の拡大と覚醒と共に
『ここが、始まりだ』と
あなたの胸に告げる。

===================================

いつも、自分がどう在るかは自分で選べる。
  
 
他人が裏切ったり、約束を破ったりしても
自分は相変わらず、人間を信じ続ける
自分で在り続けたい。
  
 
他人からは、要らなくなったら
時に、使い捨ての物のように扱われても
自分は相変わらず、不器用なくらいに
誰かを大切にして、愛する生き方を貫きたい。
   

仕返しも、復讐も、真似も
相手に左右されている生き方だ。
  

自分がどう生きるかは、自分で決める。
どんな生き方かは、人それぞれでいいけれど
自分の生きる道を自分で決めている人は美しい。
  

そんな強さを持つ人で在りたいし
そんな強さを持つ人と触れ合いたい。
  
 
例え、自分の在り方を貫いて生きる時に
『不平等』に感じることがあっても
それは、決して不平等では無いのだ。
  
 
不平等も、平等も、比較からの発想であり
自分自身だけで完結している時には
不平等や平等すら、存在しない。
  
  
ただ、自分がこの世界の中で
どういう愛を現して生きるか。
  
  
それのみが、存在する。

===================================

息を飲むような美しい朝焼け。

愛を中心に生きた時
人はもっと自分にも他人にも
世界にも優しくなれる。

恐れが傷付いて
閉ざしてしまった
心を逆なでする。

とても怖がりで臆病な
繊細な自分を抱きしめながら

その全てを愛し合える人と
出逢えた幸せ。

もっと純粋な
あなたとわたしへ。

===================================

誰も居ないプライベートビーチ。
ずっと浅瀬で歩いて
小さな島まで行く事が出来ます。
側には色とりどりの熱帯魚たち。

タヒチではとても深いレベルで
心から休めています。

『今まで生きてて、今が一番幸せ。』

そんな風に
幸せという太陽に向かって
揺るぎなく何処までも
伸び続ける向日葵のように
これからも生きていきたいと
しみじみ感じました。

トレーナーさんやスタッフさん
はじめとして私は人に恵まれてる。
生徒さんは素晴らしい人ばかり。

不可能そうに見える事だって
きっと出来るはず。

今までも。これからも。

どんな人でも諦めなければ
絶対に幸せになれると
伝え続けたい。

『大丈夫。』
波の音が優しく囁き続けます。

===================================

どんなに素晴らしい
自分の心からの願いが
叶ったとしても
  

それが日常となって
忙しくなってきた時に
何処から生まれてきたのか
わからなくなることがある。
   

自分のかつての望みの今を
せっかく生きているのに
それでいて何処かで
心が埋もれてしまうかのように。
 

『やらされている感』
それが、心が埋もれている原因だ。
 

やらされている相手は、何でもいい。
人の期待でも環境や状況でも世界でも
どんなに凄そうな
大義名分な理由であっても
例えば使命であったとしても
やらされているということには
変わりはないのだから。
 

『わたしが、望んでいる』
 

他の誰でもない。
過去のわたしでもない。
今の自分が。
 

今の自分の答えを取り戻した時
もう一度、歯車が回り出し
自分を生き始める。
 

どんなに崇高な使命ですら
今の自分の答えでないのなら
それは、自分のものでは無い。
  

自分を生きよ。
『今の』自分の望みを生きよ。
 

答えはシンプルだ。
達成していないものは終わらず
未達成は継続され
達成は次への扉へ向かう。
 

そして心からの望みが叶った今を
大切に継続して感謝と共に
望み続け生きることが出来るのは
かつての絶望の時の長さが
それを可能にしているのだ。

===================================

ハワイから息つく暇なく
ずっとライトワークで
今日はニュージーランドに
来ています。

一時的に日本滞在も
しておりましたが
ずっと宇宙的なライトワークに
明け暮れていました。

二極化が益々進み
完全に分かれてゆき
来年の夏には言語が
より一層通じなくなっていきます。

全ては各々の意のままに。

それを受け止めて
手を伸ばす事自体
辞める人たちが増えます。

橋を架ける役目のわたしは
もはや、今まで通りの
セオリーでは無い
常識破りの概念を
世界に続々と生み出しながら
最高を望み続ける事でしか
役目を全う出来ません。

それは、勇気なのか。
それとも、無謀なのか。

現状を受け止めているのか。
それとも諦めてしまっているのか。

「こんなものか」

自分の人生の運命も
世界の運命も諦めたくない。

傍目に足掻いているとさえ
見えたとしても
揺るぎなく最高を望むこころは
誰にも変えられやしない。

全ては愛故に。

===================================

無いものを埋める事が
楽しい時期があります。

言うなれば狩猟時期。

ただし、人間関係においては
無いものを埋める事だけが
楽しい場合は継続的な
愛の育み合いは不可能です。

どんどん無い物を得る事に
喜びを感じる狩猟タイプでも
長く愛を育む関係性を得たいなら
人間においては考えた方が
良い場合もあります。

こうした狩猟タイプの場合
無い物を得る事が好きなので
愛してくれない人に対して
興味と高揚感を感じ
安定して愛してくれる人には
興味をどんどん失います。

狩猟タイプが悪い訳ではありません。
しかし、こういうタイプに限って
永く続く人間関係を求めていたり
するから、 
それは矛盾していると知る事です。

このように、 
愛を求めているようで
実は求めてなどいなくて、 
別のものを得たがっていた 
という答えを認めた時、
純粋に愛を求める事が出来るのです。

===================================

ライトワーカーが
最も気をつける時期は
上手くいかない時期じゃ 
ありません。

上手くいかない時期は
努力しなくても謙虚で 
いられます。

全てが上手く回り出した時こそ
最も気をつける時期なのです。

全部が自分の力で成し遂げた
という傲慢に至った場合 

愛が中心であるという 
活動から外れて
癒されていない、 
充たされないものを埋める 
活動だけに変わり、 
堕ちるのです。

物凄いサイキック能力者が
「一番になりたい」という
くだらない理由で
人生を台無しにするのを
沢山見て来ました。

最初から、そのままで一番で
最初から、そのままで特別なのに。

そうした時は、 
どんなに言っても
全く聞く耳を持たず聞かなく 
なります。
 

幾度もそういった光景は 
見て来たので
その人の選択でしかありませんが
お金や影響力を持つ事が 
目的だったのか。
ライトワーカーとして 
愛を表現したいのか。

豊かさを享受するという事において
自分自身が本当は何がしたいか
何を求めていたのかが 
よく観えるのです。

愛を中心に生きること。
そこから外れてはなりません。

どんな能力も
どんな影響力も
愛を中心にせずに行えば
凶器にもなり得るのです。

愛を忘れずに生きましょう。
内側から溢れ出すもの、  
    

それが愛です。 

そして、自分の欲を埋める為に
得ようとするベクトルとは全く逆です。

===================================

ハワイに行く前に
明治神宮に神妙な顔をした
神々に急遽呼ばれて
随分な大役を授かった。
  
  
ハワイのライトワーク
そして、ポリネシア
世界や宇宙全体の
プロジェクトの一環だと知り
今一度、自分の宇宙での立ち位置
役目のスケールを思い知る。
  
  
ずっと、知っていたことだったし
ずっと、受け止め続けて
きたことだったけれど
  

他人の言葉で自分の認識と
完璧に一致する形で現されると
来るべき時が迫っていることを
感じずにはいられない。
   
 
確かなのは、内側に灯る愛。
それだけが確かで
それ以外は、すべてそのうち反転する。
  
  
そうした時に助けになるのは
愛の覚醒を起こすことと
宇宙視座を養うことだ。
  
  
光に闇あり。
闇に光あり。
  
  
この宇宙視座を原語でも
エネルギーレベルでも
様々に伝えてきたけれど
一体、どれほどの人数に伝わっただろうか。
  
 
全ては愛であるという言葉が
真となりますように。
  
  
役柄的に、わたしの辞書にはベターは存在しない。
ベスト以外は、それは、全て答えではない。
  
  
最高を揺るぎなく見定め
決してあきらめずに
進み続けよ。
  
  
船、それはライトワーカー。
  
  
ずっと伝え続けてきたことの
意味が、より明らかになった師走。

===================================

もっと上を
もっと最高を
追い求める向上心は
素晴らしいけれど

人と人との出逢いにおいては
「辿り着いた場所」
「これで最後と思える場所」
に出逢う事が奇跡に感じる。

人、一人をある程度
知り尽くすのは
あっけないほどに
簡単なものだ。

ところが、辿り着いた場所
これで最後と思える場所だけには
同じ人であっても
更なる奥に奥に進む
秘密階段が用意されている。

そこからは
到底、知り尽くせない
宇宙が果てしなく広がっていて
愛することの意味を教えてくれる。

色々な人を知る探求もいいけれど
目移りばかりしているとしたら
深く踏み入れる恐れを超えないと
深く触れ合う関係は紡げない。

簡単には壊れない絆は
執着や依存やカルマとは
全く別に存在していて
魂で繋がっている。

===================================

わたしにとって
今回のライトワーク
ポリネシア三部作は
ムー、レムリア
そして海との対話でもある。

それに加えて海底は
アトランティスとの対話も存在し

海底の奥底にある
アトランティスのから
浮かび上がり、いのちの意味を
深く深く問いかけていった。

神々は言った。
「どうして、人間には
全てを与えているのに
打ちひしがれているのだい?」

人間は言った
「光そのもの、愛そのものに
なりたいのです。分離が辛いのです」

神々は言った
「『愛である故に愛さずにはいられない』
それが、答えだ。」

愛さずにはいられない。
私たちの再奥に隠された
分かたれたる理由が明かされる。

封印を解いていき
儀式を行なっていくうちに
海底火山から
火と水を携えた
原初の海の女神が現れ
愛が蘇った。

海中から、光と
大きな振動と共に
原初の海の女神の愛によって
海といういのちが産まれる場所が
新しく生まれ変わる。

===================================

氷点下の早朝。
本日はライトワークへ。

どうして、 
こんなにも力が湧いて来て
どうして、こんなにも 
頑張れるかって、それは、 

絶大に人間と地球を
これ程までに愛しているからだ。

愚かで弱くて脆くて
幾度も同じ失敗を繰り返してしまう
それでも、わたしは人間を愛している。

昨日、わたしと同じく
光の戦士の人に会って

地球での使命
人々を解放し自由にする
想いと情熱を感じ
また、心に灯りが灯った。

もう、皆んな地球にいる
本当の事を思い出して
自分の使命を生きていく時なんだ。

いのちはとても尊いけれど
守って生き長らえても 
意味は無い。
 

いのちを輝かし、 
我が使命に生きる時こそ、 
生きるという事なのだと。

己を生きよ。
生きることも、いのちの意味も
己を生きる事で、謎が解けていく。

===================================

人間が抱える罪の奥には
純粋さが潜んでいる。

本音や本心を罪とし
世間一般の価値基準を
善とする事を終えて

罪の奥にある望みを見つめ
 

折り合わせられない所にある
自分自身の本質を見抜き
 

自分自身だけの 
たった一つの
幸せという栄光へ向かえ。

===================================

ありえないほどの途方もない幸せも
継続していけば継続していくほど
いつしか日常となりゆくけれど
  
  
『当たり前じゃない』
その恩恵と特別を忘れずに
感謝と共に生きていきたいものです。
  
 
そして、どれほどまでに、  
同じことに感謝を抱き続け 
られるかは、 
どれほどまでに絶望して
どれほどまでに、 
恋い焦がれた今なのかを
散々体験し尽くしてきたからこそ
感じられることなのだと思います。
  
  
愛おしく待ちわびた今が
どれほど愛おしく愛おしいか。
  
  
自分のかつての想いと
今の体験が紡がれていき
愛おしい明日をつくっていく。
  
 
奇跡や発見は、 
波乱万丈の中にだけあるのではなく
ほんのふとした日常の中にでも
いつでも訪れるもの。
  
  
さりげない会話の中に 
繰り広げられる
愛を感じるたびに
 

自分がいかに 
愛されているのかを知り
自分がいかに愛であるのかを知る
  
  
ここに、あなたがいて
ここに、わたしがいる。
  
  
そうして、世界は、 
今日も奇跡を奏でている。

===================================

新しい世界における
心の準備は整いましたか?
  
  
ここからは、アセンション後の
地球の状態も一部混ざりながら
同時並行的な形で、それぞれが
体験したい地球を体験して 
いきます。
  
 
愛を中心とした
地球を体験することも可能で
そうした人々の輪は 
広がる一方です。
  
 
今まで一度たりとも 
体験したことのない
かつてない喜びを享受する 
ことが可能となる 
扉が開きました。
  
  
同時に、 
今まで挑戦することすら 
不可能だった
宇宙的側面の自分を 
人間でありながら
発揮することも可能と 
なりました。
  
 
ゲートは、ここから益々
開いていく一方です。
  
 
かつての自分では 
想像できないほどの幸せへ
 

かつての自分では 
想像できないほどの自分へ
  
  
全てを凌駕しながら
奇跡が起こり続けていく。

===================================

知らず知らずのうちに
「こんなもんだろう」
という妥協に絶望してきた。


特にロマンチストなわたしは
理想が高いと言われようが
そんなのあり得ないと 
否定されようが

自分が抱いてきた心の奥底で
消えない答えを抱えながら
同じ答えを持っている人が
見つからなくて絶望していた。

どの本にも、どの映画にも
わたしの求めているものは
何処にも存在しない。

見つからない答えに
泣きじゃくる夜を重ねて
それでも、諦めずに直向きに 
望み続ける心が
新しい朝をつくる。

愛以外の紛い物に欺かれない 
目を持ち
弛まぬ自分自身への向上と
等身大の自分を受容する心と
支配と恐れを超えた
真っ直ぐな言葉によって
世界にあなたが現れた。

「こんなもんだろう」という
世の中の普通が
わたしにとっては絶望で

そうした 
普通そうに見える絶望は
人は本当には幸せなど 
なれないと囁きながら、 
じっくりと確実に 
息の根を止めていく。

もう、「こんなもんだろう」 
とは言わせない。

世界には、 
わたしの愛と匹敵する愛が
世界には、わたしの答えと 
同じ答えを持つ者がいるという 
確かさがこの胸にある。

愛と愛が響きあい
奇跡を起こしていく関係へ
世界は進んでいく。

===================================

【最善を尽くす】

最善を尽くすという事が
以前と少しニュアンスが
変わってきています。

速度が増していて
宇宙が最高を
用意してくれているため

望みがダイレクトに
物凄い速度で叶いすぎる故に 
発生する、
当たって砕けろ並みの
ダイナミックな選択を次々に 
問われ

それについて、 
もはや考察する時間は無く
元々、決めている答えの方を  
生きるように生きるのみです。

もっと後だと思っていた事が
時空を超えてやって来る創造性と
宇宙の全力の応援を手に入れて 
生きる事が出来るのは
 

相当、 
自分軸が整っていて
肝が据わってないと無理です。

もっと、愛に満ちて
もっと、覚醒しながら
全力で最善を尽くしながら
後方応援の風が強風により
階段の三段抜かしの一歩一歩を
生きている今。
  
 
それが、今風の最善を尽くす。

===================================

エジプトが終わり
一段落するかと思いきや

エジプトは始まりでしか
無かったという印象が
日に日に強まっています。

本日イギリスから 
帰ってきたばかりで
今月末は軽井沢への引っ越しや
大規模な講習が立て続けにあり

それでいて 
新たな動きとしては

12月半ばから
「ムー大陸」に関する
三連続ライトワーク

ハワイ
ニュージーランド
タヒチ
への旅が決定しており

エジプトでも行なった
王制度にも関連があり
はじめて王制度が生まれた
ムー大陸で王に関する
一連のワークをしていく予定です。

かなり、大掛かりな 
ワークのため
一回では無く、何回か 
ステップアップ的に
覚醒していく感じの 
ワークとなりそう。

どうも、求めているものが
前人未到レベルの恍惚たる
最高に幸せな世界構築のため
 

未だ、観たこともない絵を
描かなくてはならない感で
いっぱいです。

それでいて、絵は頑張らずとも
宇宙に委ねていれば描ける。

パーツ的には全てが出揃って
全部、出揃った上での
その先の風景を観ている感じ。

===================================

11月末。
新しい空間は完全につくられ
ここからは、 
新しくつくった世界と
実際に触れ合いながら 
慣れていく時間。
  
  
大好きなことばかりに 
囲まれている人は
その中で、最も大切にしたいこと。
最も絶対に達成したいこと。
それが何か、再度見直してみると 
いいでしょう。
  
  
大切なことの中で
それらの割合の変動が
発生することがあり
それでいて、安易に切り捨てたり
無下に扱うことは出来ないこと 
ばかりかもしれません。
  
 
こうした場合の選択は
慎重に丁寧に見ながら、 
ポイント目線ではなく
全体的なバランス調整をする 
ニュアンスで整えていくと 
自然に落ち着くところに 
落ち着くかもしれません。
    
 
世の中は、 
益々来年1月から混沌に 
向かうので
固定的な落ち着きを求める 
のではなく
流動的な落ち着きを感じる 
ことです。
  
 
固定的な落ち着きを求めても
得られないので、 
消耗するだけに過ぎません。
    
  
流動的な落ち着きとは、 
言葉を変えると
どんどん、一歩づつ 
足を進めること。
  
  
動いてしまうこと 
進むことを嫌わないことです。
  
  
こんなにずっと進んでいて 
大丈夫?
  

大丈夫というか、 
今は、それが最も流動的な 
落ち着きと安泰を得る方法に 
なっています。
 
  
少し前までは、 
静止、止まっていることが 
出来ました。
今は、動いている方が楽で 
自然です。
  
  
沢山の扉が開いたので
新しいものが目一杯
あなたの元に訪れるかも 
しれません。
  
  
あなたが、ずっとずっと 
前から望んでいたものも
目の前に現れ始めているかも 
しれません。
  
  
あなたの世界の全てが美しく 
なるように
どの世界とも関わりましょう。
  
  
充実を幸せと感じる人は
忙しい感じがするかもしれませんが
自分の幸せが、そこにあるなら、 
それを貫くのです。

===================================

【配慮の超越】

通常、人間関係は
愛があるならば
お互いへの思いやりの元
尊重や配慮が生まれるものです。

ところが、最近、 
そういった尊重や配慮が 
むしろ不必要と思えるくらいに
片方が行いたい事が、 
もう片方も行いたい事
という一致の人間関係に 
出会っています。

そうなってくると、 
自分がいかに今まで
やりたい放題やる事を 
制限していたかというのも 
わかるものです。

配慮も遠慮も 
「お互いの望みには不一致も 
 存在しうる」
という大前提の上で役立ち、 
成り立つものですが

お互いの望みがことごとく
一致していた場合
 

配慮すら要りません。

やりたい放題やる事が
相手のやりたい事で
喜ばれてしまうのです。

今までのズレているのが 
当たり前という大前提の設定を 
超えている感じがするので、 
要観察中。

===================================

【虚無というもの 今後の役割について】

アセンションの 
宇宙グローバル化により
多次元スポットに、 
様々な存在の干渉が見られます。

こういった実状に対応すべく
昨日も、 
聖剣アルティメットソードの
伝授講習を行わせて頂きながら

今後の地球での不調改善
あらゆる症状を引き起こす
原因解消に少しでも貢献して
いけたらと思っています。

様々な宇宙的存在解消を
膨大に対応していき
ここへ来て、 
わたしはそれを引きつける
人間の方の仮説を立てました。

それは、 
深いレベルでの「虚無」
人間であることそのものの虚無
自分であることそのものの虚無など。
わたしたちの存在そのものに関わる 
虚無です。

様々な宇宙的存在を解消し 
終わった後でも残っているのが、 
本来、その人が元々携えていた 
虚無であり、 
 

それごと解消しない限りは
虚無によって、あらゆるものを 
引きつける。

つまり、 
地球レベルの霊障の多くが
「力を明け渡す」という
責任を取らないために発生するという
根本的要因に集結するとしたら

宇宙レベルの干渉が
「虚無」という根本的要因に
集結していると仮説を立てるとすると

虚無の解消と統合、 
及び虚無という概念の超越によって、 
宇宙干渉自体から 
自由になるという状態をつくる 
ことは可能であると推測される。

虚無の反転は、愛といのち。
これが無い状態の時虚無になる。

わたしも、かつて、 
人間である事に死にたいほど、 
空虚を感じた事がある。

当時、それをどのように  
脱却したかという事を回想して 
いくと

全てが無意味に感じられ
全てが虚しく感じるのは
「本当に確かに全てには意味など 
 存在しない」
からであり、 
つまり、事実に対して
虚無を感じていたわけだけれど

無意味さを、 
自分で意味を創れる
最大の愛と自由と捉えて
 

自分で意味も答えも決めていい 
とした時に
愛といのちを思い出し
虚無というものから自由になった。

此処にいる意味など、何も無い。
それを完全に受け止めきった先に
完全に虚無から自由になる。

よって、 
虚無感に囚われている時とは
未だ、全てに意味など一つもない
という事を、 
 

深いレベルでは 
受け止めきっていないので
繰り返し発生するのではないか
という結論に至っている。

憎悪や執着、 
恨みや怒りや悲しみ
そうした感情から逸脱している
覚者であっても、 
この虚無感から完全に逸脱して 
いる人は、そんなに多くない。

わたしは、 
人間的課題である力、という
テーマに対しては、 
随分苦労してきたけれど
 

生命力については、 
誰が見ても半端なく 
持ち合わせているので、 
それを提供していくことに 
なるのかもしれない。

孤独の超越、 
つまり唯一無二の 
オリジナリティの覚醒 
 

そして虚無の超越、 
つまり無限のいのちの覚醒
について、既に関連があるアイテム 
 

1、パーフェクトパートナー
2、ムーンドロップ
3、聖剣アルティメットソード
を始めとして、 
世界へ届けていく流れ。

===================================

広がり続ける愛もある。
奥まり続ける愛もある。
  
 
何処までも広がり続ける 
愛と共に
深淵に深まる愛も、 
また、何処までも広がり続ける 
のだと知るのです。
 

多くのものから、 
色々学ぶ時期もある。
色々な人から、 
影響を受ける時期もある。
    
 
それでいて、 
たった一人の人との 
触れ合いの中で
幾度も、発見と尊さと 
奇跡を紡ぐことも出来る。
   
  
人、一人は、宇宙だ。
 
  
何処までも広がる無限の 
愛の偉大さ。 
 

それは、 
たった一人の人間の中にある。

===================================

参った。
宇宙霊障の案件が多すぎる。
  
  
しかも、それは多岐に及んでいて
それらに対応出来るワーカーが
殆ど皆無。
  
  
宇宙霊障になると
体調不良として
今までに無かった症状とかも
突発的に出てくる上に
  

精神的に、無気力的、ぼんやり
鬱状態、もやもやするなどの
症状も増えている。
  
 
充分、こうしたことが起こる 
予測はしていたし
対応出来るようにと、 
できるだけ万全な体制を 
整えてきたけれど 
  

それでも、目の前で愛する人が
どんどん飲まれていくのを
眺めるのは、忍びない。
  
 
己を失うな。
混沌の中でも
己という命を奮いたたせよ。
  
 
どんな自分であってもいい。
そこに、存在している。
在るという真実がすべて 
なのだから。
 
  
私の個人セッションが、 
現在来年の5月まで
ご予約でいっぱいなため
  
  
完全遠隔でもいいから 
対応してほしいという
緊急案件が非常に多いので、 
それに対応すべく
窓口、準備中です。

===================================

様々な場所に出向いた 
2017年。 
 

世界のあらゆる場所で
色々な景色を見てきたけれど
その中でも、特別で、 
最も忘れられない
わたしの大切な瞬間。
  
 
シャスタのあの時から
すべては始まっていたのだと
すべては繋がっていたのだと
  

愛するエジプトとシャスタと
神々、あらゆる宇宙からの
大いなる祝福を受けながら
愛を感じて。

===================================

久々の休日。
気が付いたら11月も半ば。
コートの季節ですね。


11月の大きな切り替わりで
益々、自分が自分しか出来ない
役割だけを行なっていれば

自分らしく生きていれば
豊かさと繋がる
賛美の循環が訪れています。

もっと、貴方の素晴らしさと
もっと、私の素晴らしさが
巡り会いながら
シンフォニーを奏でてゆく

どんどん出来ていく自分と
どんどん出来なくなる自分を
知れば知るほど、 
今という愛おしさと
最善という言葉の意味を 
知るのです。

===================================

絶望って、愛だなあ 
としみじみ。
  

そこに立ったからこそ
本当に自分が取り組まなきゃ 
いけないことが見えてくる。
  
 
問題に気付かないまま
自分を向上できる余地が 
存在しないまま
自分の望みから目を背けたままで
生きることを辞めさせるのが、 
絶望という愛。
  
  
絶望の最中、 
苦しみで叫びながら
それが、本当の望みを 
教えてくれているという指針として
望みを抱き続けることができた時
自分にとっての幸せという栄光に 
辿り着ける。
  
  
絶望は、魂が本来の道を
自分に教えるために起こしている 
愛の現れ。
  
 
絶望が長ければ長いほど
本来の道を歩み始めた時の喜びと
その道の尊さを知り
 

どんな時も、 
今、かつての望みにいて
それを歩めていることに
感謝を抱かずにはいられない。
  
 
すべては、絶望があったからこそ
得られたものなのです。

===================================

【辛口注意 
 現在の企業の在り方について】

世の中の多くの企業って
どうしてなんで何でもかんでも
経費削減するんだろうね?

経費削減をして良いところと
経費削減しちゃダメなところが
見極めが行われず

見境なく削減すれば良い 
という考えが
さっぱりわかりません。

きっと、 
利益を重視したいから
ということなんだろうけれど
利益を最優先にしてしまった 
代償があって 
 

結局は、一番大切なものを
見失ってしまっているんだよね。

社員に対しても、愛を持って
誰かを一人の人間として
大切にする気持ちを失い

働いてもらってる→ 
愛を育みながら、手伝ってもらう
という本来の主旨から外れて
 

働かせてやっている→使っている
という傲慢そのものの 
権力行使の在り方に 
成り下がっている企業は、 
これからどんどん
破綻していくと思います。

それにしてみても、 
権力を振るうという事が
「力を見せたい」 
という事そのものだから
それは即ち「力が無い」 
と言っているようなもので
 

結局のところ、 
権力をふるうものも、 
ふるわれる側も
「自分という人間自体に 
 力が無い」ので
 

力を見せつけるか、 
見せつけられるか
という支配構成になって 
しまうんだと思います。

自分自身という
本当の力を取り戻した時
内側に力があるので
もはや、権力に屈服しない。

本当の力を取り戻した同士は
雇う、雇われるという事を
上下では無く、 
愛によって語り合う。

それでいて、 
権力が相手ですら、戦わない。
本当に無くしたいものは、 
消滅では無く、減少を狙い
戦わずして、その世界を
創り上げていくのです。

最も、 
欲している愛を得る機会を
外側の偽物の力で 
失ってしまうのを終えて
愛によって構成される 
企業と社会へ。

来年、いのちを主体とした
企業構成、 
生命の錬金術で構築した
スパイラル フラワーオブライフを
自分のまわりだけで無く
 

世の中に打ち出していく 
予感と共に。

===================================

神秘に満ちた自分の事は
一番自分がわからないものです。

人一人の宇宙は壮大であり
何処までも無限に広がっています。

わたしたちが
最も恐れているのは
闇が明かされる事ではなく
自らの光が明かされる事です。

そんなに素晴らしいはずが無い。

そうして、自分を制限して
留めてしまっているのです。

そうして留めてしまっていた
ストッパーの留め金が
外れる時期が来ました。

もっと、 
光の貴方自身を受け容れ
自分の美しさを心から
体験していくときなのです。

美である自分を受け入れよ。
美が、即ち貴方自身なのだから。

===================================

自己実現には、二種類ある。
 

自己達成の為の自己実現と
ワンネス的自己実現だ。

前者は満たされ得るために存在し
後者は与えるだけで存在する。

両者は見た目だけでは 
判断出来ない。
エネルギーの流れ、 
ベクトルの流れは
全く真逆に存在している。

これからは、 
ワンネス的自己実現の時代だ。
 

囲ったり、 
握り締めたりせずとも
与え、与えられ、 
どれだけ手を開いても
愛は留めなく流れ続ける。

ワンネス的自己実現の者同士が
結び合い、愛を奏でていく。

===================================

これから
もっともっと深淵なる自分へ
探求していく時期に入ります。


上手くいかない時に
より上手くいかなくなるのは
自分の中心から離れている時です。

発見を外だけでなく
内にしていき
ミクロの探訪に
きっと貴方は夢中になる。

自分という宇宙の頂きに
胸を埋めて味わい尽くす。

拡がりは
奥深い深淵さにも
存在しているのです。

===================================

一年前の貴方に聞いてみて。
こんな自分になれるって
こんな世界で生きられるって
想像出来たかしら?

そう。それが答え。

想像出来ないくらいに
素晴らし過ぎるくらいに貴方は、 
もっと幸せになって良いと
途方も無いくらいの幸せを 
享受しても良いと
 

世界は、優しく微笑む。

その幸せを 
手に入れるほどの価値が
貴方にはあるのです。

幾千年、幾万年分の 
絶望を終わらせ
希望を希望のままで終えずに 
 

手を伸ばせなかった 
星であった希望が手の中にある 
奇跡を幾度も体験してゆく。

不可能を可能へ。
逃れられない運命など無いと知る。
不可能ばかりの世界から
奇跡の世界へ。

見ているだけで無く
手を伸ばせば、 
貴方もその世界の一員になれる。

フリーダムディスティニー
奇跡に満ちた自由の船で
貴方は、愛を思い出してゆく。

(エジプト ナイル川で船上の月を眺めて)

===================================

エジプトから
無事に帰って参りました。

弱さを埋めるための
固定的な役割では無く
 

「愛し合うという答え」
を中心とした 
流動的な役割で行きた時
人々は、その時々に愛し合い 
ながら、もっと今以上に 
輝かせていく事が出来るのです。

「愛し合うという答え」
 

揺らぎない中で
繰り広げられる営みは
必ず幸せにしか向かわない。

例え、課題が現れたとしても
世界が追い風いっぱいで
あなたの幸せを応援する。

今まで達成したことの無い 
幸せに向かうのは
不可能に挑戦する事だけれど

不可能そうに見える上部に 
囚われず
 

本当に向かいたい方に向かう 
望みが
 

奇跡をあなたに与えるのです。

===================================

イシス神殿にて。

愛するイシスと優しい水と風に
再来出来た事に、 
心の奥底から喜びが溢れ、 
心に花が咲いてゆきます。

とても強くて、とても優しい。
強大な霊力といのちの力を持ち
不可能を可能にしながら
新たなる扉を開いてゆくのだと。

どんな時も諦めず
真っ直ぐ前を向きながら
あらゆる世界の人々の
絶望を希望へ変えてゆけ。

必ず出来る。

信じるを超えた愛という栄光へ。

===================================

コムオンボ神殿にて。

より、私が私らしく生きることで
世界がもっと自分を取り戻して
いけるようにと宇宙が囁く。

完全に終わるには
手放す事では終われず
全てを受け容れる事でしか
終われないのだと知る。

幾多の王である人生を超越して
わたしは宇宙にとっての役目を
生きる事が出来るだろうか。

わからない。

それでも、前に進むしかない。

何時もそうだった。
わからない中で、わたしは前に進む。

静寂の中で、微かな音を頼りに
それでいて、僅かな光を逃さない。

新たなる風が、 
次へ向かう道を教えてくれる。

===================================

愛し合うということに
勝るものなど何もない。
  
 
お金も権力も何もかも
全てを得たとしても
愛が無ければ空虚なだけ。
  
  
わたしたちの、この手は
傷つけあうことや
時に、命を奪うことにすら
使うことが出来るものだけれど
 
  
触れ合い、愛し合うためにも
使えるものなのだと
世界と私自身に教えていきたい。
  
  
誰かと関わることで
沢山傷ついてきた傷と恐れは
  
  
誰かと愛し合うことで
愛によって、解けていく。
  
  
一人一人の愛の覚醒が
世界を変えていく力となるのです。
  
  
世界を愛によって広げていき
内なる自分の世界を愛によって 
広げていく。
 
  
外と内。
内と外。
  
  
愛いっぱいの、世界へ

===================================

『本物の凄い』を 
手に入れていないから
偽物の凄いを手に入れたがる。
  
  
私って凄い!
唯一無二の存在である自分を 
賛美した時 
 

自分以外の世界のあらゆるものも
自然に賛美することに繋がる。
  
  
唯一無二の存在である自分を現せ。
他のものでは、もはや、埋められない。
  
  
何か沢山の物を持っていることで 
凄いを感じていたり
 

誰かから特別に愛されている 
ということで凄いを感じていたり
 

何かの役割を与えられていることで 
凄いを感じていたり 
 

何かの能力があることで 
凄いを感じていたり 
 

そうしたことで得られる特別感は、 
全て幻想に過ぎない。
  
 
誰かより凄いというのも
誰かより凄くないというのも
全て幻想に過ぎない。
  
  
ただ、自分が自分であることでの 
本物の凄さ。
オリジナリティー。
 

それは、最も、 
自分という愛が発動している時である。

===================================

京都のライトワークを終えて
講習を立て続けに行い
明日からエジプトへの
ライトワークへ向かいます。

昨日の事が遠くなるくらいに
忙しくて、 
日々、色々あるけれど
ここが正念場なのだと 
感じています。

どんな事も
愛することで進んでいきたい。

愚かだったり、 
弱かったりする自分を
抱きしめながら、 
 

それでも、また
真っ直ぐ前を向いて、 
歩んでいきたい。

愛する。 
その度に世界は優しく変わる。

===================================

世界から与えられる愛の形は
それぞれに違います。

何故なら、世界には 
その人自身が現れて来るし
人それぞれに求めているものが 
違うから。

誰かには、与えられているのに
自分には与えられていない。

もし、そう感じる事があるならば
貴方自身の在りようと
貴方自身が何を求めているのか
再確認する事です。

全ての行動は、 
完結している場合にのみ
カルマが発生しません。

循環が回らない場合は
「得るために与えていないか」
を確認すること。

得るためではなく
純粋な真心の奉仕のみが
完結の連続で生きる鍵です。

そうした世界との貸し借りの精算が
大きく訪れています。

対、他人とではなく
対、宇宙との対話であること

そして、 
対自分との対話である事を
忘れずにいる事です。

===================================

前向きで一生懸命で 
熱い人を見ると
「何、熱くなってんの? 
 馬鹿じゃない?」
って、 
冷めた感情で見下す感情って

実は、「情熱」 
自分に無いと思い込んで
分離していて、 
そうなれない自分の正当性により

「わたしは欲しくないわ」
って、怒ってるんだよね。

冷めながら、 
平気ですって感じで
そうなれない自分を正当化して
誤魔化して守っているんだよね。

情熱が無い絶望に
苦しいけれど身を置いたものは
世界を自分のものとして
自分の状態を直視している。

そこからしか、 
本当の情熱は始まらないよね。

情熱という言葉を
サイキック能力に置き換えても 
同じ。

ああ、あなたさえ手を伸ばせば
世界はあなたの内側から
そのあなたを引き出してくれるのに。

苦しくても、手を伸ばせ!
たった一つの己という栄光へ。

===================================

覚醒って
難しく感じる人も
いるかも知れないけれど


もっと、世界は優しいと知り
もっと、世界は美しいと知り
 

何処までも、愛に包まれて
輝いていく 
ということだとしたら
貴方はどうする?

際限なく、 
何処までも広がりゆく
無限の存在、それが貴方。

===================================

 

Lumina Yamashitaさんが
10/10に 
「願いを叶えるフォーチュンノート」
を永岡書店より出版されました。
    
  
月の力を侮るなかれ。
 
  
願いは、全ての始まり。
願いは、全ての源。
  
  
そこから、何だって、 
生まれていくんだからね。
  
  
願いというのは、 
いつもそうであるように
願い、願って、拡大していくのです。
  
  
願うことで、どんどん貴方は
貴方の最高の自分の望みに気付き
最高の自分を許可していくのです。
  
  
ちゃんと、 
自分の願いを知っていますか?
薄ぼんやりとしていても、 
薄ぼんやりのままで
『書く』ことで、 
初めて気付くことって 

本当に沢山あります。
  
  
混沌とした時代だからこそ
魂とマインドの一致した
純度の高い願いが
貴方のクリエイションの支えになる。
  
  
新月と、満月になる度に
自分を見つめ直す時間をつくることが
大好きになりそうな『いのちの本』
  
  
貴方の、いのちは、生きてますか?

===================================

遂に。。。!!!!!!!!!
遂に。。。!!!!!!!!!

新世界を創る 奇跡と倍音の
次世代パートナーシップ!(名称仮)
のワークが出来ました!!!!

屈折、40年。

陰陽、足し算引き算じゃない
カルマゼロでの世界との関わり。

孤独とオリジナリティー
人間の醍醐味。

血みどろになりながら
ようやく、つくれた!

待ってる人、もう直ぐ届けるね!
今日は、感無量過ぎて、 

泣いて寝ます!

===================================

自分自身に乗り込め!
強烈なメッセージ到来。
賽は投げられた。
Are you ready?

===================================

コントロールか愛か。
愛の押し付けを行いがちの人は
北風と太陽のお話を
幾度もよく読む事。

どんなに素晴らしいことで
どんなに真実であっても
押し付けた瞬間にコントロールにしか
ならなくなってしまうのです。

相手が受け容れられない時ですら
絶え間無く、太陽のように
照らし続けましょう。

ずっと愛して見守りましょう。

「わかってもらえない」
そのように感じる時は
相手の問題ではありません。
自分自身の課題が、自分の世界に
現れているだけです。

抵抗も愚かさも弱さも
全部、自分自身にある。

それを許す度に
慈しみと慈愛に満ちてくるのです。

===================================

【受け止めやすい方法で伝える】

北海道のライトワークに行ったので
実家に立ち寄りました。

両親に、 
普段は遠隔で出来ない施術
解放やメンテナンスなど
色々してきました。

両親の場合、わたしが思うに
『本人の意思で』
『対面で』
施術をすると、遠隔では
出来なかった事が出来ます。

『気功のようなもの』
と認識しているので
対面で動作ありの方が
本人が受け止めやすいのです。

わたしの両親もそうですが
誰でもエネルギーワークを
遠隔で受け止められるか
というと難しい場合もあります。

そもそも、 
エネルギーワーク自体が
世間一般的には、 
受け入れ難いものである。

そういった、事実をしっかりと
受け止めながら行動する事が
思いやりを持つ事であり
自分の価値観を押し付けない為にも
大切な事であると思っています。

今では、『気功のようなもの』
を感謝と共に受け取る両親ですが
はじめから、そうだった訳では 
ありません。

5年〜6年かけて
今の状態にゆっくりと育んできました。

最初は、わたしの仕事を両親には
「カウンセラー」と言っていました。
年老いた人には、既にある言語で
近いものを伝えると伝わりやすいです。

全部、わかってもらえなくて良くて
雰囲気が伝われば、それで良しと
思っていたものですから
 

カウンセラーみたいな仕事を
している事を理解してくれただけで
感謝でしたが、 
 

会う度に
エネルギーワークをかけたく 
なったので
そのうちエネルギーワークを 
対面でも行うようになりました。

母は、スムーズにかけさせて 
くれましたが
父は、かけようとしても断られて 
いました。 
 

そう言う時は、 
未だタイミングじゃないと思って、 
決して無理強いしないで
本人の意志を尊重してきました。

何度も何度も、会う度に
問いかけをし続けて 
根気負けをし始め 
 

仕事の実績と共に評価を得て
対面で施術させてくれて
ちょっと変わったと言うように 
なりました。

お金を払うクライアントさんであれば
自分の意志で受けに来るから
100パーセント受け取れます。

でも、そうでない自分の家族には
自分がわかってもらいたいとか
自分がやりたいからとか
自分の業界用語で話しをして
身勝手な想いをぶつけるのでは無く

北風と太陽のように
『自分からやりたい』
と思えるように、  
忍耐と共にひたすら愛によって、 
照らしていく事が近道であり、 
良好な関係を築く秘訣である 
と思います。

『尊重』されない事は
どんな人であっても嫌なはずです。
 

関係を拗らせない為にも
相手の言語で、 
相手が受け止められるように、 
じっくりと育むこと。

それが出来るというのは
やはり、 
「理解されないままで良し」
という、 
 

自分自身の絶対的な孤独を
受容するかどうかにかかっています。

===================================

技術やスキルを得る理由は
人それぞれにある。
  
  
どんな理由であっても
本質的な変容を遂げるものであれば
必ず、その人自身のためになる。
  
  
そういった意味では
どんな理由であっても尊いものだ。
  
  
自分のために
自分が楽になりたいために。
自分のために
自分が出来る自分を見たいために。
  
  
そうした自分のための
理由であっても素晴らしい。
  
  
ただし、提供者、 
霊的指導者となれば
もう一つの理由という在り方が 
問われる。
  
  
『目の前の人に、一体、どれほど
 最高の技術を持って愛するか』
  

そうした、 
自分としての愛の体現が
技術やスキルを得る理由と 
なっている場合 
 

そうした有り様から滲み出る
愛というものがあるから
技術やスキルを<得て> 
いるのだけれど
それは、単に得ているのでは  
なくなる。
  

<与えるために、得ている>
それは、単に得るのとは 
ベクトルが異なる。 
 

愛の循環であり、 
得ること自体が 
奉仕的な愛の現れだからだ。
  
  
そして。
自らがそうした体現をしている場合
同じような者が目の前に現れ
愛が繋がれていく。
  
  
憎しみや悲しみは
人と人を介して繋がる鎖であるけれど
その鎖を解くのは、愛であり
愛もまた、繋がっていくのだと。

===================================

カルマを超えた 
人と人との関わりは
闇を受け止めていく学び 
だけでなく 
 

もっと、新しい自分の可能性に
出会っていく触れ合いになる。
  
  
もっと、愛を見出し
もっと、自分の美しさを知り
もっと、自分の可能性に開けて
世界の優しさを知る。
  
 
未だ見ぬ、 
光の欠片が自分に見えぬ時ですら
世界の何処かには見つける 
ことができて
  
 
発見が内と外の両方に絶え間なく 
起こりながら
宇宙の神秘の音を聴いていく。
  
  
違いを知る学びは
愛の拡大が起こる素晴らしさがある。
  
  
同じを知る学びは
もっと、深淵なる自己を知る探求が
起こる素晴らしさがある。
  
  
どちらも素晴らしいけれど
これからは、もっと、 
深淵なる自己を知る探求の関わりが 
増えていくだろう。
  
  
どんな人と出会い
どんな触れ合いをしていくか。
全ては、あなたが現れる。

===================================

わたしは、わたしでしかない。
 

他の誰かに、 
わたしがなれないように
わたしには、他の誰もがなれない。

太陽は太陽であり
雲は雲であり
花は花であり
自分は自分である。

特別な事では無く
ただ、本当にとても
シンプルな事なのに

自分の美しさだけは
置き去りにしてしまった
人間たちよ。

賛美を忘れるなかれ。
他人だけで無く、自分自身の。
内側に煌めく自分自身への賛美を。

それが、神を讃える事なのだ。

===================================

ただ今、北海道に向かう空の上。
ライトワーカー仲間の愛によって
また、世界が一段と好転したのを 
感じる。

さあ、次はわたしの番だ。
行ってくるよ。

仕事で全力を果たし
倒れるように眠っても
神界と龍のお陰で起きると
英気が漲っている
様々な愛とサポートのお陰さま。

どんどん、ライトワーカーが
進出してきている。

その調子。その調子。

でも、一言、苦言を言うなら
友人にウケる記事など
書いている場合じゃない。

自分を待ってる人に伝えて 
いくんだよ。

自分を待ってる人に 
自分が伝えないで
一体、どうするんだ。

ようやく、 
声を出せるようになって
始めて語れるようになって
それで、一回や二回声出して
世界に届かなかったからといって
グチグチしてる場合じゃない。

声が枯れるほど、伝えて、伝えて
世界に伝えてゆけ。

どうしても諦めきれない
魂が震える望みがあるなら
誰に認められなくても諦めずに 
伝え続ける。

そうした時には
どんなに馬鹿げてる事だって
世界の方が、 
根気負けしてしまうものだ。

自分にとって、大事なものは
絶対に譲っちゃダメだ。

世界が根気負けした時
突破口が開ける。

誰もが、諦めなければ
必ず自分の突破口を開く事が出来る。

===================================

【過剰要求の本当に欲しいもの】

求めるものに寄り添って
出来る限り応えたとき

感謝される時と
「これだけじゃ無くて、 
 もっと他のが欲しい」
と言われる時がある。

「これじゃ無くて、 
 もっと他のが欲しい」
という人に、 
他のものを与えたら
際限無く、過剰要求に発展していく。

過剰要求の要求は
本当に欲しいものを望んでいない。
 

〈過剰要求に応える姿勢そのもの〉 
が欲しい。

もっと言うと、過剰だから
〈相手が無理して、 
 苦しみながら、応えてくれる〉
のが欲しい。

過剰要求の人は
そういう姿勢に最も陶酔を感じる。

つまり、母親との関係において
〈何でも、自分の都合を叶えてくれる〉
都合の良い空想の産物を愛だと
勘違いしているのだ。

過剰要求と感謝は
対極に存在していて
過剰要求に応えていても 
徒労に終わる。

特に、今まで求める事に 
我慢してきた場合に
求められるように成り立ての時に
今度は過剰に欲求してしまっている 
事に気付けないのである。

人間だから、全ての要求を
叶えてあげる事は出来ない。

ここまでは、出来るよ。
ここからは、出来ない。

人間という制限の中で
最善を尽くしていく事が
愛することに繋がる。

===================================

霊的覚醒における
最もたる懸念材料は
「停滞」である。


錬金術師であれば
理解出来ると思うが
 

覚醒プロセスにおいて
階段の上に留まっている者に
指導者が与える愛は
階段から降りる事を促すこと 
なのだ。

どんな甘美なものも
握り締めれば所有へ変わり
本来の目的からは外れる材料となる。

===================================

個が極まることと
愛が広がることは
対である。
  
 
すなわち、宇宙は
個が極まれば極まるほど
愛が広がることを与え 
  
 
愛が広がれば広がるほど
個が極まることを
与えていくものだ。
  
  
特に、これから地球
そして、宇宙が開けていく際に
これらの両方に同時に意識を
向けておくことが
鍵になってくる。
  
  
どちらもが、重要であり
どちらもが、大切なこと。
  
  
これらは、対なので
どちらか片方を言っている時は
同時に、もう片方のことも 
言っているということでもある。
  
  
反対など、存在しない。
全ては球体のどこに
スポットライトを当てて
話しているかということだけに 
過ぎない。
  
  
しかし、極と極。
二元性の目線だけで生きて捉えて
いる人にとっては、同じではなく
反対に見える。
  
  
そもそも、 
反対など、存在しなく
スポットライトの何処に光を
当てて話しているのか
という風に見て捉えた時に
物事の本質が見えてくる。
  
 
反対が存在する二極の世界と
全ては球体で一つである
ということから見ている世界では
何もかもが違っている。
  
  
わたしたちは、いま
二極だけの目線という方向性を
持ちながらも、それを超えて
立体的な宇宙視座を得て
養っていく時なのだ。
  
 
それが、対極を生み出さず
摩擦エネルギーを過剰に生まない
世界の争いを最小限に留める
秘訣である。

===================================

軌道修正が効く時というのは
早期に対応した時。
 
 
軌道修正が効かない時 
というのは
膨らみすぎて、爆発した時。
 
 
破綻すると、 
中断かしばらく操作不能になる。
 
 
闇を切り取った光を見ての
加熱や過剰さというものは
いつも一人歩きして、 
何時しか爆発する。
 
  
爆発を防ぐ方法は、 
爆発の予防をすること。
つまり、光に闇を当てていくこと。
 
 
そして、 
光に対して当てていく闇は
光そのものとなる。

===================================

錬金術プログラム初級が終わり
幸せの中にいます。

皆んながどんどん、創造的に
自分の技をクリエイトをするのを
眺める事が至福でなりません。

錬金術を教えることが
とっても歓びです。

オリジナル講習の部分で
講習の内容を、 
より理解するために
アンネ フランクの小説の一編を
読ませていただきました。

アンネ フランク。
そう言えば、余りにも遠い昔で
忘れてしまっていたけれど

幼い頃、お化け屋敷みたいな家で
ジキルとハイドみたいな母と 
北海道の閉ざされてしまう 
冬を過ごす事が 
如何に苦痛だったか。

呪詛が聴こえ続け
自殺未遂や、失踪が当たり前の
そんな日常の中で

わたしは、ある時決意し
両親の寝室の隣の部屋だった
自分の部屋を頑固に変えてもらって
二階の部屋に移動しました。

少し隣よりはマシになったけれど
下の階から絶え間なく聴こえる
罵声と呪詛の中、 
 

ひたすら、本を読んで
イマジネーションの中に 
いる時だけが憩いだったのです。

色々な本を読み漁りましたが
アンネフランクの小説は、 
とても本質をついており、 
屋根裏部屋で隠れながら
生きなくてはならなかった 
少女が書いたとはとても 
思えないほど、透明で純粋で
わたしの胸を打ったのです。

同じように、 
閉ざされた環境と絶望の中の 
わたしに希望を灯してくれました。

そうか。と帰りの電車で
わたしは思いました。

例え、大きく現実が
直ぐに変われる時期では 
無い時であっても
そうした本が、 
わたしを活かしてくれて
いたんだ。

わたしも、絶望の最中であっても
誰かの心に希望を灯す本を
誰かに書きたい。

はじめて、本を本当に書きたいと
心から思えたのを感じました。

今年の冬は、かつての自分に
届ける手紙を書こう。
きっと、 
暖かい冬になる事を願って。

===================================

人というのは
教えることではなく
共に過ごすことで育つものである
というのが、わたしの答え。 
  
 
教えたことに対しての
共感と不共感の両方が生まれることが
指導者としての健全な在りようである。
  
  
共に過ごしたことで育ったものは
自らが得たくて、選び取ったもの。
  
 
それは、師という 
一人の人間を超えて生きる。
  
  
例えば、今年の5月に 
今までずっと大切にしていた
丁寧でアットホームな
わたしを大きなる目的のために
わたしは手放さなくては 
ならなかったし
  
  
全ての人の応援がしたくとも
手が回らない現状があるけれど
ちゃんと、 
愛のあるトレーナーさん達が
愛を広げてくださっている。
  
 
愛が、ちゃんと染み渡るように
各々へ行き渡っているのを
眺める度に、感無量の思いになる。
  
  
気がつけば、 
わたしが何もしていない時も
愛を広げる人達によって
周りに愛が広がっていた。
  
  
本当に、本当に、わたしの活動は
とても、ちっぽけな取り組みだった 
はずだけど
  
  
気がつけば、多くの人が、 
同じ世界を望んでいた。
  
  
争いや憎しみが絶えることは
本当に無いのだろうか。
  
  
終わらせることは
本当に、出来ないのだろうか。
   
 
わたしの持論はこうだ。
個人レベルで、それが可能である。
  
 
ということは、 
即ち、世界においても
それが反映されたとしても 
可笑しくない。 
 

今まで一度も達成したことが 
なくとも
見たこともない幸せを揺るぎなく 
見定め続ければ。
  
 
啀み合いも、憎しみあいも。
傷が解けていったなら、愛に戻る。
  
  
わたしの、これから向かう世界は
そうした、誰もが夢みても 
叶わなかった世界。
  
  
共に、向かおう。
そんな、馬鹿げたほど、 
夢見たいな世界の
幸せな夢を共に見よう。

===================================

組織が大嫌いだったのは
組織ってのは居心地が悪い場所
だと思っていたから。


でも、違った。
居心地の悪い組織が多過ぎで
世の中の組織が全部そうなのだと
勘違いしてしまっていただけだった。

独りが好きなのだと
ずっと思っていたけれど
それも違った。

傷だらけの、投影だらけの
問題だらけの
自分を持っていない者同士が
集まる集団だから、 
面倒で鬱陶しくて、 
ウンザリするほど
大嫌いだっただけだ。

何のことはない。
異常状態の人間しか
世の中に殆ど居なかったから
苦しかっただけだった。

いつか、 
ロールプレイングゲームで
「状態異常」 
に主人公がなると大変だったけど、 
今の人間は笑えないほど、 
状態異常だらけだ。

本来のその人に還す。
目の前の人が愛に戻る度に
幸せになれない呪いを
解き放つ度に

人と人との、本来の関わりが
生み出されて、愛を思い出し
人との触れ合いが愛おしくなる。

人々の心の健康が組織を変えて
社会を変えていくのだ。

===================================

【教えられない状態】

教えられない状態。
それは、言った事をそのまま
受け止められない状態。

全部、自分の概念や枠で
捉えて変換してしまう。

素直の真逆。

そういう状態を研究してみたら
とても傲慢な意識状態で
自分の正しさというものを
一度も失っていないという
可能性もあるとわかってきた。

両親から、支配やコントロールを
受けてきたという経験も
耳を傾けられない要因となるし

傲慢さが命取りとなり
人を見下し、 
指導者ですら見下すので
指導者はそれを即座に見抜き
教えられないと判断すれば
手元から解き放つ流れを汲む。

こういう状態から脱却する
一番の薬は、一度、奈落の底に
落ちて、自分の正しさや傲慢を
そこで、削ぎ落とす事だ。

耳を傾けない者に
教えられる事は何も無い。

だから、人は自分自身で
自分を奈落に落とすものなのだ。

傲慢を削ぎ落とす時は
悶絶するレベルで苦しいが
そうした経験によって
素直さと謙虚さを手に入れた者は
本当の幸せに辿り着く通行証を
持っている。

その通行証が
後の自分の全てを豊かにする。

天の門を通る時には
幼子のようでなければならない。

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この数日の仕事における発見が
余りにも、受け入れ難い発見で
緊急を要するものでもあるという
プレッシャーが強くて
殆ど、眠れませんでした。

フリーダムディスティニーを
つくった時も、 
どうして、そんな技や術が
自分がいきなり、出来てしまったのか。

本当に、嘘みたいで、 
嘘みたいな現実を受け入れ難くて、 
でも、嘘みたいだけれど
自分の中での確かさがあって 
 

結局のところは、 
目の前の人の変容の結果
臨床が、まさかね。。。 
まさか、 
そんなこと有るはず無いよね。 
という自分の淡い期待を
見事に撃ち砕いて行く事に 
なりました。

奇跡的に、 
変わってしまったからです。

先日のシャスタでのライトワークも
本当に嘘みたいに、やった事もない
仕事が素晴らしく出来て
どうして出来てしまうのか。
疑いの中で、
奇跡が起こっていきました。

まさか、 
こんな事に世の中がなってくるとは
知らなかったし、  
人間に教える仕事だって、 
既にいっぱいあって
スケジュール、パンパンなのに。

宇宙は、世界は、待ってくれない。
私の都合など、考えてくれない。

そんな事を思い知りながら
思えば、シャスタで、日本神界から
頂いた仕事とセットのギフトは
ヤマタノオロチを切ることの出来る
草薙の剣の剣だったし

ここのところ、私自身がいかに
地球の幾多の人生で、最高の猛者
最高の剣使いだったかを知る事
ばかり起きていたし

わたしの周りには、過去生で
武将やってた人の割合が多いし

気が付いたら、 
全部辻褄が合ってて
シャスタの山の地下には
黒いニョロニョロがいて
この宇宙的物体を、古代の人は
ヤマタノオロチと言ったのだと
わかってはいたけれど

自分がそんな事をするとか
ヤマタノオロチ斬ったとか
受け入れ難くて

参加者の皆んなには
黒いニョロニョロとか言って
そのままにしてたけど

この数日、 
人の多次元スポットにも
似たようなやつがいて
剣でぶった斬る度に
そんな事をしている自分が
ファンタジー過ぎて、 
頭がイかれている気がして、 
辛かった。

でも、この疑いようも無い感覚は
フリーダムディスティニーを
つくった時と同じ。

どうか、神さま。 
どんどん、ファンタジー 
過ぎる真実を
わたしが受け容れて、 
為すべき事が成せる勇気をください。

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【緊急 拡散希望】

☆身体が怠い
☆肩が凝る
☆眠れない
☆モヤモヤする
☆目の奥がもやったり霞む

こういった症状が
超大量発生しています。

この2日間、数日で起こっています。
この症状は、宇宙的に守られていた
地球のガードが緩み、人間へのガードが
緩み、多次元に存在している自分に
影響を及ぼすウイルスが発生する事で
生じています。

多次元の自分に発生するウイルスでも
この人間の自分の心身にも影響が
出ています。

絶妙に、ちょっとした違和感としか
発生していない事の方が多く
ウイルスを撃退した後には
全員が、身体が軽くなり
自分を取り戻した感覚や
スッキリとするという事で
実感を得ています。

この2日間で、そうした症状を持たれた方を
十数名施術し、特殊なライトソードによって
ウイルスを撃退するという技を行いました。

つまり、地球レベルのインフルエンザでは無く
宇宙レベルのインフルエンザが
多次元的な自分という、内側から
発症していると考えられます。

非常に大それた予想で、お伽話的に
聞こえるかもしれませんが
そういった、宇宙的なインフルエンザには
地球のインフルエンザの薬は効きません。

緊急で近日、一斉ワークを行う他
緊急で、ライトソード構築を完成させ
伝授を行い、この事象に対応しうる
ライトワーカーをつくる予定です。

このような症状に悩まれている方は
こちらに更新されるご案内をお待ち
ください。

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目の前のことに、 
一生懸命になりやすい場合は
 

一度全体目線、 
大きな視座で物事を捉えてみると
今の自分が何がしたいのかが、 
もっと見えてくる。
  
 
時には整理も必要だ。
  
  
進められていない部分には、 
秘密がある。
進めたいのに、 
進められないならば
進められる許可が下りない 
理由を見つける。
  
  
それは、何か。
それは、何だろう。
  
  
失敗を怖がる恐れか
パーフェクトを狙い過ぎる 
完璧主義か
誠実度合いが行き過ぎて気負い 
過ぎているのか
  
  
果たして、何だろう。
  
  
進めていないうちに、 
進みたい道に
更に工夫を凝らして、 
もっと最善の案が
思いつく場合もある。
  
  
進んでいないということを
責めることに使うのは勿体無い。
  
  
進めていない。
そこに、自分の本音と課題。
そして、創意工夫を凝らす醍醐味が
潜んでいるのだから。

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完璧じゃない。
だからこそ、人が愛おしい。
  
  
光だけを切り抜いて
光だけを切り取って 
現している完璧には
苦しさだけを感じる。 
  
  
ありのままの
その人そのものという姿を 
受け入れた時の
途方もない美しさに 
人間の美を感じる。
    
  
光と闇を統合し
抱き抱えれば 
抱きかかえるほど
世界は優しく微笑む。
  
  
一生懸命で、 
努力家で、情熱的で
おっちょこちょいで、 
臆病なのに
時々すごく大胆になる。
  
  
世界を愛おしく感じる度に
自分を愛おしく感じながら。
  
  
あなたは、わたし。
わたしは、あなた。

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色々新しい挑戦をする時 
というのは
予期せぬ問題が起こったり 
するものだ。
  
  
問題はいかに最小に 
留めていたとしても
予期せぬものについては、  
全て網羅することは出来ない。
     
  
挑戦するということ自体が、 
自分の範疇を超えて
把握できない側面がある 
ということであり
そうした裏を抱きかかえてこそ、 
挑戦が成り立つ。
  
  
即ち、挑戦とは 
何が起こるかわからない
未知を受け入れることだ。
    
  
未知を怖がるなかれ。
  

マインドの管理を 
手放したところに
宇宙の祝福がある。

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先日のライトワークの一コマ。
安倍晴明所縁の、土御門神社にて。

4つの色の門があり
それぞれ、脚を踏み入れる事の出来る
門の色が違い、 
出れる門の色も違いました。

わたしは、白から入り
青から出ました。21192559_1107356266062685_5314368734485121457_n 21167925_1107358336062478_8030852039456665171_o 21231833_1107356269396018_5272072024368294852_n 21230934_1107356272729351_5031632721586330879_n 21199636_1107358332729145_1996151708767413378_o

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【統合の日】

この数日、 
ライトワークやスーパービジョン
で休む暇が無く 
いっぱいいっぱいでしたが
ようやく、一息つける心境になって 
来ました。

と言っても、 
明日から、ライトワーカー上級の 
集中コースが3日間連続であるし
4日からの 
シャスタのライトワークの事や
取り組む事は相変わらず、 
色々ありますが
気持ち的にゆとりが出てきました。

今日は、 
朝からスーパービジョンが全部で
14本分入っていたのですが、 
ここまで定期サポートで指導している
ライトワーカーさんの成長を
とても感じる日でした。

至らない自分も愚かさも 
弱さも抱きとめる度に、 
光り輝く。

統合の日。一つの完結。
そして、それは、9月から
前に進んでいく為の完結。

準備は整ったね。
9月から、次に行くよ。

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本当に大変容する時
破壊されて再創造。
古い自分が死に絶えて
新しい自分が生まれるレベルの
変容もあります。

覚醒のプロセスである
アイデンティティが
変わるレベルの大変容。

それを起こるかどうかは
起こす側が、例え、自分一人では
恐ろしくて破壊し尽くせなくとも

導き手が、相手を愛によって
どれほど支えているかで決まる。

下支えがあるから、安心して壊せる。
沈黙の愛が、新しくなることを許す。

導き手によって
自分を壊せるほどの
圧倒的な愛によって支えられながら

わたしたちは、 
どんな自分でさえも許し
どんな自分でさえも愛してゆく事が 
出来るのです。

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人間としての 
自分の愚かさや弱さを
とことん、究極的に見た人間は
 

それでも、なお、愛してくれる
世界の愛に圧倒される。

そして、 
世界に本当の尊敬と感謝を
抱くことが出来るのだ。

愚かさと弱ささえ、極めれば
光と成り得る。

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自分の問題や課題を
他者に一部負担させるという
背負わせる行為について
興味深く考えさせられる事が 
あります。

問題や課題は共有した段階で
相手にも責任が発生するような
仕組みになっているのです。

例えば、最近、何回か 
未だ、講習代金などの
お金が用意出来ていないのに
申し込みをしていたり
席を抑えておいてとか
待って欲しいと 
要望されるというケースを 
見る事がありました。

お金を用意してから申し込む。
これは、基本の姿勢で
世界との関わりの中で
バウンダリーが出来ている状態です。

以前、申し込みしてから、 
何処かでお金を借りた(家族以外) 
という事実が発覚した時には、 
即時こちら側からキャンセルを 
言い渡したケースもあります。

こうして、 
申し込みをする相手に
自分の金銭事情を 
開示してしまう場合
本人の個人的なお金の問題が
発生しているのですが、 
 

それを背負い切れず
お金の側面で依存を発生させようと
している行為であるという事を
知っておくと良いでしょう。

実際にそれまでに用意出来た、 
出来ない。は関係ありません。

達成する、しないに関わらず
「事情を共有しようとしている段階で
 共有した相手に、 
 自分の問題を背負いきれず
 引っ掛けてしまったのだと 
 知ってください。」

問題や課題は、 
自覚して認めるところから 
始まります。
ここから、改めていってください。

さて、お金が用意出来た段階でないと
申し込みはしないものと思っていたので
こうしたケースが起こるのは、 
想定外の事でしたが
何回か見た事で、 
そういう人もいるのだと解り

わたしの方でも、 
より、お金に関する
バウンダリーを一段上げる事に 
しました。

依存される側にならない 
「予防」が求められていると 
感じたからです。

申し込みの段階では仮予約で、 
ご入金をもって本予約とさせて頂きます。 
仮予約の段階では仮の受け付けであり、 
お席の確保は確定されてはいません。

仮予約から、本予約までの期限も
一週間程度とさせて頂き
現時点で準備が整っている方を
受け付けさせて頂く方針です。

こうした、 
仮予約と本予約を区別化する事で
健全なお金の循環によって、  
講習を受けて頂けるような在り方を
より、一層、現していきたいと思います。

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いつも、口酸っぱく 
言ってるのは
使命というのは、 
単純に進みたいという 
感情だけではないということ。 
  
  
それは、自分の課題と 
同居しているから。
  
 
だから、他の選択が、 
自分の喜びというところで
選べるようになったとしても、 
 

使命に関しては
自分の喜びを選択できているのか。
課題があるので、 
抵抗して拒否しているので
抵抗が無い道を選んでいるのか。
後者なのに、 
前者だと思い込む人はとても多い。
  
  
抵抗は、 
自覚できないから抵抗なので
そういった場合、 
自力だけの見極めは非常に 
困難を極める。
  
  
まあ、それにしても、 
私も含めて
揃いも揃って、人間というのは
使命に向かう時に、 
課題による抵抗が出るので
  

いざ、使命という 
大きな壁の前にすると
他者からのアドバイスを 
聞かないように
ありとあらゆる正当化によって、 
自分を守り
 

使命に進まないのが、 
あたかも正しい結論である
という大抵抗モードに 
突入したりする。
  
  
大抵抗モードに突入した時に
人々が、持ち出す話の 
一番多いのは
私の統計によると
『自立』を主張しだす 
というもの。
  
  
自立を盾にするのは
アドバイスを聞かないことを
正当化できるから。
  
  
正当化は、エネルギーを見れば、 
バレバレで
昔は、その事実を言葉で伝えたり 
しながら
抵抗に付き合ったりしたけれど
  

昨今は、そこまで気長に対応する 
というモードが難しく、 
その抵抗に一人一人、  
丁寧に付き合うということを、 
私も含めて、指導者たちも 
誰もする様子は見られない。
  

特に、親への反抗期を 
やりきっていない場合
反抗期だけでも大変なのに、 
反抗期にプラスして使命への 
抵抗がダブルで襲いかかると
それに対して対峙、 
対応する労力が半端ない。  
  

そのため、 
『使命とは 
 課題と同居している』とか
『使命であればあるほど、 
 抵抗も生まれるものです』
という重要項目は、 
口酸っぱく伝えてあるので
  
 
その人が、 
例え抵抗によって、 
使命とは真逆の道に
迂回して、走り始めたとしても、 
その抵抗に付き合うことはせずに、 
『どうぞ、走ってきてください』
という感じで、 
手放すスタイルになっている。
  
  
帰ってくる時は、 
帰ってくるだろう。
帰って来ない時は、 
帰って来ないのだろう。
  
  
全ては宇宙にお任せ。
宇宙にお任せの育成スタイルが、 
今の主流。

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自分には、問題があると 
自覚している時
というのは、自覚があるので
問題であった事は、 
むしろ、好転したり
向上したりする材料となります。

実際に大変迷惑になる時 
というのは
無自覚である時です。
 

自分には問題が無いなら、 
世界に問題が無いという事になり
何時も被害者意識で生きる事に 
なります。

問題は、原因にも置き換えられます。
そして、原因を受け止める責任力が
世界を創造する源なのです。

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いつも、 
今の自分に相応しい人が
目の前に現れます。


信頼した人に、裏切られたり
貶められたりした事があっても

誰かが、思いやりを持って
真心で愛してくれることで
人は、もう一度、信じてみようと
思えるのだと思います。

人を騙したり、 
偽ったりするのは
心が貧しいからです。

脅したり、 
コントロールするのも
心が貧しいからです。

そうしないと得られない
豊かにはなれない欠乏が
形を変えて現れています。

ありのままの自分の 
豊かさを知る人は
騙したり、偽ったりする 
必要がありません。

人間は、 
弱かったり愚かだったり
するけれど、 
それ自体は誰しもが持つもの 
であり、 
大きな問題ではありません。

何時も問題が大きくなる時 
というのは
それを、隠そうとする歪みが
問題を大きくしているのです。

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人間の記憶というものが
いかに不確かで危ういものか。
  
  
『愛されていなかった』
という風に断定するためには
いかなる手段も使い、 
都合の良い記憶だらけに修正して、 
愛してもいたという不都合な証拠は 
隠滅する。
  
  
『愛されていなかった』
というものの中には
『愛されてもいたし、 
 愛されていなかった』
というものが含まれていることがある。
  
  
そして、それは、言語を変えると
『誰か他の人を愛することもあったし
 自分のために、 
 自分の都合を優先する愛もあった』
というものに置き換えられたりも 
することがある。
 
  
何のことはない。
いつも、自分のためだけに、 
自分の都合だけを優先してくれる 
などという幻想が、 
愛されていなかったという人間を 
自分の中で生み出してしまう 
要因なのだ。
  
  
幾度も、セラピストの立場で、 
母親とこうした関係性を築いて 
しまった人の、  
育て直しをしたことがあるけれど、 
その度に思うのは『愛する』 
ということが『証拠』になって 
しまっているということが 
とても多いということ。
  
  
証拠になってしまうので、 
そうした母子の関係性の修復に
成功するか、 
解き放つことが出来る以外は
母親役のセラピストは必ず嫌われる。
  
 
母親役だから、 
解き放つことが出来なければ
嫌われるのが100%確定している。
  

なぜなら、 
『愛されていないという証拠集め』 
が常に行われており、 
10個望んだことを叶えても、 
それはカウントされないか、 
ネガティブ要因に覆るかして消え
1個、本人が気に入らないことをすると
それが100倍になって返ってくる。
  
 
完全に分が悪い。
だから、関係性を築き続けることが 
困難になる。
  
 
こうなっていると、 
どこまでも、未だ見えぬ誰かを
探し続けて、彷徨い続ける。
  
  
それは、 
とても苦しいことだけれど
何処かで、幻想は絶対に存在しないと 
わかるまで 
 

愛が何かということが 
本当にわかるまで
本人がそうした設定や状況を 
終わらせたいと思えるまで
そのモードは続いていくので、 
セラピストは最善を尽くすということ 
しかできない。
  
 
愛は、証拠ではない。
愛は、愛でしかない。
  
  
どんな愛であったとしても、 
愛ではないとさえ決めつけて 
物事を見れば、すべては歪んで 
愛ではないと見えるのが、 
この世界。

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もう直ぐ、シャスタ。
胸が高鳴りそうになるくらいに 
呼ばれている。
ネイティブアメリカンの時に 
過ごした美しい地で
わたしは、何を思い出すのだろうか。

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得意な事で100点を取るより
苦手な事の60点って、 
とっても難しい。


30点を取るのですら、 
凄く難しくて
60点は果てしなく思えるけれど

苦手なことや、 
新しい事を始めた時には
とても多くの負荷がかかっている 
ものだから30点が取れた自分を 
褒めてあげるのです。

何しろ、  
手つかずで0だったのが
1進んだのだから、そう見ると
とても進歩しているのかも 
しれないのです。

扉を開くときは、何時も重い。
慣れた道の楽さに恋い焦がれながらも
 

新しい道を開いて行った時に
新しい景色が目の前に広がります。

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生きていると、 
時々雲の向こうが見えて
霧が晴れわたっていく 
瞬間があります。
  
  
そうなるときというのは 
決まって
私たちが、まだそこに 
見出せなかった愛を
見出すことができたときです。
  
 
人間レベルで見ると
とても悲しくなるような現象でも
宇宙的には寸分の狂いもなく完璧で
 

責めたり、 
責められたりすることは
何一つ存在していない 
ということです。
  
  
どんなことも、 
私たちがより愛を知って
いくために起こっています。
  
 
私たちは、 
知らず知らずのうちに
あらゆる立場を、経験しています。
  
  
幾世もの時をまたぎながら
様々な役をこなし、 
今世でも様々な
立場に入れ替わりながら 
体験していきます。
  
  
代表例は、 
自分が子供であったときの反対で
自分が親になった時に、 
初めて親の大変さと
親の愛を知ることができます。
  
  
経営者になった時に、 
初めて経営する大変さと
経営者の愛を知ることができます。
  
  
霊的指導者になった時に、 
初めて導く側の大変さと
導き手の愛を知ることができます。
  
  
どの立場も経験しながら、 
私たちは、様々な愛を
知っていっているのです。
  
  
ずっと、一生、 
理解できないことがあります。
だから、あなたもずっと一生、 
理解されないこともあります。
  
  
理解が最大に大切なことでは 
ありません。
理解を超えた愛だけが、 
あなたを癒し、許すのです。

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相手に解らせてやろうという
不毛な戦いは無益に終わります。
  
  
相手が、今世では、 
ずっと解らない
ずっと変わらないかもしれない 
と思った時に
 

解らせてやろう 
というのがありませんから
相手を解らせるための行動や 
行為から自由になります。
  
  
ずっと解らなくていい!
なんて、自由なんでしょうか! 
 

そもそも、 
わたしたちは一つなのですから
解らないという学び合いのために 
解らないのであって
それさえも超えたところでは、 
解り合っているのです。
  
  
コントロールしようとする 
自分から自由になりましょう! 
 

放っておいても、 
解る人には解るし、 
解らない人にどんなに
説明してもずっと解らないもの 
だからです。
  
 
相手が解るか解らないかは
自分の意図を超えたところで 
起こっているのです。

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争いや怒りのエネルギーには
争いや怒りのエネルギーが 
同調します。  
  
 
ですから、 
何か外のものと戦ったり
競ったりしないことです。
 

どんなに酷いことをする  
ような人や
ありえないくらいに 
分からずやの人も
 

次元の低い自分として、 
いつかの今に
存在していたではないですか。
  
  
だから、 
いつかの今の自分と争わない。 
関わらない。
今の自分は、それを選択しない。
  
  
毅然とした態度は大切ですが
関わらないためであって
 

戦うためではありません。
 

その次元の自分と正しさを競っても
お互いに正しさを主張し合うだけで
勝ち目はなく消耗するだけです。
  
  
自分だけが、 
今の自分にとっての選択の正しさを
知っていればそれでいいのです。
 

誰かが愚かな選択をしたとしても、 
それは、あなたも通った 
愚かな道だから、 
愚かだと解るのです。
  
 
あなたにとって、 
今までで最も最高の選択が 
できたなら
それだけで、良いのです。

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ネガティブに 
巻き込まれない力って
とても大事です。
  
  
巻き込まれてしまうというのは
やはり、自分の弱さから来る 
問題だからです。
    
  
関わった時点で、影響を受けます。
ネガティブに巻き込まれることを 
選ばないこと。
 

巻き込まれそうだったら、 
途中で回避することを選ぶことも 
出来ます。
  
  
何かのせいにしないで生きる時
巻き込まれてしまったという 
言語は存在しません。
巻き込まれることを選んだ自分が 
いるだけなのです。
  
  
高低差が激しくなっているので、 
色々な事象が起こったとしても、 
自分が何を選択したいのか。
自分は何が合うし、 
何が合わないのかを常に
心に留めておくことが大切です。

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フリーダムディスティニーでは
クオリティーの向上に努め
日々、自分自身に向き合いつつ
謙虚に受け止めて等身大を生きる
トレーナーの育成を行っております。
  
  
現行の認定ライトワーカーを改め
フリーダムディスティニーの 
講習やワークなど、より専門的な 
スキルをお持ちの方々において
自信を持って皆さまにご紹介できるよう
8月からトレーナーとして 
ご紹介させて頂きます。
    
  
どの方々も、個性溢れながらも、 
プロとしての姿勢をお持ちになり、 
誠実に対応される方たちばかりです。
  
  
ホームページでのご案内は 
現在構築中ですので
ご案内が出来次第、 
公開させていただきます。
以下の方々が、 
フリーダムディスティニーの
トレーナーとして活動を開始されます。
  
  
ライトワーカーMegumiさん
三田村 嘉隆 (Yoshitaka Mitamura)さん
Riyong Awakeningさん
福島 求美 (Motomi Fukushima)さん
桐山 えんじゅさん
Alethea Sachikoさん
Midori Katoさん
Mai Tainakaさん
  
  
以上の8名をトレーナーとして、 
認定致します。
 

他にも素晴らしいライトワーカーさんや
スピリチュアルティーチャーさんが
どんどん育ってきておりますので
そうした方々をトレーナーさんとして
ご紹介できる日も近いと感じております。
  
  
また、フリーダムディスティニーは
昨日、8月8日を持ちまして
株式会社として設立しました。
  
  
見えないエネルギーを取り扱うからこそ
社会的な信用や信頼を大切に
今後とも、奇跡と感動を生み出す
本質的な変容を遂げる画期的な
LOVINGの開発や講習の開発に
力を入れていく次第です。
  
  
そして、愛溢れるライトワーカーや
スピリチュアルティーチャーの育成。
更には錬金術士やシャーマンの育成にも
力を注いでいきたいと思います。
  
  
今後とも、フリーダムディスティニーを
どうぞよろしくお願いいたします。

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後回しにしていたことや
整理しなくてはならないことを
本当に全部後回しにしないで
生きるような流れになっています。
  
 
清算とも言えるかもしれません。
本当に溜め込むということが
できなくなっています。
  
 
それは、個々の選択がある中で
自分の波動と合わないものを
落としていくような作業でも
ある気がします。
  
 
つまり、 
個々が選択できたからこそ
起こってきている現象です。
  
 
波動が合わないということは
お互いに不幸なのです。
 

話が通じませんし
お互いに折り合える地点が 
なければ
折り合えないという事実が 
起こるだけです。
  
  
覚醒の度合いや 
波動の違いによって
見える世界は様々です。
同じものが天国にも思えたり
地獄に思えたりすることも
あるかもしれません。
     
  
全ては、 
見る側の意識によって
世界は異なります。
  
  
波動の合うものたちの
引きつけが、 
今まで以上に高まります。
  
  
だから、 
自分自身が覚醒すること以外に
世界が変わる方法は存在しないのです。

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オリジナルワーク開発や
一斉ワークについて
「Ayaさんがつくられたのですか?」と
幾度か問い合わせがありましたので
こちらに載せておきます。

一斉ワークで、わたしの名前が
出て来る際には3つのパターンがあります。

1、 
わたし自身がご本人の要望を受けて
全面的に作成したオリジナルワーク。
その人の誓願であるかどうかも
確認しながら、 
私が持ちうる全ての技術や叡智を 
ふんだんに使って作成したものです。

2、 
錬金術師の方からの依頼を受けて
錬金術指導をさせて頂く場合。
これは、その方がつくられたものに
なりますので、その人の技術とスキルが
反映されます。 
私はその人がつくられるのを
指導しているのであって、 
私がつくっているわけではありません。
その人らしいカラーに仕上がります。

3、 
私が講習などで教えたワークで
一斉ワークを行っている場合。
これは、フリーダムディスティニーが
開発したものでなければ、 
私はつくってはおりませんが、 
講習で教えているくらいですので、 
自信を持ってオススメしている
ものになります。

以上となりますが、曖昧な場合は
開催元にご自身で確認して
受けられてください。

よろしくお願い致します。

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そろそろ、 
陰陽師の舞の初日イベントは
内なる愛の覚醒を行っていきます。
愛を広げていきます。
  
 
誓願に向かう時に
同時に重要になってくるのは
内なる愛の拡大です。
  
  
陰陽師イベントご参加の方で
この投稿を読まれた方は
ご自身の愛に意識を向けてみて 
ください。 
  
 
ほんのり温かくなったり
広がったり、 
安心を感じたりする方も 
いるかもしれません。
  
  
以下シリウス
及び宇宙連合からのメッセージ
  
  
『地球の皆さま
  

今まで、皆んな、 
本当によく頑張ってきました。
大きな節目、変わり目のこの時に、 
それぞれに大変なこともあったかも 
しれませんが
それでも、よく生き抜いてきました。
  
 
わたしたちは、 
地球にいる皆さまに
労いと敬意を表したいと思います。

  
わたしたちは、 
決して途絶えることはありません。
幾度も巡り会い、学び合い、 
愛し合ってきました。
人と人が、また出会いたいと 
思った時には
時を超えて、また出会うことが 
できるのです。
  
  
どんなに意味のないことや
罪のようなことに思えることも
あなたが、いつかの今に
果たしていく約束のために
起こっていたことなのです。 
  
  
やるせない出来事もあったかも 
しれません。
それでも、もう、 
自分を責めるのを辞めて
自分を活かすために生きるのです。
  
  
あなたを待っている人が 
いるのです。
忘れないで。あなたは、 
愛の人なのです。
    
  
今、現時点で、 
孤独を感じている人もいるかも 
しれません。
独りぼっちだと感じている人も 
いるかもしれません。
  
 
それでも、わたしたちが
ずっと見守って、 
ずっと応援しているということを
忘れないでください。
  
 
愛しています。』

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世界における自分の役割を 
やっていない時
どんなに楽であったとしても 
幸せからは程遠かったりします。
  
  
何もしない一年というのを
学生の時に一年。
社会人になってから一年
 

実際に過ごしてみて思うのは
楽なことと、 
幸せであるということは
全く別であるということ。
  
  
それでいて、何もしない一年を
幾度か過ごしたからこそ
今のわたしがいる。
  
  
だから、 
その一年だって、 
無駄じゃない。
一文無しになった時も
微笑みを忘れないで 
いられたのは
 

どんな経験も通り過ぎて 
いくものであり
ずっと続くものはないと 
何処かで知っていたから。
  

どんな経験も、 
その時々じゃないと
決して出来ない経験 
というのがあって
 

それは時に、 
輝かしくは思えない経験かも
しれないけれど、 
そうした経験の一つ一つが
貴方という原石を磨いていくのです。
  
 
いざ、輝く時に、 
原石が磨かれていれば 
いるほど光り輝きます。 

暗い時は、光り輝く準備を 
しているのです。

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久しぶりに 
今日から休みを取っています。
休みと言っても、 
遠隔での仕事は沢山あり
明日は8月8日の一斉LOVINGがあり
陰陽師のイベントの初日でもあり
1500名近くの方にワークを
行わせていただく予定です。   
    

『いよいよ、この時が来たのだ』
というような 
感無量的な思いが溢れてきていて
少し涙ぐんでしまいました。
  
  
一緒にお手伝いをしてくれている
シリウスのチームの応援や
銀河神界の手厚いご加護や
何時もサポートしてくださる方たち
その愛を感じて、 
やはり涙ぐんでしまいました。

  
ずっと、一人一人が変わることで
世界を変えたいと思っていて
いつも、目の前の人に
『新しい世界を創ろう!』と
熱く語っていたような気がします。
  
  
根拠も何もないのに
きっとそれが出来ると信じてて
方法も一人では解らなかったけれど
シリウスの母船に教えてもらいながら
どうしたら、それが出来るかを
何時も何時も、 
ずっと問いかけていました。
  
  
気がついたら、 
愛溢れる方たちと共に
世界を創る機会に関わらせて 
いただいています。

    
何時も既に世界は完璧で。
そのパーフェクトさは 
失われることは無いけれど
違いを認め合いながら 
愛と思いやりを持ち
個々が自分を留めることなく 
顕現していくことで
生まれていく真の調和の世界。
  
  
そこには、賛美と愛があって
一つのものが分かれたる
分離という奇跡の結果が
争いという形から、 
賛美という形へと
移行していくのです。
   
  
それぞれが望んだ世界へ
船は出航します。

===================================

魂の望みとマインドの望み。
どちら優先のサポートかで
内容は全く異なります。


マインドの望み主体なら
居心地の悪さは発生しません。

しかし、魂の望み主体の場合
単に居心地の良さという
判断基準ではなくなります。

貴方の世界からは
貴方が迷っていればいるほどに
どちらもの声が
聞こえてくるでしょう。

マインドの声は
居心地が良いけれど
進まない言い訳の温床になって
しまう事すらあります。

そういう時は逃げ道の声が
都合よく外から聞こえてきます。
自分自身に進まない言い訳を 
言い聞かせ
自分をなだめられるように。

世界には、 
本当は他者など居ません。
貴方の内なる声が、 
外から聞こえているだけなのです。

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自分の弱さを
完全に受け止め切る事が
出来るのは才能です。


受け止め切る事が出来ない人は
中途半端に何処かで
自分が弱く無い
自分には否が無い
悪く無いと思っているから
同じ事を繰り返します。

変われる人間の素質は
弱さを完全に受け止め切る事が
出来るかどうか。
という事である気がします。

『完全に』というところが 
ポイント。
 

こうなると、 
つべこべ言ってる場合じゃない。
完全に受け止めた時には
前を向いてやれる事やってみる 
しか無い。

絶望の深さが
人に決心を与えるのかも 
しれません。

だから、 
このレベルでの絶望を知る者は
前を向けるのです。

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これから、より、一層
人間としての実力が 
世界に問われていきます。
 

人によって、 
世界から問われるものは異なり
大きく見せていたら、 
本来の大きさに戻る事が起こり
小さく縮こまっていたら、 
広がる事を求められるのです。

ある時、指導者から言われた
「責任の無い者が、文句を言う」
という言葉を思い出す事があります。

本当に、不満や文句は
責任の無い者が発するものであり
責任を取っている者は何時も
黙って黙々と目の前の事に
直向きに取り組んでいるものです。

何時も、 
どれだけ大変かというのは
当事者になってみてわかるものだから
 

そうした、 
外野の無責任の言葉を気にして
自分の成すことを抑えてしまうのは
とてもナンセンスです。

自分にとって、全身全霊の愛と
いうことですら、 
相手のフィルターにかかれば、 
闇にすら見えるかもしれません。

そうした時に、 
何時も頼りになるのは
自分という愛の確かさ。
貴方の内なる愛を留めないで。
 

溢れるほどの愛に
気付いていく時なのです。

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被害者意識の人が
誰かに何かをされちゃったと
思い込んで悲劇的になっているのを


「可哀想に。大変だったね。」

という風に寄り添う事が
愛である事もあるでしょう。

でも、 
覚醒のサポートをする際には
同時創造の理解や、 
その現実を起こしているのは 
自分自身という事を 
本当に受け止めないと 
根本的には終わりません。

表層だけでない自分の奥底の闇を
受け止め統合していくかが
被害者意識からの脱却の鍵です。

支配というもの自体から
脱却していった時に
真の自由を得られます。

可哀想にと慰める優しさは
一般的に優しそうに見えるし
誰からもウケがいいものです。

でも、誰かが被害者意識で居られる
逃げ場や温床となる事もあるのです。

どんなレベルのサポートであるか
何を推し進めようとしているか
によって、愛の表現は異なります。

愛を形に押し込めず
自分らしい愛を表現していった時
受け止める相手によって
評価は異なりますが
気にせず、一人一人が
自分らしい愛を貫いて生きる事で
世界は変わっていきます。

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霊障の案件が増えてます。
何故か、皆んな付けてきます。

これからは、サポートする側
最低限、シャーマンエンジェル
じゃないと、結構厳しいかも。

霊障付けてると、 
どんなワークも効果が感じられ   
ないものになり得るから。

どうして、
そういう風になるのか
意味が解ってきました。

他人への依存を 
断ち切ろうとするけど
断ち切れずに 
自分だけで何とかしようと 
思った人が今度は霊に依存するのだと。

無理に自立しようとなどしても
見た目が自分だけに見えても
霊に依存するんじゃ、意味ないよね。

本質的に癒されいないから
依存が結局発生しているんだという
事実に気付いていかないとね。

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言葉を超えたものを多くの人に伝える時
そこで必要になるものは、やはり言葉だ。
  
 
言葉は刃物のようなもので
傷つけることにも使えるし
愛することにも使える。
   
  
愛によって発信された言葉は
どこまでも広がっていき
全ての不可能性を打破して
鳴り響きながら世界へ轟く。
  
 
真実によって発信された言葉からは
許しや癒しや勇気が与えられる。
  
  
スピリチュアルティーチャーが
各々の真実を世界に発信して
いくということによって
  
  
人々は、本当の自分を思い出していく。
  
  
導き手よ、世界へ自分の真実の言葉を届けるのです。

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先が見えないときは後ろを振り返る。
過去を観てみるのも一つの方法。

哀しむためでも嘆くためでも
後悔するためでも無くて

過去とは、どれほど自分の望んだものが
目の前にあるのかを教えてくれるものだから。

さあ、この一年でどれほどのものを
あなたは手に入れましたか?

恋い焦がれて欲しかった憧れのものを
どれほど沢山手に入れて来ましたか?

それを味わううちに
これからの未来の世界もまた
貴方を脅かす恐ろしいものではなく
貴方が思っている以上の幸せを与えて
くれるのだという確信に変わるはず。

もっと、愛に成り行く貴方へ。2017年7月28日

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最近、よく声が通り
遠くまで響くようになったと感じています。
  
  
響くといっても、実際の声だけで無く
こういうFacebookへの投稿にも
反映されていることです。
  
  
世の中の空気が真実だけを通す
ようになったのだろうかとすら
感じています。
  
  
空が青色だけを反射するかのように
真実だけが、くり抜いてはっきりと
明度を増してよく通るようになり
人々に届くようになっているという
印象を感じています。
  
  
等身大の声だけが、響く。
  
  
逆に、どんなに素晴らしそうに見えても
それが真実ではない場合、歪みがあれば
あるほどに、くぐもってしまい
声が通らず、響かなくなっています。
  
  
うまくいかない人の中には
背伸びして、等身大から逸脱している人も多い。
  
  
よく見せようとする偽りは剥がれ
等身大だけが、生きる道になってきているのです。

===================================

正当化は、本当の気持ちを
誤魔化してカバーする為に
行われる事もとても多い。


受け入れがたいほど
辛い気持ちのままでは
自分自身が惨め過ぎて
折り合いがつかないから
正当化のカバーで平気なふりをする。

そのままでは苦しいから
正当化の絆創膏が必要な時もあるけれど
何時しか、傷自体に向き合える時が来たら
愛の中、絆創膏を外して本当に傷を
治していくんだよ。

完治した時には
統合と感謝が鳴り響いて
傷は消え去るのです。

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ライトワーカーは
闇から光への逆転をサポートもするし

時に、じっくりとその人の闇に
寄り添うことも行います。

一気に転じられるものと
一気に転じられないものがあるから
中長期ベースで、じっくりと愛し抜く
事で、変わってくる事があるからです。

相手が、どんなに闇の中にいても
ライトワーカーは、揺るがず
その人の光を見定め続けます。

そうして、ある時、全てが魔法のように
溶け去った時に、相手は全てがわかります。

何を伝えていたのか
どんなワークをしてくれていたのか
どれほど、愛していたのかも
自分自身という存在の証によって
全てがわかります。

それまで、何があって揺るがず
愛し抜く強さが
ライトワーカーの魂の輝きです。

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愛する誰かと離れてしまった時の痛みは
「もっと、愛したかった」と囁いてる。

そんな時は、ちゃんと愛せてたことを
自分の愛を観てあげること。

離れるということも
嫌いになったからでは無くて
このまま一緒に居ては、相手が甘えて
堕落していくのがわかる時に
離れる事を選ぶ事だってある。

最も葛藤しながらも
相手の幸せを選んでいる
そこに愛が無いわけがない。

離れるという事象の中には
時に、そうした壮大な愛が
含まれていたりもするのです。

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人は誰でも
聖者にも悪魔にも
なる事が出来る。


悪魔を消し去るのではなく
聖者と悪魔の両方を
丸ごと抱き抱えて
受け止めていく事が出来た者が
真の聖者と成り得るのだ。

===================================

もう、求める心を抑えなくていい。
求めることは、尊いことなのだと
求めていく度に知っていき
求め、求められることによって
愛は育まれていくことを知っていくのです。
  
  
求める自分を恐れないで。
あなたの求める心は、とても尊い。
愛を生み出そうとしている息吹なのです。

===================================

手を繋いでいきたい。
一人で何でも出来る力を培い育みながら
それでいて、手を繋いでいきたい。
  
 
手を繋いで、何も出来なくなって
力を失ってしまうのが依存だから
みんなそれを恐れて、手を繋ぐことすら
何時しか、辞めてしまった。
   
  
自力を高めていくんだよ。
それでいて、繋がりあっていく時には
ネガティブは発動しない。
  
  
ネガティブを嫌うあまりに
全て捨ててきてしまった
大切なものを取り戻していく時代に
入っているのです。
  
  
あなたにとって
とても、大切なものは、何だっけ?

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もう、みんな本当のことに
気付いていくときなんだ。
  
  
愛に勝るものなど、何もないのだと。
あらゆるものを手にしても
満たされぬ思いがあるなら
どんなに周りに人がいたとしても
あなたがまだ孤独であるということを
教えてくれているのだということを。
  
 
世界は、優しくて厳しい。
もっと、最高になりゆくために
挑戦と課題をあなたに与えながら
  
  
それでいて、かつて、あなたが願ったものを
あなたは手にしていく。
  
  
恋い焦がれるくらいに、求めて渇望し続けた
優しさや、賛美や、協力や、温かな触れ合いが
目の前に繰り広げられていて
  
  
それは、随分長いこと待ち望んで
手に入らなかった憧れの夢。
  
  
おとぎ話で見て知っていたように
世界が本当に変わる奇跡は
誰かと誰かの触れ合いによって起こる。
  
  
愛によってしか、溶けない呪いも
愛によってしか、変えられない宿命も
全て、全て、溶けて解けて。
  
  
幻想が消え
残ったのは、光であるあなた。
愛であるあなた。

===================================

それぞれにとっての愛は
「何処に向けての愛か」
という視点の違いで
表現が大きく異なります。

自分にとっては愛であると
揺るぎなく表現した事が
他の誰かにしてみたら
愛には見えない事も
多々起こっているのです。

人間、問題の無い人は居ないから
それぞれの問題が掛かり合うと
更に事実にヴェールを載せて
見たいように見て
事実を歪めていきます。

癒される度に
事実を事実として
純粋に見る事が出来る目を
養う事が出来ていくのです。

===================================

外に見えるのは
何時も自分。

とても愚かで
とても情けなくて
とても弱い

そんな自分自身を
許して認めていく度に
もっと優しくなれる。

生きる度に
何時しか許せなくなった自分を
丸ごと愛して許していく。

全ては我にありとした時には
自分の世界から
闘いが消え去るのです。

===================================

今、どんどん好転し
光へ向かい続けて行く人と
どんどん暗転し
闇へ向かい続けていく人の
高低差が激しい。

闇は、光に転じられる材料としての
その人の宝だ。

だから、落ちていく事すら
大いなる愛の元では
愛にしか過ぎないし
使命を成し遂げるために
経験として、とことん
闇を味わう事でしか

終わりにする事も
それを経験として活かすことも
出来ない事もあるかもしれない。

しかし、同時に落ちるナイフ並みに
落ちていくので、少し見ないうちに
体調にまで影響が出るような事に
なってしまっている人も見かける。

そういう人には
何処を底にするのか
問いかける。

最終的に決めるのは
自分自身でしかなく
体調にまで影響が出る闇を
やり続けるのも全ては自由だ。

抜け出せず、もがいている時は
人は、子供用のプールで溺れている。

「立ってみる」
「自分で選べる」

それが、闇から抜け出していけるコツだ。

家系の霊障など、自分ではどうしようも
ない闇を経験している人は
自分の使命の為に、自力ではどうにも
ならない事を味わい尽くすことで

時が来る事で、奇跡が起こり
自分の使命を生きていく事になる。

===================================

【リーダー、仕切るということ】
   

仕切る側というのは
上下が発生しているのではなくて
  

それぞれの適性と役割がありながら
仕切られている側の相手が
ちゃんと幸せであるかどうかを
確認して、幸せになるように
運んであげられるということが
仕切ることができるということです。
  

人の幸せを
それだけ、背負っていると
いうことでもあります。
  
  
逆説的ですが
それでいて、結局のところ
責任は人一人分しか背負えません。
しかし、影響は多大にあります。
  

仕切る側によって
仕切られる側は
不幸にもなりえます。
  

影響力とは、それだけの責任があるということです。
  

ですから、力とは
常に、責任を伴いながら
存在するものであり
   

それだけの責任を
取ることができる人が
リーダーになることができるのです。
  

どれほど、多くの人を
幸せにできるかどうかが
リーダーになる資質とも言えます。
  
  
大切なのは
リーダーにとっての幸せを
押し付けないこと。
  
  
その人にとっての幸せに
導いていくことです。

===================================

結局のところ
気休めでは幸せにはなれない。
  
  
幸せではないのに
頑張って幸せなんだよねと
思い込もうとしてみたって
本人がそうではないのだから
そうではないという事実だけが存在するだけ。
  
  
『そんなに不幸ではないですよ。』
ということが、本人以外の
誰が勝手に決められるだろうか。
  
  
『あなたは、恵まれている方だ』
ということもそう。
恵まれていないとしか思えないのなら
やはり、その真実だけが在るだけ。
  
  
無いから、単に欠乏していて辛い。
それが起こっている。
  
  
母性も父性も家族も
すべてが、ほとんど欠片しか存在せず
自分には無いから、そうであっただけだと知ったなら
多くの人が、安堵と許しを得るに違い無い。
 
  
本物の安堵を得た時に
はじめて、長い戦いが終わるのです。

===================================

嫌われること。
  
  
嫌われるのは、いつも自分ではないのです。
嫌われても嫌われても、それは他者が
自分で受け入れられない側面を
自分に見ただけのことです。
  
  
何が他者のシャドーで
統合できていない側面かなど
気にしてはいられないのです。
  
  
だから、自分を生きるしかない。
  

良いことをしている時に限って
誰も見ていなかったとしても
誰も理解してくれなかったとしても
自分のために、その行いをし続けるしかない。
  
  
でも、世界というものは
とても不思議なもので
自分にとっての愛という表現をしていると
いつしか、それに賛同する人たちが生まれてくる。
  
  
0から1を生み出すということは
いつも、世界の異端を体験することだけれど
それを覆していくことができるのは
自分の愛を貫いていく信念なのだと思います。
  
 
私は誰も受け止めていないような闇を
当たり前のように散りばめて
いるところがあるため
嫌われることもとても多かった。
   
  
それは、未だ、その人が
その自分にある闇を受け止めたくない時に起こること。
  
 
自分自身のことだと受け止めたくない闇ですら
尊敬している人や、愛している人にあることで
受け止めていくことができたなら
それらのすべてのプロセスが結局のところは
自分を愛するプロセスであったことがわかる。
  
  
好き嫌いを超越している愛の時代なんだよ。
  
  
愛の時代。

===================================

どんな時にも
絶望と希望。光と闇は同居していて
絶望を見ようと思えば
何処までも深い闇も見る事が出来るし
光を観れば感謝に溢れる事も出来る。

全てがパーフェクトなのは
束の間の一瞬だけで
次のパーフェクトへ向かって
創造は止まる事なく進んでいく。

とても長い間、叶えられていない夢。
絶望を通り越して、空虚さに身を
引き裂かれるような闇ですら
独りで闘うのではなく
心許せる人と取り組む事で
微笑みと優しさを思い出せる。

闘いは、何時も独りだから起こる。

だから、独りの人ほど
ボロボロになるまで傷付いて
怯えて守りながら
眼をつぶりながら
めちゃくちゃに刃を振っているのだ。

眼を開ければ
心を開けば
世界は、もっと優しい。

===================================

大丈夫じゃない人の口癖
『大丈夫です』
強がりだったあの頃
私も頻繁に口走ってた。

悟られたくない。
情けない自分や弱い自分を。

そんな自分を全部許して
自分を丸ごと愛して
弱音を吐ける場所をつくるのは
とても大切です。

===================================

本物の自己肯定は
その人自身の本質を
活かす事で育まれる。


つまり、自己否定の中には
否定のままで良いものが
潜んでいるということ。

本人が自分以外の
何者かになろうと
している場合に

それは「出来なくて当たり前」
であるから、直す必要も改善も
必要なく「己を受け止める」
事で本当に自己否定が終わる。

安易に自己肯定を高めようとして
他の誰かになる事は
無理や負担がかかり
覚醒からは遠ざかっている。

他者に本物の肯定を
与えられるティーチャーを育てたい。
即ち、投影を脱却し真実の自分に
覚醒している人を。

===================================

アトランティスの頃
この世界に絶望して
自暴自棄になって
全てを破壊し尽くした。

狂気的ではあったけれど
狂気の方がある意味
正気だったのかもしれない。
と今なら思える。

正常とは何だろうか。
幾度も幾度も
光無きところに
絶望に希望を
見出そうと足掻いても

何も変わらない事に
更に絶望を深めて
何時しか意識の奥底に
葬り去った大切な思いを
隠して放置したままに
して生きることの方が正常?

当時、私は愛が無かったわけではなく
愛故に世界を変えたくて破壊していた。
その時の愚かさは
実は、変化しているという
息吹に気づけなかった事だ。

今世こそは、困難という
プロセスに愛を見出せるだろうか。

己を忘れず、不可能を可能に
し続けられるだろうか。

===================================

今日のセッションの出来を見て
『チェンジングセッション』という
長い間使ってきた自分のセッションの
名称を変えることに決めました。
  
  
チェンジングという意味では
自分の行っていることを現せず
不釣り合いと感じたからです。
  
  
新しい名称は
『ホーリー アメージング セッション』
聖なる 奇跡のセッション です。
  
  
もう、奇跡を生み出すことを恐れない。
私は、私として生きていく決意と共に。

===================================

只今、新しく生まれ変わり中。
その為、様々な名称変更を伴っています。  
  
 
フリーダムディスティニーは
私、Ayaが開発し、構築したLOVINGや講習が学べる
フリーダムディスティニーアカデミーと

私以外のLOVINGも取り揃えている学校を
スパイラルヴォルテックスカレッジとして
これまで運営してきましたが
  
  
『賛美』ということを、名前にも入れていくため
スパイラルヴォルテックスカレッジの方を
『グローリア アルケミー カレッジ』に
名称変更します。
  
  
新しく生まれ変わる
『グローリア アルケミー カレッジ』を
どうぞ、お楽しみに!
  
  
秋には、皆さまが待ちに待った
錬金術の講習を開催します。
  
  
錬金術師の素晴らしいところは
錬金術のワークを構築できるだけでなく
錬金術師になることで
世界を変える一人になるということです。

===================================

とても多くの人が、本来であれば
とても尊敬できる指導者であっても
クライアントの問題である
トランスファレンス『転移現象』を
指導者にかけてしまうため
母との問題を持ち出してしまい
忌み嫌って、指導者の元から去ってしまう。
  
  
皮肉なことに、心を開けば開くほど
愛した相手であればあるほどに
母を感じてしまい、発生してしまう。
  
  
去った後は、どうなるか。
何時まで経っても、トランスファレンスが掛かり続け
発生し続けているため、指導者を求めて転々と彷徨い続け
根本的な問題解決に取り組むところまで至らない。
  
  
トランスファレンスという
転移現象は大変頻繁に起こる現象であり
フリーダムディスティニーというLOVINGは
クライアントの方に家族や母親との多大な問題があっても
それを最小限に留め、家族の問題や母親との問題ではない
問題にもクライアントが取り組めることを可能にするものである。
  
  
フリーダムディスティニーというLOVINGの可能性は計り知れない。
多くの人が、欠乏から本当に脱却し
創りたい世界を創っていけるように。
  
  
生きながらにして、丸ごと人生の設定を変えた時
あなたの望む未来を。
あなたの望む世界はあなたの手に。

===================================

最近、私が教えたエネルギーワークの
技術指導や個人指導についての問い合わせを
メールでくださる方を見かけます。


講習中にも念を押してお伝えしてきたように
エネルギーワークの技術指導、質問は
全てスーパービジョンにてご相談を
承っております。

簡単なように思えて、でも、どうしたらいいの
というちょっとした疑問。
でも自分ではわからないところに答える。
それがスーパービジョンバイザーの価値です。

タダで教えて欲しい願望は
バウンダリーが甘い証拠。

友人や先輩に聞くのもNG。
ちゃんと講習を教えている人に
直接スーパービジョンにて指導を
受けられてください。

相談を受けた人は、自分では
答えられないものかどうかの
判断をして答えてください。

===================================

他責と罪悪感はセット。
どちらも、極端に誰かだけが
その現実を創造したという
幻想から生まれるイリュージョン。

何時だって、誰かだけが悪かった事は一度も無いし
何時だって、自分だけが悪かった事も一度も無い。

闇も光も同居した
現実という世界を創り合い
奏で合っている人々たち。

何処にでも安楽だけは存在せず
課題も挑戦もあり続けるという
人間を丸ごと受け止めた時に
真の安楽が訪れるのだ。

===================================

人の幸せって、それぞれ違う。
体験したい物も、色々違う。

まあ、よく皆んな、揃いも揃って
「自分が体験したくない方の体験」を
やって来たよね。

やり尽くしたなら、次においで。
本当にやりたい方の体験を。

得てもそれを許せなかったら
認めちゃったらいいよね。
自分の悦びってやつを。

今なら、本当に解るはず。
自分が本当は何を望んでたって事が
諦めの奥に潜む、煌めきの望みが。

===================================

ネガティブな側面を見つけたら
それは、恩恵だ。

何故なら
ネガティブな側面は才能でもあるからだ。

ネガティブに潜む、才能を見つけよ。
それが、己を受け止めていくプロセスにもなる。

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スペインから無事に帰国しました。
本当に沢山の学びと気づきがあり
一斉ワーク含めてご報告させて
頂こうと思っています。

帰って来て、ゆっくり出来るかと思ったら
日本でも無償でのお仕事を行う事になり
戸惑いながらも、自分の役割をより
知る事が出来ました。

私もそうですが
前向きな人間というのは
前向きな人間だからこそ
思っていたよりも絶望していて
傷ついていたのかもしれません。

ネガティブを観ていては
生きられなくなるので
前を向いて生きようと
健気に直向きに頑張ろうとする。

それでいて、気がついたら
傷を負ってしまっている。

頑張って来たという
自覚のある人だけではなく
頑張って来ていないと
思い込んでいる人も
前向きな人であればあるほど
自分へのケアが大事だと思います

自分を大切にしながら
世界へ愛を届けて
いきたいと思います。

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最も罵られ
最も否定され
最も卑下された経験が
わたしを強くする。

闇をやり尽くした
絶望の底に脚をついた経験が
わたしを光に走らせる。

もう、苦しみは終わりでいいという
狂おしいほどの絶叫のこだまが
最速の光の矢と成りて
駆け抜ける私の動力だ。

欠乏を個の自分の為だけに使うな。
全てのありとあらゆる自分の為に使え。
その時、欠乏すら愛に変わる。

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【充たされたその先へ】

ライトワーカーが提供するものには
大きく分けて、二種類ある。

一つ目は、未だライトワーカー自身が
超えられていない課題を絡めて
共に超えていく方法。
これは、自分も未だ超えていない問題であると
自覚しながら行うことで初めて意味を成す。
共に超えさせて頂くという
謙虚な気持ちで真摯に向き合うことが大切。
こちらは、フォーカスするので
自分の興味がある状態。
欠乏が混ざっているからこそ、行いたいという
動力が生まれる。

超えていないのに、自覚していない場合は
勘違いなのでも癒しは届けられない。

二つ目は、完全に自分が超え切っている課題を
世界に与えることだ。
こちらは、自分が完全に満足と充足の中で
世界に与えていくことになり
自分はさほど興味は無い。
動力は、欠乏が存在しなく愛でしかない。

どちらも尊いが、時に一つ目の動機でしか
動けない人がいる。
充たされてから、そこからが分け目。

二つ目の愛の動機によって
動く事も出来るライトワーカーが
真のライトワーカーである。

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【劣等感とプライド】

覚醒を妨げるもの。
それは、プライドだ。

チャレンジする事が出来ないのは
自信が無いから出来ないのは
背伸びし過ぎて
自分の手に負えないことを
やろうとしているからだ。

自信があるレベルの事を
等身大の事を表現した時には
自信が無いという事は起こらない。

何のことはない。
自信が無いレベルに挑戦し
慣れていない事にチャレンジ出来ないのは
上手くできるかどうかさっぱりわからない
そんな自分を知られたくは無い。
そう思うほどにプライドが高いからなのである。

劣等感が強い状態の時ほど
プライドが高くて
出来ない自分を見せられない。

これ以上落ちないように
現状にしがみついている。

かっこ悪い。失敗するかもしれない。
笑われるかもしれない。
そうした闇を全部抱き締めて
進む事が出来る時は
プライドというものには
囚われていないものだ。

プライドを壊すのは
等身大で生きてない人には
とても苦しい作業だけれど
プライドなんかよりも
もっと大事なものがあるから壊せる。

泥臭くたっていい。
涙と鼻水がぐしゃぐしゃになるほど
泣いたっていい。

弱さも強さも抱き締めて
未知なる栄光に向かえ。

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【ゾッとする】

いよいよ皆んなが
能力を解放していく時代が来た。

今の一年は、以前の一年とは違う。
一年が、とても大きな意味を持つ。

何処までも、何処までも進める事が出来る
超絶進化モード発動。

ちょっと皆んなに聞きたい。
一年前に、半年前に、Lovingを
受けてなかったら、どうだった?

私は、意識を開くことに着手していなかった
人生を想像すると、ゾッとする。

何もわからない。
何も知らないままで
知ったかぶりして
真理を語ってたかと思うと
やっぱりゾッとする。

王様の耳はロバの耳。
その立場に自分だって
なっていたかもしれなかった。

覚醒の波は社会全体レベルでは始まったばかり。
乗り遅れたと思って乗らないと
ずっと、ただ、眺めるだけしか出来ない。

能力は、一夜にして成らず。
開ける時期が
その後の伸び代のスピードに関わる。

皆んなが幸せで、出来るようになっていく
その姿を眺めているのが嫌なら
自分も出来るようになるしかない。

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Lumina Yamashitaさんと
ルミナ&Aya スペシャルセミナー
Star Moon 星の誕生
ありがとうございました。

様々なレイアーの静と動。
人間的側面と霊的側面。
多角的に様々なエネルギーを
織り交ぜながらの
セミナーとなりました。

エネルギーワークも
コラボレーションするところがあり
融合の醍醐味を感じました。

混ざり合うって、面白い。
人と人との協力が
更に活性化していく中で
自分の役割を生きることで
味わえる醍醐味。

月と星とタケノコと。
いのちを感じながら
自分という宇宙を感じ
人間として突き抜けてゆけ。

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【対局のどちらも愛である】
 
 
一つ、例えを出してみよう。
    

ベビーカーなんかあるから
赤ちゃんがお母さんと抱っこして
触れ合う時間が減ってしまった。
  
  
お母さんは、いつも
日に日に重くなる赤ちゃんを
ずっと背負って、家事をして大変。
だから、少しでも、楽になるように
ベビーカーがあるといいな。
 
 
これらは、赤ちゃん目線なのか
お母さん目線なのかという
主体的観点をどこにするかで異なる。
  
 
ベビーカーというものが
愛なのか。愛じゃないのか。
というのは、そうした観点の違いによって生まれる。
  
 
お母さんの立場で、苦労を楽にしてあげたい。これも愛だ。
赤ちゃんの立場で、触れ合いを大切にしたい。これも愛だ。
 
 
結局のところ、どちらも愛なのであるから
どちらが正しいか間違っているか。
そんなことを決めようとして
論争してみたところで無駄に終わる。
 
 
何故なら、どちらも愛だからだ。
他にも例えを出してみよう。
 
 
外食が増えてしまったから
高カロリーで、食が乱れている。
自分で自分の料理をつくることは大切なのに
それを忘れてしまっている。
 
 
毎日、女性が家で食事を3度用意するということを
行わなくてはならないのは、働きたい女性や
働きながら一人暮らしをしている人にとって
とても負担であり、そもそも、食事を作ることが
好きではない人もおり、外で食べられる場所がある
ということで、多くの人が助かっている。
 
 
車や電車、飛行機という乗り物が発達してしまったから
今の現代人は、足腰が弱く体力がない。
歩いたり、馬に乗ったりということで移動していた時代は
体力的に優れており、現代人は運動不足である。
 
 
昔では想像もできないくらいに、あっという間に
今の世の中は、色々な場所に行ける。
海の向こう側も。安全で、快適に世界中を回ることが
できる。色々な人や国に行けて、交流をすることができる。
 
 
どちらか片方ではなく
どれも大事なこと。
全ては愛の中で
それぞれが、自分にとっての正解と
バランスを選んでいく。

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ここのところ、また自分の世界が
大きく変わるタイミングに来ていることを
受けとめつつ、自分自身が変わることを
余儀なくされている。

どうして、こんなにも私は弱いのだろう。

何時もそうであるように
こんなにも臆病で大胆な自分と
自分のスピードに半ば呆れながら
新ステージへと一歩一歩進んでいく。

相変わらず、優等生では無いので
スマートさからは、掛け離れている
もたつきと、おぼつかない足取りを
感じながら、新ステージにおける
一年生を、お試し体感中。

いつか手にする夢を描きながら
全力で目の前を、一生懸命生きていると
思ったよりもはやく待ち焦がれた明日が
直ぐ目の前まで、迫ってきてしまう。

いつかの自分では想像も出来ない
幸せを生きているのに。

こんなにも幸せなのに
もっと、幸せになっていいの。。。?

ずっと叶わなかった夢も
願っても届かなかった幸せも

全部、全部、余すことなく
世界は貴方に届けようとしている。

貴方が、全てを受け取るかどうか。
それだけなのです。

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対集団における不信。
これは根深いよ。
どうしたって根深い。
  
  
一対一なら、この人は愛だ。
そう見抜ける。確信する。
  
  

しかし、対集団となった時には
自分の中にある集団トラウマってやつが
渦巻いて、勃発するんだ。
  
 
ましてや、覚醒を推し進めてしまう
私と関わると、どうしても、それが炙り出てきてしまう。
  
  
もちろん、愛しているさ!
だけど、辞めて欲しいことは辞めてと言わなくちゃ
ならない時だってある。
  
  
どんなに愛していたとしても
どんなに大切にしていたとしても
  
  
辞めて欲しいことや、自分にとっては嫌だったとか
これは自分の思いとは違ったというような本音を
言えなくなったら、終わりだよね。
  
  
対集団だと、勇気要るかもしれない。
どうしても、長い人間人生を送ってきた末の
対集団トラウマが、渦巻き始める。
  
  
それでも、最後には、必ず、真実が見える。
各々が、それぞれのトラウマを超えさえすれば
真実だけが、残るんだ。
  
  
そういった時に、全員が揺らいで、不信に煽られた際にも
揺るぎ無く、信じ続けることが出来るのが
皆んなを覚醒に導ける者だと思ってる。
  
  
真実とは、言葉を変えれば、愛であるということだよ。

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協力と賛美の世界というのは
絵空事では無くなってきている。
  
  
それを本当に行うと決めれば
叶わぬ夢ではなくて
世界にそれが現れる。
  
  
私は、ライトワーカーという立ち位置において
それを実際に世界に現すと決めている。
  
  
覚醒の橋を架けるのは
一人では、決して成しえない。
  
  
協力と賛美が、橋を架ける要だ。
  
  
富や知識を抱え込む世界から
分け与えの世界へ。
  
  
世界に、未だ、それが無いのなら
自分が発端となり、創り出すのみ。

http://lrandcom.com/san_sebastian

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覚醒を阻めてしまうもの
それは、意識的なプロセスに
過度に平等を求めること。


過度に平等を求めるので
意識的な覚醒プロセスの事実を
事実として受け容れられないため

問題や課題に盲目で
己の未熟さを受け止められず
己を観ることが出来ず
謙虚さを失ってしまう。

問題が無いという思い込みが
覚醒と成長を止める。

過度に平等だと思い込むのは
不平等への怒りやカルマが内在しているから。

意識的なプロセスの事実を受け容れ
自分の未熟さを受け容れること
それは、覚醒する大事な要素であり

平等は、その事実とは全く無関係に
ずっと存在し続けている事に
気付いていく事が大切である。

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好きだからこそ、嫌いなところが目立ち
崇めたからこそ、蔑む事が起こる。

同じだと思っていたからこそ、違いが目立ち
盲信していればいるほど、不信が生まれる。

何時も何時も
世界は、光と同量の闇を与え
光と闇のバランスを見せながら
自分が何者かを教えてくれる。

同調だけが愛では無い。
同じである事と同じだけ
違いがあるという事も尊き事。

スピリチュアルティーチャーは
先ず、同じによって、人を惹きつけ
違いによって、自己確立に導く。

覚醒の対象となる
存在という役割とは
そういう事だ。

よって、好かれる事を目的としていては
他者を真に覚醒には導け無い。
自己確立の際に、他者が自分に抱き
発生してくる感情は
むしろ、嫌悪である。

どんな風に相手の感情が揺らごうと
ただ、他者の覚醒をひたすらに願い
他者の幸せを願い愛し続ける。

それが、スピリチュアルティーチャー。

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口先で言うのは簡単だ。
批判や指摘は
口先だけなら幾らでも言える。


重みのある言葉というのは
体現しているか。
実際に行動しているか。
実際にチャレンジしているか。
それ以外に他ならない。

空想と現実は全く違う。
空想は、裏を知らない幻想だ。
実際は、簡単そうに見えても
とても難しい事だって沢山ある。

どんな立ち位置でも
華やかさの裏に
人知れずとした
努力があるのが解るのは
同じ立場を味わった者のみ。

そして、これからの時代は
もっともっと、人々が
口先か否かを
見抜けるようになる。

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固定すればするほどに
不自由が現れ
危うげで儚く崩れ去る。


流動的に捉えれば捉えるほど
自由自在に生きられる。

「動」の威力を知るが良い。
何も持たずして
向かうことの醍醐味と喜びよ。

「動」の境地では
不満という言語が消え去る。

周りに、何かが有ろうと無かろうと
身一つで生み出せる確かなる栄光。

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どんな景色でも
希望を見い出せる眼を持つ者は
これからを生き抜いていくのに強いね。


但し、その眼を持つ為には
どれほど絶望の泥沼を這い回り
漆黒の暗闇を生き抜いてきたか
という事でしか与えられない眼だけれど。

闇を味わい尽くした者が
ようやく、その闇を光として
恩恵として捉えられる時が来た。

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どうも、わたしは、エネルギーの出処がわかってしまうので
  

1、賛美しているのか。
  

2、賛美をしているという自分に酔っていて
  賛美ができる人間ですよという自分に優越感を
  感じてみたいだけなのか。
  

3、賛美をすることによって、特定の相手から
  認められたいとか、愛されたいと思っているのか。
  

4、単に仕事なんでという感じで
  完全に割り切って紹介しているのか。
  (これは、異業種交流会のようなシステムに多い)
  

という違いが顕著にわかってしまいます。
  
  
一見、文章を見ただけではわからないけれど
本当に、嬉しく感じるのは、1番ですね。
  
  
一見パッと見た感じは
外側向きのように見えたとしても
2や3のように、実際には
自分が欲している内側に向かうエネルギーに
なっていることというのもあったりします。
  
 
世間一般では、賛美のように見えても
蓋を開けてみたら
2や3や4で出来ていたということも
少なくないのだろうと思います。
  
  
有難いことに、私の周りには
とても、純粋で情熱的で
賛美をするのが好きな人が多いです。
  
  
純粋な思い、1番のエネルギーで
書かれた文章をみると
『本当に、有難うね』と
感謝の思いが、どんどん、溢れてきてしまいます。
  
  
人間だから、生きていれば
時に、2や3が混ざってしまったと
気づくこともあるかもしれないけれど
気づけたというのは、何時だってチャンスだから
その自分を、癒して超えていけばいいよね。
  
  
真摯に受け止める力は
どの局面においても、有効ですが
賛美においても、同じこと。
  
 
外側に放たれて完結している愛のエネルギーと
内側に向かい、何かを欲しているエネルギーとでは
全く異なるものです。
  

自分の問題や課題を超えていればいるほどに
純粋な賛美を奏でていくことが出来るのです。

===================================

無理にポジティブに翻しても
結局は何も生まれない。
  
  
どんなにネガティブに感じたとしても
自分が未だ癒されていないという
事実を受け止めていくことでしか
本当の癒しは起こっていかない。
  
  
それが、単に今の現状であるならば
そのままを受け止められるかどうか。
  
  
覚醒の最も重要な要素は
己の未熟さをそのまま受け止めること。
 
  
これが出来ないと人間的な成長も無く
人間的な成長が無い人が
誰かのサポートなど出来るはずも無い。
  
 
どんなにサイキック能力が開いたとしても
その、サイキック能力という刃を
取扱い説明書が破損したままで
扱うようなものだ。
  
 
人、一人の等身大の人間力が
本当に他者に癒しを
届けられるかどうかの要なのである。
  
  
未熟を受け止める力が、人を育み
否定と肯定の両方が、人を育てる。
  
  
飾り立てられたポジティブな言葉は
身ぐるみ剥がされていき
同情を得ようとしたネガティブな言葉は
誰もが興味を失っていく。
  
 
己の投影を超え
己のカルマを超え
己のシャドーを受け止めよ。
  
  
そうすることによってしか
真に目の前の相手は見えない。
純粋なその人自身を捉えられるためにも
自分が純度を高めておくことが必須なのだ。
  
  
どんなにチャネリングが出来ようと
自分自身が整っていないことで
見抜けないことは山ほどある。
  
  
チャネリングの精度は
能力の開発だけで上がるものではなく
己自身の覚醒と、純度を上げることで培われる。
  
  
カルマが多ければ多いほど
自分の信じている世界は、危うげで盲目になる。
 
 
当てにならないのは、他者の言葉か。
カルマで雁字搦めの、自分の方か。
果たして、どちらであろうか。
  
  
見抜けない自分の嘘を見抜ける
絶対的純度が自分より高い人のサポートは
真実の自分の形成という覚醒のプロセスに
至っていくためにも、とても重要である。
  
  
疑いは、賢く使えば、悪では無い。
自分が何もかもは知らないという無知さを
認めている人間は、自分に対して疑い深いものだ。
  
  
無知であるという事実を捉えつつ
疑いを持ったままの
その自分を丸ごと信じつつ
無知な自分を認識できる他者の声に耳を傾ける。
  
  
それは、正しさやカルマから脱却する
最も早い方法である。

===================================

出しても出し尽くしても
与えても与え尽くしても

何もかもやり切って
空っぽになる度に
わたしの中で明日が生まれる。

未だ、わたしにすら解らない未来を
生んで生んで。

空っぽが、わたしを生む。

生んだ自分を生きる度に
もっと、自分を知り
もっと、世界の神秘を知り
もっと、愛を知っていく。

===================================

デルフィーのアポロ神殿での
「陰陽合一の儀式」の様子。

シリウスやプレアデス、レムリアなど
様々な存在や次元を幾度も幾度も 
折り重ねるように繋げていきました。

全ての存在が
人間と共に歩んでいく
愛を感じながら。

===================================

デルフィーのアポロ神殿での
「アトランティス再来の儀式」
ずっとずっと成し遂げたかった
想いの全てを込めて
全身全霊でワークを行わせて頂きました。

誓願成就。
それでも、尚、生きているという
事実が、わたしを生かす。 

===================================

自由と身勝手は違うよね。
奉仕と犠牲も違う。
優しさと甘やかしも違うし
同情と共感も違う。
    

ただ、誰かの真似事を喋ってるような
スピーカーと自分の真実を語っている
というのは全然違うし
    
  
無条件の愛を与えることと
無条件の愛を与えている自分が好きで
その自分に酔ってるというのは全然違う
  
  
身勝手を行うのは、他者への思いやりがないからだし
犠牲を行うのは、そうしてまで愛を得ようとしているからだし
甘やかしは、保護される愛を欲しているからで
同情は、被害者の自分を慰めたいから。
  
  
与えているのではなく
与えているようにカモフラージュしている
欲している自分の感情に気づくことで
自分の痛みや課題に気づくことができる。
 
  
ただ、愛している時というのは
愛を誰かに理解してもらおうなどとは思わない。
愛の形がどうであるかなどとも考えない。
自分にとっての愛が、誰かと同じ形では無いのだから。
  

愛している。ただ、それだけで完結している。

===================================

自分が本当に望んでいる
男性の好みを
知っている人って
どれほどいるかな。

恋愛は、その惹きつけられるという
特性故に、無意識の衝動や
他者の影響をとても受け易いのです。

自分の望みに「混ざり物」が入ってたら
一緒にいるうちに満たされなくなるのは
とても当たり前で自然なこと。

男女の関係は、カルマの惹きつけ合いを終わらせ
魂という枠組みを超えて、スピリットとスピリットで
巡り会うパートナーシップの時代。

女神の愛によって、あなたに春が訪れる。

===================================

わからないことをわからないままで
受け止める能力が重要になってきている。 
  
  
相手の行動や言動がさっぱりわからない。
わかろうとしても無理なレベル過ぎて
常識を逸脱していることもあるかもしれない。
  
  
そんな時は、考えても、考えても
結局はわからないし、憶測の答えしか
生まれてこない。
  
  
『そうしたかったんだね。』という
事実を受け止めよう。
  
  
ただし、人間的な問題や心の問題が
意味不明な行動を起こしていることも多く
そういった場合には、本人もほとんど
わからなかったり、意味不明だったり
することもあるようだ。
  
  
そういったことが
もし、自分にも起こったとしたら
『カルマや封印、人間的問題からの反応や衝動』
からの行動で生きてしまっていないか。
問いかけてみよう。
  
  
魂の道であれば、課題は存在するけれど
超えた時というのは、紛れもない快晴が現れ
一点の曇りもなく、どんどん幸せになる。
  

カルマや封印を選び続けている時というのは
何を選んでも、曇りが存在して
その曇りをカバー、フォローするような
言動や行動が増える。
  
 
1、魂からの幸せを選んでいるのか。
2、自分の課題から逃げているのか。
  
  
両方、一時は、心地が良い感じがするので要注意。
課題から逃げている時というのは
どこかで後ろめたかったり
どこかでうすら寒い幸せな感じがするものだ。
   
  
感覚を研ぎ澄まし、自分にとっての
本物の、幸せを選びとり生きる。

===================================

支配されることを無くそうとするのではなく
支配自体が存在しない
『支配が存在しない世界』に立たなくては
本当の意味では支配からは自由になっておらず
支配は終わらないのです。
  
  
支配されるという都合の良い
受け身の言葉自体が消え去った時に
人は、責任を取り始めます。
  
  
『される』ことは、何一つありません。
  
  
主体的に、能動的に生きよう。
  
  
それが、被害者意識を終わらせ
責任を取って生きることができる道です。

===================================

拘りと妥協。

責任が取れている妥協は
お互いの歩み寄りに変わる。

光も闇も両方ある中で
自分が何を創造していくか。

表も裏も抱きとめながら
進んでいく。

自分の望みに対して
真剣に意識を向けることは
即ち自分を大切にしていること。

===================================

自分の欲求の質を見極めながら
自分の欲求に純粋であること。

どうして禁止するんだい?
愛されたいのも
満たされたいのも
認められたいのも。

想いを嫌うから
想いが満たされない。

求めるココロを解き放とう。
求めるココロ、それが望みなのだから。

===================================

【春と冬】

四国剣山にて。
桜が満開で、彼方此方での
美しい桜。

シャーマンの儀式に参加し
桜の木と対話する方法を学びました。

桜の木って、物知りなんだね。

春を満喫した後
一変して冬景色。

同じ場所、同じ日に撮影したとは
思えない季節感です。

雪の中でのレムリアの
創造神殿の儀式に参加し
どの時代の自分も
新しく創造されていくことで
過去生の自分が
とても癒されていくのを
じんわり感じました。

また、一つ、心の奥が溶けていく。
もっともっと、癒されて
優しい自分を取り戻したい。

===================================

人間は
時に、愛以外の路に寄り道をする。
愛し合う。そんなシンプルな答えなのに
複雑な迷路のように彷徨い歩く。

ちっぽけなプライド。
どんな名声もお金も
愛に変わるものでは無いのに。

ワンネス的な自己実現を望む者たちと
触れ合い、愛し合う。

その全てが、喜び。

===================================

長崎の平和公園から
広島の平和記念公園へ。

今回一番のハードワーク。
原爆の痛みの深さを
感じました。

ただ、もう、苦しみを終わらせたかったんだ。
救いを求めた先には、救いが無くて。
やり切れない想いも、もう、終わりでいいね。
長い間、待たせちゃったね。

救いを信じていた方たちへ向けて
時代を超えて、錬金術を使って癒していく。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

求める者よ。

貴方の求めたものは
必ず、有るのだ。

何故ならば、貴方が求めたからだ。

誰かの望みを叶え
誰かの求めに応えていくことが
望みである者がいるから。

今日の出来事を一言で言い表すならば

『求めよ。さらば、与えられん。』

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長崎、広島ライトワーカーさんたちと
ライトワークの旅。

平和への祈りと共に
巡らせて頂いております。

昨日の天草とは、一点して
今日のテーマは「再会」
大浦天主堂にて。

もっと、貴方は貴方に出会っていく。
もっと、貴方は愛を知っていく。

===================================

わからないっていうことは
何でも選べるという
チャンスに恵まれているということ。

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ライトワーク 1日目。
長崎、島原にて。

愛と自由を信じる者の
心の尊さ。

身分によるあからさまな差別は
昔より、良くなったけれど
内なる身分が存在しているうちは
身分を自分で創り出している。

劣等感という、新たなる内側の
身分制度。

外も内も、自由になろう。
この時代は、それを経験出来る
チャンスに恵まれている。

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恐怖が無くなることを良いことだと
思っていて、恐怖を感じない自分を
誇りに思うのも悪くないけれど  
  
 
それは、即ち、自分の未知さに
触れていないという証でもある。  
  
  
未知さに触れた時は
新たな恐怖が生まれる。
  

自分を開拓すればするほど
新たな恐怖が生まれる。
  
  
未開拓の自分に触れれば触れるほど
もっと自分を知っていくことができる。
  
  
この恐怖は、私をどんな未知に
向かわせてくれるのだろう。
    
  
知られざる自分の奥へ向かう。

===================================

4月4日。
長崎と広島のライトワークを行いながら
平和への祈りの旅をします。
  
  
戦争と平和について
日本から、日本だからこそ
伝えられることがあるのではないでしょうか?

残酷なまでの苦しみと痛み。
だからと言って、酷いといった被害者意識を
持ち続けていては、何も終わりません。
    
日本もそうですが
同じ民族である。という同調や同情が
事実を歪めて、被害者意識を形成しているとしたら
  

私たちは民族性も大事にしながらも
民族性の囲いから抜け出した目線でも
世界を捉え、偏りの視座から抜け出して
被害者が存在するという目線を
終わらせていかなければならないのです。
    
これからのあなたの未来のために
これからのあなたの幸せのために。

  
今、できることを、行ってみませんか?

===================================

自分がやりたいことを
他の誰よりも一番自分がやっていたら
羨ましかったり、嫉妬したりということは消滅します。
    
なんてったって
一番なりたいのが自分なんだから。
    
もし、羨ましかったり、いいなあと憧れがあるなら
その憧れの方へ、どんどん足を進めていこう。
眺めているだけじゃなくて、自分がそれになろう。
一番やりたいことをやれている自分になろう。
    
いつしか、目標が、他の誰かではなくて
未来の自分になる、その時まで
今ある目標の他者をめがけて進んでいこう。

===================================

長崎、広島のライトワークの準備が始まり
戦争が起こる要因、人間の闇を捉えつつ
ワーク構築中。


闇を捉えて、愛に昇華する。
ライトワーカーの醍醐味の一つ。

離れたり、別れたりした相手の幸せを
心底願えなかったり
上手くいくことを望めないのは
自分が損をすることが、許せないからだ。

損をすることを許せずに
他者の不幸を望む。
これは、言葉を言い換えるなら、呪いという。

損得勘定が強い人は
いつも、損得で動いている可能性が高い。

愛が欲しいんじゃ無い。
お得が欲しいんだ。

お得は、不平等性によって
最も発生するものだから
自分が常にお得なのは当たり前。

世界は、私を愛さないと、不平等を嘆きながら
最も、不平等を望んでいるのは、実は本人なのだ。
自分だけがお得である不平等さが
本人にとっての平等なのである。

幻想の平等は、いつまで経っても訪れない。
幸せは、損得によって、遠のいていく。

===================================

許しというのは
勝敗や闘いから自由になること。

許せないというのを言い換えると
このままでは終わらせない。
という言葉になる。

見返す。
それは、復讐とも呼ばれる。

===================================

愛してるの押し売りは
愛してるんじゃなくて
愛されたいのでもなくて


「勝ち負け」に拘り続けて
いつか、わからせてやる。
いつか、負かしてやる。
そう、思ってるんだね。

勝ち負けが、愛を阻害する。
承認を得ることと
愛されることは違う。

勝利か愛か。
承認か愛か。
あなたはどちらを望んでいるだろう。

===================================

人生生きてたら、馬力が必要な時もあるね。
頑張らずに力抜くのも良いけれど
それだけじゃ、進まない場所がある。


ちょっと、フウフウ言いながら
それでも、上った坂道の先には
どんな景色が待ってるだろう。

===================================

すごく欲しいものが
手に入らなかった時
時に、人間は複雑な動きをする。
  

欲しかったのに、今は手に入らなかった。
という事実が本当なのだけれど
それを認めると、とても悔しいし情けないので
情けない自分を見ることが直視できない場合に
  

自分には合ってなかった。とか
そんなものは、本当は欲しくはなかった。とか
大したものじゃなかった。というように
すり替えが行われるのだ。
    
自分の行動の正当化である。 

  
すり替えが起こりやすい人は
自分自身の本当の気持ちを受け止められなかったり
事実を受け止められない人に起こりやすい。
    
こうなると、自分自身の未熟さ
自らの闇には目がいかないので
同じことを繰り返し続け
正当化だけが、空しくループする。
   
こうしたタイプの場合
劣等感が強すぎるために
自分の闇と向き合えないということが
起こっているので中々、変わらない。
    
劣等感が強く闇を見がちなことと
自分の未熟さや欲を
直視して、見定められる能力とは
似て非なるものなのである。
    
むしろ、劣等感が強くて闇を見がちな人は
自分の未熟さや欲を、受け止められない
ことの方が多い。
    
劣等感が強いことで
己の闇を見るのが得意だという勘違いを
終わらしていかないことには
何も変わらないのだ。

===================================

約束を守らないということは
他者から信頼されないだけでなく
自分もまた、その自分に対して
本当には信頼など出来ないのだと思います。
    
最初から守れないと感じる約束はしない方がいい。
守れそうだと思って、約束をした時に
それに対して最善を尽くして
努力したかどうかは、自分が良く知っています。
      
例え、約束が守れなかったとしても
どれほど愛を向けて最善を尽くしたかで質が異なります。
元々、全く努力もする気がない約束というのは
最初から、守る気のないものだとしたら
口先だけで、自分の利益のために
人を騙したり、貶めたりしているということですよね。
     
そういう裏切りの在り方で生きていると
狼少年のように、誰からも信頼されないし
自分自身も自分を信頼できないのです。
    
どんなに、都合や嘘で塗り固めてみても
本当の本当は騙せないから
それを人は自分で責任をいつか取ります。
      
蜘蛛の糸が切れるのは
いつもいつも、自分だけがその糸を登ろうとした時。
小説の中だけでなく、現実でも糸は切れるのです。

===================================

今朝、改めて
「わたしは、世界に革命を起こそうとしているんだ」
ということがわかった。


既存の心理学の概念から
完全に逸脱している
全く新しい定義
「設定で世界はつくられている」
それは、天動説から地動説くらいに
センセーショナルなことで

誰もが「まさか」ということを
提唱しているらしいということを
ようやく、自覚したのだった。

初めての人に話すと
大抵、びっくりされるのは
今までに存在しない定義だからだ。

私にとって、その発見は
数々の臨床を通して
生々しく観てきたから当たり前で
私の周りも当たり前になってきたから

革命的なことをしているという
自覚に欠けていた。

多くの人を笑顔にしたい。届けたい。
その為には、認知されていく必要がある。
影響力も受け容れていく覚悟は出来てる。

どんなに努力しても
変わらなくて絶望している人に
それでも諦めなかったあなたに鍵を与えたい。

世界は、望みで出来ている。
自分の望んだものは
時に、他の誰かが
手に持っていることがある。

自分だけでは、解けないパズル。
他の誰かからの愛のパズルを得て
あなたにしかつくれない愛のパズルをつくり
分け与えられ、分け与えて
世界は豊かになっていく。

===================================

人間的な喜びと
霊的な喜びは

人間的な側面と霊的な側面が
乖離していればいるほど
異なりますよね。

指導者としての私の喜びは
霊的な喜びに導くことにあり
その意識がとても強いです。

社会一般的な単に成功するかどうか
といったところだけには
興味を抱けないので
そういったサポートからは
身を引いています。

起業家であれば
ワンネス的な自己実現を
されたいというのが
サポートの必須条件です。

ライトワーカーさんのサポートが中心ですが
芸術家や医療関連や
神職関連のサポートについては
能力開発など、お手伝い出来ることが多いので
積極的に単発にてお手伝いさせて頂いております。

何に力を注ぐか。
より、世界に問われています。

===================================

憎しみや哀しみは、連鎖するけれど
幸せや悦びも、感謝さえあれば、連鎖する。

憎しみや哀しみは、放っておいたら
長引いてる風邪のように続いてしまうけれど
悦びは、今その時だけのものだから
感謝が無いと消え去ってしまう。

感謝が悦びを持続させ
悦びを広げる、繋ぎ役になっているのだ。

悦びだけでは、広がらない。
感謝という繋ぎ役が悦びを広げる鍵で
幸せとは、悦びと感謝の両方が
存在している時である。

===================================

【一秒決め】

覚醒していて
やる事に対して腹決まってる人や
物凄く出来る経営者に共通している
事象がある。

それは、一秒決めだ。
昨夜もまた
私が強く望んでいたものに対して
世界から声がかかった

「やりますか?やるなら今決めてください。」
そう言われたので
「はい、やります。」

この間多分一秒。
頭の中に自分都合は一切存在しない。
進むスピードの速さは
選択力や決断力ではない。
〈最初から答えは決めている、腹決めてる本気度〉
なんだよね。

最初から、何を最優先するかなど
決めてるんだよ。

わたしは、ライトワークを学びたくて
現場を学びたくて、でも、中々チャンスが
訪れなかった。

年齢や経験年齢というところで
チャンスが訪れず、何度も懇願して
ようやく連れていってもらったけれど
当時の指導者は手取り足取りでは
教えてはくれなかったから

ひたすら、後ろ姿を見ながら
ライトワークとは何かを学んだ。

何の世界でも
多分、極めるというのは
師匠から学ぶということは
こういうことなんだと思った。

わたしは、そういった修行的で
上下関係の厳しい要素を殆ど持たず
平等性やフレンドリー的な
指導者ではあるけれど

これで、本当にいいのか?
と疑問に思うことがある。

本当にライトワーカーとして
腹くくってやってる人は
本当に腹くくってるから
そこで動いてる。

意識差があり過ぎる。

厳し過ぎるとついていけないだろうし
甘過ぎるとライトワーカーというものに誤解を生む。

何が愛だろう。

今日も自分自身に愛を問う。

===================================

昨夜〜朝からびっくりするほど
全体レベルで感じる、重い空気感。

何故か。それが手に取るようにわかる。

1、ずっと皆んな、春分を一つの目標にしてきた。
余りにも騒いだから、それが過剰になった人
たちがいた。

春分が終わって、達成感が発生した後の喪失感の発生。
達成感や高揚感の後には、必ずバランスを
取るためにこうした喪失感が生まれる。

光の後の闇といったところか。

私が講習で過剰な達成感を
生み出さないというのは
過剰に激しい波を生み出さず
こういった喪失感を生まない
という理由があるからだ。

2、春分くらいに、新たなステージを目標として
アンカリングを刺したことによって
新しく生まれた不安感や、自分はそれが
本当に出来るだろうかという恐れの浮上。

アンカリングを刺して初めて生まれる
新しく生まれたもの。

今までは、範疇外。
範疇内に入ったからこそ、生まれた恐れ。

更には、表だけ見ていて
裏みてないと見せられる。
二元性の超越を推し進める影響も
多々起こっている。

さあ、今日は、ライトワーカー初級の最終日。
全体意識的には、スーパー逆風の吹く中で
何が私に出来るだろう。

===================================

見返りの愛は重くて避けられる。
  

我儘な身勝手は嫌われる。
  

丁寧さと誠実さは大切に扱われる。
    
正直と謙虚は許される。
  

心からの真心は必ず伝わる。
  

全身全霊の愛は、凍った心さえ溶かす。

===================================

春分は、これからのプレートに乗っただけで
プレートは、大きなステージチェンジで
あればあるほどに、新旧両方同時に存在しています。


5月くらいまでは、その新旧両方のプレートを
眺めながら、新を進め、旧を終わらせていく
作業が続いていきます。

旧プレートがあること自体を
恐れなくて大丈夫です。
切り離しに関しては
じっくり見定めて決める時間があります。

但し、新プレートは待ってはくれない 笑)
新プレートは、どんどん進みますので
出来る限り、進んでしまいましょう。

===================================

【オリジナルである自信】
    
昔から、個性的であることには
自他共に、認められてきました。
    
放っておいても
いつも、ありました。
    
小学校の卒業の寄せ書きには
『強烈すぎて、一生忘れることはありません』
というようなニュアンスが多々書かれています(笑)
    
時に、個性的であることが嫌でね。
みんなと、一緒が良くて
みんなと、同じになりたくって。
それでも、個性的である自分を
受け入れていくことで
より、自分らしくなれた気がします。
    
わたしは、オリジナルであることに
欠乏がありません。
個性というものを求めなくても
元々、あるものという感覚が強い。
    
だからかな。
何してても、わたしは個性的だ
と思ってるものだから
オリジナルに拘り過ぎることがありません。
    
オリジナルだろうが
他の人がつくったものだろうが
わたしが提供している時点で
オリジナルになるだろうと思ってる。
    
自社製品に拘るよりも
良いものを全部紹介したい
世界を賛美したいという思いが強く
垣根がありません。
    
しかし、結局のところ
自分でオリジナルを生み出せる
能力値がありながら
誰かのことも賛美したいという
両立を行える人間が
世の中、実際には、非常に
とても少ないため
賛美力が高いこと自体が
私という個性を際立ててしまっています。

  
オリジナルに拘るということは
オリジナリティが欠乏しているということ。
    
何やっても、わたしは、わたしだ。
というくらいの状態が、個性そのものである状態です。

===================================

自分がやりたいこと
やりたくないことって
ありますよね。
  

これは、境界線、バウンダリー構築をしていて
自分と他者というのが、はっきりと分かれていれば
ほとんどのことについては、自分でわかるものですが
時に、自分では見極められないことがあります。
    
見極められない代表例としては
1、使命に関すること
2、自分の問題やカルマがかかっていること

 
この2つは、自力で見極めるのが
非常に難しいです。
なぜなら、単純明快な答えではなく
複雑化しているからです。
    
使命の場合は、自分の課題に対する抵抗が
どの人においても、100%存在します。
そのため、単純明快なやりたいという思い
だけでなく、抵抗がかかってきますから
すんなりと進みたい道に進んでみたら
迂回していたということがあります。
     
また、自分の問題やカルマがかかっている
場合においても、自力での見極めが
非常に難しく、他者のフォローによって
見極める力を養っていく必要があります。
  

どうしてかといいますと
魂の望みを、阻害するのがカルマだからです。
幸せに向かう方が、魂の望みで
不幸せに向かう方は、自分の望みのように
一見見えますが、カルマや自分の問題からの
「衝動」なのですよ。
  

カルマ的な動きをする時には
特に、「衝動」とも言える
抗えないほどの、惹きつけを感じます。
     
例えば
「自分が認められたい」とか
「自分が一番になりたい」
「自分だけが特別でいたい」
といったような
  

問題の意識の方が
「皆んなで協力し愛し合う世界」
という魂の望みを阻害してしまうこともあります。
    

そういった場合
例え問題の方の、望みが叶っても
心の奥底からは、幸せを得ることはできません。
  

望みとは、叶えば幸せになるものではありません。
  

何故なら、衝動や問題からの望みと
魂の奥底の望みは、異なるからです。
  

衝動や問題からの望みが叶うことは
魂の奥底の望みが叶うことを
遠回りする要因にもなるのです。
    
やりたいことがわかるようになった
次の段階として必要なのは
1、使命に関すること
2、自分の問題やカルマがかかっていること
これらの件について、誠実さを持って
取り組んでいくことです。
    
なんでもわかった気にならない
誠実さと真摯さが、問われます。

===================================

大切なことって
ずっと伝え続けてる。

繰り返し繰り返し
伝える真実。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

あなたの中に、疑問や問題があるならば
あなたが、その答えそのものとなりなさい。
    
世界はどうしてこうなんだろう。
自分はどうしてこうなんだろう。
人は、どうしてこうなんだろう。
    
どうして。
どうして。   
      
そんな疑問があなたの中にあるなら
あなた自身がその疑問の答えとなるのだ。
    
答えを追い求めるのではなく
答えそのものとなった時
疑問や問題が消滅していることに
気づくだろう。
 
なぜなら、あなたが問いの答えだからだ。

===================================

他人は、好きなように自分を見ます。
だから、大切なのは
自分の未熟さがあれば
それを受け止めながらも
自分の揺るぎない愛と信念を
持ち続けることです。

「多くの人に、良いものを伝えたい」
その想いが、原動力になって
動いていたとしても

他人から
特に、知らない人であればあるほど
歪められ、事実無根の疑いをかけられる。

「きっと、お金が欲しいのだよ」
「きっと、名声が欲しいのだよ」と。

自分を良く知らない人の
そうした遠くの囁きは、放っておきなさい。
何故なら、それは、その人たちの課題だ。

「確実に、効果を受け取ってもらえるように」
その想いが原動力になって
動いていたとしても

他人から
知らない人であればあるほど
事実無根の否定をかけられる。

「金額が高過ぎる」
「お金で動いてる」

ただ、知らないだけだから
放っておきなさい。

実際に受けた人の生の声。
周りの人たちの声。
触れ合った人たちの声。

それだけが、真実。
それだけが、リアル。

どれほどの愛を持った行いであっても
このような声は、消えはしない。

消そうとせず
自分が自分の愛と信念を
持ち続けた時

周りに、愛の花が咲いていくのです。

===================================

魅力が人を惹きつける。

魅力的な人に成りたいと思うならば
己自身と成りなさい。

その人自身になることが
最もカリスマ性をあげる
ということであるからだ。

===================================

固定的であればあるほど
身ぐるみ剥がされる。

枠が強固であればあるほど

流れが堰き止められ
抵抗に変わる。

そうでありながら
そうではない側面を同時に捉えながら
多角的に流動的な立体の宇宙視座と共に
両手を広げ、愛を広げながら
揺るぎない永遠不滅の我を生きる時なのだ。

どんなに消しても、消えない永遠性。
奇跡に満ちた己の可能性。

己を受け止めよ。
己を超越せよ。

受容と超越という
矛盾した両者が織り成すハーモニー。

甘美に満ちた覚醒の調べ。

===================================

わたしは欲張りだ。

目の前の人が劇的に幸せになる。
それを眺める度に
もっともっと多くの人が
幸せになっちゃえばいいのにと思う。

多くの人が幸せになる度に
もっともっと最高のLOVINGを
生み出していきたいと思う。

研究に研究を重ね
開発に開発を重ねて
より、最高のLOVNGを
つくっていきたいと思う。

両者は、共に私を向上させ
前へ前へと進ませる。

充足では無く 
もっとより良いものを
生み出すための欠乏が
常に生まれ、その欠乏が
次に向かわせ、私を導く。

わたしは、動だ。
即ち
欠乏であり
欲であり
望みだ。

欠乏でさえ、極めれば光現る。

===================================

ヒーラーのスキルがあるのと
プロのヒーラーとして
活動出来ることとは
全くの別物。

スキルだけ取得して
仕事としては活かせない
中途半端な状態でいる人が
いかに多いか。

実現化の部分が得意なので
そういう相談も、とてもよく受けるのですが
実際に活動するにあたって
必要なものを揃えられるのも
フリーダムディスティニーの醍醐味です。

高次元意識が開けている
スタッフのみでつくり
エネルギー的に整えた
ブログページを作成します。

ブログって、エネルギーなんだよね。
デザインとエネルギーが大事なの。

以前、とあるプロのヒーラーさんが
ホームページを作成依頼して
100万くらいかけて作っていたけど
エネルギー的に重いエネルギーで
結局使わず、捨てていたのを
知っています。

ヒーラーさんが悩むのは
自分の意図が反映されず
わかってもらえない。とか

エネルギー的に重いエネルギーの
ページが出来ちゃって
使い物にならないというもの。

そういう声を聞いてきたからこそ
万全の体制の、エネルギーを考えた
ブログカスタマイズ。
大好評です。

利益度外視でのメニューなので
生徒さんだけの特別メニューで
一般の人は受け付けていません。

http://freedom-destiny-world.link/blog-customize/

===================================

努力は時に
徒労に終わることもある。

実らない努力には
果たして意味は無いのか。

そうでは無かったりする。

先ず、努力を見守っている人が側にいる。
自分の背中を見せることは出来る。

もし、誰も側に居なくとも
努力の証は、身体に刻み込まれる。

一眼見ただけで
どれだけ努力してきたか
身体に必ず現われる。

例え、徒労に終わったとしても
努力は、常に自分自身の
証になっているのだ。

===================================

新しいチャレンジ。
新しい舞台。

誰もが不安で
誰もが慣れてなくて
ブカブカの学ランを着てるみたいに
不釣り合いな自分を感じる。

不釣り合いさを感じながら
慣れてないものだから
要領も掴めなくって
役に立てなくって
迷惑だってかけちゃうかもしれない。

それでも、温かく見守ってくれて
迎え入れてくれた人たちの愛によって
「ただ、そこに居る」うちに
ブカブカの学ランが、いつか
馴染んでくるかもしれない。

ブカブカの学ランの緩さを
自分の未熟さを感じながら
依存にならないように
自分の出来ることを模索していたら
何かが見つかるかもしれない。

新しい舞台
新しいステージ
新しい住処は
何時もあなたを
迎え入れようとしている。

ブカブカの学ランの
不釣り合いさを
あなたが嫌わなければ。

===================================

自分らしく生きる度に
ギスギスした想いは消えていく。

言葉に出来なかった言葉。
呑み込んでしまった想い。

溶けて、解けて
天へ還ってゆく。

一つ、一つ
あの時の今、叶わぬ夢だった夢が
目の前に広がりゆき

誰かの夢と夢が交差し
結び合い、愛を奏でる。

===================================

全部全部、裏も表も明るみになるし
もっともっと、等身大になる。

人々の意識は
更に多様化して
開いていく。

馴れ合いや
埋め合わせ合いの関係から
「共に在る」関係へ。

===================================

フリーダムディスティニーアカデミーの

ホームページがリニューアル含めて
全て完成しました!


オリジナルLOVIGや講習など
新世界への誘うアイテムが
沢山揃っています。

講習のご案内や様子なども
頻繁に更新されますし
フリーダムディスティニーで
活動されているライトワーカーさんのページを
ご紹介させていただきますので
お楽しみに!
    
様々な水面下の活動にようやく終止符(笑)
  

次は、スパイラルヴォルテックスカレッジの方に着手!
賛美を主体としたスパイラルヴォルテックスの方では
自他問わず素晴らしいLOVINGをご紹介していきます。
  

スパイラルヴォルテックスカレッジの方では
トレーナーを行わせていただいている
リーブスの講習などのご案内も載せていきますので
こちらもお楽しみに!

===================================

全く抵抗を感じずに
生きてるなら
使命の道からは外れてる
という指針になります。

抵抗があるのは当たり前。
抵抗もあることを感じて
受け止め切った上での
喜びがあるのです。

魂の望みとマインドの望みの
ギャップが少なければ
抵抗も少ないけれど
ゼロじゃない。

そして、最もなる抵抗は
抵抗なんて自分はしていない
という無自覚の時に起こるのです。

===================================

自分が本当にやりたい事が
あるとしますね。

しかし、親との関係で
反発心の課題を
やり切ってないと
ここで問題が生じます。

「自分のやりたいことであっても
誰かに、それを勧められると
途端に出来なくなる」というもの。

これは、とっても不自由。
反発心が邪魔をして
本来やりたいことまで失ってしまう。

本当に自由っていうのはさ。
誰かに勧められようと
貶されようと
関係無く責任を持って
選べるという状態なんだけど

こういう人は
勧めれば勧めるほど
面白いほど後ずさりして去っていく。

何処かで、支配やコントロールされる
という恐れがあるからだよね。

本当に支配やコントロールから自由な時は
自分で本当にやりたいことを
勧められたら、逆に進んでいく。

ここで、進むスピードに差が出る。

勧められようが、何しようが
最後は自分の意思で決断する力に
欠けていると、勧められると
途端にやれなくなる状態に至る。

自分の意思で、自分の思いで
自分の責任で、進んで行ける人は
自分で得たヒントも
他者からのアドバイスも
どんどん取り入れて
どんどん進んでいく。

反発心の課題は厄介です。
自分で気付きにくいうえに
(自分では、自由な気でいる)
大変なので、誰も関わろうとしません。

愛ある人の言葉を
受け止められる日まで
偽りの自由という
反発心の不自由は続きます。

===================================

不満が出るということは

1、やりたくないことを我慢してやってる
2、見返りを求めて動いてる(のに貰えない)
3、手に入らない幻想を求めてる(世界中で一番愛して欲しい。私だけを見てなど)

不満というのは
外側のせいでは無くて
全て自分の責任で
自分自身の問題。

嫌なら、辞めたらいい。
不満の時間が短くて済む。
辞めないなら、嫌なのが含まれている
それごと、丸ごと愛する。受容する。
そこに責任を取ればいい。

中途半端だから
外側のせいにして
不満が生まれる。

===================================

見返りって重い。
  

一見、見かけは美しいけれど
見返りのエネルギーは何時も
『私を愛して。私にもっと頂戴』と言っている。
    
奉仕のエネルギーと見返りのエネルギーは全く違う。
前者は、求めていないから、自然と感謝が湧くし
後者は、求めているだけなので、感謝が湧かず
重荷とプレッシャーが湧いてくる。
    
どうして、私を認めてくれないの?
どうして、あの人と同じように私を愛してくれないの?
    
そういう風に思うことがあるならば
多分、それは、奉仕と見返りの割合の事実を
自分が自覚していないからに過ぎない。
      
自覚している人は、自然に求めることが出来るので
見返りによって、愛をもらおうとしなくなる。

===================================

春に、フラワーオブライフ
スピリチュアルティーチャーたちを
何名か連れて、ライトワークの旅に
行こうかと思ってます。

スピリチュアルティーチャーでなくとも
ライトワークしたい人は、沢山いらっしゃる
とは思うのですが、ライトワークの旅は
私自身がライトワーク自体にエネルギーを
割くから、連れて行く人は、ある一定の
レベルまでの意識状態じゃないと厳しい
と感じています。

正直、ライトワークの旅の渦中に
競争とか嫉妬とかが起こることに
対処する気力は持てないし
内輪の問題が起こったり
エネルギーを取られてなどいられません。

スピリチュアルティーチャーなら
賛美の体制が整っているから
競争とか嫉妬とかし始めないので
その側面における安心感があります。

そうでなくとも、ライトワークの旅は
自分と向き合う要素が発生しますので
自分と向き合える力が無いと厳しいです。

場所は日本で、幾つか候補があるから
もう少しチャネリングしてみて
色々内容を詰めようと思います。

===================================

イシス神殿にて。

知っている景色が、目の前に広がり
ああ、私は、ずっとずっと
此処に来たかったのだと解る。

イシス神の愛の深さに
涙が溢れました。

イシス神の特徴である
豊穣や再生の力に
惹かれていたわけではなく
愛の深さに惹かれていたのだと。

沢山の愛と祝福を受け取り
また、この地に来ることを
約束して次へ向かいます。

===================================

パラダイムシフトパラダイスのページが完成しました。
二元性を超える視座。
今年に入って、依頼が劇的に急増しているLOVINGなため
どうしてもエジプトに行く前に完成させたかった。
    
どうしても超えられない
絡まったパターンから脱却したり
光と闇のバランスをとるのに
とても良いワークです。
    
光と闇のバランス。
これから、とても重要になってきます。
   
どちらかに偏っていると
逆転した時に、対応できない。
    
全ては愛という視座で生きれているか
それが、丸ごと問われ出すからです。
    
こちらも3月に講習開催が決定しています。
とても重要なワークのため
どんどんご紹介をしていこうと思います。

===================================

【見返り】

ここのところ
闇に光を
光に闇を見出すサポートを
とても求められています。
セッションもメッセージも
そういった内容が多いです。

本日は、もう一本
二元性を超えるメッセージを。

スピリチュアルを学んでいる人の多くが
『見返り』は悪いものだと思い込んでる。
スピリチュアルの王道だね。セオリー。

これって、本当?

多くの方のサポートをするうちに

『見返りは悪いものだと思い込んでる
こと自体』が、様々な制御を生み出し
犠牲を生み出しているようにも
思えるんだよね。

見返りをしないようにと
『禁止する』でしょ?
そうすると、その禁止事項を
守るためにね、無償の愛を
他者に送ろうと頑張るの。

しかし、そのプロセスで最終的に
発生するのは我慢と犠牲だって知ってた?

禁止から生まれた行為ってのは
結局のところ、役に立たないのさ。

見返りを求めたい時には
求めたいという状態が真実だから
それ以外には、存在しないんだけど
そうならないように禁じる行為が
事態をややこしくしちゃってるんだよね。

見返りはね
何時しか満たされて来た時に
〈自然と抱かなくなるもの〉です。

また、愛し合う関係性
フェアな関係性では
依存が生まれないように
求め合うということは
とても自然なことですよね。

フェアな関係を望むことと
見返りって、どう違うのかな。

与えてばかりってのは
依存人間を産んでるってことだしね。

グルグルと得意の撹乱作戦発動したので 笑)
自分の答えを、再度導き出してみてください♡

===================================

フリーダムディスティニーのページが完成しました。
奇跡と革命に満ちたLOVING。
    
ずっとずっと、求めても
それでも、手に入らなかった
母と父と家族。 
    
思い描こうとしても、幸せな家族の絵が
自分のこととして、心に描けなくても。
    
設定が変わった時に、あなたにもわかるはず。
努力でもなく、弱かったわけでもなく
ただ、自分の内には、無かっただけだったのだと。
    
世界対応のこのLOVINGは
幼少期の両親との関係性を修復し
未来のために、健康な母性と父性と家族のエッセンスを
その人に伝授していきます。
   
届け、届け、幸せになりたい人たちのもとへ。
3月に、フリーダムディスティニーのLOVINGができる
ライトワーカーさんたちが誕生します。
    
世界が、心からの笑顔で、いっぱいになりますように。

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皆さま、日付が変わった早々に
沢山のお誕生日のメッセージをありがとうございます。
    
40歳の誕生日。
  

前日は、リニューアルしたフリーダムディスティニーのセッションを立て続けに行わせていただき、感無量の思いで過ごさせていただいておりました。
    
自分自身も技もひたすら研磨し
研究に研究を重ねてきた30代。
  

40歳になるこの一年は、創り上げてきたものを
世界へ広げていく、切り替わりの年となることを
感じています。
    
多くの存在の愛によって、ここまで導かれてきました。
今もなお、沢山の存在の愛によって、見守れて生きて
いることに心から感謝しています。
    
愛いっぱいに育て上げてきた
頼もしいライトワーカーさんが、世界へ羽ばたいて
いかれるのを目にしていることに心から感謝しています。
    
心許せるスタッフさんや、共に歩める仲間の存在に
心から感謝しています。
    
愛おしい息子が、どんどん逞しく成長していく姿を
眺められることに、心から感謝しています。
    
皆既日食の頃、エジプトに出向き、過去との対峙を果たし
より、私が私らしく生きられるように、新しく生まれ変わり
使命やお仕事はもちろん、プライベートも、より、充実させていこうと思います。
    
世界が、もっともっと、幸せに満ちていきますように。  
  
今年も、駆け抜ける一年となりそうですが
皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。

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出来ない自分=ダメな自分
を一致させていると苦しいね。

出来たり、出来なかったり。
何時も、その両方が存在するのが人間。
未熟が常に存在する自分を
人間を丸ごと、受けとめよう。

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気休めの優しさほど
残酷なものは無い。

真実から遠のかせ
直視する課題に対して
時間稼ぎの温床となる。

「このままでは、どうにもならない。」
心の奥底の何処かで
知っている、自分の事実から
目を背けたくて、逃げ惑っても

結局のところ、どんなに気休めを得ても
本当の安心は手に入らず
一時凌ぎにしかならない。

本当の安心は
向き合った時に
初めて訪れる。

気休めを与えないことが
近道を与えているのだ。

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大きな波が来ている感覚があり
よほど、順調で元気な人以外は
皆んな元気を失っている空気感を感じます。
    
精神的な不調や、体調不良も増えているようです。   
  
1月のフリーダムメッセージの
今年の動向の抜粋を載せておきます。  
  
大きな波が来ているということは
超えられるものも大きいということ。  
  
新しく脱皮していく度に
もっと、最高の自分に成りゆくことができる。   
  
大丈夫、諦めないで。
超えられるもの以外は、目の前に出さないのだから。 
  
******************  
  

2月は、過去を超えるときです。
  

いきなり、クライマックスが訪れるような
ダイナミックな変化が訪れます。
  

それは、個々の望みによって、新たな道が
開かれたことにより、それを達成するために
自分が、何と向き合うことが必要なのか
その、テーマがはっきりしてくるからです。
中には、過去生に関わる場所に誘われる人も
いるかもしれません。
      

今まで、対峙してこなかったこと
逃げてきたことを、向き合わされるのではなく
自分から能動的に、対峙してみようという
勇気が湧いてくる時です。

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今という時に、感謝が絶えないのは
闇に塗れ、絶望が刻まれた深さがあるから。
    
創造的に生きた時に、今までのことが
すべて嘘であったかのような現実が現れ
苦しみも悲しみも、溶け去った時に
    
それでも、なお、望み続けられるのは
消え去らない、絶望の刻みがあるから。
    
カルマが消え去って
何もかも、忘れ去っても
それでも、消えない何かを養うために
闇を体験し尽くしてきた。
    
望みが円周の直径を決める。
大きな円を描くために
最後に大輪の花を咲かせるために
闇を体験し尽くしてきた者たちよ。
ようやくその時が来た。
    
光に転じ、己の闇に匹敵する直径を駆け抜け
共に、蓮の花を咲かせよう。

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女性の社会進出と
パートナーシップ。

仕事のことと
男性とのこと。

とっても大事なこと2つ。
全く別なように見えて
実は、一緒のところに問題があった。

それは、女性性と男性性の
歪みの解放。

両方を手にして
世界の女性がもっともっと
幸せになりますように。

女性が女性らしく活躍する
女神の森を世界につくっていく。
ヴィーナスフォレスト。
ギリシャでの想い。

届け。。。届け。。!
あの時に成せなかった想いを
溶かしていけ。

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人と人が関わると
自分一人でいるよりも
少々不自由になる。


自由を欲して
手に入れた先には
丸ごとの自由があって。

丸ごとの自由になると
人と人との関わりで
生まれる少々の不自由が
愛おしくなる。

自由が主体になると
自分で何でも選べる自信があるから
不自由を恐れなくなり
楽しめるようになるんだ。

何とも、愛おしい
ほんの少しの不自由を
お互いに発生させながら
人と人は、愛し合う。

自分一人だけの、自由スペースを持ちなさい。
その上で、人と触れ合いなさい。

その時、触れ合うことで発生する
少々の不自由は、愛おしいものに変わる。

不自由を楽しめるかどうかは
自分一人だけの、自由スペースを
持っているかどうかにかかっている。

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サイキック能力者と
非能力者による
永い永い争いを終わらせたい。


あらゆる歴史上で弾圧されてきた
哀しみを解き放ちたい。

ある者と無い者という概念を覆し
「誰でも、能力を開くことは出来る」
とした時、持つ者と持たざる者との
争いは終わる。

誰にでも、秘めたる可能性があって
解き放たれるのを待っているのだ。

能力は所有するものではなく
世界に分け与えるもの。

分け与えても、分け与えても
決して無くならないもの。
それが、あなた。

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着々と日々、リニューアル中。
フリーダムメッセージとはに
船のデザインが入りました。


フリーダムメッセージとは
の文章を改めて自分で読んで
ああ、わたしは「書く」という
事において、こういうことが
したかったんだなあ〜!

書くことは、無料レベルで
何処まで人に覚醒を促せるかという
私にとっての、一つの挑戦なんだなあ〜!
と、しみじみ思いました。

書くことの原点に灯火をつけて
執筆を進めていきます。

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【提供する価格について】

提供する価格は高ければ自己価値が高い。
そのように学ばれている人は多いです。

しかし、その一方で我欲が消え去れば
過剰に金銭を求めることは無くなります。

特に、覚醒をサポートする
ライトワーカーは奉仕の心が強く
その己を現すから、どうしても
〈この内容で、この価格とかお得過ぎ〉
となってしまう。

それでいいよ。それでいい。

色々解ってくるようになると
生徒さんから、「綾さんのセッション価格って
安過ぎませんか?」と言われる。

重々知っているけれど
どの価格帯にしても
結局、それを凌駕する内容にしてしまう
ことには変わりない。

価格を決める際に、大切なことは
「自分という人間を現しているんだ」
ということ。
自分自身が、どれほど、誠実であるかは
一番自分が良く知っている。

お金を自己価値の基準道具には
していないのです。

世の中には、色々な学びがある。
力量より過剰に金銭を得れば
それは、カルマとなる。

放っておいても、いつの日か
その人は自分でカルマの責任をとる。

私は、過去生で、散々、お金に汚れて塗れた。
とことんやり尽くして
お金では、満たされもしなかったし
得たいものは、得られなかった。

どんな物でも埋まらない。
愛によってしか埋まらない。
それをとことん知るまでの、束の間の遊び。
本当に、飽きたら辞めるでしょう。
他人は、放っておけばいい。

私の価格設定は
自己価値が低くもなく
それでいて、最大限の愛と誠実を現す価格。

以前、とっても大切な人に
そのようにしか生きれないように
設定してもらいました。

生徒さんたちには
皆んなにも、それを学んで頂けたらと
思っています。
幾ら、安いと言われようと
私は、私に誠実な価格で
これからも提供していきます。

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【ヒーリング業界を変えたい】

実は、ずっと思っていたことがあって。
ヒーラーさんって名乗ってても
簡単にお金さえ払えば
スキルだけ取得出来てしまうものもある。

だからね。本当にハッキリ言ってしまうと
ヒーラーと名乗ってても、霊障やカルマだらけ
で、その仕事してる人、いっぱい居るのです。

仕事となると、急に職人気質になる私から
してみたら、ありえーーーーん(⌒-⌒; )
となるわけ。

それが、その人の在りようだから
良いも悪いも無いけれど
ヒーラーという括り
エネルギーワークという括りで
一色単になってしまって
全部同じように見られてしまう。
だから、ヒーラーというものの
品質が落ちるんだよ。

自分が何も整って無いのに
中途半端にスキルだけ取得しても
片輪だけなんだよ。

フリーダムディスティニーで
ご紹介させて頂いている
ライトワーカーさんは
ある一定のスキルを取得し
高次元的にも開かれ
定期的に自己メンテナンスを
受けられている人たちだけで
構成されています。

100人の自分を整えてないヒーラーをつくるより、たった一人のスペシャルライトワーカーを
世界に生み出した方が、他者の覚醒のサポートが本当に出来る人になるので、地球の次元上昇に貢献できるってのが、私の持論。

そういう、極めているライトワーカーさんの
スペシャル集団を育成すると決めて、ここまで
ひたすら歩んできたけど、人がどんどん育ってきたので、今年はご紹介出来る機会が増えそうです。

さて、春からは
どんな景色が見えて来るだろうか。

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少しづつ、色々なことが
形になってきました。
人間の根源的否定や孤独に響かせる
レムリアングレースのページが完成しました。

深い深い、深層の奥にある傷に
優しく浸透し、愛によって
溶かしていきます。

開放って、何でも外せば良いってもんじゃ無い。
水の浸透によってしか、溶けないものがある。

人間の根源的否定や孤独に
Lovingが響いて、光に昇華していく。

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本当に心から望んだ望みは
決して諦めず、望み続けること。

人を変え、時を変え、場所を変えて
貴方の果たしたい想いは必ず叶う。

成就の時代に生きる者たちよ。
諦めず、望み続けよ。

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絶望を知らない者には
絶望は暗闇となる。

絶望を知り尽くした者には
絶望は海底の奥底であると解る。

深海魚のように
猫のように
暗闇でも見える眼を持ち

ありとあらゆる暗闇を
見渡せる者となりた時
暗闇であることでの
脅威と不都合が消え去る。

世界から絶望という
暗闇自体を排除し消そうとするな。
暗闇が消えうせる時というのは
暗闇でも見渡せるようになる眼に
貴方自身が成ることであり
それが、絶望からの真の自由である。

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どんなに憎んでも恨んでも
最期に残るのは純粋な愛だけ。

全ての発端は
何時も愛故に始まる。

憎しみも、恨みも
貴方自身では無い。

解けて消えるものは貴方では無く
最期まで消えない光、それが貴方。

自分と同一化している
ありとあらゆるものからの
解放と脱却によって
真実の自分が現れる。

===================================

日々、一歩一歩修正の道が現れる。

どんなに長い間
閉ざされていた道ですら
希望が現れる、その光景を見る度に
不可能など、何一つ無いのだと知る。

絶望だと気付いてすらいない
深い絶望に、光が届く姿は美しい。

その人の闇を見守ってくれる
存在の息吹があってこそ
光が届くまで、生かされていたのだ。

そして、それは
本人が必ず超えられると
心の奥底では
ずっと知っていたのだ。

表層の感情に揺らぎながらも
誰もが、届かぬ心の海溝の奥底には
漆黒の絶望という暗闇に紛れて
真珠貝が住んでいて

漆黒の絶望を養分にして
大きな真珠を育てている。

時が来て、貝が開いた時に
奇跡が起こるのだと。

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最もなる恐怖の先に
最もなる栄光がある。

恐れの奥に隠れている真実を掴め。

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「この立ち位置は自分しかいない」

それは、なんとやり甲斐がある仕事であり
なんと、孤独に満ちた場所であろうか。

見渡す限り、人っ子ひとり居ない
校庭のグラウンドで佇むほどの静けさ。

その校庭には、他者が訪れることは無い。
誰も、自分の使命を手伝ってはくれない。

誰かとの競争からは、脱した先は
己を超えゆく、己自身との競い合い

何も無い土の上に
花を咲かせられるのは
自分だけ。

淡々と。粛々と。

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明日は立春。
それぞれが
それぞれの船に乗る日。


いつかの今に
共に過ごした仲間は
気がつけば
遠い遥か彼方へ。

方向性が違う。成すことが違う。
だから、ずっと、一緒にはいられなかった。

愛は、何時も立体的だ。
様々なプロセスの真実があり
何処にも正解は存在する。

10年後の私は、今の私を見て
余りにも幼いと微笑むだろうか。

それとも、常に、今出来うる最善を
全力で生きる姿の変わらなさに
涙を浮かべるだろうか。

何処にも正解は存在する故に
時に、言語は通じなくなる。
同じ日本人でありながら
異国の地に居るかのように。

それでも、生きるという歩みを止めはしない。

己の成すことの道のりの遠さに
果てしなさへのため息と
全力で走れる安堵を感じながら

「運命は変えられる」
「あなたの望むあなたに成れる」
「幸せになることは必ず出来る」

本当は、不可能など、存在しないのだと
世界へ現していく。

さあ、船に乗り込んで、何処まで行こうか。

===================================

逆だ。全くもって逆だ。
多くの人は『何故、この世界に自分という存在はいるんだろう。』という理由を探そうとする。
      
答えは足元にある。
ここに今、生きているという答え。
    
問いを答えとした時に
本当の答えが見えてくる。  
  
正解探しという方法から
答えを生み出す方法へ。  
  
誰かに、他の何かに、答えを決めてもらうのは終わりなんだよ。
それが、例え、アカシックレコードだとしても。  
  
思った以上に決めてきた使命を達成してしまって
使命を終えてしまった人がいる。  
  
その人は、どうするか?
この決め方以外に、生きる道が、存在しなくなる。  
  
達成した暁には、使命ですら、新しく生み出せる。
望みが世界を創る。

===================================

不思議なことに
人間は、様々な代理品で
愛を埋めようとするが
それでは愛は埋まらない。  
  
遠回りをしてみても
結局のところは
愛し合うことが
十分に満たされた時に
心が満たされた状態になる。   
  
一度でも、本物の愛で満たされた人は
偽物で埋めようという気を無くす。  
  
愛は、他のものでは代えられない。
そのことを知るまでの、つかの間の学び。

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何かの見返りがあって
愛そうとしている時
それは、愛するとは呼ばないのです。
計算というのです。  
  
愛するというのは
それだけで完結している行為。      
  
愛し合っている時は
それが、目的であり
既に達成もしているので
他には何もいらないのです。

===================================

蓮の花は
泥の中から花を咲かせる。

さて、泥がお得意の皆さま
充分に泥は、満喫されましたか?
花を咲かせるのを、忘れないようにね。

私を筆頭に
どうも、闇を観る方が得意な人が
周りに多いので。

咲かない蓮にならないようにね 。

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【神々からのメッセージ】

人間が、戦う時の意識というのは一人である。

他の誰かと戦っている時も
〈一人〉だから戦うのだ。

通常、一人じゃ無いから
戦うと認識しているので
むしろ、逆だと知りなさい。

一人では無く、全てに意識を向けなさい。

真に全てと共にある時
戦いは、存在しない。

===================================

毎度のことながら
明後日、海外に行くとは
とても思えない心境と状況。


明日の予定を見ると
尚更、明後日旅立つ人とは思えない。

まあ、しかし、多分、何とかなるものだ。
アンコールワットは、真夏の季節。
染み入る寒さをお風呂で癒しながら
夏服の用意を思案中。

時間も空間も、季節さえ飛び越えて
今度は、どんな旅になるだろう。

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【愛の仕事】

愛の仕事が出来る人は
徹底的に本気。

どの場面でも
どの人とでも
『愛する』
それを行おうと思うから。

愛に妥協なんて無いよ。

力が抜けてるというのと
愛を妥協するのとは
似て非なるものだと知ること。

丁寧さに欠けたり
こなしてるような仕事には
愛の絶対含有量が少ない。

これからの世界は
愛が豊かさに比例する。

===================================

問題から逃げようとして
他者を巻き込み
責任転嫁をすればするほど
問題は大きくなる。

人を巻き込んだ分
エネルギーが大きくなるからだ。

自分の責任として
問題を内に返して受け止めた時には
問題は最小限で済み
問題とも言えない程度で済む。

全ては、自分の在り様によって決定する。

===================================

本当に変容した時というのは
前の自分を忘れてしまう。

終わると、終わるから。

確かに、そうだったかもしれない。
あれ程までに苦しんだことさえ
過ぎ去った後は、追憶になる。

全く苦しくない自分が
苦しみに対して
臨場感が無くなった時

真価が問われる。

臨場感があり、共感がある時は
ある意味自分自身を
癒している要素が混ざっている。

臨場感も共感も失い
自分への癒し要素が消えても
それでも他者にサポートする動機。

それは、誰かの苦しみを終わらせ
誰かを幸せにしたいという
菩薩的な愛によって起こる。

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【諦めかけても 諦めなかった先に】

遂に、フリーダムディスティニーの
伝授版が完成しました!

皆さんが、行って頂けるよう
諦めず、望み続けて形になりました。

こうして、形になるには
多くの愛とサポートがあってこそ。

愛されてるなあと、しみじみ。

もっと、幸せと笑顔を増やしたかった。
運命を変えられるほどに
世界を変えられるほどに
幸せになる景色を見たかった。

もっともっと、愛が広がっていきますように。
他にも、フリーダムディスティニー
新Loving続々登場!お楽しみに♪

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【利用】

協力する気が無いのに
愛を育む気も無いのに
損得勘定で、一方的に恩恵だけ得ようとする行為
それが、利用という名で呼ばれるものだ。

つまり、利用の意識状態で常に生きている時は
決して協力や、愛を育めない。

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つまらないプライドや
変な拘りによって
本当に大事なものを失うことがある。


本当に大事なものは何だろう。
本当に達成したいことは何だろう。

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全力とか本気ってのはさ、次とか、後なんかないってことさ。

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講習をしていて
すごく醍醐味なのは
何も心だけの変容に
限ったことではありません。  
  
外見も、めちゃめちゃ変わってしまう。  
  
どんどん、美しくなられていかれるのを
眺めるのが幸せ。  
  
カルマが減っていき
自分の生きたい人生
輝きに満ちていかれる時というのは
外見も変わるものなんだよね。

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【お金の話。適正な価格の話。】  
  
何でもそうだけれど
やってみないとわからない。
というのが、実際のところです。  
  
受講者が変容を受け入れられる
権限代金分としての価格。
  

どれだけ安くできるかを
いつも模索しながら
価格を決めています。  
  
提供側として、自分にとって喜びと感じる価格
受講側として、ありえないほどお得で自分が真っ先に受ける価格  
  
それの一致しているところが
提供のベストラインです。  
 
本当は、とてもシンプルなのですが
先ず自分の喜びが何かが
本当にわかってないと曖昧になりますし
自分の実力を真摯に見極める力も必要で
お金に対する不安や承認欲求の低さから
我欲に満ちた価格を付けてしまう人はとても多いです。  
  
価格が高ければ自己価値が高いと
思い込んでいる人がいるからです。  
  
価格は、見合っていなければ
本当は、それだけ、我欲に満ちていて
承認欲求が強いということしか
現してなどいないけれど。  
 
逆に、奉仕精神強すぎて
受ける側、他者のことばかり考えて
安くしすぎる傾向のある人も
これまたとても多いです。
  

つまり、多くの人は
自分の提供するベストラインを
自分自身で見極めることが、とても苦手。  
  
私はここが得意なので
(つまり、両方の立場での本音をチャネリングする)
セッションで、どれほどの人の
価格を決めるお手伝いをしたか
数え切れません。  
  
ここが確定していないと
仕事が来ないのを価格のせいにし始める。  
  
お金自体は、何も悪くないよ。  
  
ライトワーカー気質が高い私は
奉仕精神が高いため
以前、モニターをとった際に
20人中、20人が
実際に提供している価格よりも
遥かに高い価格が適正価格だと言いました。   
  
私が我欲的な価格形成をするのが
好きな人だったら、価格は今とは全然違って
いたでしょうね。  
  
それが、悪いわけじゃない。
ただし、価格のつけ方は、その人の人格が滲み出るってことも
忘れないでいるといいと思います。  
  
いつも、私たちは自分が何者かを表してる。

  
こういう提供の仕方をしているので
実際受けてみると、ありえないくらいに安いとは
言われることはあっても高いとは言われたことがありません。  
  
しかし、実際にお会いしたこともなく
実際に無料版でも体験したこともなく
セッションなどの体験皆無の人から
受ける前に、高いと言われることは
ごく稀にあります。  
  
みんなも、そういうことがあるかもしれないね。
その意見は、放っておけばいい。    
  
受けたこともない人が高いと言っているのは『値切り』
翻訳すると、以下になる。
  

『あなたが、今までたゆまぬ努力をして得た努力の結晶と
 あなたが、今まで投資してきた莫大な投資額と
 あなたが、今までどれほど人に貢献してきたか
 あなたが、今までどれほど愛によって導いてきたか
 あなたが、時に血の滲むような経験から得た叡智と能力。  
  
 そんなことは、知らんけど、安くしろ。
 安くしたら、受けてやらなくもない。』  
  
海外行くと、値切るのが当たり前の地域があります。
値切らない方が、ありえないみたいな空間。
フリーマーケットでもそうかな。  
  
それは、なぜかって、元々の価格が適正価格では
ないからで、値切れる余地が多々あるから。  
  
値切れる余地が無いものは、値切れない。    
  
サービスの内容を、タダでもらおうというのも同じ。
例えば、話すことを仕事にしている人に
どんどん自分の問題などを話しかけちゃうとか。
  

すごく傲慢な人の意見を取り入れなくていい。  
それは、愛を欲している行為で
愛に飢えている行為。  
  
私たち、ライトワーカーも人間だから
自分の決めたラインでお付き合いできる人が
クライアントさんという関係を築ける人です。  
  
余談ですが、私は海外で、明らかに盛っていると
思われる人から、商品を買うときに
一切、値切りません。  
 
明らかにそれを感じた時は
黙って、多く払うこともあります。  
  
一緒に旅行している人からは
なんで?と不思議がられるけれど  
  
盛っている人というのは
それほどまでに、愛を欲しているということ。    
  
そして、目の前の人は、いつも自分。
愛を最も欲する自分に、多く与えるのは
とても自然なことなのです。

===================================

この後に及んで
まだ藁の家を建てるのか。
それも、いい。


この後に及んで
まだ木の家にしがみ付いてるのか。
それも、また、いい。

一過性の。
一時的なブームに
踊らされてみるのもいいだろう。

どんな遊びをするのも
この世界では自由だ。
経験が世界を彩る。

煉瓦の家を建てたい者よ。
煉瓦の家の建て方を教えよう。
ただし、建てるのはあなた自身だ。

土台からじっくりと時間がかかるが
決して飛ばされない煉瓦の家。

煉瓦の家は
あなたという栄光。

===================================

集団の中で、自分だけ違う。
疎外感を感じること。

それは『個性』の濃度ってやつと
一致しているんだよ。

そもそも、通常の集団形成は
同じような考え方
同じような共通点が強いという
組織形状になっている。

だから、考え方が違うだけで
浮いているように感じるんだ。

考え方が違う人間を
組織が自然と排除している。

同じもの同士の色が濃くなって
同じもの同士でしか集団化しない。

やがて、もっと大きな集団となった時には
集団化することで力をもって
正しい間違っているという
正義の刃によって
争いが起こる。

同じもの同士でしか集団化しない
排除的なスタイルが
世界の縮図となって
いつかは、自分の首を絞める。

同じと違いが混在していることを
丸ごと受け入れた組織形状は
誰か一人の意思によってではなく
生命の錬金術によって
生命そのものとして生きる。

新しい組織の形。
スパイラルオブフラワーオブライフ。

この組織は、生きている。
生きながら、覚醒し、愛することを
関わる人に与え続ける。

ここでは、個性的であることは
排除の対象とはならない。

個性は、愛し合うための
材料にしかならない。

違いを愛せよ。
違いに在る同じを見よ。

それこそが、平和への答えである。

===================================

【全員輝く世界】
    

世界にとっての役割や立ち位置を生きる時
誰か一人だけが突出して輝くんじゃなくて
みんなが輝き出す。  
  
世界にとっての役割や立ち位置を生きてる時は
みんなが主役になる。  
  
競争も嫉妬も、自分の役割をまだ見つけていない
証として感じる意識。  
  
己が己として際立ち輝いた時
助け助け合い
愛し愛し合うことになる。

===================================

【ヒーラーさん向け 一言アドバイス ムーブメントの起こし方】
    
周りに
『ヒーリング』とか
『エネルギーワーク』とか
『LOVING』を
いかに理解してもらおうか。
  

そういうことを重視して
頑張る姿を見かけることがあります。  
  
良いものを広めようとしている心がけ
その想いは、しっかり受け止めておくね。    
  
その、情熱と努力にいいね!としたいところだけど
一つだけ忘れちゃいけないことがあります。  
  
『ヒーリング』とか
『エネルギーワーク』とか
『LOVING』を
  

【理解してもらおう】っていうのが
もし、あるとしたら
先ずは、それを捨てちゃうといい。  
  
思い出してみて。
だって、LOVING実際に受けた人は
それで解ったと思うけれど
やったことない人に
あれを、本当に伝えられるか。って、そりゃ、無理さ。  
  
どんなに言葉を駆使してみたって
絶対、無理なもんは無理さ〜(笑)  
  
じゃあ、どうしたらいいの。って
理解してもらおうってのを
全部ことごとく捨てちゃったら
残るのはね、【自分にとっての真実】だけ。  
  
元々、認知されているものを紹介するのと
全く、知られていないものを世界に広めるのとでは
方法が全く異なるのです。  
  
全く知られていない認知度が低いものを
広めるためには、自分にとっての真実を
根気よく、根気よく、それでいて情熱を持って
世界と対話していくしかありません。  
  
幾度も、しつこく、同じこと言っている人がいたら
そのうち、世界も、ちょっとは、耳を傾ける人が
いるかもしれません。  
  
今は、本質的な変容を求めている人も増えていますから
届く頻度は、以前よりも圧倒的に多くなっているけれど  
  
『ムーブメントを起こす際には理解はいらない。』
ということを覚えておくと良いでしょう。    
 
人を動かすのは、最終的には『情熱と愛の温度』です。
あなたの本気度が、人を動かす要となるのです。

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【新しく初める前には整理整頓】  
  
新しく初める前には
先ずは整理整頓から。  
  
そう思って
自分が書き留めたものなどを
整理していたら
何年も前の詩が出てきました。  
  
ロマンチックな感じで
今の私とはテイストが大分違うけど
いつだって、前向いて生きようとしている
生き方そのものは、同じだなとつくづく。  
  
ちょっぴり恥ずかしながらも
ご紹介しちゃいます。  
 
今の私では書けない
不安定さとか、朧げさとか危うさとか
自己確立していない感じが
文章に滲み出ているけれど
それでも、前に進む感じなどは
今と変わらない。    
  
変わるもの。それは己ではない。
変わらないもの。それが己だ。

**********************
 

どうしても この世の果てってのを 一度観たくて
  

ずっと 歩いてきた
時に 走ってきた
  

転んだのに 転んでないような 顔して
平気だよって ことばが 口癖になったりしながら
唇かみしめて 起き上がってきた
  

この世の果てには 何かあるんじゃないかと思えて
囁かな そう とても 囁かな希望をたずさえて
  

だから 生きてた
  

この世の果てってのは あの地平線の彼方に あるんだって
だけど 目の前に広がる 地平線の彼方は
悠然と 同じ距離で わたしから 離れる
  

進めば 進んだだけ 離れ
離れたら 離れただけ 近づく
実のところ 一度だって 近づけたことなど ないのに
  

この世の果てを追いかける一方で
己の影からは逃げようとした
終わりのない 果てしない 追いかけっこ
  

どうして こんなにも
近づきたいんだろう
求めちゃうんだろう
知りたいんだろう
  

あの 果てにある 何かを みて 知って 
優しく 抱きしめられたいのかな
それとも 抱きしめたいのかな
  

夜になって ついに わたしは立ち止まった
暗くて 何もかもが 見えなくなって
星に 手が届きそうな たかい たかい 木に登った
とってもたかい 木だよ 空から見渡せるような
  

星明かりから みえてきたのは
足跡 シュプール
  

いままで 近すぎて 足跡なんか みたことなかったから
知らなかったけど
靴には 発光塗料みたいなのがついていて
すべてのシュプールが 黄緑色に 光ってた
  

シュプールは よろよろ ぐらぐら ふらふらしながら
ゆっくりと 大きな円を描き
スタート地点に 戻ってた
  

あんなに 一生懸命走ったのに スタートだなんて 笑えるね
  

その時 知ったの
この世の果てに あるときいていたものは
いま この木から見える すべてで
わたしが欲しかった 確かさは
そう 確かさは 観えない すべて
  

この世の果ては わたしの中にあって
それは どこまでも つづく 空の向こうにもある
例え わたしが 歩くことが できなくなっても
わたしの描いた シュプールは 残る
  

わたしは 歩く
影から逃げるためでもなく
地平線の向こうを 求めるわけでもなく
シュプールで わたしを 描くために

===================================

独りぼっちの人は 
いないかな?
独りぼっちは 
何時でも辞められる。
    
誰かと関わるということは
独りでいるよりは  
不自由になるし
何でも思い通りにはならない 
ということ。  
  
ひとえに孤独と言っても 
色々あって
 

関われば関わるほどに
他者との違いを感じて
浮き彫りになる 
孤独というのもある。  
  
それで、いいんだ。
それで、いいんだよ。  
  
私たちは、一つでありながら
わざわざ、バラバラになって
完全な一つでは達成できない
たった一人の自分というやつを
感じてみたかったのだから。  
  
どこまでいっても
神を感じられても
愛を感じられても
逃れられないのが
 

孤独という、 
たった一つのオリジナル 
という代償。  
  
代償でありつつ 
恩恵である孤独。
 

だからこそ、愛し合える。
だからこそ、求め合える。  
  
完全体という神を
一人で達成する必要もなく
この世界があるのは
すべてで完全を現すため。  
  
たった一人の孤独を 
丸ごと抱きかかえて
己を生きよ。   
  
そうして、 
最も孤独に降り立てば 
降り立つほど
オリジナリティは際立ち
 

人間である限り、 
誰もが孤独である。
という共時性が浮き彫りになる。  
  
中途半端はなく
極限まで違いを見た時に 
現れるもの。   
  
同じが現れる。
人は誰もが孤独であるという 
同じが。

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【辛口注意 
 実体験からくる失敗】

随分前、エネルギーのことを
学び始めたばかりの時のこと。

効果とか効能とか質とか
そういったことが、 
読み取れず
「エネルギーワーク」 
というだけで
夢中になりました。

夢中になってどうなったか。

訳も分からず色々な人の
色々なエネルギーワークを
何でもかんでも全部受けました。

受けてどうなったか。

《具合悪くなりました》

今思うと、よくそんな
無謀なことしたなと 
末恐ろしいです。
知らないからできたとつくづく。

どんなエネルギーワークかも
よくわからないのに受けるなんて。。。
 

自分よりも、 
カルマ濃度が濃い人から
受けたらむしろ具合悪くなるし
霊障の人だっていただろうに。

その失敗以来、 
私はとことん厳選しました。
エネルギーワークの内容も。
この人から受けるという 
人間の質も。

数受けりゃ良いってもんじゃない。
 

質は、とても大事です。
自分よりも圧倒的に軽い人から 
受けないと意味ないですから。

だから、 
自分を常にエネルギーレベルで 
整えてどんどん軽くなっていく 
ライトワーカーさんが 
エネルギーワークを行うという 
ことに拘ってるんだよね。

そういったことは
実体験を通して
どんどん経験して学んで 
いけばいい。

どちらにしても
いつかそのうち解って 
くるのだから。

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Lovingとは

癒し、満たしだけはない
進化するヒーリングLoving

エネルギーのソムリエ要素も 
強いわたしは、素晴らしいと思う 
エネルギーワークを
自他共限らず、皆さまに
ご紹介させて頂いております。

その眼を信用してくださる方も
とても多いです。

一重に 
エネルギーワークといっても
本当に効果も質もピンキリです。

フリーダムディスティニー 
オリジナルワーク及び、 
フリーダムディスティニーの
講習で伝授している
エネルギーワーク以外のものに 
関しては、効果のほどは、 
一切責任がとれません。

フリーダムディスティニーで 
活動している
ライトワーカーさんが、 
各自で他から入手されて
ご提供しているものの効果に 
ついては、
 

私の知りうる範囲では 
ありません。
効果もわかりません。
責任もとれません。

一重にエネルギーワークと 
いっても色々ある。
そんな風に思う昨今。

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心から望んで 
信じることは恐ろしい。 
 

それが叶わなかった時の 
ダメージをとても良く知って 
いるからだ。

だから、 
人は望みにセーブをかける。
望むことそのものを
いつしか忘れていく。

期待を手放したつもりで
願いすら手放してしまった 
とは知らずに。

本当に心から望めた時 
というのは
どんな結果ですら、丸ごと 
受けとめる覚悟がある時。

前に進み、 
望み続けられる人は
決して手に入らない喪失 
という今を
先に味わい尽くすことが 
出来る人だ。

全てを失っている 
無という今から
有を生み出す日まで。

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いつも、独りでは 
成し得ない。

今年、 
この景色を眺めることが 
出来たのは
みんなのおかげです。

本当に、本当に
出逢ってくださり 
ありがとうございます。

もっともっと
みんなの輝く姿が観たい!
という欲が出てきて
幸せを強く望みます。

みんなで手分けして
もっと幸せになれる人を
増やしていきたい。

いっぱいの存在に助け 
られながら
駆け抜けた2016年。

兼ねてから達成したいことを
いっぱい達成しました。

心許せる 
ライトワーカー仲間たち。
 

フリーダムディスティニーの 
賛美の組織形成。
 

心から応援し愛してくださる 
指導者たち。 
 

両親との愛の触れ合いは増え 
沢山帰省しました。 
 

月の3分の1、海外へ出向く 
生活も確立しました。

来年は、 
更なるライフスタイルの改革。
クリエイションの時間を 
増やしていきます。

そして仕事ばかりではなくて
長年の夢を後回しにせず 
向かい合います。
 

生涯、共に深く愛し合える 
パートナーと出逢い
幸せに生きてゆきたいです。

もっともっと、幸せになろう。

幸せになればなるほど
もっともっと幸せになって 
いいんだね。と
みんなが自分を許していく。

もっともっと、最高になろう。

最高になればなるほど
もっともっと最高になって 
いいんだね。と
みんなが自分を赦していく。

===================================

湯河原宇宙リトリート
ありがとうございました!

ルミナさん
大冒険のチャンスを 
与えてくださり
ありがとうございます。

新しいことへのチャレンジ。
出し惜しみなく
全てを出し切ることが出来て
賛美の世界がまた大きく 
広がりました。

あっという間の時間。
皆さんの生まれ変わりゆく姿を
一人一人眺めさせて頂きました。

人間っていいなあ!

全ては愛故に。
愛故に、悩み、苦しみ、迷う。

それでも、 
過去の自分を超えるために
明日へと一歩を進めていく。
揺るぎない確信という煌めきは
独りで生み出す必要もなく

誰かの愛によって
誰かと触れ合うことで
生まれていくのだと思うのです。

一人一人と対話して
共に在る。を 
より肌で感じられたリトリート。

『最も愚者なる者が最も賢者である。
 最もなる賢者は 
 他者の神聖をも引き出す』

結びと絆。
愛と信頼。

愛でいっぱい。胸いっぱい。

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結局のところ
〈最高〉以外は絶望だ。

2番でも
3番でも
4番でも

それが、自分の 
本当の望みでは無いのだ 
ということを
教えてくれているに過ぎない。

最高とは〈動〉によって
生まれ変わってゆく。

最高の自分へ
最高の今へ。

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【辛口 再び お金のこと】

スピリチュアルで
お金を使ってしまった、だの
何だのって言ってる時って
すっごく中途半端な額を
使った時なんだよね。

わたしが一番不満が 
出てきたのは
200万くらい使った時でした。

そこで辞めるか
前にもっと進むか。

それで辞めて
愚痴をいう人生になるのも良し。

諦めずに、 
努力して変わるのも良し。

結局私は劣等生だったので
3,000万くらい使いました。
それを受けられるだけ働きました。

当時の自分に言いたいのは
『あんたの決意、そんなもんか?
 あんたの想いは 
 その程度なもんか?』です。

結局のところ、 
そこまでやりたいことじゃ
なかったんだよね。 

途中で諦めるってことは。

泥にまみれても、 
泣く日があっても
達成したい想いがあるなら
諦めずにチャレンジし続ける 
しかない。

出来るようになるまで。

チャレンジの連続が
人生を創り出してる。

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【辛口注意 見えてきた先】

したいことがわからない。
やりたいことが見えない。 
使命が見つからない。

苦しそうに見えるけれど
ある意味とても楽だよね。

何故なら 
探しているので
まだ実際にやらなくて 
いいからね。

探している時は
探している楽さってのがあって
だからそこに居続けたいと 
思うんだ。

見つからない旅を 
続けてきた者にとって
私のような人間はある意味脅威だ。

本当に見つかってしまったら
認めてしまったら
それに向かうということが
発生してきてしまう。

そうなると、 
実際にやるとなると
なれるかどうかの時には
浮かび上がってこなかった
 

自分の実力の無さが
全面的に浮き彫りになる。

遠くても 
自分の許容範囲に捉えた時には
未熟さってのが
嫌というほど見せつけてくる。

出来ないなら出来るように
練習しなくちゃならない。

そこには、努力が発生する。

使命が見つかっても
なお、動けない時ってのは
プライドが高いから起こるんだよ。

最終的に止めてるのはさ。
出来ない自分を見たくない 
という、
ちっぽけなプライドだよ。

そうしたプライドのせいで
実力は何時までたっても
身につかない。

そして現実的にも
何も変わらない。

成功とは、情けない自分を 
中途半端ではなく
とことん全面的に受け止めた 
者だけが手にする栄光。

===================================

最も自分にとって
未体験のことって

どうせダメだという諦めが
何処かにあったりする。

どうせダメなら 
挑戦しない方がマシ。

永遠と続く、 
安泰と静かなる空虚。

絶望を打ち破るのは
希望のドラの音だ。
 

ムッとするほど、 
希望は大きな音を立てて
静けさを打ち破る。

希望を亡き者にしたい。
そうすれば 
得られ続ける安泰と 
空虚に浸っていたい。

その静けさを 
突き破ってくる希望に 
憎々しい思いすら湧いて。

図々しいほどに鳴り響く 
希望のドラの音は
終わりを告げて始まりを告げる。

どんなに硬い 
アスファルトですら
突き破る力。

それが、希望。

===================================

いつも己という愛として
今出来うる最善は何か
問われる。


丁寧に全力で 
目一杯愛を注げる人数は 
限られている。

少人数なスタイルでないと
今の講習のクオリティーは
保つことが出来ない。

それと共に、 
多くの人と触れ合う機会も 
大事。

ライトワーカーや
スピリチュアルティーチャーを
育てるのも大事。

画期的なオリジナルLovingを
届けるのも大事。

どれもこれも大事過ぎる。

どれもこれも大事過ぎるので
やりたいことだらけ過ぎて
全部やったら、忙しくなった 笑)

人生、誰かと 
競争するプロセスは苦しい。
自分の立ち位置に立ったなら
誰とも戦わなくなる。

ライバルは、他の誰でもない。
未来の自分自身がライバル。

一歩でも、一歩でも。
より最高の自分に成り行く 
マイロード。

===================================

【辛口モード 最終系】

わからないから 
やらないんじゃない。
 

わからないから、 
やるんだよ。
わからないからこそ、 
やるんだよ。

失敗したり
まだまだだなと思いながら
わからない中でやっていく 
うちに、手探りの中で 
見えてくるものがあるんだよ。

新しいことに挑戦する 
ってことは
そういうことなんじゃないかな。

わからない。を無くさないと 
やれない。という思い込みは
 

一生不可能と同義語だってこと。

わからない中で飛び込め!
未知に飛び込め!
安全とは言えない未知に 
塗れながら、一つ一つ 
宝の破片を掴み取れ。

何時しか 
全ての破片を集めて宝物が 
完成して、
 

自分にとっての 
当たり前になった時には
新たなる挑戦が生まれる。

何時も、世界には 
私たちが成長する機会が 
用意されていて、 
与えられている。 
 

わからない未知さに 
飛び込めた数だけ
自分の弱さも強さも 
もっと知れる。 
 

他人の温かさももっと知れる。

世界は思っているより 
厳しくて優しい。

未知へ。未知へ。未知へ。

===================================

【辛口 再び 本気と覚悟】

本気とか覚悟とか。
本気になったことが無いと
本気がわからない
ということが
発生することがあります。

有言実行以外の 
ペラペラの薄っぺらい 
覚悟は覚悟とは呼べない。

『どう転んでも、 
 死ぬわけじゃない』
くらいの開き直りの前では
 

恐怖とか恐れってヤツも
太刀打ち出来やしない。

挑戦するということは
知らないことをやるんだから
恐怖は和らげることは出来ても
完全に消えることなどないのに
 

何時までも完全に消えるのを
待ってる長い 勘違い。

喜びとは、苦楽を超越して
困難とは呼べない
夢中になる努力の元に 
生まれるのに

楽しさだけを切り取るのが
喜びだと勘違いして
一番、ホントに大事な喜びを
何時までも達成出来ない勘違い。

一番、大事なことは何?
一番、残念なことは何?

自分を輝かせずに
一生を終えること

何が輝きかは 
人によって異なるけれど
 

己を輝かせよ。

己が満足するくらいに。

(日本神界の影響で、 
少々厳しめモードです。 
有言実行レベルじゃないと、 
神様コネクション難しいです。)

===================================

【辛口注意 実力と自信 】

自分の現時点での力量や 
実力を適切に受けとめる 
って大事だね。

自信の無さは
傲慢さでもあると
気付いていけるといいよね。

自信の無さは
等身大の自分では無い
他者との比較によってしか
生まれない。

自分の力量と実力の無さ
未熟さを、 
中途半端に受け容れた時。
行動や意欲にはうつらない。

完全に受け容れた時には
未熟さはむしろ
成長や向上意欲へと発展する。

だから、 
発展性の無い自信の無さは
ある意味、傲慢である。

持ってもいない実力を
持っていると見誤っていると
いうことだから。

実力の無さを 
完全に受容し切った 
人間は強いね。

未熟さを受け止め 
切っているから 
謙虚に、我武者羅に、 
エネルギーを全力投資 
しようとする。

だから、自ずと成長して
実力が身についてくるんだよ。

===================================

最近ね。
『綾さんと出会ってから 
 涙脆くなった』
って言われることが、 
頻繁に起こっています。

仕方ないね。愛ってのはさ。
深い部分で感じると
どうしたって涙が出るよ。

感謝ってのもさ
深い部分で感じると
どうしたって涙が出るよ。

沢山沢山、 
哀しみの涙流して
涙ってのは哀しみのために
あるもんだと思ってたあの頃。

だから、 
泣くってこと自体が
特に男性だとタブーに 
なってたりするんだけどさ。

哀しみではなく
愛と感謝と喜びの涙を
存分に流していきたいと 
思うんだ。

覚醒していって
喜怒哀楽という感情の波が
穏やかになっていったとしても

愛と感謝を感じた時の
喜びだけは、増大し続ける。

笑おう。笑おう。 喜びのために。
泣こう。泣こう。 喜びのために。

===================================

みんな、どんどん 
新しい自分になって
みんな、どんどん 
幸せになって輝いていく。

この景色を眺められることは
わたしにとっての祝福であり 
癒しだ。

関わりの中
教えているようで、 
その姿に教えられている。 
 

癒しているようで、 
その姿に癒されている。
幸せを引き出しているようで、 
引き出されている

24時間
365日

愛に満ちている
愛おしく愛おしい時間と空間。

世界よ、 
わたしに幸せな景色を 
お与えください。
全てが愛であるということが 
誠になるために。

全ての苦しみと哀しみや 
不幸が愛であったと誠に解る 
最後に必要な鍵は
周りがどんどん幸せになる景色を
思う存分、実際に見続けること。

全ての己のカルマが消失し
それでも生き続けるのが 
菩薩だとしたら 

それは 
己の幸せだけでは 
決して達成出来ないことが 
あるということ。

願いは誰かのためではなく
世界のためではなく
己のためにこそ、 
最も強力に発揮される。

人々よ、 
誰かのためにというのを
誰かのために行いたい自分の 
ためにと
願いを内へ翻しなさい。

世界よ、 
人々がどんどん 
幸せになってゆく景色を
わたしにお与えください。

他の誰かのためでなく
わたしが私一人分の幸せでは
とても満足出来ないほど
幸せを渇望しているからです。

幾世に渡る、 
闇の絶対量に対し
バランスが取れるほどの光に 
お導きください。

生きていることは、 
即ち求めていること。
求めることは、生きること。

望みが、 
地上に命を与えている。

===================================

「遊ぼう」っていうと 
「遊ぼう」っていう。 
 

「ばか」っていうと 
「ばか」っていう。 
 

「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。 
 

そうして、あとで 
さみしくなって、 
 

「ごめんね」っていうと 
「ごめんね」っていう。 
 

こだまでしょうか、 
いいえ、だれでも。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

みすずさんの詩。

こだまの世界に
光が満ちてきている。

愛してるよっていうと
愛してるとっていう。

感謝していますっていうと
感謝していますっていう。

美しいですねっていうと
美しいですねっていわれる。

こだまして返ってくる
音を変えたければ
己を変えよ。

===================================

【道標】

結局は体験という真実を
手にしていないと
何かがわかったことには 
ならない。

それがカルマからの学びで
とても苦しみを伴うことで 
あろうと、
本人が体験したいことを
止めることは出来ない。

本人がもう終わりにする。
そこが着地点であり
他の誰かが着地点を
決めることは出来ない。

助けの手を払い
いばらの道や
泥沼の落とし沼に

一人で向かう
後ろ姿を見送る時に
出来ることは
道標を立てておくことだ。

もし、 
辞めたくなったら辞められる
 

もし、 
帰りたくなったら帰れる
 

真実の己という家路への道標。

===================================

時間が存在しない感じに
なってきている感じが
より強まっています。


余計なものが剥がれ
自分の純粋な望みを 
生きている時
そこには答えだけがあり
迷いはありません。

ここまでが自分。
そう決めてしまっているのは
何時も何時も自分。

色々な仕事 
(宇宙的な)が山積みですが
それだけ色々な仕事をしたい 
のは、他の誰でもなく自分で。

単にやりたがりなのだから
やるしかありませんし
  

全部できることしか
与えられていないのだろう。

そう感じています。

===================================

丁寧さって通じる。
大切にする気持ちは通じる。

結果が問題じゃない。
全部相手の意向に
添えないことだってある。

それでも、 
精一杯寄り添う愛は
人の心を揺さぶる。

人ひとりを適当に扱う人は
万人全てに適当な人である。

人ひとりを大切に扱う人は
万人全てを大切にする人である。

慈しみなさい。
目の前のたったひとりを。

目の前のたったひとり。
それが全てなのだから。

===================================

皆で成し遂げていく 
ということに強烈に 
魅力を感じる昨今、
というか、
それ以外に興味無い 笑)

他の人からしたら
全くもって、 
お人好しなんじゃないか 
というくらいな 
行動や、お金の使い方してる。

思えば、昔からそうだった。

物凄く才能のある 
デザイナーの友人に
デザイナーの仕事を与えたくて
出資して全投資してしまった。

この時の欲求は
単にその人が輝く姿を 
見たかった。
単にその人の魂の望みを 
叶えたかった。

この2つの強烈な欲求は
今なお、 
別の形で続いているけれど
今ではそれが天職になっている。

今では 
バウンダリーを引くのが前より 
上手になって
 

被害者意識を生まないよう
犠牲となるような立ち位置は
選ばないけれど

それでも、 
人からしてみたら
凄く変わってて、 
凄くお人好しに 
見えるのだろうな。

いつも、 
美しいかどうかという 
基準で選んで生きてきた。

正しいかどうかなんて 
わからない。
損得でいったら随分損を 
選んできた。

美しいかどうか。
自分に自信が無かった時
その選択基準にも 
自信が無かったけれど

自分にとっての美が 
何であるか。 
 

それを確立してきた今
更なる美の追求と共に
生きていきたいと思います。

===================================

協力っていうのは
何も 対人間だけに
発生するものじゃない。


自分以外の
誰か他の人の素晴らしい 
ツール。

「誰か他の人」のものだから
個性が無くなると 
切り捨てるのは余りにも安易。

それは、結局
「ツールに負けてる」んだよ。
ツールの方が素晴らし過ぎて
ツール負けしてるから、 
そう感じる。

本当に独創性を
発揮している時というのは
交わりあえる。

何故なら、 
ツールと自分が同等だから。

それくらい 
自分自身を高めればいい。

素晴らしいツールを
手にすればするほど
自ずと自分という個性と
向き合い、 
独創性を高めることが
自分に求められる。

ツールの素晴らしさに 
浸かって依存するでもなく
 

個性が無くなると 
切り捨てるでもなく
 

ツールと協力して 
最高の自分を発揮出来る時

融合によって
新たな独創性が生まれる。

===================================

フランス コルシカ島

随分濃くてライトワーク三昧。
満たされぬ想いを解き放っていく。

街はお洒落でリゾート地
ナポレオンが生まれた島でも有名で
どうしてこんなに濃いのかと思ったら

現地のガイドさんが教えてくれました。
昔、流行病が流行った際に
島流しの場所だったそうです。

眼に見える景色と
エネルギーのギャップが
謎だったけど説明を聞いて
めっちゃ納得しちゃいました。

もう、治らない病を抱えて
隔離される絶望と痛みに 
寄り添いながら
無念の想いを解き放っていく。
もう、終わりでいいね。
もう、幸せになっていいね。

人間も、霊も同じように
止まっている時を終わらせて
想いを解き放ったら
愛にかえってゆく。

ライトワーク三昧の後は
ゆっくり休んだり
遊んだりしたくて
クレープ屋さんへ。
甘かったけど美味しかった♡

現地のデザイナーさんの
現地のガイドさんが教えてくれました。

===================================

使命というのは
自分という謎に潜んでいる。

あなたに解けない 
謎は存在しない。

何故なら、謎と同時に
答えを宿しているからだ。

己の謎の答えとして生きよ。

それには、 
己を知り、己の謎に
立ち向かう勇気が必要とされる。

どうして。。。?
どうしてなの。。。?
なぜ。。。?

幾度も幾度も問いかけた
自分自身への問いの
答えと成りて生きていった時

使命の扉が開かれる。

===================================

何回も転んだってことは
何度もチャレンジしたって 
ことだし


何回も裏切られたってことは
何度も心から人を信じたから。

恐れることはありません。
あなたは、何も失ってはいない。

幾度も転んでも挑戦する勇気と
幾ら裏切られても 
信じようとする純粋性が

ずっとずっと 
共にあったのだから。

ネガティブというところに 
埋もれている
己の光を見出したまえ。

それこそが、あなた。

光であるあなた。

===================================

裏切り(裏切られる)が 
テーマってことは
信じる。期待。責任。 
誠実さ。忠実さ。
ってことも、 
同時にテーマになってくる。

期待に応えるって
凄く弱くてネガティブな
イメージだけど、 
光に転じると、他者の幸せを 
願い、望みを叶える力に翻る。

ビビデバビデブー。
さあ、貴方の本当の望みを 
見せてごらん。

自分すら忘れ去り
叶えられなくて
幾度も泣き腫らした夜を 
感じながら。

本当に叶えたい方の 
夢は何だっけ。。。?

それでも叶った夢を 
奇跡や魔法と呼ぶのなら
魔法使いと呼ばれるのも 
いいのかもしれない。

ビビデバビデブー。
もう、望んでいいんだよ。
本当の願いを。

叶えられない夢は悪夢。
悪夢を見続けるのが辛すぎて
 

本当の望みすら願うことを 
諦めた貴方へ。

もう、 
悪夢は終わりを告げて
貴方が貴方を思い出し、
幸せな夢を見る時なのだから。

===================================

綺麗な花を
自分の庭に咲かせるには

『土』が重要なんだよ。

土が痩せ細ってるところに
どんなに綺麗な
花の種を植えたとしても
芽すら出しやしない。

『土』は 
どれだけ、自分を知ってるか 
(不純物の除去) 
 

どれだけ、ただ在るという 
絶対的な肯定 
(何かが出来る出来ないを 
超越している肯定)によって
 

良質になっていく。

土を整えた者が
自分に勝ち得る真の勝者。

===================================

さあ、等身大の時代が 
本格化してきた。

口先だけ人間は縮小し
本当に己と取り組み
実力があるものは拡大する。

皮を被ったペルソナは
着ぐるみを脱いで
自分になっていく。

多くの人が
我を満たす行為か純愛かを 
見抜けるようになる。

これは、始まり。
序章の序章。

純粋な自己と成りて
己を生きよ。

===================================

何だか最近
海外からの依頼が多い。

ライトワーカーの生徒さんも
海外巡ってたり
海外巡りたい人も多い。

何だか知らないけれど
コネクションが
地球規模化していってる。

一体、わたしは 
何をする気なのだろう。

時々、 
全く予想つかないことを 
いきなり、し始める 
自分のことが結構好き 
だったりする。

画像は香港で見かけた
ベルを鳴らす三組の像。

===================================

【亀仙人の甲羅】

罪って亀仙人の甲羅みたい 
だなって思う。

物凄く長い間背負ってると
そのうち麻痺してきて
甲羅も自分の一部みたいになる。

でも
だからこそ
外した時の爽快感といったら
言いようがないほど素晴らしくて

罪をおろした後は
何もしなくとも、自然に
びっくりするくらいに跳べるし 
速く動ける。

耐え難いほどの重み 
だったけれど
自分で背負えないほどの
罪は背負っていなかったと 
知るのだ。

罪が重く  
カルマが重い人は
それを超えられる自分を
心の奥底で知っているから
自分にそれを課す。

罪を、カルマを、恥じるな。
罪ごとカルマごと
丸ごとの自分を愛せよ。

その罪を超えるに
値する自分なのだから。

蓮は、泥水の中で咲く。

罪は用土だ。
肥料だ。
己を知る挑戦だ。

あなたという 
花を咲かせるための。

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【死と生】

1日が終わると
目の前の人に
わたしはわたしの
全てを出し尽くして

「何時でも死んでいい。
やるべき事は全てやった」
と思える幸せの中にいる。

やり尽くした感いっぱいで
半ば倒れるように
ベッドに潜り込む。

そうすると、気がつくと
朝が来て、エナジーで
いっぱいになっている。

出しても出しても
出し尽くしても
疲労が残らないのは

多くの存在の 
サポートのおかげ。

身一つにしか見えない 
けれど、
わたしの命も元気も 
何もかも
多くの存在に助けられて 
出来ている。

生かされている。

生かされているということは
まだ、ここでやることが
あるということだ。

今日もまた、 
目の前の人に逢いに行く。

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【星 star】

息子は胎内記憶を 
持っていました。

そんな息子に4歳くらいの時
洗濯物を片付けながら
「どうして、ママのところに
 来てくれたの?」
ときいたら、 
こんな風な答えが返ってきました。

「お空でね、ママを選ぶんだよ。
 それで皆けっこう簡単に
 決めちゃったんだけど
 僕はとーってもとーっても
 よ〜く選んで、決めたの。
 最後二人に絞って、ママにしたの」

「ママにした理由は 
 何でだったの?」

「心の奥の、 
 とーっても奥の奥が
 とっても綺麗だったからだよ」

この瞬間、 
涙脆いわたしの涙腺は崩壊した。

その時は、まだ、 
ここに秘める意味が 
よくわかっていなかった。

彼は、 
本当にわたしを観ていたのだ。
 

莫大な闇に塗れても
決して失わない光という
わたしの光としての形状を 
捉えていた。

わたしたちは、 
誰もが漏れなく光だけれど
その形状の現れは人によって 
異なる。

わたしは、 
幾多なる漆黒の闇を纏った星だ。

星役をやりたいが為に
幾多の闇を経験してきた。

光の形状としては、 
太陽の役もある。
星は太陽にはなれない。
太陽が星になれないように。

星役の中には、 
まだ自分の闇に覆われて 
いる者も多く居る。

己の闇を超えよ。
 

超えるとは 
嫌い消し去ることではなく
丸ごと抱きかかえ統合することだ。

自分を受け容れ、 
闇を統合した時
闇はもはや闇では無くなる。

永きの間
忌み嫌われてきた闇が
光に転じる時が来た。

全ては愛であるという言葉が
誠となるために。

===================================

世界のために何が出来るか。
そういった、外側軸。
他者軸は終わり。


それは全ては愛という
ど真ん中からではなく
 

何かを嫌った偏りから 
生まれているということを 
受け容れていくことだ。

全部、  
全てはニュートラルであるなら
自分は何役をしたい?

自分がやりたいことを
世界のせいにしないで
 

自分で決める時なんだよ。

===================================

いつかの今
思い描いていたわたしに
ようやく追いついたと思ったら


世界はまた、 
果てしなく遠く
到底無理としか思えない 
わたしを求める。

全速力で駆け抜けても 
駆け抜けても
果てしなく広がる世界。

安心して全力で 
駆け抜け続ける余地が 
用意されている。

出来そうか、出来なさそうか
でいったら、 
到底無理としか何時だって 
思えなかったけれど

沢山の愛を受け取りながら
みんなにいっぱい迷惑かけながら
我武者羅に直向きに努力して
全身全霊で生きていると

気がついたら到底無理としか
思えない場所に
立っていたりする。

だから、きっと
今度も同じなんだろうな。

成りたい自分に必要な実力が
泣きそうになるくらいに
今のわたしには存在していなくて

実力を養わなくては 
ならない時には、
 

わからないけど、なんとかなる! 
って思うようにしてる。

キャパシティーが
いっぱいいっぱいになった時ほど
器自体を広げるチャンス。

新しい器目一杯に
私よ、広がれ。

===================================

ルミナ&Ayaスペシャル対談
ありがとうございました!

先ずは、 
昨日お越しくださった皆さま
ありがとうございます。
 

香港や北海道など 
飛行機に乗って来て 
くださった方も 
いらっしゃいましたね。

本当に皆さま、どの方も 
時間もお金もかけて
来てくださったことに 
心からの感謝です。

それと、来ること自体が
凄くチャレンジで
決意して来てくれた方も
いらっしゃいました。

その決意にも心からの感謝です。
ありがとう。

この場をお借りして
ルミナさんにも心からの感謝を
お伝えしたいです。

ルミナさんは
飾り気の無い
ありのままの自分を
本当に体現されていて

相手の良いところを
本当に引き出してくれる
真のティーチャーです。

どんなに優れていて
素晴らしい人であっても
自分が一番じゃないと
気が済まない人もいて

大変影響力が高く
それだけで傲慢にも
なり得る要素なのに

微塵も優劣が存在しなく
常に新しくなる真摯さと 
情熱を秘めている
丸ごと、愛のひと。

こうして本当に 
フェアな関係を築ける人を
ずっとずっと探していたような
気がします。

愛の元に
信じる心と 賛美の心が奏で合い
「結び」と「絆」の扉が
大きく開かれました。

ワンネスとしての
祝福と栄光を享受した1日であり
 

そして、これがきっと始まり。

===================================

新しくなる時
先ず、己の弱さがみえる。

こんなにも脆かったのかと
自らの危うさに不安になりつつ

それでいて
それだけの弱さが現れるほど
まだ知らぬ自分
新しくなりゆく自分の未知に
惹かれていく。

弱さを受け止めれば
受け止めるほどに
己の更なる可能性を
同時に抱きしめていくのだ。

新たな真実が
受け止めがたい
真実であればあるほど
新たな道が産まれていく。

今までよりも
最高の自分を現して
最高の世界を創り出すために

私たちは
生きながらにして
幾度も死に
幾度も生まれ変わる。

===================================

嫉妬する側が終わっても
嫉妬される側は続いたり 
するもの。


嫉妬されるんです。
という悩みがあるなら

それは、 
相手のせいではなく
まだ自分が突き抜けて 
いないからだ。

自分が自分自身を 
突き抜けて生きた時
 

世界から嫉妬が消える。

嫉妬されてる状態は
まだ中途半端という証拠。

もっと突き抜けて
もっと誰の手も 
届かないくらいに

自分を極めよ。

===================================

【自分で選べる 注:辛口です】

どんなことも自分で 
選べる時、
わたしたちは 
不満ということや
他者に責任転嫁する 
ということから
逸脱していけるのです。

コントロール、 
支配してくる人がいる
→ 支配されるのを 
辞めることです。
断れなかった自分が 
いたのです。

あの人がこう言ったから
→ 自分の意志で決めずに
人任せに選択した自分が 
いたのです。
アドバイスをきくというのは
そのアドバイスをきくことを
決めた自分に 
責任を持つということです。

評価してくれなかった
→ 他者の評価に 
左右される自分がいるのです。
認められたい承認欲求が 
あるのです。

あの人ばかり  
好き勝手ばかりして。
→ 自分がしたいことを 
したい時に我慢しているから 
そう見えるのです。 
自分も好き勝手しちゃって  
ください。

あの人から愚痴ばかり 
聞かされてうんざり
→ 楽しくない 
居心地の悪い場所や人と 
関わってる自分がいるのです。 
どうしても関わる人なら
そういう話は得意じゃないと 
お断りしたらどうでしょう。

全て自分で解決出来る時
不満と責める相手は
存在しないのです。

===================================

【破壊と創造】

昔から
『闇を見るのが好きね』
と言われ続けてきました。

どうして闇なのか。
闇と言われ続けてしまうのか
その時のわたしには 
わからなかった。

私の通った路は
まるで台風が通ったかのように
何か固定があればなぎ倒して 
しまい

どうしていく先々で
そういったことが起こるのか
わからなかったし
怖かったのです。

でも、 
わたしの通った後の
なぎ倒された場所からは
新しい種類の芽が出て
美しい花が咲いてゆきました。

わたしが居なくなった後で。

何処にも身を落ち着かせる 
ことが出来ず
気がつくと新しい場所に 
立っていました。

ある時、わたしはわたしを
受け容れました。
受け容れるしか無かった。

つまり、わたしは 
「動」「変容」
そのものであり、 
破壊であり創造であると。

物事の闇を捉え
破壊することでしか
新しく生まれ変わって 
いくことは出来ない。

破壊ということを 
受け容れた時
わたしはわたしを 
活かすことが出来始めた  
のです。

自然的に起こる山火事は
何処までも燃え盛り
山が燃え尽くされて 
しまった後で

何も無くなったかのように
思えた焼け野原からは
新たな品種が生まれる  
ということを
知っていますか?

何もかも無くなった時に
新たに生まれるいのちがある。

動であり、変容であり
破壊と創造である自分の特性を

世界を変えるために
新たな運命を切り開くために
新たな息吹を生み出すために
活かせた時

生きているということを
肌で感じられます。

わたしはわたしであることを
感じられます。

セドナから送る一斉ワークは
「再生」

生きながら
もう一度生き直せる
もう一度生まれ変われる。

それを世界に届けるために。

===================================

【錬金術にワクワク♡】

依頼者の要望で
生み出されるワークって
とてもパワフルなことが
多いです。

求められることで
自然と生まれるものは
力も抜けて良い塩梅で
つくれるからなのかな。

恋愛のご相談で

パートナーが欲しいんだけど
素晴らしいパートナーシップを
築くということが
何処か他人事に感じてしまい
自分には無理な気がする。
というのを観ていくと

過去生での恋愛体験の多くを
本人が〈失敗〉という 
立ち位置に位置付けており

しかも、 
捨てられた側だけ
ピックアップされてて
捨てた側がピックアップ 
されておらず
恋愛が苦手。 
ということにしてしまって
いたのです。

錬金術をつくる手になったので
 

本人の恋愛に対する失敗とか
恋愛が苦手という思い込みの 
立ち位置をニュートラルにする 
エネルギーをかけてみたら。。。 
あら、びっくり。

速攻性のあるワークだった 
ようで、かけた直後に
 

・別れることになったのは 
 誰のせいでもない。
 

・中々パートナーが来ないのは 
 自分で止めていたのが 
 わかって、今はそれが無い 

・頑張って力んで 
 幸せな恋愛を手に入れようと 
 していたけれど、 
  

 今は、普通に当たり前のように
 素敵なパートナーが 
 来る感じがする

とご感想を頂き
こちらが驚くほど変容されました。

過去生の統合も起きちゃいました。

あまりに凄かったので
即、自分にかけちゃいましたよ 笑)

かけてみると、ああ、不思議。
恋愛に関するイメージが
ニュートラルそのものに。

恋愛以外の失敗に対する怖れにも
すごく効きそうです。

私みたいに過去生で
散々色々やってきた人には
とっても良いかもです。

何処かのタイミングで
一斉ワークでやりたいなあ〜♪( ´▽`)

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【コツコツ地道に取り組む】

9月が始まり
扉は幾つも開かれて
見た目はけっこう派手だったり
華やかだったりするんだけど

そうでありながら
コツコツだったり
地道さということに
目を向けて取り組むことで
実力が養われます。

実力っていうのは
一夜で積めるものじゃない。

地道で目立たなくて
誰にも気付かれなくても
直向きに取り組んだことは
必ず自分を助けてくれるのです。

コツコツ、継続は
面倒だったり
億劫だったり
感じることもあるけれど

本当に生きたい自分のために
本当にやりたいことのための
本当に成したいことのために
行う努力は、 
 

苦とは呼べないのです。

やりたくないことを
やる努力は 
苦しさだけが募るけれど

魂の使命における努力は
苦楽を超越している喜びに  
あります。

魂の悦びにはかなわない。

チャレンジすること
挑戦すること
努力することも
全部丸ごとひたすら 
面白いのです。

喜びというのは
楽するということとは
違うのです。

努力を毛嫌いしている人は
まだ、本当の目的に
出逢っていないだけなのです。

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【社会の既存概念からの 
 脱却〜only oneを生きる】

新月のタイミングまで
眠かったり怠かったり
した方もいるかもしれません。

18時過ぎの 
新月のタイミング後
何かが開いたように 
スッキリした感覚を感じて 
いる方もいるでしょう。

今日の新月は
世間一般の既存概念からの 
脱却と、あなたの個性、 
独自性をあなたが認め
only oneを生きることへの 
決意をする日。

世間一般と違ってても 
いいじゃない
他の誰かにおかしいって
言われてもいいじゃない

人間を枠に
当てはめることなんて
誰一人として出来ないんだ。

あなたにとって
心から喜べることが
真実なのだから。

自分にとっての真実を 
生きる時には
 

〈本音を認めて受け止める〉 
ことと
〈新たな運命を切り開く〉 
ことの両方のエッセンスが鍵。

人目を気にして生きるのは
もう、おしまい。

only one の自分に胸張って 
生きよう。

===================================

凄く大事なこと。
 

自分のハートに正直に 
誠実に生きること
 

宇宙に委ねることは
今の時節、 
特に重要なことだと
わたしも感じています。

懸念すべきは、 
ハート、もしくは
自分の中心から沸き起こる 
喜びで全く選択していない 
状態で生きている人がいる 
ということ。

先日から何人もの方の
喜びを引き出してみて
シンプルなナビゲーション 
であるけど
 

そのナビゲーション自体が 
働いてないと
スタートラインに立てない 
ということ。

喜びが何か。
全く感じたこともなく
人生を他の感情で
生きてきた人もいるのです。

そういう選択で生きるとは
自覚が無かったとしても
他者を生きているに
過ぎないのです。

やりたいことをやっていれば
喜びに生きているかというと
それも実は違います。

マインドの都合に 
引きずられるのも
本当の喜びとは異なります。

マインドのやりたいは
満たすとか埋めるとか制限です。

こうしなければ。という 
ありと有らゆる制限から
自由になっていけばいくほど
自分の本当の喜びを 
生きられます。

満たしたり 
埋めたりする自分を
癒せば癒すほど
異常に欲している行動が 
減ってきます。

多くの方が、 
純粋な喜びのままに
生きられることを
願ってやみません。

===================================

 

【飛び出せ! 宇宙空間へ!】

今朝、起きて少し経った後
強烈な睡魔に襲われたので
セッションの時間まで
寝ることにしました。

よく夢で 
メッセージを拾うことも
あるので、 
逆らわないようにしています。

色々なことがあった後
最期にエレベーターに
二人で乗り込んでいくと

どんどんエレベーターは
何処までも深く深く落ちていって
 

そのうち一緒に乗っていた
人も消えていって
エレベーターという景色も 
消えていって
私だけになるんだけど

わたしは、そうなることを
知っていたようで
次に何をすれば良いのかも
知っているようで
恐れは全くありませんでした。

そして、 
何もかも消えさったとき
「宇宙空間に飛び出す」と思い
両手を広げて飛び込んでいきました。

何もかもと宇宙と一体になった
ひとつになって
ただ、「在る」ということだけに
身を委ねました。

ここで目が醒めた直後に
かけておいた目覚ましが 
鳴りましたが
深い深い深層から上がって 
くるのに時間がかかりました。

起きた直後のわたしの呟き。
「飛び出すのは世界 
 じゃなくて宇宙かよ!」
「何の予行練習だよ!」
 

起きた直後の自分の感想って
ツッコミ度がUPして     
本音過ぎて笑える。
 

ブラックホールか 
ホワイトホールみたい 
だったなあ〜

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帆船と星。
わたしらしく書いていきます。
何時も応援ありがとうございます♡

===================================

感じたことが
ホンモノ。

感じたことが
マインドにとって
どれほど都合が悪くても
それが真実。

その真実を
受け止めることからしか
何も始まらない。

偽物に
置き換えても
置き換えても
置き換えても。。。。

本物の感情は
ずっと泣いている。

幾ら、上辺で
書き換えてみようとしても
虚しく空を切るだけ。

感情はコントロール
するものじゃないんだ

そうして真実と向き合った時に
自分が【まだ、終わってない】
ことに気付く。

偽りの終わりにしてみても
終わらないんだよ。

終わるというのは
コントロールを手放して
その状態になれると
いうことなんだから。

感情はマインドで支配出来ない。
コントロール出来ない。

出来たと思っても
それは一時凌ぎにしか過ぎない。

出来ないことを認めることからしか
本当に出来るようにはならない。

===================================

【贅沢な暮らし】

人によって
何が贅沢かは異なる 
けれど

高級品に囲まれる 
こととか
ブランド品に囲まれる 
こととか
 

そういったモノで 
埋められない
贅沢さというのは
確かに存在する。

それは、どの瞬間も
心からやりたいことを 
やっていて

どの瞬間も
心から触れ合いたい人と 
触れ合っていて

居心地の良い
空間に身を置き

何時も感謝と愛が巡り
愛し愛され

最高の今を生きながら
最高の未来に想いを馳せる。

今と未来と過去の
どれも愛おしく。

自分の才能を発揮し
誰かの天才性にうっとりする。

『生きるって、最高だなあ!』
『人間って、最高だなあ!』
『命って、最高だなあ!』

と地球に居ることに
自然と感謝が沸き起こる。

そんな日々は
一瞬、一瞬が
とても贅沢。

===================================

今日は 
感謝や想いを伝える日。

感謝や想いに
真心を添えて
相手に伝えましょう。

皆さん
いつも応援やコメント
ありがとうございます。

出逢ってくださり
ありがとうございます。

===================================

人生を再構築出来る 
宇宙の風が
ダイナミックに吹いて 
います。

この風を 
追い風と出来るか
向かい風とするかは
あなたが、風に対して 
どちらを向いているか。

その〈向き〉によります。

向かい風とするなら
この強風は驚異でしょう。

しかし、 
追い風とするならば
この風は最大の味方と 
成ります。

向かい風か追い風か。

何を選ぶかは
貴方次第。

===================================

勇気を味わえるのは
恐れを超える時だけ。

当たり前に
出来てることには
勇気は味わえない。

雨が降らないと
現れない虹のように。

勇気とは
自分にとって
チャレンジで
恐れを超える時にだけ
現れる虹。

===================================

愛は、時空を超える。

===================================

カルマもトラウマも
とてもとても長い間 
続いている
地球全体で流行っている
風邪のようなもの。

余りにも長過ぎて
風邪の方の自分が自分だと 
思い込んでしまっていただけ。

自分が嫌いだったり
自己否定が強かったり
自分は出来ないと思う何かが 
あるなら

それは、 
まだ風邪をひいているから 
なだけで、
貴方がそういう人なんじゃ 
無いの。

希望を安易に 
持たせているのでは無く
希望しか無いのだから。

風邪さえ治せば
貴方は貴方を取り戻す。

===================================

もうすぐ、秋。
あの時まいた種が
大きくなって実をつけている。


あの時の願いで出来ている
愛おしい今。

未来の
自分の背中を追いかけつつ

不完全を含んだ未熟な今が
愛おしすぎて
景色を味わうために足を止める。

未熟さを愛せよ
それは望みだから

未来の自分の背中の遠さを 
愛せよ 

 
それはスケールの偉大さだから

今を生きるとは
ありのままの自分を肯定して 
生きるとは
 

現状維持で惰性の人生を送る 
ことではない。

流動性の中で
不完全で未熟である
人間そのものを受け止め
 

不完全も完全も丸ごと愛し

その時々の真実と答えを 
生きては死に
死んでは生きることだ。

不変の永遠の海を変容の船で 
航海する。

際限無く 
何処までも広がる海と
風を受け航海する帆船との両方に 
 

我を感じながら。

===================================

今世の不平等さに 
眼を瞑らないこと。
 

ニセモノの平等で 
塞がないこと。

全人生で捉えた時に
初めて真実が観え
 

真の平等を体験する。

===================================

どれだけ沢山の食事を 
とっても満たされぬなら、 
 

食事の見直しを。
食事に愛が込められて 
いないから。

どれだけ沢山の 
ヒーリングをしても
満たされぬなら、 
ヒーリングの見直しを。
本質的な変容を促すものでは 
ないから。

どれだけ沢山の物を得ても
満たされぬなら、 
本当に得たい物の見直しを。
代用品は何時までたっても 
代用品だから。

どれだけ沢山の 
アファメーションしても
願いが叶わぬなら、  
方法の見直しを。
壁にボールを投げても虚しく 
跳ね返るだけ。

努力や時間や量では
どうにもならないこと。

それは【質】の違い。

美味しくないウニは不味い。
初めて食べたウニが不味かったら
ウニが嫌いなのだと思い込む。

美味しくないメロンは不味い。
初めて食べたメロンが不味かったら
メロンが嫌いなのだと思い込む。

ヒーリング嫌いで
ヒーリングを否定する人は
単に、まだ、出逢っていないのだ。

美味しいホンモノに。

===================================

満月の今日。
昨日くらいから
眠かったり、怠かったりする人
多いんじゃないかな。

色々やりたいこと
片付けたいことあっても
思うように進まなかったり
うじうじしていたり
何も手がつかなかったりすると

そんな自分に
嫌気がさしちゃったりすることも
あるかもしれないね。

そんな時は
休むことを楽しんでみる。

休んでいるようで
休めていない人って
とっても多い。

宙ぶらりんで休んでいるから
そのモードが続いているのかも
しれない。

休むことを
何も出来ないでいることを
自分に許可してみよう。

休みを
何もしないことを
自分に許してみよう。

わたしも、以前、 
4ヶ月の間、全く何も出来ずに
ただ寝ているしかなくて
とても辛かった時があります。

でも、それは、 
大きな変容の前触れでした。

その後も、幾度か
何も出来ないモードは訪れて 
います。

新しく生まれ変わる度に。

今のような
大きな波には、逆らわない。

委ねる、許す、受け容れる
明け渡す、サレンダー。

そういったことが
功を奏します。

===================================

どんどん変容していける 
3大素質
 

*心底変わる決意や本気
 

*アドバイスを受けとめたり、 
 実行したりする素直さ
 

*どんなに活躍しても 
 謙虚さを失わずに 
 学び続ける気持ち(継続性)
 

成長を妨げる厄介な3大特性 
 

*頭や理屈で納得しないと  
 進めない
 

*既に学んできたことを 
 手放せない
 

*プライドが高く、 
 競争意識があり、対抗してくる

===================================

至らぬ自分も
弱い自分も
脆い自分も
愚かな自分も

全部全部自分。

大丈夫
それでも、世界は 
あなたを愛している。

===================================

噂に囚われて生きる 
ことはしたくないので
何時も自分の目で
確かめることにしています。

良くない噂流されるのは
楽しい気持ちにはならない 
けれど 
 

その代わり、 
噂に惑わされない
本当に自分を必要として 
くれる人が集ってきてくれる。

今目の前の景色を見て
本当に、そう思います。

===================================

幸せ過ぎて泣ける日。

久しぶりの 
かつての仕事場に行って
積み重ねてきた一つ一つに
想いを馳せていたら
感謝の想いで 
何だか泣けてきた。

どの場面の自分を 
切り取っても
何時だって、誰かを全力で
愛し尽くす姿しかなくて
そんな自分を愛おしく感じた。

一方的に愛し尽くす 
だけでなくて
今世は、愛を巡らしたくて
 

その為には、 
私はいっぱい愛されて
いっぱい助けてもらうことが 
課題だった。

いつかあれほどまでに 
望んだ今が此処にある。

沢山の人に 
いっぱい愛されて
沢山の人に 
助けてもらっていて
沢山の存在にフォローされて
 

愛が循環して 
私を巡り巡ることで
私は、また目の前の私を愛する。

何時も目の前のことと
未来のクリエイションに
全力疾走のわたしは
時々こういう時間が必要。

過去を振り返ることは
有意義な時間にもなり得る。

後悔の為や、 
悲しむ為ではなく
自己成長と愛と感謝を 
感じる為に
振り返るのであれば。

===================================

本気で望む力と
感謝を巡らせる力。

この2つの力を使えるか 
どうかが

これからの時代を 
生き抜く鍵だ。

望む力があれば
望めば何でも手に入る。

望む力は
自分が創造の元と
認識している時に起こる

我にも創造の力があると
認めているかどうか。

手に入れた後に
感謝を巡らせられるか 
どうかは
全てを与えても 
何も無くならないと知って 
手放して生きられるか。
 

統合と愛を見出す力に
かかっている。

一歩間違えると
望みが叶いやすいステージは
傲慢のステージとなり得る 
ことを知っておくことだ。

傲慢の時。
そこには、感謝の欠片は
存在しない。

感謝とは
全てが我に与えてくれて 
いると感じる時に起こるもの。

自分の力を見ている時には
発生しない。

大いなるわたしを
賛美している時にだけ

自分を含めた全てに
フォーカスされ
与えられると 
与えるを超越して
 

全てがそこに在る

===================================

日本に帰国しました。

沢山の小鳥とお花
美しい海に癒されつつ

タイの原始的な
人間の残酷性や支配性を感じ
在りようを問われた旅でした。

素晴らしいショーがある 
というので
よく知らずに見に行ってみたら
 

象のショーで、 
重い体を後ろ足とかだけで 
立たせたりして
人間のエゴの凄さに正直
吐きそうになりました。

真後ろに座っていた日本人は、 
こんなに迫力のあるショーは
見応えがあると大喜びして 
いました。

わたしって、 
動物のサーカス
全く楽しめない人間なんだな。

離島に向かう
現地の送迎の車では
戦争の映画が流れてる。
 

銃の音。
軍事国家だからなのか
当たり前に戦う強い男が 
良しとされている感じ。

だから、 
原始的って感じるのかも。

本日からお仕事。
どんな出逢いが待っているだろう。

画像は、 
spiralを感じさせる植物。
沢山咲き乱れていて
綺麗でした。

===================================

マインドレベルの理解だけ。
潜在意識開発および 
浅いレイアーしか 
取り組んでない層が
一気に本質的変容に来ると 
読んでいたが

一気に来ている波と 
同時により気休め的な方に
『楽』に振れる流れも 
起こっている。

全体的な流れで見ると
流れは一方向ではなく
覚醒に向けての流れが 
強まる動きと
より、抵抗強まる動き 
との両方が同時に起こっている

問題を問題と見つめるのは
とても苦しい行為だ。

そこを見ずには、進まない。

上辺ではどうにもならないと
自分が自分に諭すまでそれは続く。

===================================

コントロールのエネルギーが
通用しなくなっていくにつれて

もっと、 
我武者羅に無理矢理 
何とかしようとする層と

まあ、いっか。
という感じで手放す 
層が生まれて

手放せれば手離すほど
結局上手くいくことになります。

望むんだけど
ニュートラル。

力を抜いて
ニュートラル。

呼吸のように。

ライオンゲートからの
この波に慣れていこう。

===================================

コントロールのエネルギーが
より、通用しなくなっています。

『何とか、 
 こうさせてやろう』
みたいなのは
全部ことごとく 
空回りするでしょう。

こうしたいな。 
ということがあって
上手くいかないなら
 

次の波を待つことです。

波は回転早いから
次の波はあっという間に 
きますから
焦らない、慌てない。

タイミングが大事です。

===================================

【大切なこと】

流れに身を委ねて任せる 
ことは大切
意図してフォーカスして 
創造するのは大切

今の自分を 
受け容れることは大切
今の自分の未熟さを 
受け止め成長するのは大切

内なる自分と対話し 
向き合う時間は大切
他者と交流し 
コミュニケーション 
するのは大切

身内や家族との 
時間を大切にすることは大切
家族以外の世界に 
愛を広げていくのは大切

優しく穏やかに見守る愛は大切
厳しく成長することを促す 
愛は大切

身体に良い食べ物を選んで 
食べるのは大切
余り気にし過ぎず好きに 
食べるのは大切

他者に頼りすぎず 
自主性を高めることは大切
自分だけで頑張りすぎず 
他者を頼るのは大切

現実に根付いて生きるのは大切
未知の神秘に耳を傾けるのは大切。

今、貴方がこれを読んで
全然、大切じゃないと感じた方
興味を抱けなかった方。

それが、貴方にとって、 
大切なこと。

禁止が存在せず
どちらの恩恵も知りつつ
選択出来る時

そこには、自由がある。

===================================

理解出来ない人に
わかってもらおうとする努力は
何時も徒労に終わる。


逆に、何も話さなくても
解る人には解る。

何も話さなくとも
深い自分の想いや使命
全てを理解してくれる存在は
自分にとって、癒しだ。

そして、それは
投影を超えていればいるほど
純粋となる。

===================================

【信じるということ】

昨日は、 
信じるということが
私にとってもテーマでした。

ホテルから空港までの送迎で
現地のタクシーの人に
帰りは何時だと聞かれたので
片言の英語で答えたら
帰りも迎えに来てくれるとのこと。

でも、彼は私の名前も 
電話番号も知らないし
私も彼の電話番号も名前も 
知らないし
 

私に至っては、 
現地人の顔は区別がつきにくく
直ぐに忘れてしまいそうでした。

大丈夫なのかな?と思ったけど
彼は、自信満々で、 
時間に空港で待っていて、 
私のことを見つけると言うのです。

空港の何処とか、一切無し。
そもそも、私の語学力が無くて
それ以上の情報を交換出来ません。

現地に着いたら
アユタヤ遺跡往復で
別の現地タクシーの運転手さんに
アユタヤ往復を頼みましたが

遺跡は各地に点在していて
ワットマハタートの場所で
タクシーが少し遠くに止まり
遺跡を巡っているうちに
タクシーの場所を見失ないます。

とても困りました。
帰りの飛行機に間に合わなさそうに
なってきました。
タクシーの運転手さんに連絡を
現地の人にしてもらったけど来ず。

飛行機に間に合わなくなりそう。

自分のことしか考えなかったら
お金が彼の手元に渡るように
タクシー会社に手配をして
私は、違うタクシーを 
拾ったと思います。

でも、往復でお願いしていたのに
違うタクシーに乗って帰る 
ということは
私自身のポリシーに反しました。

飛行機に間に合わないのも 
覚悟して待つことに決めたら
丁度、JTBの現地ガイドさんを 
発見し、事情を話して 
再度運転手さんに連絡を取って 
もらいました。

ほとんど、 
間に合わなさそうな時間に
タクシーの運転手さんは来ましたが
そこからが、凄かったです。

高速で、 
信じられないくらいの
豪雨の中(明らかに浄化の雨)
懸命に運転してくれて
 

空港まで安全に、 
そして飛行機の時間に 
間に合うようにしてくれました。

飛行機もまた、豪雨の影響で
飛ぶのが30分ほど遅れました。

空港に着いて
朝のタクシーの方の姿を探すも
見つからず、 
飛行機が遅くなったから
帰っちゃったかなと諦めかけた時

朝の運転手さんが、言葉通り
私を見つけてくれました。

名前も連絡先も知らない私を
ずっと40分以上信じて待っていて
くれました。

しかも、笑顔で。

なんて、純粋なんだろう。

その時は、 
そう思ったけれど
 

真面目で純粋で人を信じて
約束を守る私を
私は自分でも現し
 

目の前でも、自分を見ていただけ
なのかもしれません。

===================================

アユタヤの空。

幾度も幾度も
繰り返してきた
愚かさと過ちさえ
赦されている。

自分が信じられなく 
なるほどに
同じことを繰り返して 
きた自分を
もう一人の自分は 
信じ続けていて

わたしたちは、 
その自分に揺り動かされる。

愛と祈りが
光となり心を貫く。

===================================

【自由と無謀】

自由も個性も土台に 
ちゃんとした基礎があって
初めて成り立つ。

基礎という土台が無い 
状態での自由は、 
自由というより
無謀と無軽率と浅はかさで
出来ている。

それは、 
見た目はとっても美味しそう 
だけどスポンジ部分が不味い
ケーキのようだ。

デコレーションクリームで
どんなに綺麗に飾り立てて 
いても、土台のスポンジが 
不味かったら
ただの不味いケーキだ。

このことはどのことにも 
通じる話。

素晴らしい感性を持った
ピアニストが
基礎練習を全くせず
テクニックが身について 
なければ 
 

指が上手く動かせず
自由に自分を発揮することなど 
出来ない。

素晴らしい天性の才能を持った
野球選手が
走り込みを全くせず
身体が整っていなければ
プレーで活躍することなど
出来ない。

素晴らしい感性を持った
バレリーナが
基礎練習をしていなければ
綺麗に飛んだり
ステップを踏めず
個性を表現することなど
出来ない。

ヒーラーや
セラピストも同じ。

心に触れるお仕事の 
ヒーラーや セラピストは、
常に自分自身と向き合い
テクニックの向上と
自分自身の癒しとひたすら 
向き合う。

その、 
直向きで地道な努力という 
土台があって初めて 
自己流と成り行く。

出鱈目を自己流と呼んで 
いないか
無謀を自由と呼んで 
いないか。
   

己に問いつつ、 
誠実に生きた者だけが
美味しいケーキをつくれる。

===================================

外に敵など居ないと
解った時に
守らない自分を 
見つけてゆく。

『それは、私だ。
あれは、私だ。
これも、私だ。』

そうして生きた時に
どうして恐れが湧いて 
こようか。

愚かさですら
愛おしい。

緩み
弛み

静寂が心に沁み渡る。

===================================

守れるようになった時に
守らなくなる。

守れていない時に
守ろうとする。

===================================

【すれ違いdayは愛の囁き】

昨日は、 
すれ違いday
色々な人と、ほんの些細な 
すれ違いや勘違いが起こり

余りにもストレートに
進まないので

今って、 
水星逆行だったっけ?
と、暦を見たくらいだった 笑)

相手も間違うし
わたしも負けずに間違う。

それでも、一つ一つ
丁寧に丁寧に感謝を述べて
対話をしていった先に見たのは

通常時では得られない
相手の真摯さと
相手の愛と
相手の一生懸命さと
相手の誠実さ。

誰もが、最善を尽くそうと
努力していた。

こういう人たちと
関わっていけて嬉しいと
心から思った。

すれ違いが起こったことで
通常より時間的には
遠回りしたのだけれど

後で、解ったのは
意識では近道をしていた 
ということ。

すれ違いも悪くない。
 

愛の囁きを感じられて
近道も出来るのだから。

===================================

【苦しみの素】

色々な素があるように
苦しみにも、素がある。

絶対に得られないものを
得ようとしている時

愛が得られないという
幻想が続き

自分を心から 
愛してくれる人も
絶対に現れない。

いつも、 
自分の願いを叶えてくれる 
超人は存在しない。

どんなに愛していても
言うことを聞ける時と
聞けない時がある。

愛していることと
要望をきいてあげる 
ということは
全くの無関係だからだ。

自分のことも大切にしながら
誰かを愛する。

受け容れてもらえたり
受け容れてもらえなかったり 
することが

自分とあなたを愛している証。

===================================

18才の時
北海道の実家を出た。

苦しかった家を逃げ出し
母の世話を
全て父一人に任せて
わたしは、東京で
やりたいことをやった。

重度の精神疾患の母との
一対一の暮らしが
一体どれほど過酷か。 
父の苦労は計り知れなく
 

親不孝だという 
罪悪感を感じながら

それでも、わたしは 
先ず自分が幸せになることを 
選んだ。

わたしの行動は
愛からは掛け離れていた 
だろうか?

否。
時が経てば経つほどに
当時の懸命な英断を誇りに思う。

家庭や、環境が大変だと
人は、ゆとりを失い
本来の自分の姿さえ見えなくなる。

狂気に満ちた日々の中
安息は得られない。

どんなに愛していても
自分が犠牲になるのであれば
そこに共にいることで
共倒れにしかならぬなら

離れることでしか
自分を取り戻すことが 
出来ないこともある。

母が子を思うのと 
同じように、子もまた 
両親を思わぬことなど
一度もない。

離れて自分が回復して 
幸せになり
自分にゆとりがあるからこそ
出来ることがある。

愛を、力を
全力で注ぐことが出来る。

自分まで倒れてしまっては
本来の力など発揮できない。

環境や、人のせいにしないで
被害者意識を構築しない生き方
 

自分の喜びに責任をとるとは
誰かに何かを言われても
自分が好ましい方を 
選び取ることだ。

短期目線では、 
冷酷かもしれない。
でも、長期目線で見ると
どうにもならない時
そこから一度離れてみる 
という選択は 
 

本当に愛している人が 
必要なものを 
揃えておくことが出来る 
時間をつくれる。

===================================

息子が
「日本の未来は 
 終わってるから海外に行きたい」
と言い出した。

そんな風に
感じていたんだね。

わたしは、 
どちらかというと
海外は色々巡るけれど
日本を拠点にする気持ちは
変わらなかったから
新鮮だった。

何処かで、大切な日本を
捨てられないと
そう思っていたんだ。

ところが、息子はあっさりと
「政府が言うことを 
 きかせようと思っても、 
 誰も居なければ
 言うことをきかせられない
 みんなで辞めればいい」
と、どうやら全国民ボイコット
を考えているようだ。

子供らしい大胆な発想。
そんなこと無理だと笑う 
代わりにわたしは、 
その発想に耳を傾けてみた。

わたしの世代だと
捨てたり去ることは逃げる 
ようで、 
負い目を感じてしまう人が
多い気がするけれど

彼の中ではきっと
合わない人と居るのが
心地良くないなら離れる 
というのと同様 
 

心地良くない国には
いたくないから離れる
というのが 
自由に選べるのだろう。

支配者に 
支配されないことを
選ぶ選択は、わたしたちに 
委ねられている。

海外に拠点があるというのも
いいのかもしれない。

いざという時には
逃げる場所があるというのは
逃げるどころか、 
 

本当の意味で
向き合っているのかも 
しれない。

===================================

生きているだけで
疎まれ、 
虐げられることが
どれだけ苦しいことか。

生きているだけで
殺される危険性が
人種が違うだけで
高まってしまうのは
どうしてか。

違いを愛そう。
私たち、一人一人。

同じを思い出そう
人間であることを
わたしたち、一人一人。

抱きしめると、温かくて。
笑ったり、泣いたりして。

とても弱くて愚かだけど
それでも、わたしは、 
人間が好きだ。

===================================

いよいよ
波動が全く合わない人と
交流が出来なくなってきて
います。

逆に波動が合う人とは
密接な関係になって 
きています。

生命の錬金術で
組織形成をしてから
組織という生命が、
合う人や必要な人を 
引き寄せているのを
感じます。

ライトワーカーを 
世に出すのが
ありとあらゆる 
ところからの命なので
 

自分だけ良ければ良いとか
単に活躍出来れば良い 
という人は去っていき
 

もっと、 
ワンネス的な有り様での
顕現を目指し 
感謝や賛美の世界を
共に紡ぎたい人が集まって 
きています。

ユートピアを建国したい人も
集まってきています。

「協力と賛美」体制を
更に整える動きに集中して
万全で秋を迎えられる
ように備えています。

秋が始まる前に
今まで手付かずだった
ことに着手して
取り組む人も
増えています。

最も面倒臭くて
最も弱き自分と
対話出来るかどうか。

秋までにどれだけ
体制を整えられるかは
それにかかっています。

===================================

他者に頼れるってのは
自立してるからなんだよ。

頼っても、 
いい感じで頼れて
持たれかかる可能性が 
存在しないから
安心して頼れるんだよ。

頼れないってのは
持たれかかって
依存しちゃう自分を 
何処かで知っているから。

そういう自分が嫌いだから。

嫌ってみても
押さえてみても

それは、 
自立じゃなくて
依存を自制しているだけ。

自立とは、 
全く別物なんだよ。

だから、 
他者に頼れない人は
奥を辿ると依存する人と
同じなのです。

===================================

【銀河のメッセージ ② 
 動力源の切り替え】

地球のみなさん
こんにちは!

もし、人生が 
上手くいっていないとか
上手くいかないと 
感じているところが
あるならば、 
対話してみることが
大切だと前回話しました。

上手くいかないと
何とか上手くいかせようと 
必死になり

そして、 
上手くいかせようと 
するために
支配、コントロールして
無理矢理事を進めようと 
しているのが
今の多くの人間の状態です

さて、この数年間で
動力源の切り替えが 
起こってきました。

これから、益々 
動力源の切り替えが起こり
無理矢理では事が進まなく 
なってきています。

元々、 
エネルギッシュであれば
何とか無理矢理自分を引っ張って
上手くいくように
することも可能でしたが

これからは、無理矢理では
どうにもならなくなります。

例え、一時上手くいったように
思えても、上手くいかなく
なります。

現に、 
今まで活動的だったのに
急に動けなくなる人は
激増していますし
秋からは、もっと加速します。

今まではどうにかなっていても
その使い方では
上手くいかなくなったり
動けなくなる人も
益々増えます。

人間の目から見ると
動けなくなることや
上手くいかなくなることは
良くないことと思いがちですが

動力源の切り替えのために
起こっていることなので

動けなくなったからといって
恐れることはありません。

そういった時は
コントロールや支配
無理矢理という手法が
通用しなくなったのだと
受け容れてください。

今までのやり方が
機能しなくなって
通用しなくなったのです。

言い換えるなら
今までの、支配的
コントロール、 
無理矢理エネルギーが
外れて、本当のあなたの姿に
還ったのです。

認めるのは、 
容易ではないかも
しれませんが、 
受け容れるところからしか、 
始まりません。

動けなくなったなら
動けていた状態の方が
偽りの状態であったのです。

より、真実の姿になったのです。

そういう時に有効なのは
対話です。

時間がかかっても
自分と対話してください。

混乱を少しでも防ぐ為に
あなたの大切な人に
エネルギーの動力源が
切り替わることを
伝えてください。

全ては、善い方向に
向かっています。

ありがとうございます。

===================================

【銀河のメッセージ ① 支配から対話へ】

銀河神界、 
宇宙連合からの命で
アンドロメダ、 
プレアデスからの
人間に向けてのメッセージを
伝えていくことにしました。

わたしは、 
翻訳的な役割だけ果たし
宇宙、銀河からのメッセージを
受け取った時には翻訳して
それを人間語にして 
伝えていきます。
 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

地球のみなさん
こんにちは!

もし、人生が 
上手くいっていないとか
上手くいかないと感じている 
ところがあるならば、 
対話してみることが大切です。

上手くいかないと
何とか上手くいかせようと 
必死になり

そして、上手くいかせようと 
するために
支配、コントロールしようと 
しているのが
今の多くの人間の状態です。

それは、例えるなら
こういった光景に似ています。

駄々をこねて
言うことを聞かないからと言って
幼な子の手を無理矢理引っ張って
連れていこうとする光景です。
 

そういった光景を 
思い出してください。
きっと、何処かで見たことが 
あると思います。

そうして、無理矢理引っ張ると
益々幼な子は頑なに
前に進むのを拒みます。

こうした光景が
多くの人間の 「内」で
繰り広げられているのです。

無理矢理引っ張るのを辞めて
上手くいかないことと
対話を始めてください。

幼な子の例でもわかるように
対話には、時間がかかります。

面倒だからといって
対話を飛ばしても
何の解決にも至りません。

上手くいかないのは
上手くいかない理由が
必ずあるのです。

対話をしていくと
今まで見えていなかった痛みに
気付くこともあるかもしれません。

見過ごしていた愚かさに
驚くこともあるかもしれません。

対話をして自分を見て
初めて傷があったことに
気づいていくのです。

例え、一時 
幼な子の自分の一部を
無理矢理引っ張って言うことを
聞かせて、 
その場が上手くいったとしても

根本的には、  
何も変わっていません。

自分を見過ごして
自分を引きずって歩いて 
いませんか?
自分を置き去りにして 
いませんか?

対話には、 
時間がかかります。
労力もかかります。

それでも、 
対話を選んだ時に
本当に人生は上手く行き出すし
世界も変わっていきます。

対話をしましょう。
それが、人間を変え
世界を変える鍵です。

===================================

【蟹とカニかま】

何でもそうだけれど
実際のものに幾ら近くても
それは別物に過ぎない。

蟹の値段が幾ら高いから 
といって
 

カニかまを食べ続け
本物に近いカニかまを
300食、食べても
 

やはり、それはカニかまだ。

蟹の味を知りたいなら
1回、蟹を食べれば
良いのである。

スピリチュアル 
ジプシーの人の特徴として、 
 

このようなカニかま現象を  
起こしていることが
良くある。

つまりは、 
3,000円程度の参加し易い、 
お手軽価格のものを
色々巡って色々知識は増えるが
 

本質的な変容は 
特に起こっていないという 
ケースである。

単に、娯楽として
スピリチュアルを楽しむ
というのも、 
色々な趣味があるから
それは、それで全然有りだと 
思うけれど
 

娯楽だという 
自覚をしているなら
全然いいと思う。

カニかまを食べると
巧妙に【食べた】満足感が
発生する。

自分は何らかに
取り組んでいるという
ことについては満たされる。

でも、 
目的が蟹を食べることなら
蟹を食べれば良いのであって

本質的な変容がしたいなら
やはり、本質的な変容に
取り組む以外にはない。

本質的な変容の 
スピリチュアルが
修行的に見え
楽しそうなものしか
受け付けられないとしたら
 

それは、 
統合が進んでいない
覚醒が進んでいない
指針となる。

苦だけでもなく
楽だけでもなく
どちらも愛として
生きていくのが
統合した生き方だからだ。

苦労ばかり選んできた 
人に対して
楽の重要さを伝える役目も 
あるだろう。

極には、極が効く。
二元性目線の 
アプローチとしては
極から極のアプローチの方が
賛同は得易いだろう。

でも、 
行き過ぎる懸念もあって
楽だけしてればいいかというと
それだけでは開かない 
扉があるし
 

行き過ぎると 
全ては愛であると
いう本質から遠ざかる。

蟹が食べたければ 
蟹を食べる。

それが、シンプルな近道だ。

===================================

久しぶりの1日完全オフ。

メンテナンスを受け
ひとつまた軽くなる
わたしを予感して
 

ああ、 
また私は 
私に還るのだと
喜びがこみ上げる。

いつもそうだけど
本当に自分じゃないものが
外れていく時
 

今まで有難う。という
気持ちが沸き起こる。

霊障を外した時でさえ
最後外れていくのを
感じながら感謝を感じていた。

また、ひとつ。
また、ひとつ。

限りなく続くとさえ感じる
重荷を降ろしていくことは
わたしにとって
かけがえのない喜び。

変わってゆく無限の自分を
感じるのが愛おしい。

無限さを
辛く感じるか
喜びと感じるかは
いつも自分に委ねられている。

汚いと思って
嫌っているうちは
本当には終わらない。

愛おしくなって
有難うと感謝した時に
空に還っていくんだ。

===================================

【愛によって解けていく】

よく、考えてみれば
最もなことだった。

最初から
独りで何とかしよう 
ということが
そもそもの過ちだったのだ。

人と人との間で
傷ついた傷を
独りで癒すことなど出来ず

人と人との間で
傷ついた傷を癒せるのは

同じく人と人との間で
愛によって
解けていくのだと。

愛が全てを溶かす。

孤独で悴んだ心も
争いでささくれ立った心も
背負いきれないくらい 
罪を抱えた心も

みんな みんな
愛されることによって 
溶けて解ける。

もし、この世界に
何にでも効く特効薬 
というものがあるとしたら

それは、愛だ。

逆に言うと愛の代用は、 
所詮、代用でしかない。

愛を求め、欲する自分を
恐れてはならない。

どんなに愛に飢えている
自分を発見しても
目を瞑ってはならない。

抑制は、蓋であり
解決とは異なる。

お腹が空いている赤ちゃんが
泣かなくなっても
お腹は空いたまま。

素直に求めることで
新たな歴史がつくられていく。

===================================

【抵抗の無い人はいない】

どんなに自分が 
自覚している自分は
抵抗が見当たらなかった
としても

全員に抵抗は必ずあります。

自分には抵抗など無い
と思っているなら
まだ、自分の抵抗を知らない 
だけです。

ですから、 
抵抗を恥ずかしいと思う 
必要はありません。

顕在意識の自分では
どうにもならないことも
多々ありますが
 
 
抵抗をしている自分を自覚し
受け容れていくことによって
進みやすくなっていきます。

抵抗があること自体が
問題というよりも

抵抗がある事実を
受け止められなかったり
 

抵抗がある自分を
受け容れられないことが
課題なのです。

===================================

今日の満月は
完成と統合の満月。

晴れやかな心地と共に
各々が愛を見出すことに 
なるだろう。

より広く
より深く。

あの時解らなかった愛が
愛であったと解る瞬間は
 

何時も心が震える。

本日は、東京組
フラワーオブライフ
スピリチュアルティーチャー 
講習2日目。

どんなことが
待っているだろう。

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覚醒していく際に
わたしが、一人で出来たことは
何一つありません。


いつも、 
誰かに助けてもらって
 
 
いつも、 
誰かに癒してもらって
 

いつも、 
誰かに気付かせてもらって

いつもいつも
沢山の愛をいっぱい貰って
だから、わたしがいます。

どれほどの愛によって
今のわたしが成り立っているか
想像もつきません。

いつもそうであるように
自分が同じ立場になった 
時に初めて 
 

どれほど愛されて 
いたのかが本当にわかります。

わたしは 
多くの存在の沢山の愛の結晶で
出来ている。

そう感じずにはいられません。

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【知る】

知れば知るほど
わからないことが 
無くなるのではなく
 

知れば知るほど
わからないことも 
増えていって

わかることと
わからないこと
どちらも同じだけ 
尊いと感じる。

知っている=固定的知
わからない=流動的知

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【わたしだったけど、 
 わたしじゃなかった】

嫉妬深くて、 
執着深いあの時のわたし。
わたしだったけど、 
わたしじゃなかった。

人の意見に振り回されて、 
気に入られようとする
愚かなピエロのあの時のわたし。
わたしだったけど、 
わたしじゃなかった。

何時も一番じゃないと 
気が済まない
競争でしか 
自分の価値を見出せない
あの時のわたし。
わたしだったけど、 
わたしじゃなかった。

自分を放り出して、 
誰かのために
尽くすことが愛なのだと 
勘違いしていた
あの時のわたし。
わたしだったけど、 
わたしじゃなかった。

何時も何時も
本当に終わった時に
はじめて解る。

わたしだと 
思っていたものは
わたしが、わたしじゃ 
無いものを体験して 
わたしを知る為だったのだと。

幻想は解き放たれ
わたしは
初めてわたしを観て
初めてあなたを観て
初めて世界を観た。

あなたが、 
本当のあなたを観た時
あなたの眼に世界は 
どう映るだろう。

きっと、 
自分がそうであったように
世界もまた、 
本来の姿に戻る方が
自然だと感じると思う。

調律が外れた楽器で
世界が奏でられていることに
愕然とするだろう。

不調和から調和的な愛へ
歪みのある愛から
純粋な愛の姿に。

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何度でも
何度でも。

幾度でも
幾度でも。

未熟なわたしたちに
与えられているのは
何時も無限のチャンスの扉。

愛してる
愛してる。

その想いが
脚を進める。

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自分だけの成功を
保守を終わらせ
ワンネス的な
成功に向かってゆけ。

それが秋からは、 
益々影響来るよ
豊かさと一致する。

恐れを手放し
自分の手柄を手放し
 

あなた自身が
応援と賛美と感謝
そのものと成れ

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今日は、Go!!!の日。
決断の日。

ここから20日まで
ぐんぐん進む。

揺るがない決意と共に
今日起こしたアクションが
あなたを前に進める。

自分の中に、決めた道に
進むことの抵抗がある人は 
浄化の流れ。

無い人は、全ては
後押しになる。

本気、決意、決断。
 

さあ、一歩を踏み出そう!

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いつかあの時
あんなにも我武者羅に
手が痛くなるほどに
血が滲むほど叩き続けても
開かなかった扉が

わたしの目の前で
まだ手もかけていないのに
扉が勝手に開いた。

扉はこう言った
『よく、ここまで 
 頑張ったね』と。

嬉しくて、 
子どものように 
泣きじゃくる泣虫のわたしは
溢れる涙を抑えようともせず

開かない扉は
鍵がなかったから
開かなかっただけなのだと 
わかった。

扉の向こうは素敵過ぎるから
わたしには相応しくないから
開かなかったわけじゃないと
解ったよ。

もしかしたら、 
相応しくないっていうのも、 
合ってたのかもしれない。

だったら、 
相応しい自分になって
幾度でもチャレンジすればいい。

諦めない心が、 
奇跡をつくる。

心ってやつは、 
移り気で季節のようにコロコロ 
変わるけど
 

決して変わらない心もあって。

自分が、本当につくりたい
未来をつくるには
 

この決して変わらない心が
重要な役割を果たす。

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方向性は決定し
何処に行くのかも
決まったのだけど


もうあと一歩
定まらない何かがあって
あともう少しで完成する
そんなエネルギーを 
感じています。

こういう時は
特別なことをする必要もなく
 

目の前のことを一つ一つ
取り組んでいくと
自ずと進んでいきます。

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絶望を大切にしなさい。
いつか絶望を忘れるほどに
幸せになった時


かつての絶望が
あなたを助けてくれる。

世界の多くの人に
己の愛を広げる動力として
活躍してくれる。

絶望を大切にしなさい。
最も暗い闇が 
最も明るい光と成りて
絶望があなたの道を 
照らしてくれる。

最も暗闇にいる他者に
手が届くことが出来るのは
同じように 光が届かない暗闇を
体験したものだけなのだから。

絶望を大切にしなさい。
絶たれた望みが
あなたの望みが何かを 
際立たせる。

絶望があって 
ようやく幸せに至る
ハッピーエンドの脚本には
時間軸を超越してみると
もう一つの見方がある。

それは
『愛を体現するために 
 使命を為す』
というゴールが先にあって
それを達成するための 
材料としての絶望。

つまり、その見方で見ると
『幸せになれるかどうか』 
は存在しない。

『幸せになる事は 
 最初から決定している』
のです。

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嫌いな人がいるってことは
まだまだ、統合が終わって
ないってことだよ。


認めることから
全ては始まる。

統合していけばいくほどに
嫌いな人は、 
嫌いじゃなくなって
ただただ、 
自分の傷だったことがわかる。

だから、嫌いな人は
あなたがもっともっと
あなたがあなたを 
受け容れていけるように 
教えてくれているの。

置き去りにされた 
あなたが囁く
 

わたしを受け容れて。
わたしを愛して。と。
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違いにフォーカスする時
私たちは個を味わってる。

でもね、お願いがあるの。
どうか違いにフォーカスする時は
同じだけ、同じにもフォーカスして
欲しいんだ。

平和を願うあなたに
とてもとても大事なことなんだ。

世界各地で起こっている
痛ましい事件は
みんな違いにフォーカスしたもの

バングラデシュ テロ事件
宗教の違い

アメリカ 銃撃事件
人種の違い

こうして、 
生まれている社会現象は
わたしたちがつくりだしている。

だから、違いと同じだけ
同じをみよう

人種が違っても
宗教が違っても
考えが違っても

体には赤い血が流れていて
家族だったり
友人だったり
大切な人がいる
人間なんだ。

人間なんだ。

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感謝が廻らなかったのは
感謝を阻めていたから

仲間に入れなかったのは
一人で後ろを向いていたから

愛されていなかったのは
愛に気づけなくて
受け取れていなかったから

支配されてしまったのは
支配されることにNoと言えなくて
支配を許していたから

不平等だと思ったのは
自分が勝手に卑屈になって
その人より下だと
思い込んでいたから

いつもいつも
自分が自分を決めていて

望まない自分を
選択してしまっていたんだ。

許しが赦しとなりて
22の橋を超えて
333の鐘が鳴った時

全てが感謝に変わり
愛が広がる。

何処までも。何処までも。

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会わない間に
ひっそりと
育まれている愛もある。


果たせなかった夢を
お互いにまだ叶えたいなら
幾度でもチャレンジ
することだって出来る。

憎んでいても
何時かは許しに変わり
最後には統合されて
感謝に変わる。

何度言っても
わからず屋なわたしに
わたしは諦めずに語り続ける。

愛してる。
愛してると呼びかける。

どんなに枯れ果てた
ように思えても
一晩眠ると
泉には水が溢れていて

枯れることなく
止めどなく湧く泉は

全部明け渡して
空っぽのときほど
全てに満ちていた。

汝 恐るなかれ。

世界はあなたのためにある。
苦楽を超越した悦びに満ちて
あなたという愛を感じるための。

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昨日から
999
777
888

ゾロ目続きで
どうやら新しい仕事が
始まったようです。

淡路島にて
色々開いたり
降ろしたり
ライトワーク三昧。

みんなの助けがあって
なんとか倒れずに
色々出来てます。

海が眺められる
お部屋にて
夕飯まで、一休み。

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人間って
何か自分が
世界の一員として
役に立ってるというのを
感じたい生き物だと
つくづく思う。

それは、役に立ってるから
褒められたかったり
認められたかったり 
するのとは
全く別のところに
理由があるんだよね。

癒されてないと
そういった理由も
色々混ざっていたりするけど

それだけじゃなくて
もっと純粋な動機が
あるんじゃないかな。

それは
いのちの一員で
地球の一員で
愛の流れの中にいる自分を
感じたいから。

愛である自分を。

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ギリシャから
無事帰国しました♪

沢山の美しい景色に
心がとっても喜びました。

私にとって
美的感覚というものは
とても重要で
創造力が生まれてきます。

長旅の疲労で
今は、英気と疲労が
ごちゃ混ぜですが

ゆっくり休んで
バリバリ仕事
していきたいと思います♡

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メテオラの修道院巡り。
とても厳かで
優しい気持ちになれる場所。


昔は命懸けで
縄梯子で登ったそうです。

命懸けで出来るって
本気の強い決意が無いと
到底出来ない。

何でもいい。
何に対してでもいい。
生きるってことは
本気ってこと。

本気というのは
守ったり
言い訳したり
リスクをとる選択肢が
無くなること。

答えとは
それしかないという
答えしか存在しなくなること。

人間だから迷ったり
悩んだりする時もあるけど
本気で生きる時なんじゃ 
ないかな!

指をくわえて 
見てるんじゃなくて
遅かろうが何だろうが
自分も参加しないと
つまんないんじゃないかな!

幸せな人たちを羨んでる 
暇があったら、一歩でも 
自分も幸せになっちゃえば 
いいんじゃないかな!

自分を幸せに出来るのは
自分以外には、居ないのだから。

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どんな時にも 
希望と喜びを持って
生きることは当たり前じゃない。


哀しみに何時までも
明け暮れているほど暇じゃない。

沢山、沢山
数え切れないくらい涙流して
涙も拭いて立ち上がってきた。

わたしが 
トルコのクシャダスに 
立ち寄った同日に
 

トルコではイスタンブールで
大規模なテロがあって
何十名もが亡くなった。

ギリシャでは
失業率が高いためか犯罪が 
増加していて

わたしが買い物をしていた 
店の前で人が刺されて 
血が流れた。

ロードス島で感じたのも
血の匂いと哀しみの香り。

それでも。
だからこそ。なのかな。
生きよう!と思う。
 

全力で生きよう!と思う。
やりたいことを全部 
やりきろうと思う。
遊びつくそうと思う。

死は最も生に導く。
生を最も輝かせるとは
死を受けとめるということだ。

人生を楽しみつくそう。
仲間と共に。

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【直球】

直球で勝負したいな!
という気持ちが 
強くなってます。

変化球もいいけれど
小手先のテクニックは 
飽きた。

今は、 
世界に直球を投げたい。

そして、それは
直球が通用するという
自信が出てきたから。

さあ、これから
どうなっていくかな!
楽しみ♡

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トルコから
届いた絨毯。

人生で家具では
一番高い買い物。

高額商品のため
まさか買うとは
思わなかったけれど
 

余りにもデザインが
マントラみたいで美しくて
買ってしまった品です。

しかし、 
不思議なもので
家にこれが敷いてあると
 

逆に、家の方が絨毯に 
そぐわない気がしてきて
引っ越そうかな。。。

という気にさせてくれます。

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サントリーニ島に
今度行くことになりました。

ずっと気になっていた
青と白の街で
どんな出逢いが 
待ってるだろう。

女性性解放の
ワーク構築のため
ギリシャのエーゲ海に
クルーズで島巡り。

島って濃そうね。
ライトワーク三昧かしら?
でも、クルーズとか
三次元要素も楽しもうね。 
わたし。笑)

その前に
女神としての覚醒が待ってる。
 

どうか、 
わたしがわたしの
成すべきことを
成していけますように。

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人生には
自力でしか開かない扉と
他力でないと開かない 
扉がある

他力でしか開かない扉が
どうしてあるかって?

それはね。
人との関わりで 
傷ついた心を癒せるのは
やはり、 
人との関わりでだから。

触れ合い
愛し合うことでしか
癒されないものがある。

どんなに文明が進んでも
温もりを失わずにいたい。

出逢って
触れ合っていきたい。

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【無力】

どんな立場の人であっても
真摯に向き合う
姿勢と謙虚さがあれば

自分の無力さというものと
常に向き合っているものだと
わたしは思います。

だから、 
無力を須く消そう 
ということは、出来ません。

でもね。
不思議と、無力である。
と感じる一側面を感じながらも

本当に合っているか 
どうかも解らずに、 
直向きに進んでいこうと
今の最善を尽くしていると

〈無力である自分を 
受け止めきると〉

無力では無くなるのです。
何故なら、 
それに立ち向かう勇気を
内側に確かに感じるから。

無力感に呑まれてしまう時 
というのは
無力ということからむしろ
逃げている時じゃないかなと
思うのです。

無力は、消すものではなく
嫌うものでもなく
 

受けとめて、向き合って
己のものとした時に

力が宿るのです。

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わたしは、凡人だ。
天才ではない。

天才ではないので
何でも最初から出来た 
訳ではなく

どれも、 
全部0から努力して
積み上げてきたもの 
ばかりだ。

ところが、世界とは
いつもパラドックスに 
満ちていて、 
 

天才には出来なくて
凡人にだけ身につく 
才能がある。

それは、どうしたら 
出来るようになるか
0からでも、 
出来るようになるには
ということを 
リアルに味わってきている
ということだ。

最初から出来る人は
どうして出来ないかが 
わからない。

基準値が高過ぎて
出来ない人間というのは
まさか、そんなことまで 
解らなかったり
色々出来ないとは 
夢にも思えないものだ。

教える側の大前提と
そこから教えないといけない
というレベルが乖離すると
 

誰が悪い訳でもないけれど
価値として捉えることは 
出来なく、
双方にとっての損失となる。

人によって、詰まるところは
千差万別。

取り組んでいる人と
取り組み出した人
まだの人
益々乖離は激しくなってゆく中で

教える側は、どう在るべきか
問われる。

現時点では、あらゆる段階に
対応出来るようにする為に
少人数制を導入して何とか
対応しているけれど

それだけではなく
この講習は、 
これを学んだ大前提でないと 
受けられないという
基準設定を設けなくては 
ならないものも出てきている。

どんな人にでも
誰にでも開けている 
扉もありつつ

基準値を設けていく 
必要性を感じる。

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【精神病院の数の推移】
  

わたしの母もかつて
収容された精神病院。
  

父は、こんなところに 
隔離しても良くならんと 
連れ出してきてしまった。
  

子どもの立場のわたしは
在宅ケアが辛かった時期も 
あったけれど、
 

でも、いまは、 
それが正解だったと
こころから言える。
  

母は、全く別人になった。
そして、見違えるほど、 
幸せになった。
  

先ほど、母の電話。
談笑と感謝とこないだ、 
会えて嬉しかった
というお話。
  

人は、変わる。
どんな状態からでも変わる。
  

精神病院という選択ではなく
在宅や地域ケアということに 
なればなるほど
 

今度は 
『精神病の状態の方を支える 
 家族のケア』ということが
どれほど重要なのかは、 
身をもってわたしが体験 
してきたこと。
  

いまの医療の基準では
ヒーリングや 
エネルギーワークは
効果がある。 
とは言ってはいけないことに 
なってる。
  

だから、 
どんなに効果があるとは 
解っていたとしても
(なぜなら、わたしは 
 病状がある段階の母に
 エネルギーワークをかけ続け、 
 その効果のほどを
 リアルに実証しているので)
 
 
いまの法律では、 
医師の診断で精神疾患があると
判断されている方にヒーリングを 
かけることは難しい。
  

がしかし、 
家族であればどうだろうか?と
わたしは、ひっそりと 
一筋の光を見出している。
  

病状のある本人ではなく
健常者の側の家族のケアを
わたしが担当しても
問題はないはずだ。
  

だとしたら、 
そこから突破口が開ける。
  

先ずは、 
病院に閉じ込めることが
解決策ではないことを 
多くの人が知ることが重要。
  

シェア、拡散希望。
  

閉じ込めても、 
隔離しても、 
薬を飲んでも治らない。
  

本当に治すのは、 
薬ではない。
  

愛だけだ。

http://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/sectiion3/2013/05/post-210.html

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【賛美 2】
 

賛美し合えない
もう1つの理由はね
 

正誤で判断するから。
 

正しさも間違いも
絶対ということや
統一されているものなんて
この世界には無くて
 

『自分にとって美しいかどうか』
『自分にとって好みかどうか』
という、 
自分にとっての正誤だけが
常に存在しているのだから
 

どんな立場の人でも
その視座を持ちながら
生きていけば
無益な争いは
自然と減っていくんじゃ 
ないかな。
 

世界を良くするために
戦い合う
無益な争いとかは
減っていくんじゃないかな。
 

味方同士の戦いは
終わるんじゃないかな。
 

最も悲しいと思うのは
世界を良くしようという
思いは一緒なのに
方法やアプローチが違うことで
味方同士で罵ったり争うこと
 

色々な役目の人がいる。
 

誰かにとってのわたしの 
行いは闇で
誰かにとってのわたしの 
行いは光。
 

争いすら、 
消そうとするのを辞めたときに
必要な最低限の争いだけに
なるんじゃないかな。
 

内なる平穏と共に生きた時に
賛美し合える世界が
広がっていくのです。

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【賛美】
 

高次元レベルで
生命の錬金術による 
組織形成の最中
自分がしたいことを 
改めて感じていたら
 

自分のオリジナルツールや
自分のオリジナルプログラムを
世界に現すだけでは
満足できなくて
他者の素晴らしいツールも
紹介して成り立つんだと 
解ったとき
 

わたしは、 
人を賛美するのが
とっても好きなんだということに
改めて気付かされました。
 

貴方も素敵
わたしも素敵
みんな素敵
 

こうなることの方が
わたしにとって
とても普通で。
 

これが地球に来た
地上に来た醍醐味だよね?
と1人で勝手に盛り上がって 
いるのだけれど
 

生きるうちに
凄く簡単なようでいて
とても難しいことなのかも 
しれない。
 

そう思うような場面に
沢山遭遇してきました。
 

わたしの視座はいつも綺麗ごとで
片付けられてきたのです。
 

それでも、単純なのか
ほとんどバカがつくほど単純なのか
それともそれを信念と呼ぶのか
 

綺麗事だと
他の誰かに言われようと
 

それでも、 
賛美し合える世界をつくりたかった。 
 

それと同時に
賛美し合えない人たちは
どうして発生するのかも
研究してきたけれど
 

自分に自信がなくて
自分を知らなくて
自分を発揮できていないから
 

自分が幸せじゃないから
自分が我慢しているから
 

だから、嫉妬したり
人を落とすことでしか
自分を慰められないんだ。
 

ということも解ってきました。
 

だったら。
皆がやりたいことが出来るように
なっちゃえばいい。
 

他の誰かのことや
他の誰かの人生のことや
他の誰かがもってる才能が
 

目標として活かせるほどにしか
気にならないほど
自分に夢中になればいい。
 

どんな能力も
全員に備わっている機能だから
それを伸ばしたければ
伸ばすこともできるよって
伝えたり教えたり
本当に伸ばしちゃえばいい。 
 

嫉妬というほど
どろどろの感情にする前に
自分はそれを求めているんだと
欲しているんだと
素直に認めちゃえばいい。
 

無欲に憧れるのもいいけれど
生きていること自体が欲だから
本当に欲を消すことなど
出来ないんだと諦めて
人間を生きちゃえばいい。
 

大丈夫
 

本当は、世界は優しいんだ。
 

心の奥底から欲しいものを
欲しいままで終わらせるなんて
 

そんな惨いことは決してしない。
 

貴方が途中で諦めさえしなければ。
 

賛美し合える世界が
リアルに目の前に
少しづつ現れ始めている
 

賛美できるくらいに
自分に自信があって
自分を知っていて
自分を発揮していく
幸せなひとたちと。

===================================

【逆転】
 

逆転の香りがする。
 

今までエネルギー的に 
本質的に自己を整えた 
人の発揮 
 

今までマインドレベルだけで 
取り組んできた人の 
限界と崩壊
 

逆転の香りがする。
 

いつも、自分のために 
起こるんだよね。
そのままではどうにもならない。
という真実を知るために。
 

自分が起こすんだ。
 

今まで充分に 
発揮してきた人は
覚悟があるから
本質に取り組んだら速い 
だろうね。
 

覚悟があると無いとでは
大違い。
 

でも、最も最速は
同時進行型 眠らないウサギ。
 

速いことだけが 
良いことではないけれど
何事も、いつかは存在しない。
 

内面と現実面の両方に
取り組める人たち。
 

同時進行の重要性は
何年も前から伝えてきたこと。
 

そして、今年は、その始まり。
 

さあ、貴方は、どうする?

===================================

何でも癒せばいいって 
ものじゃない。

全部闇を光に変えれば
いいってものじゃない。

そんなに短絡的なもの 
ではあり得ない。

闇は闇のままで 
活かすことも出来て
そのままであった方が
やりたいことが出来る 
ってことも
沢山あるのだから。

但し、殆どの場合は
幻想にしか生きられなく 
なるほどの闇
動けなくなるほどの闇。 
 

自分を忘れちゃうほどの闇に
生きてるから
それは、重すぎるね。
さっさと雁字搦めになってる 
重りを下ろして転じないとね。

激辛100倍カレーのままでは
食べられないからといって
辛味がゼロになったら
もはや美味しくないんじゃ 
意味がない。

それでいて
癒されていけばいくほどに
楽に毎日を生きられるし
やりたいこと そのものの質は
癒されていけばいくほどに
変化していく。

何が正解か?
それは、貴方が知っている。

===================================

覚醒していくってことは
特別になるってことじゃないよ。
 

サイキックが 
開いていたとしても
凄い人になるんじゃなくて
 

むしろ、どんどん
普通になっていく。
 

ただの普通の人になるのが
覚醒ということです。

===================================

【前を向ける理由】
 

いつもそうではないですが
わたしは前向きな方だと 
思います。
 

人が諦めたり
投げ出したりするときでも
根気づよく前向きでいることが 
できます。
 

その前向きさに励まされると
感謝をしてくださる方も 
いらっしゃり
そういった場合は
ひたすら感謝が巡るのですが
 

時に前向きさが 
非難されることもあります。
 

以前関わっていた、 
ある組織においては
わたしのひたむきなまでの
前向きさはうさん臭く
 

鬱陶しいものであるように 
感じられる方もいらっしゃって、 
 

どうして、前を向けるのか
どうしてそうなるのか。
それが理解されることは 
決してありませんでした。
 

ここまでの前向きさが 
形成されてしまったのは
わたしの幼少期が関係  
しています。
 

幼少期、 
絶望に生きていたわたしは
真っ暗闇の中で、 
絶望しながら
前向きでなければ
そうでなければ
生きていられなかったのです。
 

ですから、真っ暗闇で
光が全くない状況でも
光を見出すことができるのは
ある意味、生きるために
絶望の時代に仕方なく 
養われたものです。
 

これは、 
絶望を生き抜いたことが 
ない人間には
理解ができないものであり
不可思議なものなのだと 
思います。
 

でも、 
そこまでの絶望を体験する
必要がなく生きてこられた
 

そんな風に 
前向きに考えなくても、
後ろ向きに考えていても
生きてこられるほどに
幸せだったのではないか。
とも思います。
 

でも、時に人は、 
わたしの前向きさを羨み 
嫉妬します。
不幸せさと絶望と引き換えに
手に入れた前向きさを 
欲しがります。
 

しかし、 
そうした人たちは
既に宝を持っています。
逆にわたしには決して 
手に入れることの出来ない宝。
 

普通のお母さんに育てられる 
経験
幸せの中にいたからこそ 
養われたものが
その人たちには在るのです。
 

どんなものもそうですが
光だけ。というものは 
ありません。
 

必ず背景には、闇があって
その上に培われて成り立って
いるものなのだということ
 

それを受け容れたときに
自分には自分にとって
必要な経験と
必要な叡智が既にある。
ということに気付いて
いけるのかもしれません。
 

それが、 
自分の人生と運命を
そして
自分を受け容れるということです。

===================================

最初は個性を 
付け足している段階があり
 

そのうちに剥がすことで
自分に辿り着くと知り
 

剥がして 
ありのままになって 
いった際には
本当に才能と特性が露になる。
 

そうして自分を見つけ 
進んで行った際に
行き着く先は
 

今度は、その個性、 
オリジナリティ性を
世界に発揮できるかという 
問いがある。
 

皮肉なことに、 
最もその個性、 
オリジナリティ性を 
発揮した時には、
本当の意味で分け与えるので
己のものではなくなる。
 

オリジナリティの 
消失こそが
自らのオリジナリティ性を 
発揮するということ。
 

そして、 
それが真に行われたとき
魂を超越した表現と成りていき
 

手元には
愛だけが残る。

===================================

踊れ わたし
柔らかに 高らかに  
軽やかに


己の本来のスケール感で
己のステージを
全力で舞い踊れ

これがわたしという愛。
 

それを踊ることで
世界に現してゆけ

***********

シルヴィ ギエムのボレロの舞台を
生で観る機会があったことは
わたしにとっての財産だ。

己の成すべきことを
再確認し
鼓舞し奮い立たせるもの

それは いつも言葉とは限らない。

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幸せとは
運命を受け入れることと
運命を切り開くこと


この両者によって起こる。

両者は対極だ。
対極でありながら
答えであり
応えだ。

我を受け入れることでしか
我を発揮することは出来ず
それでいて
我という形を
超越して臨むのも良し。

どうしたいのか?
運命は決まっていて
運命は決まっていない。

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【守破離】

自由というのは
耳触りの良い言葉だけど
使い方を間違えると 
命取りになる。

何をするのも自由だけれど
自由と共に常に責任も
共にあることを忘れないことだ。

心を触れる
セラピストやヒーラーは
守破離のプロセスを
肝に命じること。

守破離とは
剣道や茶道などで
修業における段階を 
示したもの。

「守」は、師や流派の教え
型、技を忠実に守り
確実に身につける段階。

「破」は、他の師や
流派の教えについても考え
良いものを取り入れ
心技を発展させる段階。

「離」は、 
一つの流派から離れ
独自の新しいものを
生み出し確立させる段階。

守は、基礎。
基礎の土台があってこそ
その上に美しい花を咲かせる。

守も離も破も
黙って続けていれば
世界がタイミングを
教えてくれる。

どんなに守を続けようとしても
何年か学びに励んでいれば
 

師の方から 
『全て教えた』と言われ
世界のあらゆる人が総出で
『独り立ちの時期です』とか
言われだすものだ。

ところが、守すら
満足に出来ていない段階なのに
破をすっ飛ばして
離に行こうとする者がいる。
それを自由と呼ぶか?

否。無謀だ。

無謀からは無謀しか
生まれない。

ダイヤモンドも
磨いて輝くように

バレエも基礎練習の賜物によって
美しく舞えるように

ピアノもアルペジオや 
音階練習があって
曲を自由自在に弾きこなせる 
ように

サッカーも筋トレがあって
技を使いこなせるように

考えるまでもない。
とてもシンプルなこと。

型から外れられるのは
型を学んで熟知している者のみ。

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【架け橋】
 

さて、5月も半ばになり
まとまってきて
更にいい感じになってきて 
いますか?
 

エネルギーレベルで本質的に
自分自身と取り組んできた人は
どんどん波に乗って
『発揮』し始めている 
ようですね。
 

それぞれの段階によって
発揮の段階も異なります。
 

既に発揮している人は
本来のスケールでの
発揮が始まっています。
 

発揮している人は
心から信頼できる仲間と
協力も生まれてきています。
 

この協力は、 
真に自立していないと
築けません。 
そして、自分の立ち位置に
立っていないと築けません。
 

保守的な 
己の利益確保という
恐れが強いと築けません。
 

今年は、架け橋がかかる年。
架け橋がかかる音がしています。
 

深いレベルで覚醒に 
取り組んできた人たちが 
三次元的発揮。
 

具現化してきた人たちが 
覚醒に取り組む必要性の流れ
 

この左右エネルギーの流れを 
感じます。
左右のエネルギーが
見事に同時に架け橋を 
架けていこうというところ。
 

この流れは『大局』
大局の流れを見ながら
自分の立ち位置と相談しながら
成すべきことを成していきたい 
ものですね。
 

そして、 
これを突き詰めていくと
自分自身である程度の流れを 
創るのはもちろん。
流れは、一人では出来ない 
ということも見えるはず。
 

だから、 
協力が重要になってくるのです。
 

個が極まり
己の絶対的得意分野と 
喜びの最大発揮領域で在ろうと 
すればするほどに 

自分でも出来るけれど 
他者に任せる領域が出てきます。
 

全部自分でやろうとせずに 
手放せますか?
全部自分で富を得ようとせずに 
分け合えられますか?
 

そんな宇宙からの問いかけが
リアルに起こってきます。
 

リアルってことは
実際に行動できているかどうか。
というレベルで問われる 
ということです。
 

個々が個々としての 
雫になればなるほど
雫は雫だけでは小さな一雫。
うねりを生み出し、 
流れを起こしていくのは
人と人。
 

協力です。

===================================

短期間的変容は
『人生』『時間』『運命』

其れは、新たな道だ。

長期間的変容は
『癒し』『慈しみ』『受容』

其れは、土だ。

土だけでは、道は開けず
道だけでは、悪路で前に進めない。

土を整えてから道を開くか
道を開いてから土を整えるか

両方同時に行うか。

あなた次第。

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苦渋の決断をする 
ということは

それほどまでに大切な
何かが

二つ以上在ったために
産まれる感情。

そうだよね。
どちらも大事だよね。

あなたと誰か 誰かと誰か
会社とあなた

みんなみんな大切で
愛おしい。

本当に
全然どうでもいいことって
少ないのかもしれないね。

大切だけれど
身一つだから 
全部は出来なくて

だから 
苦渋の時ですら
わたしたちが 
発動できるのは

愛故なのかもしれない。

===================================

例え 
他の誰も
わからなかったとしても


何時もわたしは
わたしを観ている。

最上の理解者は
何時も自分で

全くもって
ほとんど無駄だとしか
思えないことの
積み重ねが
わたしを創ってきた。

人生の折り返し地点。
故郷にて
己を問う。

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

束縛があるからこそ、
私は飛べるのだ。

悲しみがあるからこそ、
私は高く舞い上がれるのだ。

逆境があるからこそ、
私は走れるのだ。

涙があるからこそ、
私は前に進めるのだ。

By マハトマ ガンジー

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幸せだと感じられないのに
愛されてると感じられないのに

無理矢理
『幸せだよね。きっと』
『感謝しなくっちゃね』
『愛なんだろうな』

と思い込もうとしても
無理なものは無理。

段々、 
本当に感じてることを隠して
違う答えを 
『理解』しようとする。

でも、 
それは本当じゃないよ。

感謝も愛も自然と
沸き起こるもの。

ホンモノを手に入れるには
先ずはニセモノを
捨てなくちゃ。

ガラスは
いつまでたってもガラスで
ダイヤモンドにはなりやしない。

感じている そのまま。
それが『貴方の状態』

状態とは、全く努力せず
ただ、そうなってしまう 
ということ

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みんなにね
伝えたいことがあるの。

人は誰でも
幸せになることができる。

自分の想像の範囲を
遥かに超える場所に
立つこともできる。

幸せになっていいんだよ。

===================================

【激辛口ゴメン!】

これからはお一人お一人が
覚醒していかなくては
なりませんよね。

サイキック能力も
サイキック能力者と
そうじゃない者
というのを作り出さないよう
 

それぞれが 
個々に開いていく 
必要がありますよね。

わたしは、 
サイキックに関しては
全くの無能力者でした。

そういう人が
己のサイキック能力を
開いていく為に、 
一番必要なのは
 

先ずは、変なプライドを
捨てることです

生まれた時から
凄い開いてる人は
益々開く一方なんです。

追いつけやしませんよ。

でも、     
人間の心理というのは
完全に最初から
負けが決まってる場合
 

他者との競争意識が強い場合
[同じ土俵に立つ]ことを
放棄することがあります。

そして、 
自身の能力を開くことに 
取り組まないものだから、 
始まらないし
それでいて 
劣等感は高まるばかり。

そして、能力者に偏見と 
怒りを抱いて斬り捨てていく。

斬り捨てないと
自分を正当化出来ないから。

さっさと変なプライドを
捨て去ることです。

一生負けでもいいじゃない♪

本当に競う相手は 
自分以外におらず
 

取り組むことで
過去の自分を
超えていけるんだから。

変なプライドに負けて
自分自身が、 
少しでも能力を開いて 
いく路を経つことだけは
幾度、同じ場面が現れても
選ばないかなあ!

自分の無力さと向き合って
歯を食いしばってでも
己と向き合うかなあ!

凄く才能豊かで
可能性があっても
活用しなければ同じこと。

他の誰かに観るものは
自分の可能性。

何時も。
何時でも。

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何が起こるか解らない。

社会システム自体が
大きく大転換していくだろう
この時代において

何に投資するのが
最善だと思いますか?

アジアの不動産?
貨幣の外貨預金の分散?
それとも、最先端の科学?
。。。。。。。。
。。。。。。。。

それもいいですけれど
最も投じる必要があるのは
自分自身です。

何処かのビジネスツールに
投じるという意味とは
全然違いますよ。

最期は、モノじゃない
お金じゃない。
資産じゃない。

身一つ。

身一つになっても
豊かさを発揮出来る創造力と
臨機応変に対応出来る 
ボディーが必須です。

その為には、あなたが、 
本当のあなたを思い出して 
発揮していくこと。
ボディーも覚醒していくこと。

あなたがあなたを現していれば
全ては巡ります。

===================================

近頃、ライトボディの 
もやもやが
心境、身体面など 
様々なところに
 

いよいよ、本格的に
影響出てきていると
思われる案件が増大中。
 

予測はしていたけれど
こういったことは加速する 
一方であると思われます。
 

特に、頭の上に
降って湧いてきたような
もやもやが、 
乗っている案件が多いです。
 

そうすると
何だかすっきりしない。
もやもやっとしている。
酷くなると頭が痛い。。。
という感じになります。
 

健康優良児代表の 
息子までそんな状態になって
数日体調少しだけ崩したけれど 
調整したから、 
とても軽く済みました。
 

似たような
頭の上に、もやもやを 
乗せてるのばかり見かけます。
 

そして、 
そういった場合調整すると 
今までのが嘘であったかの 
ように、
パッと霧が晴れるかのように
好転します。
 

そして、症状が消え去ります。
 

多次元的なメンテナンス
重要だわ〜。としみじみ。
 

健康って、大事ですね。
 

体調が悪いと、精神的にも
落ち込んできたりして
マイナススパイラルに 
入ってしまうから。
 

こういうのに対応していると 
 

これから、世の中の人の
体調って、 
どうなっちゃうんだろう。
 

と、しみじみ、 
これから更に加速する 
であろう現実の入り口 
序の口を、痛感しています。

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【待った無し!】

覚醒面も進み
現実面も進み
 

使命も 
もっと深淵なる使命に 
驀進しております。

このまま進むと数年で、 
やりたいこと全部 
やり切ってるかも 
しれないなあ。

今って、もう
時間的に進んでないよね。

意識によって進めていけるから

年取るとか寿命に関係なく
やり切って全うしていけるよね。

数日でも 
物凄く進んでしまい

何処までも進めてしまい
キリがないので
時々、休むか遊ぶかして 
進んでいくと無理がないと解り

遊ぶを増やし中。

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【何の為のスキルか】

スキルを得る動機は
人によって様々。

ヒーリング一つとっても
様々な動機があって
どんな動機でも良くて
それは、それぞれ自由に
活用して頂けたらと 
思っています。

ただし、 
プロとして提供する場合は
目線は厳しくなるかな。

ネーミング欲しさとか
肩書き欲しさとか 
安心欲しさとか

〈目の前の方が、好転する為の〉 
というのでは

全く違うんだよ!
何もかも。

わたしもスキルは色々 
持ってるけれど
見せるためじゃない。
安心するためじゃない。

使う為だ。

既にあるスキルを駆使しても
なお、どうにもならない時
『どうにかしたい!」
という想いが
 

新たなスキルを取得したり
新たなエネルギーワークを
生み出すきっかけ。

そういう動機はね。
みんな観て解るしバレるよ。

自信がないなら 
自分自身の存在に自信を 
持てるようにならなくちゃ!

能力やスキルではそこは、 
絶対に埋まらないのだから。

===================================

問題があるから
答えがある。

問題は
答えとセットだから。

答えだけの世界には
『何も無い』んだ。

問題の問いの答えは
外にはない。

答えそのものが
貴方なのだから。

===================================

【発芽】

受講生の皆様が
其々に発芽していく
最高の景色を眺め中♡

何十年も 
繰り返してきた苦しみが 
本当に〈終わる〉プロセスを
共に過ごせる喜び。

どんなに絶望していた人も

ほら

世界は必ず明けていくから。

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『チャレンジ』 
していく時です。

と先ほど受講生の方に 
文章を書いて
目に入ったのもこんな記事。

「何もしないで 
 後悔する後悔より
  

 やってみて後悔する 
 後悔の方が美しい。」

というモットーを 
若い頃から掲げて 
此処まで来てしまったなあと
しみじみ。

以前は、 
死ぬ際に後悔を抱かずに 
やる事はやった。
精一杯生き切ったと 
感じながら死にたい。

というのが
目標だったけれど

今は、 
人間を終える際に後悔なく
人間を味わい尽くして
 

やる事はやった。
人間をやり遂げたとして
人間を終えたいと思っている。

最期の人生。
幸せいっぱい、愛いっぱい。
触れ合える喜びと共に
全ての願いを叶えて
幸せに本気で生き切りたいな。

===================================

以前から気になって 
いたけれど、
それがもっと気になった 
なら『どうしたいか』

もう一度、問われていく。

進むには 
本音を必要とする 
かもしれない。

笑われるほどに正直で。
それでいて弱くて脆くて。

それでも、 
それが自分の本音なら
選んでいった時に

更なるゲートが開く。

===================================

既にはじまっている
今回の水星逆行は
 

逆行的な感じのみならず
人によっては
後退というよりも
むしろ展開していったり
発展していく要素を 
孕んでいます。
 

それはやはり、常日頃から
我と向き合っているか。
どうか。
 

そしてそもそも、その形を
発展を見定められるだけの
眼力があるかどうか。
 

ということに
かかっているようです。
 

前か後ろかというのは
平面的な捉え方で
 

物事を立体的に捉えて 
いる人は、
 

その材料が
何を構築していくのかが
よく観えるのです。
 

画像は
立方体の展開図。

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【継続】

スピリチュアルを
長年やっている。
ということの 
満足欲しさの継続は
全く意味がないけれど
例) 瞑想を15年やってます 等

そうではない
本物の継続は最強だと思います。

お仕事をしていると
数ヶ月でダイナミックな
意識変容を遂げていかれるので
何処までお手伝いさせて
頂けるかはその人次第。

覚醒には
一方通行の弁のようなものも
沢山あるので
何処まで行きたいかは
本当に人によります。

苦しかったり
問題があったりすると
何とかしようと思うもの
だけれど
 

楽になって問題もなく、
高次元的になって 
こだわりや執着もなくなって
何でもあり。 
というベースの上で覚醒し続け、 
 

自らに取り組み続ける 
というのは、 
簡単なようでいて 
難しいもののようです。

自信が無い人が
自信を持てたり
 

自分の答えが無かった人が
自分で答えを出せるのは 
良いけれど
 

自分が見えている自分。
自力自覚ゾーン、 
 

つまり
ほとんど顕在意識に
あがっていることにしか
取り組めなくなります。

個人的にわたしは
覚醒においての継続以外の
選択がなく
 

進む気しかないので
継続しないのは
どうしてなんだろう?と
不思議だったのですが

そういった場合
何かしら 
『やり切っていないことを
 経験としてやり尽くす』 
ために進まないようです。

スピードが速いことばかりが 
良いと言いたいわけでは 
ないけれど 
 

昨今、意識の開きは 
益々加速しており
意識の差異による言語の 
通じなさも益々加速しています

地球レベルで
物事を捉えている人は
 

自身の覚醒においても
人類の意識の変容においても 
全力で取り組むものだから
どんどん覚醒していくからです。

世界に愛を広げたいと思う
器のスケール感が大きいか
 

もっと自らの意識を
向上したいという
向上心や探究心。

自分が幸せになって
満たされた後に
更に望める力のヒミツは
この辺りが 
鍵になっていそうです。

===================================

家族って凄い。
 

自分が変化すればするほどに
自分とは比べられないくらいに
とてもゆっくりだけれど
 

でも着実に変化していて。
 

一生懸命にみんなみんな
努力している姿が微笑ましい。
 

母は、今、自分の楽しみを
見つけようと努力していて
それと共に、 
人間関係を広げようとしている。
 

会話もなりたたない
くらいだったり
失踪をしてしまったり
わたしのことが 
わからなくなるくらいの
精神の状態だった母。
 

当然、 
通常の人間関係を築くなど
夢のまた夢の状態だったけれど
それでも、再びチャレンジ
しようとしている姿をみると
 

人は何才になっても
いつでも変わろうと思えば
変われるということを
教えてくれる。
 

今からじゃ遅い。と思っても
時間を巻き戻す魔法は
今のところないから
 

だったら、 
今からやるしかないんだよね。
 

やらないでいたことを 
嘆く暇があったら
不器用でもかっこ悪くても
一歩を進めていくしか 
ないんだと、 
何時も気付かされる。
 

素直になれないのも同じ。
 

不器用で強がりなわたしは
素直になれない時期があって
 

意地はるのを辞める度に
力を抜く度に、
素直になる度に
何だ。こんなに
簡単なことだったのにな
と気が抜けて、何だか笑えた。
 

どんなことも
最初の一歩が一番重い。
 

やらないでいればいるほどに
素直にならないでいれば 
いるほどに
受け取らないでいれば 
いるほどに 
 

言い訳を積み重ねてきて 
しまった分に埃が積み重なり、 
自らの重りになっている。
 

そうして、 
重りを引きずりながら
重くしてしまった自分を 
責めたり 
 

重くしてしまったことを 
後悔したり 
 

誰かが何かしてくれることを 
期待しても、 
やはり何も起こらず
 

結局のところは
最初の一歩を
重さを感じながらでも
悔しさを感じながらでも
 

この時点で 
こんなことしか出来ない自分に
敗北感を味わいながら 

でも
 

それでも、 
『今』からやるしかないんだ。
 

母は今、69才。
69才のチャレンジ、見守ってるよ。

===================================

【伝えること】

相手に寄り添うことは
大切だけれど

寄り添いすぎて
本当に言いたいことが
言えてなかったり

本当にやりたいことが
出来なくなるのでは
本末転倒。

ましてや、 
気に入られようとか
よく見せようとする 
エネルギーがのると
 

上辺だけ飾った感じになって
眼に入ってこない。
ましてや、心には響かない。

奥まで到達しない。

『わからない』を
相手に与えることを 
嫌わなくていい。

全部わかりやすくすれば
良いというものでもない。

決して失ってはならないのは
中心から発しているかどうか

自分が主体で
思いが乗っていれば
わかりにくくても
 

それでも、何でも  
訳がわからなくても
心には響くし、届くものだ。

よく、
文章をどうやったら上手く
書けるようになるか相談を
受けるけれど

『そもそも上手く書こうと思わない』

時に、想いが綴れて
他者に上手いと評価されて
しまうことが副産物的に
起こるのではないかと
そう、思うのです。

===================================

先ほどの続き。
課題を超えてしまうと
 

その課題は終わりなので
次の課題が訪れる
 

課題が超えるスピードが 
はやくても
 

今は、課題が来るのも 
はやい(笑)ので
次々色々なものが訪れてくる。
 

***********
 

課題が片付く

ふう〜。と一息つく間もなく
次の課題とか着手すること 
がみえる

課題が片付く

ふう〜。と一息つく間もなく
次の課題とか着手すること 
がみえる

課題が片付く

ふう〜。と一息つく間もなく
次の課題とか着手すること 
がみえる
etc….
 

これが、超絶スピードで
行えちゃったりするので 
きりがない(笑)
 

どこまでも 
進めちゃうよね。いま。
 

さてさて。 
クリエイションしたいことがある
幸せを感じつつ、味わいつつ、 
楽しんでいきましょ♪

===================================

問題がないと
進んでしまう。
 

止まるよりも
進んじゃった方が
楽だったりする感じは
 

適度にスピードがのった
スキーに似ている。
  

***********

問題特になし

ただやるだけ

進む

問題特になし

ただやるだけ

もっと進む

問題特になし

ただやるだけ

もっともっと進む 

===================================

自我は
『自分はこんな人間である』
ということには興味があるが


『自分は何者でもない』
ということには大抵興味がない

もし、興味があったとしても
『何者でもない自分』
という 
 

新たなカテゴライズが欲しい 
というのが動機だったりする

アイデンティティーを
固めていくのは好きだけれど
手放していくのは容易ではなくて

チャレンジ精神旺盛な人でさえ
『壊す』ことには尻込みする。

解ることは好きだけれど
解らないことは好まれない。

新しくなるとは創造だ。
創造とは、破壊だ。

解らなくならないと
新たな創造など起こらず
 

何者でもなくならないと
同じアイデンティティーを
彷徨うているだけ。

何も無い そこには
呼吸の音だけが
鳴り響いている。

===================================

『これができる』 
っていうことを
ちゃんと知ってるということは
 

『これができない』 
っていうことも
ちゃんと知ってるということです。

===================================

当たり前の中に潜む光。

空が青いとか
木が伸びるとか
太陽が眩しいとか

そういった当たり前に
美しさが潜んでいます。

貴方が貴方でいるのは
貴方だから出来たことで
他の誰も出来ないこと
なのです。

貴方も他の誰かには
なれないし
他の誰かも貴方には
なれない。

たった一人の
たった一つの個性を
たった一つの貴方を

知れば知るほど
輝かせれば輝かすほど
存在として感じれば 
感じるほど

何者でもない
何も知らない
プラスもマイナスもない

ただの空っぽが
存在するのです。

充実した空っぽが
奏でる音楽は美しい。

何故なら、短調も長調も
フルートもコントラバスも
アンダンテもアレグロも
全てを奏でられるからです。

===================================

これからは
『今という幸せを満喫しながら
 望みを叶えていく時代』
 

望みがある 
ということ自体が
既に幸せなことだと 
知りながら
 

幸せを感じながら
願いを叶えていく時代。
 

恋愛や家族問題で 
悩めること自体が、 
既に衣食住の問題が解決 
された上に成り立っていて
 

その悩みを抱けることが
既にたくさんのモノがある 
上に成り立っているのだと
感じられて
 

それでいて
恋愛や家族問題、更には
自己実現に対しての
目の前の課題に挑戦して 
超えていくことができる
 

そんな 時代。
 

成長できるって、
凄いことだね。
愛を知っていけるって、
幸せなことだね。
生きてるって、キセキだね。
 

この先、 
どうなっていくか
不安なことも 
囁かれているけれど
 

わたしは、 
もっと幸せになっていく 
としか思えない。
 

もっと、 
世界が愛に満ちていくとしか 
思えない。
 

死ぬ時は死ぬ時だ。
間違いなど、起こらない。
だから、安心して 
死ぬまで生きていればいい。
 

どうなるか。じゃなくて
どうしたいか。だと思うんだ。
 

どうしたいか。
それが、答えだ。

===================================

使命を生きれば生きるほど
深淵なる使命に誘われる。

留まることを知らずに
もっともっと奥へ。

深い深い私の望みが
叶えられていく。

皆が望みを叶えて
観たい夢を観ていく景色を
眺めるのが私の夢。

わたしの独自の叡智を
使ったプログラムが
新たに生み出され開発されて
いく流れとなっている。

基礎コースである
ライトワーカー育成プログラムの 
後に受けられる内容。

受講者がすぐに実際に
活動に移せること
  

伝授内容に含まれる
わたしの叡智と経験により
経験の少ない受講生でも
活動に確信と自信を持てること
 

伝授に含まれる
自立・育成サポート型 
システムにより、 
このプログラム受講後も
受講生が成長をし続けることが
開発される 
 
 
新たなプログラムの 
大きな特徴となる。

如何に空っぽになれるか。
如何に真っ白になれるか。
無価値だと思えるほどに
自分の全てを惜しみなく
全力で世界に出せるか。

それが深淵なる使命に誘われ続け
発展し続ける唯一の方法。

もっと、真っ白になれ!わたし。
もっと、空っぽになれ!わたし。
もっと、筒になれ!わたし。

それが、最も
己を現しているということ
そのものなのだから。

===================================

無事日本に
帰ってきました♡

自分の超え終わったことを
再確認しながら
助け合いや触れ合いと共に
全てはわたし。
全ては愛であることを感じた
旅でした。

帰りの飛行機では
ウガンダに6年前から
現地入りして
ホテル事業を展開している
オランダ人の方が隣の席に 
なりました。

私はさっぱり英語が
話せないので
テレパシーを駆使して会話。
英語が話せなくても
テレパシー使えればかなり
楽だなあと内心思いながら 
熱く語り合いました。

彼女は言いました。
『本当に大切なのは、 
ただ、食糧を支援するということ 
ではなく、
彼らが自立して、 
仕事をしてお金を稼ぐことだ。』と。 
 

『意識を変えて 
 いかなくてはならない』と。

ウガンダでは、まだ多くの人が
仕事がなかったり、 
家庭がなかったりしていて、 
 

家族が殺されてしまったり
することにより、 
心は荒み、食べ物も盗んだり 
しているそうです。

それほどまでに、 
痛みを負っている人たちの 
心を変えていくのは
並大抵のことではなく
大変苦労されているようでした。

分野は違うけれど
わたしの方針も同じ。

リーディングも 
チャネリングも一方的に 
誰かにしてもらうだけでは
依存を生みます。 
 

自分のことは自分でわかり、 
自分で自分の真実が 
わかっていった時に
他者のアドバイスを
活かすことが出来るのです。

知りたいことに答えるのは 
簡単です。
やってあげるのは簡単です。
 

でも、 
答えないことでしか
やらないことでしか
その人自身が成長するという 
ことにはなりません。

本当の意味での育成とは
例え時間がかかっても
その人自身が
自分の力を身に付けることです。

彼女は 
『世界を変えたい。 
 とても微力だけれど』
と言ったので 
 

『貴方の一粒の雫は大海を創り出す』
と私は伝えました。

世界を変える。というのが
わたしの重要なキーワード。

世界を変えるライトワーカー
が集ってきています。

内側から。
外側へ向けて。 
 

どちらか片方ではなく
そのどちらもがある時
世界は動き出します。

連動して鼓動を波打つように。

雫たちが集って
自分を生きた時
真の協力と共に
世界を変える川となります。

さあ、英気を養い
白紙になったところから
何を創っていこうか。

心から信頼出来る
愛する仲間と共に。

===================================

【微力】

微力さを感じる時が 
あります。

人一人のわたしが 
成せることは
とてもちっぽけな 
一滴の雫。

とてもとても 
小さいけれど
でも、無力じゃない。

大海も、 
小さな雫の集まりで 
出来ています。

微力さを感じる時
それは
 

【『人一人』を感じて
 もっと愛を広げたいと
 思っている時。】

===================================

朝日は必ず昇る。

どんなに遊んでいても
完全に忘れ去ることは
出来ないし

想いを掻き消せなくても
それでもいい。

不安もなくならないことも
あるかもしれない。

大丈夫という言葉さえ
気休め過ぎて
とても薄っぺらくて
安易に聞こえる時がある。

どんな言葉も安易過ぎて。
心配されても鬱陶しくて。
解ったふりは見飽き過ぎて。

うんざり。

何もかもが
そういう風に思えてしまう
こともある。

感謝から
程遠い日々を送っていても
それでもいい。

泣き腫らして
目が腫れちゃっても
それでもいい。

それでも、夜は明けて
朝は訪れる。

必ず。

例え、今は朝が来るとは
信じられなかったとしても
それでも、朝は来る。

===================================

【33】

丸一日で
33という数字が
3回訪れました。

飛行機の座席番号が
連続で 33番で

トルコに入国で
33カ国目の方に
お会いしました。

数としての33は
三十三間堂や
三十三霊場が意味する通り
 

霊的な意味合いを現し
見返りを求めない
無償の愛を意味する
菩薩を象徴する数。

どうか、その役目が
全う出来ますように。

===================================

なーんだ。
こんな時でも笑っていいんだ。
 

こんな時でも楽しんでいいんだ。
 

こんな時でも遊んでいいんだ。

震災のことばかり
考えなくてもいいんだ。

そんなことを
身を以て体現したいな!

こんな時に不謹慎だわ!って
思われるくらいに
枠をはみ出して遊ぼうと思う。
タブーに挑戦しようと思う。

思い出して。

現実が先じゃない。
意識が先。

心配したり考え続けたり 
するのを終わらせても
いいんだよ。

もし、 
何も出来ない無力さを
感じるならば
終わらせることが出来ます

1番の仕事は、自分の中心に
喜びの意識に戻ること 
なのだから。

===================================

イスタンブールに来て
思ったこと。

皆、真剣に生きてる。

ドーハの空港でも
日本の熊本の地震がニュースに
なっていました。

それと共に
近隣諸国の血生臭いニュースが
日常レベルで多発しており

今年に入ってから
イスタンブール トルコ自体も
幾度も自爆テロが起こっていて

先日テロが起こった 
まさにその場所で
お祭りが開かれているのを
見かけました。

事件や事故や災害。
やりきれない思いや
いつ命を失うかもしれない
不安はありつつ

でも、 
だからこそいっぱい笑って
懸命に目の前の毎日を生きる。

この力強さは
生きるという逞しさなのだと
感じています。

死を直視したとき
生きることも観える

真剣に生きれば生きるほど
遊ぶことにも笑うことにも
全力。

外側の事象に左右されず
ブレずに自分を生きること
 

涙を拭いて前を向く力強さ。

そんなことを
この国は教えてくれます。

イスタンブールから送る 
一斉ヒーリングは
イスタンブールの風を
送らせていただこうと
思っておりました。

詳細は
☆外側の事象に左右されず
 ブレずに自分を生きるエネルギー
 

☆涙を拭いて前を向く 
 力強さのエネルギー
 

☆喜ぶことに罪悪感を感じずに
 心から喜べるエネルギー。

の3つにさせていただきます。

今回の熊本の一件で
二次的に不安や恐怖を 
感じられている方も
いらっしゃったり

311の時もそうでしたが
喜びを感じることの
罪悪感を感じる方も
いらっしゃると思います。

イスタンブールからの
一斉ヒーリングは
内容を一部変更しして 
お送りさせていただきます。

ご必要な方に届きますように
シェアをして頂けると嬉しいです。

===================================

【スピリチュアルな仕事
 これからの展望】

愛のスケールが大きい
スピリチュアルティーチャー 
であれば、
同じことを言うだろう台詞。

型のあるヒーリングは
ちゃんと習って指導されれば
誰でも出来るようになる。

技が出来るようになることと
その人自身がどんな人であるかは
全く別物だ。

だから、人間自体を
その人自体を育てなければ 
ならない。と。

これは正直手がかかる。

ぽんぽん、技だけ教えてた方が、 
儲かるし、時間もかからないし
嫌われない。

楽チンだね。

でも、それだとその人の先々は
見えている。

特に覚醒要素のある
ヒーリングを取り扱う場合

【商品(ツール)と、その人の一致度】
それが、覚醒ということになるので
誤魔化しが効かない。

覚醒を取り扱うなら
自分が覚醒するしかない。
生身で勝負するしかない。
 

上辺だけでは
どうにもならなくなる 
時が来る。

とても、シンプルだ。

癒しだけでなく 
覚醒要素の技をずっと 
使い続けて仕事にする為には
 

自身が全力で覚醒すること 
以外に方法はない。

===================================

二極の終焉。
 

こちらは愛で
こちらは愛じゃない。
 

指導者がずっと偏った愛で 
育て過ぎてしまえば
受け取る側もまた 
偏ったままの概念が愛だと 
誤解し続ける。
 

偏りは、二極で形で固定で
愛の一部を愛と言っている状態。
 

偏りがなくなればなくなるほど
二極から脱却していけば 
いくほどに
 

すべてが愛ということを 
真に知っていく。
 

それでいて、
『愛か愛じゃないか』とか
『わたしは、こういう人間だ』  
といった
固定的アイデンティティーや、 
固定的愛で生きなくなってくるので
 

『全ては愛でありながら、 
 今の自分の好みはこちら』
というように、 
愛を限定したりはしなくなっていく。
 

そうなってくると。
右と左。右を与えられても、 
『ああ、愛されてるなあ〜』
と感じるし、 
 

左を与えられても 
『ああ、愛されてるなあ〜』
と感じるようになってくる。
 

逆も然り。
右と左。右でも左でも、 
どちらでも愛を与えている 
ことには変わりない。
 

だからといって、 
人間的感情がなくなる 
わけではない。 
 

人間のまま、 
愛を知っていくのだから。

===================================

ありのままの貴方で 
素晴らしい。
肯定は包む母性の優しさ


そのままの貴方ではダメだ。
否定は成長の父性の優しさ

どちらも、愛なんだよ。

第一関門
どちらも愛だと 
受け止められるか。

全ては愛として生きる 
指導者であれば
段階によって
ある一定のフェーズまでは
母性を使って存在としての
肯定感をあげていく。

存在としての肯定感が
あがってきたら
父性を巧みに使って 
成長を促し育む。

母性から父性に
切り替わる時が関門

関門を突破し
受ける側で、両方が愛だと
真に受け止められたら

第二関門
次は提供する側としての 
在り方が問われる。

好かれようとしていては
厳しいことは言えない。

どちらも愛だとして
相手の課題に踏み込めるか。

しかも、 
相手が気付いていない課題に 
踏み込めるか。

相手が気付いていない
相手の課題に踏み込むことで
起こりうる予想は
抵抗と反発だ。

だから、真に 
スピリチュアルティーチャー 
として生きる時
それは、反発を与えることだ。
と教えられる。

この辺りのことが出来る人は 
世の中でも極少数だ。 
 

何故なら、母性を使って
『そのままの貴方でいいんですよ』
と言い続けておけば
 

クライアントは気分が良いし
反発なんて面倒な目にも合わず
好かれて仕事になるからだ。

手を焼いてあげて 
与えることも愛だ。
しかし、時には突き放す 
ことでしか
他者の成長が起こらない 
ことがある。

目の前の方にとっての
最善の愛を与えることに尽くす。
 

求められたことに対して
与えることも愛であり
与えないことも愛である

どちらも愛であることを
体現していく。
 

それが 
スピリチュアルティーチャー。

===================================

精神障害の
原因の多くは霊障です。

霊障をつけないと
生きられないほどに
自らの力を失い
傷付いている状態なのです。

薬では良くならない。
閉鎖空間に入れても 
良くならない。

彼らに必要なのは
【癒しと愛】です。

===================================

望む未来を 
クリエイトしていく喜び。
未知なる未来を楽しむ喜び。


どちらも
愛おしく愛おしい。

クリエイションが 
さっぱり上手くいって 
いない時は、
思い通りを求めるけれど

クリエイションが 
回ってくると 
【未知さ】が面白い。

未知要素と遊び要素が
創造性に更なるエッセンスを
加える

===================================

【カルマと時間】

わたしの仕事はある意味
〈時間短縮〉の
提供ともいえます

何十年かかっても
どうにもならなかったこと。

それを解いていくのであり
それを解いたということは
これからの人生の何十年が
違う人生になるということだから。

何を短縮したかは人によります。

家族の歪み合いなのか
パートナーとの戦いか
自己否定からの脱却か
自分のしたい仕事をすることか
etc…
 

時間短縮したい人は
ループを終わらせる決意と 
覚悟と共に会いにおいで。

全ての材料は取り揃えてある。

遠隔で受け取れるものも
あるけれど、 
わたしたちは人間だ。

触れ合うことでしか
受け取れないものがある。

本日はどんな出会いが
あるだろう。

===================================

『ギャップ』
 

あれも、これも
色々なことをやりたくて
やりたくて、やっていて
叶えたくて、叶ってて
とっても順調なんだけど
 

それでも、 
もっと前に進みたくて
 

そんなとき
〈ギャップ〉を感じることが 
あります。
 

それは、苛立ちとして
感じられることが多いです。
 

もっと、前に進みたい意欲と
真面目さと情熱が
苛立ちを生み出しているのです。
 

それは苦しい感じもするけれど
とても幸せなこと。
 

だって、それほど
大事なことがあるって 
ことだもの。 

だって、それほどに
待ちきれない未来がある 
ってことだもの。
 

大事じゃなくて
どうでもよかったら
そんなに苛立ったりは 
しないから。
 

自分には、 
大切に感じることがあるんだと
強く強く望めるものがある 
ということ。
 

ギャップへの苛立ちが、 
その証。
 

苛立ちを感じる
自分はダメだと否定したり
感情を押し込めたり 
していませんか?
 

確かに本当に癒されていくと
劇的に頻度は減るし
 

感情自体を楽しめるような 
感じで、
一時感じるだけで
ずっとそれに囚われたりは 
しなくなります。
 

だから、 
本質的な変容に 
取り組んでいくことは 
大切ですが
 

でも、 
怒りという感情自体は
とっても大切な感情。
『自分が何がしたいのか』
を教えてくれているのです。
 

どの感情も、奥を辿ると、 
いつも、そう。
 

いつも、感情は
何がしたいのかを教えてくれる
あなたの味方なのです。

===================================

一生をかけて
何をするか。

この一生をかけて
成したいと思えることに
出会える喜び。

成していくプロセスが
既に喜び。
 

そうまでして
成したいということに
出会っていることが
既に歓喜。

国王からも爵位。日本人「ニシオカ」はなぜブータンで国葬されたのか?

===================================

フリーダムディスティニーの
商標登録完了しました♪
 

さあ、これから
船が発進していくよ。
 

新しいセカイをつくる
仲間たちと一緒に。
 

現在、ブログとHPの全てが
連動、連携して作成されて 
いっており 

色々な人と連携して、  
モノをつくる
楽しさを感じています。
 

そういった現実的なことにも 
取り組みつつ
 

グループテレパシーなどを 
盛り込んだ
オリジナルの講習を作成中 
でもありつつ
 

エネルギーレベルで
オーガニックな組織形成 
もしていく。
 

それを行うために
沢山の人の協力があります。
 

わたしには
既に、素晴らしい仲間がいて
 

これから、 
もっともっと 
増えていくことを思うと
幸せで胸がいっぱいになります。
 

本当に
有り難い。
有り難いなあ。
 

みんな、いつも、いつも、ありがとう

===================================

【過去と未来】

過去生に興味があって
その一つに取り組む人を 
見かける。

時間をタイムラインという 
感じで認識すると
確かに過去の方が
取り組みやすいのだろう

ところが、すべてが
今に集結してきているので

過去と未来が今に
影響を与える割合が増えている。

逆に今の私たちが
過去と未来に影響を与えられる
ともいえる。

最近、 
原因不明の体調不良などの 
ケースでは、
過去生だけを見ていては
対応出来ないケースも 
増えている。

未来に取り組むことで
症状が良くなるということが
起こっており

多次元的な対応が出来る
一部のヒーラーさんの中では
常識になってきている。

常識は、 
刻々と変化してきている。
今までの常識が直ぐに、古くなる。
 

ハイヤーセルフと繋がる?
それでは、安定しない。

最先端の医学事情があるように
最先端のライトワーカー事情がある

自動バージョンアップ機能が 
あったり、
多次元的に取り組めたり
 

本質的な変容と覚醒を推し進める
そういった要素のあるエネルギーを
LOVINGと呼んでいる。

ヒーリング業界も
これからは、もっとLOVINGが
主流になっていくだろう。

過去と未来は集まってきている。
濃縮された今をどう生きるか?
濃縮にどう対応していくか?

選択は、それぞれの手に
委ねられている。

===================================

【扉と鎖】
 

どの扉も
いつも、閉ざしていたのは
自分なのだと気付く。
 

いつだって、 
そこにあったのに
手にしなかったのは他ならぬ
自分自身。
 

人生が上手く行かない原因 
である囚われの鎖もまた同じで、 
いつも、縛っておきたいのは 
他ならぬ自分自身。
 

もっとやっかいなのは
『無自覚の鎖』で
これは、 
本人が気付いていないから
鎖と同一化してしまっている。
 

扉でも、同じこと。
扉自体が自分自身。
 

だから、人生における自由とは
他の何かからの自由ではなく
 

己からの自由だ。
 

鎖も扉も。
それは、大抵
罪悪感から形成されていて
深層意識の奥にまであり
多次元的に、散らばっている。
 

わたしがエネルギー的に 
罪悪感をかき集めるとき
今世だけ。とか前世の1つだけ。 
とかが
 

いかに、幾多の数の中のただ、 
1点であったのか。
と感じる。
 

ここで、 
『頭で認識できるかどうか』
というところしか、 
取り組めない人は
ストップする。
 

なぜなら、何百も、何千も、 
何万もある中の 
点に取り組むことしか 
出来ないからだ。
 

鎖も扉も。
頭で認識できる領域を超えて
取り組むことで
解き放たれていく。

===================================

昨年秋頃から
ハッキリと類は友を呼ぶ
が顕著に現れている。


正確、不正解は
存在しないけれど
どんな体験を望んでいるか。
によって、   
集まる人の質が異なる。

わたしが向かう覚醒の方向は
幸せと覚醒が 
一致している方向だ。

どん底はココだと
自分で決めて
後の人生はどんどん幸せに
なっていくと決めている
私ならではの答え。

全ては愛でありながら
決して当たり前ではない
今の状況。
今周りにいる人や環境が
本当に有難い。

自分にとっての幸せを
追求し続けるのは醍醐味だ。

幸せは、楽と一致しているか
というと、わたしの場合は
そうではなかった。

幸せを追求するということ 
自体が、 
幸せの許可
愛を受け取る許可
光を受け容れる挑戦
自己の成長という課題に 
直結しているからだ。

とことん
幸せになろうって思う。
世界のためにも。

世間一般の幸せや
スピリチュアルで覚醒した 
人がなりそうな感じ 
(無欲に生きている)は
素晴らしいと思うけれど
わたしにとっての道ではない。

誰に何て言われてもこの道を
進むとして歩んできたのに
 

近頃は、説明もさほどしなくても
わたしの生き方に共鳴してくれたり
応援してくれたりする人ばかりに
出逢っている。
そういう風な人しか周りに居ない。

今だから、そうなだけで
前はそうじゃなかった。
 

世界の全てから否定さて
お前は違うと言われたことも 
あった。

全世界からの否定。
それでも、消えない光が 
 

広がる光だ。

全世界から否定されて
諦めたり、消える光は
単に光じゃなかっただけのこと。

絶対に消えない灯火は
今も心の中に。

===================================

指導させていただいている
ヒーラーさんや、 
セラピストさんに
よく言うわたしのセリフ。
 

こうしたら、 
もっとクライアントさんが
来るかなあ〜?
 

どうしたら、 
もっとクライアントさんが
来るかなあ〜?
 

ブログの書き方?
集客のターゲット?
etc etc….
 

そういうのを、 
もう、ぜーーーーーーんぶ
手放しちゃった時に、 
クライアントさんは来るよ。
 

って何時も伝えています。
 

だって、 
好きなことしてないじゃん。
クライアントさんに
気に入られようと 
してるんじゃん。
 

だから、等身大の自分を 
出せてないんだよ。 
 

出したらどんどん 
嫌われちゃうかもね。
どんどん変人って 
思われちゃうかもね。
 

でも、 
ホントの自分を出せたら
それが、好きっていう人も 
必ずいるんだよ。
 

クライアントさんに 
寄り添う力も大切だけれど
主体は、自分がやりたいこと 
やってるかどうか。
というところが重要。
 

もっとワガママに。
もっと好き勝手に。
 

自分が進化しちゃったら
やりたいことや内容も 
進化しちゃってるので
それは、そのときの 
やりたいことやって
出来ることをそのまま 
出せばいい。
 

ここに関しては、わたしも、 
人のこと言えないなあ。
 

進化しちゃって、 
自分の想像以上に人間離れ 
した技とかが、 
色々出来るようになっちゃった 
自分を出すのが
一時期とっても恐かったもの。
 

等身大って、難しいね。
自分の今の力量の等身大。
 

進化が猛スピードで進む中
どんどん進化していく自分を
受け容れていかないと
あっという間にズレた感じに 
なってしまう。
 

さあ、4月に入ったけれど、 
準備は整ったかな?
 

もっと自由に
もっと遊ぼう♡

===================================

これが手に入ってからこれ。
そんな風に順番つけて
遊ぶのもいいけれど
 

全部全部、やりたいこと
同時に手をつけちゃっても 
いいよね。
もうやりはじめちゃっても 
いいよね。 
  

『同時進行』 
しちゃってもいいよね♡
 

まだ、わたしには 
ちょっぴり早いと思えることも
まだ、先だと思っていたことも。
 

すべてにおいて
すべてのジャンルの 
望んでることが
どんどん叶っちゃっても 
いいよね。
 

宇宙に向かって打った球が
どんな風に帰ってくるのか。
 

いっぱいいっぱい 
帰ってきているけれど
他の球はどんな風に帰って 
くるだろう。

===================================

一斉ヒーリングを
明日に控え
既に様々な思いを
感じています。

裏切られた哀しみ。
すれ違いの痛み。
引き裂かれる思い。

心を開いた相手だからこそ
痛かったね。

好きだったから
苦しかったね。

痛みも苦しみも。
全部、全部、解けてゆけ。

===================================

創造するとき、わたしは
深い深いわたしに潜る。

いのちという混沌の中から
産まれる息吹は、とても尊い。

それは、 
息吹こそが生きている 
ということ
そのものだからだ。

闇が闇のままで、
光が光のままで 
いられないのは
 

生きているから。

何も制限の無い中から
生まれるものは何だろう。

最も利己的な願いに思える 
ことが
最も奉仕的なことと 
一致している。

===================================

短絡的な目線だけでは
人生に太刀打ち出来ない
時代が訪れている。


長期的な目線。
長期だけれど
固定された長期ではなく
流動性に帯びている 
長期目線。

これを持っていないと
自分自身に翻弄される。

移り変わりが
激しくなればなるほどに
不安定ということそのもの 
自体にアンカリングが 
入っていないと
自分に飲まれる。

一度決めた目的地は
目的地を変えなければ
順番や方法は違っていても
辿り着く。

===================================

生かされている。

そう、最も感じるのは
他者がわたしを呼び出す時だ。

呼び出されてわたしは
はじめてわたしを発揮する。

弱くて、脆くて
情けないわたしだけれど
呼び出されている時のわたしは

寸分の狂いもなく
パーフェクトに仕事を行う。

宇宙よ。
わたしにとてつもない幸運を 
お与えください。
人々が自分の幸せをもっと 
願えるように。

宇宙よ。
わたしにとてつもない祝福を 
お与えください。
人々が賛美し合うほどの栄光に 
包まれて生きることを 
望めるように。

宇宙よ。
人々が自分の幸せを望むことが 
世界の幸せに繋がっていることを
知らせてください。

===================================

【覚醒時の悩み あれこれ】

どうしても変わらないという 
『変わりたいのに変わらない』 
という悩みもあるでしょう

ところが、 
わたしが指導している人は
同じ状態で居続ける人が 
居ないので、 
半年、一年経つと別人に 
なってしまうため、 
 

変わらないという
悩みは存在しないのですが
別の悩みが発生します。

それは 
『どんどん進化してしまって、 
 一般の人と乖離していって 
 しまう』というものです。

だからと言って以前の 
精神状態やエネルギー状態の 
自分に戻る気など無く、
 

魂の進化欲求を止められる
ものではありません。

例え、誰かと一緒でなくては 
ならない。というような
思考状態にはなかったとしても
 

人間ですもの。
覚醒していったからといって
悩みが消えるわけではありません。

ところで話は変わりますが
悩むという行為には愛がある。 
とわたしは思います。
以前は悩むことを嫌っていました

思考ばかりして悩んでばかりだと
辛いかもしれませんが
 

そういう状態を逸脱して
基本幸せ。という庭で行われる
悩みは、 
 

とても人間らしく奥深く、 
悩みそのものが 
真理を現していることも
よく、あるものです。

悩みを辿ると
高きは低きであり
マクロはミクロである
ことを体験している最中であり

愛故に起こっているのです。

===================================

『出来ない』 
と思っているから
不満が湧きます。
 

『叶わない』 
と思っているから
不満が湧きます。
 

今在る愛を見出し
全部出来ると 
知っているとき
 

不満は消失します。
 

宇宙と一体である 
ということを 
体現していけば 
いくほどに 
 

本当のわたしを知るのです。

===================================

【順番】

高次元を使えれば 
使えるほど
12345678910….
というマインドで
予測出来るような順番ではなく 
 

739というように
ランダムに事が運ぶことを
受け取れるようになってきます。

通常ならどう考えても
後から来そうなことが、
 

先に届いてしまうのです。
どの扉も今同時にあるという 
感じでしょうか。

最初は戸惑いますが
慣れてくると
上手く対応出来るように 
なってきます。

例えば、 
幾つかのことを望んで 
いたとします。

こっちが先かなと思って
それに取り組んでいると
随分後でないと 
来なさそうなものが来て 
しまうのです。

そういった動き方は
通常の見方では
無駄な動きに見えたり
意味不明ですが
 

振り返ると 
全く無駄な動きが
ないことに気付きます。

ここ最近も、 
後回しにしていたものが 
先に入り、
もう少し後。
と思っていたものは
直ぐに手に入ることと 
なりました。

必要な状況、ツールなどが 
ランダムに入ってきています。

更には、 
現実化が物凄く早いため
待った無しレベルで
『こうしたいです』
『あります』
ということが起こり続け 
 

スパイラルフラワーオブライフの
組織形成をすると思っていたら
あっという間に探す間も無く
見つかるということが起こり
 

エネルギーレベルで
オーガニック組織をつくれる
具体的な手段を得ることに 
なりました。

それに、オリジナルの
スピリチュアルティーチャー 
育成プログラムの材料も 
手に入ったので
そのプログラム作成も直ぐに 
出来そうだし

ブログで 
何をテーマに書こうか 
とか思ってたら
 
 
兼ねてからやりたかった
シャーマニックな
ストーリーテラーとして
天門道を使って読み手が 
その時々で真実を知れるような
文章が書けるように 
なっちゃったし。

結局、 
『いつかなりたいなあ(=´∀`)』
と思っていたことが、一気に
全部出来るようになってしまい

嬉しい悲鳴状態です
(⌒-⌒; )

そして、 
オーガニック組織形成の
準備が着々と進み
わたしは、どうやら急遽 
旅に出なくてはならない 
ようです。

何よりも最優先で
やらなくてはいけないことは
いつも、自分が知っています。

===================================

誰かにとっての光は
誰かにとっての闇
 

誰かにとっての闇は
誰かにとっての光
 

これが光か闇か 
ということを決めるのは 
自分以外にはない
 

1つの人生において
人生の中での明暗は 
コントラストとなり
 

どちらであっても
その人の人生という絵を 
美しくする
 

でも、 
それは1つの人生目線。
 

わたしの場合は
わたしにとっては闇で
他の人生が埋め尽くされていた。
 

今世もまた、 
途中までは闇しかない 
絶望の中で。
 

他の幾千、幾万、 
幾億の人生が闇で覆われて 
いたからこそ、
 

今世の1つの人生の残りは
わたしにとっての光で生きると 
決められる
 

たった1つの。
特別など存在しない世界での 
特別。
闇からの逆転とキセキ。
 

幾億の中での自分にとっての
『たった1つ』
それを、真に体験したときに
 

すべての闇も光に転じ
すべては愛であったと 
わかるのだ。 
 

たった1つのための、 
すべてであった。 
 

あらゆる絶望も 
苦しみも何もかもが
このためであったのだと。
 

この地球で
人間というフィナーレを 
どう生きるか。
 

全ては、個々の手に。

===================================

どちらにしても
今までと同じ人間のままで
地球に留まるということは 
できない。
 

新しくなっていく以外に
留まるという選択もあるけれど
その場合は地球から去ることになる。
 

どちらにしても
今までと同じ
人間のままではいられない。
 

選択は各々自由だけれど
それでいてひとつ 
共通していることがある
 

それは 
確実に生きるということは
死ぬということだ。
 

死を見ずして
生きることは出来ない。
死を直視すればするほどに
当たり前ということなど
何一つ存在せず
すべてはキセキであったことを 
真に知る。
 

どの体験も
かけがえのない財産だから
苦しみを見守ることも愛だし
闇の中で、もがくことを 
見守るのも愛だろう。
 

しかし、同時に
時は刻々と迫っており
わたしたちは 
ずっと同じことを 
繰り返していたことを
終わらせていかなくては 
ならない。
 

わたしの役目は
『心残り』を終わらせること
カルマを終わらせること
 

幾度も幾度も叶わなかった
願いを叶えること
 

それは、心残りがある人間が
新しい人間になるための
必須項目である。
 

そして、 
人が真に幸せになるための
必須項目である。
 

それでいて
依然、世界のほとんどは
心残りで、出来ていた。
 

親しみやすく 
フレンドリーであるわたしで 
いたけれど
 

ここからは、 
それだけではいられない。
 

なぜなら
幾度も幾度も 
過去生から何千回も何万回も
繰り返してきた願いを叶える 
という役目は
キセキと呼ばれるからだ。
 

人間は、キセキには
親しみやすさを覚えないものだから
親しみやすいわたしを、わたしは失った。
 

でも、それでいて
全く新しいわたしになることに 
動じないため、再生慣れしている 
自分を感じる。
 

今日から、2日間。 
ブレイクタイム。
新しい幕がはじまっていくための 
幕間。

===================================

目の前の人が
自分にとっての真実を
明らかにするという
ことだけを目的として
話すという行為を行った時

わたしという
人間のわたしはいない。

完全なる自我の消滅において
わたしは、わたしの口を
わたしは、わたしの声を
宇宙に委ねる。

いつだったか
『神の楽器として音色を奏でる』
という啓示があったが
このことであった。

わたしは
わたしの消滅によって
筒となり、宇宙の楽器となり
宇宙の真理という音色を奏でる。

===================================

しあわせなせかいのつくりかた
セミナーへのご参加
ありがとうございました♡


個性溢れる表現を
いっぱい拝見出来て
とても幸せでした。

今回、実はわたしにとっても
大きな節目であり
チャレンジがありました。

この数年間。
スピリチュアルティーチャーとして 
『自分にとっての真実を語る』
ということをしてきました。
出来るだけわかりやすくを心がけ
自分の真実を語り続けてきました。

わたしの使命は
より、深まり極まり。
より、広がり。
わたしという
個を超越するために

今回から、 
エネルギーレベルで
他者と触れ合うことで
『他者が自分にとっての
真実に気付き自分を知る』ように 
大転換したのです。

何故なら自分にとっての
真実を語れる人を育成し 
世に出すという任務が
これからの仕事だから。

世代交代。

わたしは、わたしにとっては
全く無意味なことを語り
わたしにとっては無意味だけれど
それが他者にとっては意味があり
他者が自分の真実を見出すように
なる状態になったのです。

裏を返せば
通常、話すという行為は
自分がこうだと思うという
自分の主張が存在し
それに対して
相手の同意や共感を得たり
説得したりというために
存在しますが
通常のそれとは全く別物であり

『話す』という行為の
認識を捨て
主張を捨て
意味を捨て
同意を捨て

ただ、他者がもっと
自分という存在を明らかに
するために話すということに
徹しました。

わたしが話したいことは
何一つ話していない状態です

『綾さんとわたしは違う』
ということを通して
他者が自分の真実を知って
自分という存在を知っていく
ということは、
 

もっと自分という輪郭が
明確になるということは
 

ある意味
『不同意を与える』 
ということです。
『アイツとは違う わたしはこれ』とか
『嫌われる』とか
『去っていく』ということが
起こることが、 
多いに予想されます。

それは、 
人間のわたしにとっては
楽しいということとは
かけ離れていますが
でも、それを超越する
魂レベルの喜びがあります。

他者が自分を知り
他者が自分の真実を
語れるようになり
他者も覚醒していくことが
わたしの目的だからです。

最後になりましたが
イベントでご一緒させていただいた

たかの ゆかりさん

あかど ますこさん

Keiko Mizoguchiさん

ご参加者のみなさま

誠にありがとうございました。

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せかいに
惜しみなく 能力を
広げていけばいくほど


山盛りいっぱいに
空から能力が降り注いだ

出し惜しみは恐れだ
出し惜しみすればするほど
とても根深いその恐れは
能力がない自分は
無価値だということを
現すことになる。

だから自信がない人は
広げることを恐れる。

せっかく、特別になれたのに
特別じゃなくなっちゃうのが
怖いから。

本当は手を離せば離すほどに
比べものにならないほど
入ってくる。

自分で抱えているというのが
既に幻影。

わたし以外に
わたしだったものは
何一つないのだから。

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しあわせなせかいのつくりかた♡

いよいよ明日ですよぉ〜
イベントですから
ありえなーいくらいの感じを
大放出しちゃいますよぉ〜

今回のセミナー用に
安価で対面でも倒れないように
エネルギーを大量に使わなくても
色々出来ちゃう秘儀を
能力開発しちゃいました♡

まあ〜 これでもかあ〜というほど
色々受け取ったり
遊んだりして
楽しんじゃってくださいませ♪

クリスタルライアー演奏や
チャネリングアート体験など
盛りだくさんでございます♡

あと、2席〜3席なら
椅子を入れれそうですので
気になっちゃったら
来てくださーい

それにしても
セミナー前日に
仕事挟みながら
池袋1日2往復って
ハードだわあ〜(°_°)

あったかいお風呂を
今から待ち望むわたし。

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わかること わからないこと
 

わかるほうが
わからないよりも
ずっといい。
 

みんな、  
そう思っているはず。
 

ところが、 
わかればわかるほど
わからなかったときの凄さが 
身にしみてわかってくるのだ
 

例えば
よくわからないときは
病気も、何もかもなおって、 
良くなるならその方がいいな。
 

と、単純にそう思うはず。
 

それは、無知である利点。
 

愛を知れば知るほどに
苦楽の苦というものが
いかに尊く
 

わたしが治す。 
というこの行為は
その人の学びを奪う行為と
ならないかどうか。とか
 

そういったことを、自らに 
凄く問うて行うことになる。
 

わかっていないので
色々なことができるし
わかっていると
できないこともいっぱいある
 

だから
焦る必要はなくて
わからないままでいいのだけれど
 

常に世界は、 
パラドックスであり
同時に、わたしたちは
もっと自分を今すぐに
知っていかなくてはならない。

===================================

何も出来ないときは
出来ないので
自信がないということが 
起こる。
 

そうして、 
自信のなさを孕みながら 
どんどん出来るように 
なっていき
 

いつの間にか、わたしは 
当初の想像を遥かに超える 
ことが出来始めてしまった
 

そうなると
今度わたしに何が起こったか。
 

通常の人間離れした技が出来る 
ことが恐い。
ということが起こった。
 

出来ないときは出来る人をみて
何でそんな気持ちになるのか
理解しかねたけれど
いまは、気持ちがわかる。
 

結局、自信のなさというのは
出来ても、出来なくても
どこまでもつきまとうものだ。
 

春分を超えて
世界がわたしに求めるのは 
一貫している。
 

もっと、 
所謂人間離れしたことが
出来ちゃうということを
そのまま出しちゃえということ。
 

もう、三次元に 
もの凄く寄り添わなくてもいい。
 

怪しいままでいい。 
 

いつの間にか
わたしの等身大は
随分怪しい感じに変化していた。
 

でも、何処かで
それってとっても怪し過ぎる! 
と思っている 
人間らしいわたしがいて
 

同じく超絶怪しいことを 
している人を目の前に現しては
 

わたしはここまで怪しくないと
何処かでホッとしてみたりする
小心者なところがある。
 

ふつうでいたい。
みんなと一緒がいいな。
という 
わたしの淡い期待は
今までも一度も叶えられた 
ことはなかったし
 

きっとこれからも 
一生叶う事はないけれど
 

どんどん人間離れした技が 
出来るわたしを現すことを
わたしがわたしに
許可していかなくてはならない。
 

まあ、これはいつものように
成長痛のようなもので
同じ課題でいられるほど
わたしは気が長くないので
 

洋服を試着室で決めかねている
楽しさを感じながら
 

最終的には
怪しさをまとって、試着室を
出るかな。
 

いまのわたしにぴったりな
ドレスを。

===================================

知らないから出来ることって
いっぱいある。
 

大人と子どもに
『これをつくってください』
と言ってつくったアートでは
 

大人は、知っている 
からこその限界があって
子どもは、知らない 
からこその独創性がある。
 

きっと、突破口を開いて
新しい扉を開くのは、 
『無知』だし
答えに辿り着こうと 
していないその姿は
本人が既に答えなのだ。
 

そうは、わかっていて
普段はわからないことに 
慣れていても
無知すぎるわたしは
時々、さすがにこれで
大丈夫なのかと不安になる。
 

よくわからない。
ずっとわからなくても
きっといいのだろう。
 

わからないわたしが 
行うことは
わからないわたしにしか 
できない離れ業なのだろうから。

===================================

【愛されようとする時の副産物】

愛を得ようとする 
傾向として
大きく分けて二つの 
ケースがある

1、 
頑張って出来ることで
認められたり愛されようと
するケース。

2、 
力がない。可哀想な人で
あることで、加護を求める
ケース。

複合の場合もあるけれど
大抵、どちらかに偏っている
ことが多い。

もちろん、愛を過度に
得ようとしなくても良い
くらいにエネルギー的に
自己完結して満たされて
いるという 

 
根本的解決に着手しながら
偏らずにバランスをとる 
ことが大切。

一人で頑張りすぎなら
頼る方への歩み寄り。 
頼りすぎなら、 
自分でも頑張ってみる。

偏って生きていれば
自分が反対も使えるように
強制現実を起こす。

2、 
力がない、 
可哀想であることで 
加護を求める場合。
副産物は『不幸』だ。

何故なら、不幸じゃないと
可哀想でいられない。
可哀想じゃないと
『大丈夫?』って優しく
してもらえないので
可哀想であることは必須。

恵まれてちゃいけない。
どんどん可哀想副産物を
生み出す。 
人によっては副産物は、 
けっこう、激しい。

周りも環境も不幸にしていく。

つまり、このパターンでは
絶対に幸せにはなれない。

1、 
頑張って出来ることで
認められたり愛されようと
するケース。

これは、基本苦しい。
頑張っても頑張っても
認められることが少ないから。

目の前に人参ぶら下げて
走る苦しさがある。 
悪化すると世界を憎んでいる。

過度になると、 
バランスをとるような事象も 
起こすのは
2のパターンと一緒だが
 

大きく違うのは 
1パターンの副産物は 
『色んなことが気が付いたら 
 身についている』
というところだ。

世の中、多くの人が
頑張りすぎに振り子が振れたので
『もう、頑張りすぎを辞めよう』
というようなフレーズが多く
 

それは、とても必要だけれど
あれは、頑張りすぎという
プロセスがあった人に
有効なのであって
 

頑張ってない人が
やらない言い訳にしては 
ならない。

やらないことを 
誤魔化してみても
結局一時しのぎであって
そうであることは
一番自分がよく知っている 
ものだ。

わたしは1番出身。 
だから、1番の人を目の前に 
することも多いのだけど
なんだかんだいって
頑張った分、力がついていて
 

だから、 
緩んでも上手くいくのだ。

力み過ぎのプロセスが 
苦しみではあったけれど、 
力を養っていた。

どちらも、 
愛されようとした行為から 
起こるものだけれど 
 

でも、副産物が大きく違う。
それが、これからの命運を分ける。

===================================

最近、つくづく
色々なことが
『当たり前じゃない』
ということを感じています。

世の中の多くの人の
実態とか。

いや〜。。。(⌒-⌒; )
みんな本当に大変なんだね。

全然、さっぱり
変わらないってこと
いっぱいあるんだね。

目の前の景色に
慣れてしまっていたけど
クライアントさんや
スタッフさんが
素晴らしいんだということが 
わかってきました。
 

お仕事。頑張ろう。

===================================

世の中には最初から 
光り輝いている光もある。
 

でも、わたしは
人生スタート地点が泥の中。
何も光が観えない暗闇の 
海溝にいました。
 

絶望と
生死と
呪いと
憎しみと
復習の連鎖。
 

自分を恥じて恥じて。
最も重い感情である
罪悪感と恥と憎悪が
わたしの通常だったのです。
 

そんなわたしでも
光を思い出していけた。
 

だから。
どんな貴方でも大丈夫。
 

どんなに闇が深くても
あなたが、底を決めたなら
必ず光を見出すことができます。

===================================

もし、いままで、 
どんなに頑張っても
叶わなかったことが
今年、叶うとしたら、 
どうする?
 

しかも、全部叶い出したら、 
どうする?
 

どんどん叶い出して。
それでいて、 
いま、この時にある 
愛を味わいながら、 
創造していく至福。
 

連鎖するように。
オセロがひっくり返るように
今までのすべての時に愛があると
本当にわかったら。
 

あなたという宇宙は、 
どうなるだろう。
 

呼びかけてるよ。 
ずっとずっと。
 

他の誰でもなく
 

あなたが、あなたに。
 

愛してる!
愛してるよ!って、 
何処までも何処までも。
 

すべては愛であることを。

===================================

【ワーカー裏事情。提案あるある】
 

以前、はじめての 
初回セッションの際に
この人は、 
わたしが指導する人では 
ないなと思ったので
『あなたは、 
 わたしが指導する人では 
 ないと思います』
と伝えたことがあります。
 

そういった意味で、 
わたしは、けっこうこの辺りは
いつもハッキリしています。
 

定期的なセッションが 
好ましいけれど
今は1人で頑張りたい時期とか
人それぞれ、色々ありますから
 

その時々で一番良さそうな
提案をします。
 

一番キレられる 
可能性が高い提案は、
霊障に関してのことでしょうか。
 

実のところ、 
霊障の場合でも
口に出さず、 
外したりしていることの方が
圧倒的に多いのですが
 

外しても霊障をすぐつけて 
しまうような感じだったり
霊障を解放しないと、 
進展しないような時に
タイミングを見計らって
信頼関係を見計らって 
言うことがあります。
 

それでも、キレられること 
ってありますね。
 

わたし自身もつけたことがあって
そこから外すまでの一部始終を 
知っておりますが
 

『思考そのものに、 
 霊障の影響が出る』ので、 
その人自身のものかどうかも 
あやふやな状態になります。
 

文章も、まともに 
見れていなかったことが
後になってわかりました。
 

つまり、 
都合の悪いことは
目にも耳にも入らないような 
感じになっているのです。
 

もっというと
水の中でしゃべっている 
人の声をきいているような 
感じでしょうか。
 

外した後にしか
そうであったことがわからない。
 

パラドックスですね。。。
 

何だか、 
途中から霊障の話ばかりに 
なっちゃいましたが。
 

なかなか、難しいものです。

===================================

また、わたしは、 
新しくなってしまった。
 

形をつくってる最中に
止めどなくどんどん 
新しくなるものだから
結局収集がつくわけもなく
収集がつかないまま
新しいわたしを生きるしかない。
 

収集がつかない混沌さは
新しい息吹が 
すぐそこにあるのだと 
いうことを感じさせてくれる。
 

新しくなるということは
壊れて生まれ変わるということ。
 

今までも、これからも 
留まることなく 
幾度となく壊れていくのだろう。
 

また、ひとつ 深い愛を知った。
 

深いレベルでの 
ヒーリングワークを
LOVINGとわたしは呼んでいる。 
 

LOVINGを構築する側の愛を 
幾度となくみてきたけれど、 
果てしなく際限なく
愛は溢れ、広がり続ける。
 

そのワークは、 
アセンションを押し進める 
カリスマ性的な影響力が
わたし自身が発揮するだけでなく
 

わたしの周りに関わる人たちも
わたしと関わることで、 
それが発揮するように 
つくられていて、 
 

実質的にわたしは今生では
一度も会うことのない人たちに 
覚醒を押し進めるサポートを 
することになる。
 

凄いのは、 
わたしの側に定期的に来られる 
方へはもちろん、 
それによって与えられる影響は
様々だけれど 
 

このワークに関して言えば、 
例え離れて
もう一度も会わなくなって 
しまったとしても
その影響を与え続けることが 
出来るところだ。
 

わたしが死に絶えるまで。
 

指導をしている身で 
あれば、誰しもが 
全員の人が自分と共に進んで 
いくわけではないことを
よくわかっている。
 

愛は永遠。
無条件に。
無制限に。
 

それを感じさせる 
深い愛によって
構築されているものを、 
受け取り 
 

わたしは、また、 
目の前の人たちにそれを配り 
広げる。

===================================

【恋人 指導者 あるある】

過度な期待を抱いて、 
失望する。

そういうパターンの人って
けっこう多い気がします。

このパターンの場合は
他者は自分の期待通りでは 
ないこと

 
みんな1人の人間であること

そして、 
何時も誰かに見ている 
受け入れがたい特性は
自分であることを 
学んでいくことで、 
愛するということを 
知っていきます。

恋人でも指導者でも 
同じかな。
それまでは、 
ループし続けますね。

様々な指導者がいますが
等身大で人間の弱さも 
脆さも醜さも 
それらを受容している 
指導者であればあるほどに

愛のスケールが大きければ
大きいほどに。

その全てを表現したり
存在感で現してくるでしょう

いつも、 
自分を見ているのです。

===================================

今年は、基本的に
GoGo!の年。

その時々のさざ波を 
感じるのもいいだろう。
様子見するのもいいだろう。

でも、 
大局を見失ってはならない。

以前、株のトレードを
していたことがあるけど
あれは 
【信じきれたもの】
が勝つゲームだね。

大局を見失わない 
というのは 
 

さざ波に揺らされすぎず
ぶれないでいられるか。
ということ。

===================================

自らの不幸せさを直視 
できるものだけが
 

制限を超えてゆき
望みを自覚して幸せを 
創り出していける。

幸せは、今ここにある。
 

それでいて幸せは、 
創り出していくもの。

真実はいつも 
矛盾を孕んでいる。

===================================

自分を大切に
自分を幸せに
 

それが出来ることが
みんなの幸せに繋がる。

===================================

【アセンションにおける 
 男女事情】

覚醒してくと 
恋愛観も変わるよね。

例えば、 
面倒を見ることで
自分の存在価値を見出して
いたから、甲斐甲斐しく 
世話をしてきたのに
 

ただ、存在してるだけで
肯定感が構築出来てきたとする。

そうすると
『別に面倒見なくてもいい』
ってなるから、 
 

ただ、甘えん坊で
だらしない亭主や恋人の面倒を
見続けられるかっていうと
無理になる。

また、甲斐甲斐しく 
加護されることが愛と 
感じているような女性が、 
 

加護を与えながら制限も
与えているような男性に 
縛られていたけど、 
覚醒していって
『わたしって、 
 もっと自由に幸せになっても 
 いいんじゃん』 
と気付く

そうすると、 
過剰な加護は鬱陶しいし、 
制限なんて耐えられないから 
ウザい。に変わる。

更には、 
こういうケースもあるね
 

付き合いはじめで、 
男女間で絶妙な 
パワーゲームになっており 
男性は優位、女性は劣位に
立っていて、 
 

最初は甲乙のように
その優劣がマッチしていて
 

男性は
『俺って凄い。お前ってバカ』
というのを、無意識で 
女性に絶妙に入れ続ける。

なぜか?答えは簡単で
《両者共に根本的に自信がない》
ことを違う表現で表しているから。

でも、 
女性が劣位にいることに
違和感を感じて、 
覚醒していくと 
 

フェアであること。 
対等である人間関係を 
築きたいと思うので
そういう男といるのが、 
アホらしくなる。

覚醒していって 
精神的に変容していく際に、 
好みが変わるのは
とっても自然なこと。

結婚は素敵なことだし
1人の人と添い遂げられたら
いいよね。
 

でも、1人の人と 
居続けなくてはならない 
となって、一歩間違えると、 
  

檻になる。

===================================

【注 辛口  
 女性と男性温度差 】
 

パートナーシップに関して
色々な男女をみてよく思うこと。
 

勘違い男子多いよね。
 

どういうことかっていうと
『本当に、無理です』
っていうことを 
女性がメッセージ出してるのに 
 

男性の側は、 
のほほんとしている
ということって、 
けっこうあるからです。
 

なぜ、どこから
そんな自信が湧いてきたか
知らないのだけれど
 

女性側は、 
本気で致命的なくらいに 
無理なのに 
 

男性側は、 
『また、いつもの文句か』
みたいなノリで
対応しちゃってることって多い。
 

とりあわないというか。
 

いやいや。
そうじゃないから。
たいしたことじゃないって
楽観視し過ぎだから。

温度差があることに気付けない 
というのは
ちゃんと女性と向き合って 
ないってことだよね。

女性が、ちゃんとサイン出して
言葉で会話してるうちに
ちゃんと話をきいてあげないと
 

そのうち、 
女性は本気モードが続いて
『終了』のゴング、 
鳴らされるよ。

===================================

楽と苦楽を 
超越している喜び。

以前、 
専業主婦を、数年
やっていたことがあります。

本当にね。三食昼寝付き。
家事して、
ちょっとバイトして
遊んで、ゴロゴロして
一日が終わってた。

それは、それで
のんびりした毎日も 
楽しかったけれど

お金の心配はしなくて 
良かったし
とっても楽だったけれど

でも、 
楽と幸せって違うんだよね。

自分が自分を生きてない 
というか
何処かで違うって知ってた。

今は、シングルマザーだし
稼ぐということと
向き合いながらだし
 

仕事の内容だって
楽かどうかというところを 
問われたら 
 

多分、決して楽じゃない
仕事をしてると思うけど

でも

苦楽を超越している 
喜びがあって

わたしが
最もわたしでいられる 
時間が仕事になってる。

どこの時にも幸せはあって
すべてに苦楽は混在している 
けれど
 

幾度、選び直せる機会が
あったとしても
わたしは、こちらの道を 
選ぶだろう。

===================================

【大イベント発生!】

覚醒していくと
『何でもいいんだ』
という感じになってきます。

全アリ。って感じでね。

確かにそうでもあるし
そうでもない。 
というのがこの世界。
 
 
何と言っても
アセンションという 
一大イベント発生中なので。

何にも、知らないふり。
見てもぬふりをしても
全て、現れてくる。

何時までも 
同じでいられない
生き物であることを
受け入れられるか。

全ての選択は
個々に委ねられています。

===================================

全ては愛
それでいてその時々の
自分の進化によって


【何を愛とするか】
という定義が変化する。

愛と思っていたら
それが執着だったり

愛と思っていたら
それは加護だったり

面倒を見ることで
存在価値を見出していたり
etc …..

三次元的に
どっぷり分離を生きるのも
苦しみを満喫するのも
それもまた良し。

やり尽くして飽きたなら
自分の本当の望みを
クリエイションして
遊ぶのも良し。

何をしてもいい
地球遊園地で
何をして生きようか?

全ては自由だ。

狂おしいほどに
究極に自由で

だからこそ
不自由を体験して
いるんだよ

===================================

分離が強ければ強いほど
【やってあげてる】 
感が強くなります。


面倒みて『あげてる』とか。

それって、結局のところ
【やってあげてる 
 自分って凄い】
と認めてほしいのですよね。

それと共に
ダメな誰かにやって 
あげてる自分に酔って 
優越感を感じる材料に 
されていると 
  

やられている側は
何処かで(おかしい)と 
感じるのです。

そうじゃないんだよ。
表し方が違うだけで
目の前の人の傷は
自分にもあるものなんだ。

分離感からは癒しは 
起こらない。

全てはわたし。
そこに立ってはじめて、 
していたのではなく
されてもいたのだと知るのだ。

===================================

いつかの時代に
『こんな風だったら 
 いいのになあ!』
と望んだことが 
目の前に繰り広げられて 
いる。

でも、酷い世の中だ。 
という声が多い。

過剰に振れた振り子が
行き来するように
スローライフは推奨され
便利さや
効率化が非難されていく。

多分、何時だって
そうして『今』ってやつは
虐げられてきたんだ。

未来を創り出すわたしたちは
変わらずにはいられないから
否定の要素はつきものだけど

今という時が  
いつかの自分が 
望みであったことも
世界に見出していけたら 
いいね。

===================================

何処までいっても
わたしがわたしを超える 
場面は現れる


不完全なる完全性を
生きるわたしたちは
成長と進化を無くすことが 
出来ない。

終わっても終わっても
課題が無くならない事実を
受け止め切ることが
出来るだろうか?

課題があることは
誰かにとっては苦しみ。
課題があることは
誰かにとっては喜び。

同じ課題に飽きたなら
今の課題を終わらせて
次の課題に取り組んでもいい。

どんどん幸せになる人は
生きることを受け入れている人。
生きることに本気な人。

わたしがわたしを
超えていく度に
 

愛が広がる。

===================================

様々なことが 
目まぐるしく変化して 
いっております。
 

以前は、 
人生の学校という名称で
活動しておりましたが
ネーミングが合わなく 
なったため
 

行っていく 
内容に合わせて 

フリーダムディスティニーアカデミーと
スパイラルヴォルテックスカレッジ
 

という名称で 
活動を行っていきます。
 

フェイスブックページ 
に関しても
同じように変更をさせて 
いただきました。
 

目の前の使命を 
やりきっていくと
活動の範囲が広がったり
名称が変わったり
変化があったりするもの 
ですが
 

それでいて、 
変わらないものもあります。
 

多くの方が、 
囚われから解放され
自由な人生を生きて 
いかれることを
 

新しい世界をつくって 
いくことを
全力で応援する姿勢は
いつも、そのまま。
わたしのまま。
 

これからも、 
ただ目の前の最善を 
尽くしていきます。

===================================

【幸せなせかいのつくりかた 3】

この連載を書き始めてから
急に同タイトルのセミナーを
急遽開催することになりました。

ここのところ、 
講習に力を入れており 
公の場に出ておりませんでしたが、 
流れとは面白いものです。 
 

1、自分にとって、 
  本当に何が幸せか解っている
 

2、何が幸せか解っている上で、 
  それを実現できる 

3、状況に関わらず、 
  生きているだけで感じられる 
  幸せ感が強くある
 

4、幸せになっていい 
  許可をする
 

5、人目を気にせず、 
  本音を実行できる
 

6、自分にとっての幸せの 
  変化に応じて対応できる 
  臨機応変さ
 

7、ネガティブパターンを 
  真に脱却する

本日は
2、何が幸せか解っている上で、 
  それを実現できるということを  
  お話ししていきます。

幸せを実現するというのは、 
醍醐味でもありますね。

色々なスピリチュアルに 
取り組んで学ばれて 
来られてきても、 

 
この、実現、 
というところに至らない方が 
わたしのところに来られた時は、 
けっこう疲労困憊だったりします。

そうして、 
変われない自分を責めたり 
出来ない自分に絶望しています。

そういった方に 
お伝えしたいのは、例え 
【自分がダメな人間だから 
 幸せになれない】 
という風にしか 
思えなかったとしても、 
 

そういう方でも、 
総合的覚醒に取り組めば 
覆せますから、 
幸せになっていけるのです。

実現は、絶対そうする。 
と決めることが出来れば 
そうなります。 
 

実現しない時というのは、 
何処かで迷って 
決め兼ねている状態で、 
 

決めるというのは 
頭で繰り返したり、 
念じることとは全く違う 
ということです。

スムーズな実現は 
潜在意識と顕在意識の壁が 
融解していればいるほど 
実現します。 
 

覚醒していくとそうなりますが
今は、そういった能力開発を 
行うことも可能です。 
ここはわたしの担当です。

我武者羅に頑張って 
実現しようとしてみる経験も 
良いかもしれませんが、 
本当は力が抜けていれば 
いるほど、 
スムーズに実現していきます。

力が抜けない人も世の中 
多いですね。
力が抜けた時に、 
力が入っていたと気づく 
ものです。

もう一つ。 
『これをやってから、あれ』 
という順番決めをしていると 
言い訳や雁字搦めに 
なりやすいです。 
 

シンプルに 
『これがしたいので、する』 
というだけの方が、 
自由に実現していきます。

===================================

本当に人が
深い深い愛を感じた時
愛を知った時
感謝が湧いた時というのは

笑顔のままではいられない
のだと思うのです。

むしろ
自然と涙が溢れるのだと
思うのです。

泣き顔って、 
醜いものなのかな。 
 

泣きはらした後って 
情けないのかな。

わたしは、 
愛を知った時の涙の顔は 
どの人のを見ても
最も美しく観えます。

===================================

経済も教育も医療も
何もかも変わるのです。

そこには、それぞれの
担当がいます。

世界にとっての
自分の立ち位置を
真に生きることができるか?

世界にとっての立ち位置を 
生きるということは 
 

等身大の自分を知って 
いないと
自分がわかっていないと 
出来ない。

ここからが、本番。
あなたは、どう生きる?

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【30年 40年。そして今】

30年40年もしくは、それ以上の
年数を生きてきて、どうにも
ならなかった方たちが、人生を
変えていく景色を眺めさせて
頂いています。

今日は、 
フリーダムディスティニー
ワールド、ライトワーカー育成
プログラム上級2日目。

今回もまた、どんどん幸せな
人生を生きていかれる様子を
眺めさせて頂いています。

お昼御飯の時に
『どうせ、何年も人生を
生きるんだったら、サッサと
変容しちゃって幸せな日々を
生きれた方がいいよね!』
で満場一致していました。

そして、 
もう一月前に苦しかった方は、 
それが遠い過去 笑)

ああ。幸せだなあ。
どんどん幸せになっていきながら
このかけがえのない 
今という時の一つ一つを、 
みんなと愉しんでいきたいな。

9日に、ゲートがまた空くね。
どうなるかなあ〜♡ ワクワク♡

===================================

【幸せなせかいのつくりかた 2】

昨日の記事の続き。
何だか急に、連載の予感(笑)

☆先ず、 
貴方が幸せであることについて、
もう少し詳しくみていきましょう。

常に、幸せであるには
どうしたら良いでしょうか?
 

1、自分にとって、 
  本当に何が幸せか解っている 

2、何が幸せか解っている上で、 
  それを実現できる 

3、状況に関わらず、 
  生きているだけで感じられる 
  幸せ感が強くある 

4、幸せになっていい許可をする
 

5、人目を気にせず、本音を実行できる
 

6、自分にとっての幸せの 
  変化に応じて対応できる臨機応変さ
 

7、ネガティブパターンを真に脱却する

ざっとあげると、こういった事が
『連動』しているのがわかります。

そうなのです。

いつも何事も実際に 
そういう風になるときというのは
『全ての歯車が
 総合的に連動しているか』
にかかっているのです。

ところが、多くの方は
『これをやればいいのね!』
と答えを1つにしようとします。
 

答えを1つにしようとする。
これは、 
三次元的な思考の典型的例です。

念のためお伝えしておきますと
三次元的な思考が悪いと
いっているわけではありませんし
 

優劣のお話をしているわけでは 
ありません。
 

どちらでも良いのです。
 

ただし、 
わたしは三次元的思考から 
高次元的思考にどうしたら 
なっていけるか。
 

実際になれる方法を知っており
そのようなサポートが 
出来ますので、なりたければ 
『誰でも高次元的思考に 
 なっていける』
という事実もお伝えしておこうと
思います。
 

今は本当に優れた手段が 
ありますので
それを総合的に実行すれば、 
三次元的思考を終わらせて 
いくことが可能なのです。
 

『これだけをやっていれば 
 いいのね!』
ということに振り回される
ことがなくなります。
 

さて、話を戻して。
 

1、自分にとって、 
  本当に何が幸せか解っている
 

ということについてですが
自分にとって、 
本当に何が幸せか解って 
いなければ、 
例え、それを実現しても、 
幸せにはなれません。
 

日本人の多くの人は、 
自分にとっての幸せと
他者からの期待に答えることや 
他者に合わせることが、 
すべて一色になってしまっている 
ケースがとても多く 
見受けられます。
 

ここで、引っかかっている人も
たくさんいます。
 

更には、他者からの期待に 
答えることと
他者に合わせることという 
ところが
完全にクリアになって、 
自分の望みの状況に物事を 
置けたとしても
 

『望んでいることを叶える』 
ことに一生懸命過ぎて
 

『望みの質』に着目する人は
どれくらいいるでしょうか?
 

人は、自分の望みを疑いません。
それが、例え カルマや封印に 
よっての望みだったとしても
 

自分の感情や思考を、 
『自分のもの』として疑わない 
ものです。
 

これを、 
疑える人は、多くありません。
 

【そもそも、 
 それは本当に自分の望みだろうか】
【そもそも、 
 それは本当に自分の幸せだろうか】
 

本当に、それが 
『実はそうではなかった』
ということがわかるのは 

長い年月をかけて体験し 
それを実現した後。
もしくは、 
 

【望みの質を上げることに取り組み
 自分の望みが本当にそれか。
 実はそれではなかったことに気付く】
かどちらかです。
 

わたしがサポートさせて 
いただく場合は
後者パターンということに 
なりますが 

要するに『時間』を、 
かなり早巻きにしている。
ということになります。
 

本当の変容の際は、常に
『自分ではないものが 
 外れたときに、はじめて解る』
ものですから、 
 

カルマや封印が外れて
はじめて気付くもので、 
それまでは一体化していますから、 
人はそれを疑わないのです。
 

ここに、トリック、 
順番の逆転があります。
 

関門はいつも、パラドックス。
 

『外れてから、はじめてわかる』
ということは、 
 

やる前はわからない。
ということです。
 

だから、 
わからないのに、やるしかない。
自覚がないのに、やるしかない。
ということです。
 

まとめると
1、 
自分にとって、 
本当に何が幸せか解っている
ということが、
本当に出来ているというのは
 

☆他者からの期待に 
答えることで生きたり
他者に合わせ過ぎて生きたり 
することがない。
 

☆自分の思考や感情を疑える 
余地が存在し、
現在の自分で自覚がないことに 
取り組み
カルマや封印によって生きると 
いうことに 
取り組み終わらせていって、
自分の望みを見極められている。
 

さあ、自分が自分に仕掛けた 
トリックに自分が見抜けるか?
 

パラドックスを超えられるか?
 

これが、第一歩です。
 

だから、そういったことを
見抜ける他者のサポートが
大変、有効になってくるのです。
 

つづく。

===================================

【幸せな世界のつくりかた】

先ず、貴方が幸せであること。
自分が幸せでない人が
他者の幸せなど心底望めない。

何よりも、先ずは
自分の幸せを選べること。

次に、 
誰かの幸せを否定しない。
幸せの形は人によって異なる。
自分の答えは他の誰かと一緒
でなくても構わない。

実は、この2つが
本当に出来ているだけで
かなり幸せな世界が
目の前に広がってくるのです。

頭で思い込もうとしても
どうにもなりません。

細胞レベルの
エネルギー的変容によって
それは、『自然と起こって』
くるのです。

===================================

【ウィーク】

明日の一斉ワークの準備が
着々と整っています。

何時ものことながら
このテーマを超えるのは
先ず、本人のわたし。

わたしのウィークは
真面目過ぎるところ。
責任感が強過ぎるところ。
優し過ぎるところ。

ウィークは
否定するものでも
嫌うものでもなくて

その奥には
愛しかなくて 
愛だけがあって。

受容と統合の先に
ウィークの特性を
丁度良く活かせたり
ウィークがむしろ
魅力に転じる。

===================================

【シンプル動機を認める】

〜があるから、出来ない
〜が無いから、出来ない
〜があるから、進めない
〜が無いから、進めない。
etc…..

何時から、理由が必要に
なったんだろうね?

特に、休むための理由や
自分が出来ない理由を
みんな色々作りたがる。

理由無くても、休んでいい。
あるとするなら
『休みたいから』
そうしたら病気という 
理由を生み出さない。
 

理由無くても、 
出来なくていい。
 
 
『まだ、出来ない自分で 
 居たいんだ』
そうしたら、 
誰かを悪者役にしたり、 
お金や時間のせいにも 
ならない。

自分の本当の気持ちに
寄り添えたなら
大問題を生み出す必要が  
無いのです

===================================

【こだわり】

制限とか
枠とか
こだわり。

人によって形は様々です。

ずっとやりたかったのに
押し留めて、
出来なかったこと
それは、『どんな形か』
というのは、 
重要ではありません。

ですから、 
形だけの問題に着目して、 
例え解決しても
本当の解決にはなって 
いません。

お金を制限にする人もいるし
時間を制限にする人もいます。
 

『誰かの了承を得る』
という許可を 
制限にする人もいます。
体調不良を制限にする人も 
います。

何のことはない。
【自分の幸せを生きる許可】
をしなかったのは
何時も自分自身。

だから、 
制限や枠やこだわりの
『奥』の想いを
エネルギーレベルで
昇華したときに
 

違う形の制限や枠や 
こだわりをつくらなくなる。

あなたは、幸せになっていい。
あなたの、幸せを生きていい。

あなたが思う以上に
あなたは
価値のある存在なのです。

===================================

【望み】

誰かのために 
一生懸命頑張る
それは、それで美しい。

いま、わたしは
『多くの人々を覚醒し
 新しい世界を創る』
という自分の願いのために
動いている。

誰の為でもない。
成し遂げたいのは
それがわたしの願いだから。

その望みは、 
世界に対しての望みなので、 
人はそれを
大志と呼ぶのかもしれない。

ひたすら、ひたすら。
全ての力が、 
形を変え注ぎ込まれる。

遠くから近くから
聴こえるもの
見えるものの全てが
一つの答えに辿り着いていく

個人的な喜び
魂の望みと
わたしが一致している。

答えとはわたし自身。
命の表現体の一つ

===================================

【協力の時代】

進化にも色々ありますが
組織形成としての進化は
以下の三つです。

1、従属ゾーン
2、個人ゾーン
3、協力ゾーン

1、 
従属ゾーンでは、人に従う。
したくないことも、  
無理に行い、犠牲と我慢で 
自分を生きている状態。
 

まだまだ世の中の多くの人は
このゾーンから抜け出せない 
でいる。 
 

著名である、お金持ちである 
とは関係がない。
先日の某有名グループの 
状態もここ。

2、 
自分ゾーンでは
自分の好き勝手にする。
やりたいことをやる。
やりたくないことはやらない。
 

自由を最高に満喫できるが、
極めれば極めるほどに、
自分だけでは何も出来ない 
ことに気付いていく。 
ソロ。

3、 
協力ゾーンは一見
従属ゾーンと似ているが、
全く異なる。内側が全く違う。
 

各々がやりたいことをやり、
自分の力量と世界にとっての
立ち位置を受けいれているので
争いが起こらない。
 

自分を受けいれているので
個を輝かせて発揮しながら
最高の自由と共に、 
不自由という融合を 
愉しみながら創造していく。
 

世界に一つの自分も愉しみ、
他者との融合を愉しみ
讃えあうゾーン。
 

この時、 
本当の意味で一つであり、 
バラバラである宇宙たちが  
奏で合う。
シンフォニー。

===================================

【先取り】

最近、なんの問題もない。
ということが続いています。

人間なので
相変わらず課題はあるけれど
でもね。
何だか拍子抜けするほどに
全部願った通りになっている 
のです。

今日も、 
『こうしたい!」
と思っていたことが
もう、用意されていました。

探さなくても
悩まなくても
もう、あったとなると
また、前に進むしかなく
それ以外ないので
進んでしまう

進むっていいなあと
思われがちだけど
余りにも急ピッチで進むのに
本人、まだ慣れていません。

臆病なわたしは、 
急ピッチに恐怖を感じる 
けれど 
 

でも、それすら愛おしい。

昨年のことが
遠い昔ののよう。

それくらい、この半年で
色々変わりました。

個が極まり
愛が広がる。

絶対に
その世界を創る。

===================================

【連動性】

わたしのところには
『色々な講習を受けても
 変わらなかった』とか

他で、  
講習の単発を色々受けたけれど
活かせていないという方が 
来られます。

昨日も、来られました。

そんな時、何時も 
びっくりしてしまうのです。
だって、そんなに大金払って
ちっとも変わらないとか
ほとんど変わらないとか
 

わたしが指導する人たちでは
あり得ないことだから。

そうしてお話を聞いていくと
上手く行かない理由は
【連動性を無視してる】
ことにあります。

スキルばかり取得しても
本人が定まっていないと
どうにもならないし
 

現実的に仕事として 
表現していくことは 
全く別物なのです。

流れない原因を 
紐解いていけば、 
血が巡っていくのです。

大金を何処かで注ぎ込んで
どうにもならなくなって
苦しんで絶望している方に
お会いすると

ああ。。。この方が最初に
わたしの扉を
開いてくれていたなら。。。
これもできた。あれもできた。

などという
宇宙の完璧性から 
逸脱した感情が過ることも 
あります。 
それは、人間のわたしの弱さ。

でも、実際のところ
そういった場合とても難しく 
なります。

わたしと始めて会った
わたしとのスタート地点なのに
スピリチュアルへの不信が
渦巻いていると、 
最初から負荷がかかっている
ことになります。

その不信と絶望を溶かしながら
わたしの行える仕事は少ない
(既にお金を使ってしまって 
いるので)となると、 
超絶難しいです。

いま、メインで行っている
フリーダムディスティニーワールド
は連動性を最重要視して 
つくりました。
 

確実な変化を体得できるものを
つくりたかったから。

昨日の誰かの失望と絶望が
今日のわたしに教えてくれる。

『受けても受けても
 努力しても頑張っても
 変わらないという
 地獄を終わらす
 扉となりなさい』

『あなたがつくった
 連動性のプログラム。
 それを待っている人がいるよ』と。

そうして、その想いは
未来の誰かに届いていく。

===================================

【仕事が自然と 
 成功してしまうコツ】

自分が最も気楽な状態で
出来ることを提供することです。
 

息をするかのように
力を抜いて当たり前に 
出来ること。

それには
等身大の自分の力量や器を
熟知している必要があります。

背伸びをしないことです。

これを見誤ると
上手くいきません。

【提供していることと
 状態の一致感】こそが
大事なのであり
 

それが凄いものかどうかは
問題ではないのです。

適切な価格。
言ってることと本人の 
一致感。
そういったことが
これからは更に顕著に 
現れます。

だから、 
人によっては
息を吸ってれば良いという
とっても楽チンな世界。

誤魔化しが効かない 
世界はシビアで、 
それでいて微笑み。
まんまで生きれる時代。

===================================

【嬉しかったこと】

いつも、目の前に
現れた人。出逢った人に
ほんの少しだけ 
人生のヒントをお届けする 
ことがあります。

喫茶店の 
ウェイトレスさんとか
タクシーの運転手さんなど

大抵、 
びっくりされるけれど
以外と突拍子もないことなのに
聞き入れてくださる方は多いです

今日お仕事を終えて 
タクシーに乗り込んだら
『お客様にずっとお会いして
 お礼をいいたかったのです』
と言われました。

その運転手さんは
以前に乗車した際には

どんなお客さんを乗せるか
意図を全くしていなくて
決めていなかったため

色々困ったお客さんを
乗せてしまっている様子が
ビジョンで浮かびました。

そこで、わたしは
『ご自身が乗せたいと思う
お客さんの層をちゃんと
決めると良いですよ』
とアドバイスをしました。

そうしたら、早速実践して
不思議なくらい思った通りに
なったのだそうです。

不思議だけれど
そうなってしまったので
そのアドバイスをした私が
心の片隅にあって
いつか感謝を伝えたいと
思っていたら逢えたと
感激されてしまいました。

わたしは、そんなことは
すっかり忘れていたのですが
素直に受け容れて実践して
くださったことに
むしろ、こちらが感謝したい
くらいだと思いました。

地球の何処かでわたしは
知らぬ間に誰かを傷つけて
しまっているかもしれないけれど

同じようにわたしと
関わった人が、知らぬ間に
ほんの少しでも幸せになって
いけたなら、そんなに幸せな
ことはありません。

愛は、何時も巡り巡る。
枯れることなく。
何故なら、与えているように
みえることこそ
最も受け取っているからです。

===================================

【カルマの解放】

カルマの解放を
多数行ってきたわたしは
カルマとは何かということも
同時に学んできました。

カルマとは何か。です。
雁字搦めになっている
それは、多くの人の人生を
固定し、不自由に生きることを
強いる材料になっています。

世の中のほとんどの人は
カルマで雁字搦めになって
生きています。

罪悪感からの罪滅ぼし的要素
失敗感による成功を求める心
哀しみから幸せを得ようとする心

これらは、 
長い年月を通して学ぶか。
エネルギー的に重荷を降ろすか
選べます。

解放と共に 
『新たなカルマを
 生み出さない』ことも大事で
 

それは 
『罪など存在しない』
『間違いなど存在しない』
『失敗は成長という側面を持つ
 私達には無くせない』
などの 
【生きるということ】
を丸ごと享受出来ているかに
かかっています。

善悪の悪と
清濁の濁さえ
受け容れ統合しているか
にもかかっています。

こうなってくると
その時その時で
【何でもあり】としながら
【自分はこう】とし
自由に生きることが出来るのです。

===================================

【善と悪】

わたしは、元々
善悪という概念が
人と違っていました。

みんながこぞって醜い 
というものは
別に醜くも何ともなく
奥を辿れば、 
愛に至ると感じていました。

逆にどんなに美しいと
言われるような 
美談であっても
 

偽善や正義の臭いがしたら
途端に美しさが褪せてしまう
そんな風にも感じていました。

だから
『合っているか合っていないか』
という判断基準ではなくて
『美しいかどうか』が判断基準。

唯一無二の答えなど
ありはしない。

そう思っていたけれど
弱くて脆いわたしは
『あなたは、間違っている』
と言われる度に
 

自分の感覚の方が
間違っていたのだろうかと
問うてきたのです。

とても、孤独だったけれど
孤独が出発点として 
眺める景色はむしろ、 
理解に富んでいました。

理解を出発点とするから
孤独を恐れる。

孤独と真正面から向き合って、 
抱き留めて生きれば、 
害ではなく恩恵と知ることが 
出来るのです。

善悪の悪を
清濁の濁を
嫌うから分離が生まれることに
人は気づいていない。

自分の片割れを世界に観て
『 これも、また美しい』
と感じるか
『これは、醜い』
と感じるか。

二元性を超えられるか?

善悪が逆転していく時に
どう生きていくだろう。

全ての概念は概念が
あればあるほど
溶け去っていく。

===================================

【観たい夢を見る】

どんな夢を見るのもいい。
みんなそれぞれ好きなように
夢を観ている。

神の夢と気付いた後でさえ
生きているという事実が既に
何かを体験したがっている
という『欲』があると
教えてくれている。

欲を嫌う人も多いけれど
言い方を変えて  
『望み』とすれば
綺麗に聞こえるのだろうか?

生きているという事実が
望みがあるということ
そのものを表している。

観たくない夢という悪夢を
終わらせて
観たい夢を観れるように 
するのが私の仕事。

それを人は幸せと
呼ぶのかもしれない。

誰かの夢を
笑うことは出来ない
誰かの夢を
否定することも出来ない

誰かの愛を
愛じゃないと
 

どうして言えようか?

今、この時点で
世界に愛を見出せないなら
この先もずっと見出せない。

自分の存在意義を
求めたり探そうとしているなら
この先もずっと得られない。

完結しているものに
付け加えたものは
全て幻。

完結を感じながら
観たい夢を観ていく
そんな時代。

===================================

【目を入れる】

この数ヶ月間。
自分が成していくことだったり
これからのクリエイションに
取り組む日々を過ごして 
きました

全体像が見えて
ほぼほぼ、 
完成したと思いきや

絵で言うと人物像に
『目』を入れるのが
まだだったとわかり

そしてそれは
この数日で入れるのだと
わかりました。

『目入れ』はある意味
命を吹き込むこと。 
ただの塊に息吹を入れて
生命が宿るような
そんな瞬間。

考えて出てくるような
ものではなくて
自然と湧き出てくるような
そんなタイミングを
待っています。

そうこうしているうちに
2月29日の予定が
どんどん変化していって
特別な気配を感じています。

曖昧さもあやふやさも
弱さも脆さも怯えも臆病も

何もかもが、わたしが新しく
なっていく度に訪れる音色。

『知らない景色』に行こうと
しているから感じられる
ドキドキ感。

全てが揃い過ぎていて
ただ、前に進んでいくのみ
となった時。

『目入れ』が
始まりの合図なのです。

目を入れるのは 
他のだれでもなく
わたし自身。

他者に頼れることと
頼れないことが
人生においてはあるけれど

今のわたしは
頼れないゾーン。
わたしがわたしを
超える場面にきました。

さあ、どんな『目』を 
描くだろう
さあ、どんな『息吹』が 
入るだろう

===================================

【順番】

順番は 
何時も本当はありません

時速何キロで速さを競い 
進む時代は終わりです。

時代は、ワープ。 
プロセスさえ納得出来れば
次に進む時代。

===================================

【真実の自分】
 
 
真実の自分を生きる 
ということは
 

良く見せようとしている 
自分と、
弱くて脆い自分の奥にある
純粋な自分に 
辿り着くことです。
 
 
純粋な自分、真実の自分 
というところに 
辿り着くためには 
 

『わたしがわたしと 
 思っているわたし』
を終わらせないと辿り着け 
ません。
  
  
わたしがわたしと思っている 
わたし。
そうしたアイデンティティが
再構築されるということは
 

ある種の破壊と再創造が
起こるということですが
  
  
アイデンティティの破壊に 
挑める人は
あまり多くはありません。
  
  
どんなに、そこまでは 
意気込んでいた人も
急に恐ろしくなり、 
尻込みします。
  
  
ということは
本格的な覚醒に挑める人 
というのは
あまり多くはないという 
ことです。
  
  
マインドは、 
積み重ねるのが好きです。
マインドは、 
守ることも好きです。 
 

むしろ、 
アイデンティティを
強化することの方が好きです。
壊すことは、大抵、嫌います。
  
  
自分が自分と思ってる自分を 
失ったとしても
それでも良いと思える 
猛者だけが、
真実の自分に辿り着き
自由を手にします。 
  

全てが一度、 
なくならないと
本当の意味で、一度、 
失わないと
新たなものは生まれません。
  
  
覚醒に、 
ほんの少し手を触れただけ。
そんな人生も、また良し。
 

人生をどう生きるのかは
その人の手に委ねられています。
  
  
覚悟があるかどうか。
 

肝が座ってる  
腹が決まってる
  
  
そんな人が、 
覚醒していくことに
真に挑み続けます。

===================================

【ステージチェンジのコツ】
 
 
ステージを変えたいと 
願いながら
中々変わらない人がいます。
 
 
『現状が変わらない』
そう悩む方は、とても多いです。
  
 
本当に現状を変えたければ
本当にステージを変えたければ
取り組むことは、ただ一つ。
 
 
〈今のステージをやりきること〉
 
 
とことん、 
今のステージをやりきると
終わりの鐘が鳴ります。
 

終わってないので、 
始まらないのです。
 
 
多くの人は
『新しく始まること』を
得ようとします。
 

ところが、始まるためには
やりきって、終わることが 
重要なのです。
 
 
やりきるということと
時間が長くかかるということは
全く別ものです。
 
 
深く深く、もう終わりでいい。
とコミット出来るかどうかに
かかっています。
 
 
全力で生きていると
どんどん次のステージが 
やってきます。

===================================

【チャンスを掴む人、逃す人】

チャンスを掴む人と
チャンスを逃す人

この違いはどこに
あるのでしょうか?

チャンスを逃す人には
ある特徴があります。

それは 
「清濁の清だけ」 
を欲していて
掴み取ろうとしても
掴み取れないので
結局、掴まないを 
繰り返しているのです。

それと共に 
「完璧主義」が邪魔をして
0か100思考になっており
「100じゃないならいりません!」
と言って、 

 
中々手にしようとしない 
ということです。

例えば、自分がやりたい仕事と
今の仕事には距離があったと
します。

自分の力量が、 
やりたい仕事を行うには、 
まだ力不足だったと仮定します。

そうした場合に
今入ってくるチャンスは

1、自分の能力を高めるチャンス
2、学びたいことを学べるチャンス
3、現状の自分が出来る仕事
4、力量を高められる学び

などがあります。

複合の場合もあるでしょう。
ところが、0か100思考の人は
これらの、どのチャンスも
受け取らない場合があります。

特に、3、現状の自分の仕事
 

これを嫌います。
嫌うので、やりません。
やらないので、一歩も進みません

【向かっていく】ことが
大事なのです。 一歩でも。

BIGチャンスだけに限定しない 
ことです。
小さなチャンスの連続が運命を 
変えるのだから。

一歩進んだ先の景色は
更に違う選択肢があるのです。

謙虚さを失わず
今の自分で出来ることの
最大限を行わせて頂く姿勢が
チャンスを手にするコツです。

清濁の両方を受け容れると
血が巡るように
チャンスがどんどん
巡ってくるのです。

===================================

【餅は餅屋】
 

何でもそうだけれど
その道のプロに任せるのが
一番いいね。
 

自力でやってみるのも
悪くないけど
専門の人に頼るって
とっても心強い♡
 

デザイナーさん
秘書さん
美容師さん
作家さん
 

やっぱり極めてる人は
違うなあとつくづく。
 

それでいて
極めてる同士は
例えジャンルが違ってても
通じ合うところが
あるんだよね
 

そういう人たちとの
交流が楽しい♡

===================================

【美】
 

こころから、 
自分のことを美しいと 
言える女性は、
実はそんなに多く 
ありません。
 

内面、外見
どちらも満足しないと
美しいと思えないのが
女性という生き物
 

せっかく女性として
生まれてきて
 

ずっとずっと
『わたしって。。。美しくない』
と生き続けるのって
どうなんだろう?
 

そんなわたしも
『美』というところからは
最も遠い人間だと
思っていた張本人。
 

だからこそ
内面の自信と、外見という実現
どちらも重要だと感じています。
 

あなたという美を創造する。
そんなプロジェクトを思案中。

===================================

目の前の景色に伝えているのは
何時も自分へ伝えていること
 

目の前の自分にしているのは
何時も自分にしていること
 

目の前に映し出す景色が 
変わるのを見たければ
自分が自分を超えるしかない
 

結局のところ、それしかない。
 

超えた先に
見える景色は、何時もとても 
美しい。
 

今以上に
もっと愛と幸せを知った 
景色だから。
 

きっと、それは
わたしが直接には絶対に 
見ることの出来ない
わたしの笑顔なのだと。

===================================

兼ねてからやりたかった
念願の講習を受けることに 
しました。
 

例え、色々なことが 
提供できたとしても
学び続ける姿勢は大事です。
 

学び続けることで
己を進化し続ける。
 

様々なヒーラーさんや
セラピストさん
色々拝見しておりますが
 

良い教え手になれる人は
良い学び手の人です。
 

学べない人が、どうして、 
良きティーチャーに 
などなれるというのでしょう。
 

学ぶということは
謙虚さと成長を意味します。
 

己の未熟さを見続けない限り
学ぶ姿勢が保てません。
 

未熟さをみることを 
恐れないことです。 
未熟さを消そうとしなくて 
いいのです。
 

己の闇を見ない人は
外にその闇をみて
それに飲まれてしまう 
でしょう。
 

未熟さがないと 
何もできないのではありません。
よく見せようというものでも 
ありません。
 

むしろ、 
未熟さと共に共存しながら
表現もするのです。

===================================

これからは
本当の意味での
実力社会になっていく
 

ここでいう実力というのは、 
何かが出来ることではなく
いかに、裸で生きられるか 
どうか。という問いかけである。
 

裸で勝負。
 

どんなことが現実に 
起こっても
すべては自己責任である 
ということを
より体感していくことに 
なるだろう。
 

いかに自分と 
向き合ってきたか。
いかに自分を成長させて 
きたか。 
 

いかにエネルギー的に、 
重荷を下し、 
自分ではないものを 
解放させてきたか。
 

いかに自分を癒し、 
傷からの歪んだ動機を 
減らせているか 
 

いかにありのままの自分を 
受け入れ、 
等身大の自分を現せるか 
 

いかに統合し、闇と向き合い 
愛のスケール感をあげてきたか 
 

いかに何者かを知り 
世界にとっての自分の立ち位置や 
役割と向き合ってきたか
 

それが問われる。
 

世間一般の成功ではなく
自分自身にとっての成功を 
生きるためには
これらのことに 
取り組むことが必須である。
 

何故なら、そういったものが
己の成功を阻止する 
要因だからだ。
 

マインドの罠に惑わされず
盲目から脱して
魂の望みを生きられるか。
 

惰性による 
クリエイションではなく
新しい息吹でのクリエイションを 
することが出来るか
 

何時も、未完成である 
わたしたちは
何時も完璧でありつつ
そしてずっと未完成では 
あるのだけれど
 

これらに、 
取り組んでいない場合は
何処かで引っかかるか
 

それに惑わされ、 
その現実を見て
囚われ生き続けるだろう。
 

その時は、それを見よ。 
という自分からの自分自身に 
対してのメッセージである。
 

盲目で生きている人は 
盲目をやめざろえなくなって 
くるだろう 
 

何故なら現実が、 
問題があれば直ぐにそれを 
教えてくれるからだ。
 

感情というものは、 
誰かがよこすものではなく
自分自身のものであり、 
それは何時も自分が進む方向性を 
教えてくれていたことに 
気付いていくだろう。
 

自分がどれほどまでに 
囚われていたのかを知るのは
何時も囚われから解放された時。
 

過去と未来の己の課題を
エネルギーレベルで、 
解決してしまうという 
手もあるし、
現実化してから、 
取り組むのも良し。
 

すべては、自分の選択に 
委ねられている。
 

自由は、誰かにとっての 
微笑みであり優しさ。
自由は、誰かにとっては 
困惑であり厳しさ。
 

さあ、どう、生きる?
 

自由と責任は一体にある。
 

さあ、どう、生きる???

===================================

誰かの光を見出す者よ  
 

その人が世界に光を照らして 
いけるように
世界に自分を現していけるように
光を見出し続け給え
 

誰かの闇を見出し解放する者よ
その人がもっと本当の自分自身と 
なっていけるように
ありとあらゆる己ではないもの 
から自由となり
輝かせていけるように
闇を見出し続け給え
 

両方を行える者よ
どちらのバランスも大切だと知り
本当の自分自身となっていきつつ
己を世界に現していけるように
両方を見出し続け給え
 

光を見ることだけでも
闇を見ることだけでも
どちらだけでも、 
バランスは崩れ
 

闇を見ることで光を知り
光だけを見ることは
盲目の闇であったことを 
知っていくのだ
 

偏りポイントではなく
融合の世界
2から3の
立体の世界へ誘われ給え

===================================

【自由と不自由】
 

自由といっても、色々ありますが
今日は、お仕事のスタイルに 
ついてお話ししてみます。
 

お仕事で、最も気楽で 
最大限に自由を発揮できるのは
『自分で、好き勝手やっている』
という自営業ですね。
 

これは、気楽です。
何でも、自分で好きに出来ます。
 

わたしも、このスタイルが 
基本的に合っています。
 

でも、 
好き勝手できる反面。
金銭的にも、何もかも、 
全部自分の責任を負って
生きていく。 
ということが問われます。
 

営業も宣伝も何もかも、 
自力で行わなくてはなりません。
それが嫌だとかは 
言ってられないのですね。
 

誰かの手伝いをしたり、 
フォローをしたりといったことは
一見、大変不自由にみえることも 
ありますが 
 

それが、自分が行っていきたい 
仕事の分野である場合
そこで、色々なことを学べる 
というのも事実です。 
 

お手伝いすること自体が、 
その人のやりたいことである 
場合もあります。
 

わたしは、修行的に、 
色々な分野で沢山お手伝いして、 
学んできました。 
 

何時も、全力で 
お手伝いしてきました。
そうして、誰かのお手伝いを 
してきた経験がとても多く
 

それが、今、 
仕事をする際の実力や 
指導者としての在り方を
構築することになっています。
 

中々、 
伝わらないものなのだな 
と思うのは
 

自力で好き勝手やってる。 
というフェーズをやれば 
やるほどに
 

『他者との協力』の必須を 
感じるものなのです。
 

『他者との関わりで生まれる 
 不自由さ』とか 
 

『他者との関わりの違い』 
ということを 
喜びとして感じられます。
 

わたしは、自分で、 
好き勝手やっているフェーズを
充分に満喫しきっているのですね。
様々な仕事、好き勝手して、 
生きてきました。
 

だから、 
今のわたしは、自由フェーズ 
だけでなく不自由フェーズも、 
一緒に楽しみたいと思うのですが
 

自分で好き勝手やれてなくて
ようやくやれるようになった人は
 

自分だけで、自由オンリーで 
やりたい。
 

そう思われる方が多いのは
すごく自然なことなのかも 
しれないなあと思っています。
 

中には、その 
『自分だけの自由』 
というところにさえ
こだわりがなく、 
協力フェーズに一気に 
進める人もいます。
 

でも、それは 
様々なプロセスがありますし
合っている特性というものが 
あります。
 

人それぞれの最善の人生が 
起こるだけ。
どちらが良い。悪い。 
はないですよね
 

どの体験も宝。
 

母に執着的な愛や過干渉を  
受けており
そこが癒されていなければ 
いないほどに
自分の好き勝手に生きる 
ことを切望し、 
それを自由と思うものです。
 

わたしが、そうでした。
 

自力で自由を充分に満喫 
した時に、
他者との協力を楽しむこと。
不自由さも愛であると 
感じられて
協力が喜びとして、 
生きていけるのでしょうね。
 

プロセスは
すっ飛ばせる場合もあるし
すっ飛ばせない場合もある。
 

それぞれが、 
それぞれにとって
必要な経験をしていきます。

===================================

わたしにしか 
出来ないこともあって
貴方にしか 
出来ないことがあって
 

だから、世界は美しい。
 

才能が無い人はいない。
まだ、才能を 
見つけていないだけ。
 

こころが開かれ
才能が拓かれ
 

貴方が開かれ
世界が拓く

===================================

【スピード】
 

わたしは、 
スピードがはやいです。
一緒にいると加速の影響が 
あります。
 

それは、 
内面的にも。現実的にも。
どちらにもです。
 

わたしは、そういう人です。
とお伝えしていますので
はやく変わりたいとか
直ぐに楽になりたいとか
絶対にどうにもならなかった 
ことを覆すとか
 

覚醒したいとか
ライフワークを生きたいとか
やり尽くしていて一刻も待てない
実現したいことがある
 

といった方をサポートするのに
大変向いています。
 

特に
一生懸命生きているけれど
自力で頑張ったけれど
闇から抜け出せずにいたり
 

人間関係など全部の課題が 
片付いていない
使命や誓願を生きる時に来た
今までの人生の真実を見出したい
 

といった場合には
最大の威力を発揮します。
 

最も得意とするのは
転換の時です。
 

逆に向いていないのは
変わりたいと口では言うけれど
本心は、このままの状況を 
続けたい人です。
 

そういった方をサポート 
するのは向いていません。
 

ピンポイントで、その方が
変わりたいところがあるのなら
サポートさせていただきます。
 

逆に、 
ゆっくりサポートするのが 
得意な人もいるかもしれません。
何年も何年もかかってもいいよ。
というのが得意な人もいます。
 

1つだけ。
指導者のスタイルとして、 
みんなで、行くというのは 
妄想です。
 

1、ゆっくりペースの人たちを 
  尊重する方針は、自然と
  どんどん先に進んでいく人たちを 
  置いていくことになります。
 

2、どんどん先に進んでいく人たちを 
  尊重する方針は
  自然とゆっくりペースの人たちを 
  置いていくことになります。
 

誰もが、 
置いていきたくなどは 
ありませんが 
宇宙の法則的に
自分の変化や進化と共に 
そうなってしまう。
ということが起こります。
 

わたしは、2、です。
2、ですが、どんどん先に 
進んでいく人たちを育てて
その方たちが活躍することで、 
連携して繋いでいく
というスタイルをとっています。
 

スピードは、はやい遅い 
どちらが良い悪いということは 
ありません。 
 

それぞれの好み、 
それぞれ生きてきている 
人生が違いますから
喜びも異なります。
 

それぞれの役割を行う。
とてもシンプルです。

===================================

【わからないということ 
  出来ないということ】
 

『知っている方が優れている』
という風に偏っているならば
 

『知ってても知らなくっても
どっちでもいい』
 

というところに立っていくのは
とても重要です。
 

わからないこと
私もいっぱいありますよ
 

全部認識出来なくても
わからなくてもいいのかなと
思っています。
 

わからないことを
わからないです。
と正直にクライアントさんに
お伝えすることは
大切だと思っています。
 

もし、微妙なところがあれば
やはり、わたしはこう思うけれど 
確認してみますね
というスタンスです。
 

わからないって
全然、恥ずかしいことじゃ 
ないよね
 

全然知らなーい!
出来なーい!
(T_T) びえーん
って感じだと
自然と周りが助けて 
くれますよ♡
 

私などは、 
以前自分の開催してる
講習時に
『ホッチキスが上手く 
 とめられない』
 

という 
ダメダメぶりだった 
ことがありました。
何だか上手くホッチキスが 
上手くできず、 
他の人にやってもらえ 
ちゃいました♡
 

後は、これまた 講習時に
意気揚々と、バッグから 
ペンを取り出そうとして、 
歯医者さん行った際に 
買って出し忘れていた、 
黄色い歯ブラシを 
掲げたこともあります。
 

皆、大爆笑しておりました。
素で生きてるだけで
笑がとれるっていいよね♡
 

人間、 
わかったりわからなかったり
出来たり出来なかったり
 

それを認めることが
等身大の今の自分の立ち位置に
立つということです

===================================

【食べ物 その3】
 

段々、エネルギーに 
敏感になってくると
食べ物や、 
化粧品とか、洗剤とか
そういったものに、 
意識が向いてきます。
 

我が家も例外ではなく、 
エネルギーで色々なものを
選んでいます。
 

出来るだけ、 
身体に良いものを取り入れよう
出来るだけ、身体に良いものを 
つけよう
 

そんな風にしていると。。。。。
 

どんどん研ぎすまされ〜〜 
研ぎすまされてえ〜〜〜
 

正直、もう、 
都会に住んでるということ 
自体が
大変、生きずらいです(笑)
 

特にわたしは、 
最近スーパーに行っても
何も買えないで帰ってくる。
ということがあります。
 

だって、どれも買う気がする 
ほどのものじゃないんだもの。
 

お水は好きです♡
炭酸水がお友達♡
 

実は、現在わたしは食べ物、 
ほぼ食べれないモード中。
息子は、四つ足系が、完全に 
無理になってきたようです。
 

でも、 
お魚も汚染されてるしね。
そうすると、 
メニューが限られてきますね。
 

現在、息子も、 
無農薬のお米を中心の生活に 
なっています。

===================================

【鬼に金棒】
 

あのね。時々 
みんな間違えるんだけど
鬼に金棒があるから、 
意味があるわけ。
 

鬼が持ってる金棒だから、 
意味があるわけ。
 

金棒だけだったら、 
何にもならないよ。

ましてや金棒がないと、 
何もできない鬼って、 
魅力ないよ。
 

どんなツールも
どんな方法も
 

どんなことも、先ず 
『自分ありき』
 

自分が先なの。
どんな自分でも、 
そんなの、何でもいいから
先ず、自分があるってことが 
大事よ。
 

その上で、 
色々なテクニックとかが 
活かしていけるといいよね。
 

活かすか、飲まれるか
いつも、自分次第。

===================================

【ありのままの自分で♡】
 

責任をとらないことが課題の 
場合もあれば
 

責任を取りすぎ背負いすぎが
課題の場合もあるね
 

何時も最善を尽くすことしか 
出来なくて
 

何をどうするのかは
決断するのはそれぞれが 
決めること
 

わたしは
わたしでしかいられない
 

だから
ヘッポコだったり
アホアホだったり
ビクビクだったり
グダグダだったり
ユルユルだったり
その上、超泣き虫で
 

そんなのもわたしだけど
それでもそれがわたしだから
いいんじゃないかって 
思ってるの
 

何時も
全部何でも出来るって
何だかロボットみたいだもの。
 

完璧じゃないわたしごと
それでもいいと
言ってくれる人もいるわけで
 

世の中 
自分のまんま 生きてても
何も頑張らなくても
選ばれるし好かれるし
愛されちゃうし
 

逆に
必死に頑張っても
選ばれないし嫌われるし
 

だからね。
 

どちらでも同じだとしたら
無駄な努力を 
終わらせちゃえばいい。
 

やることやったら
寝ておけばいい。
 

自分のまんま生きれば
全てが流れ始める。
 

どちらにしろ
そのまんまか偽りか
バレるカウントダウンは
始まってるのだから。

===================================

【元は同じ】
 

違うように見えても
根本は同じことというのは
よくあることなのです。
 

例えば、愛に飢え欲していた場合
 

1、強い承認欲求を社会に求める
 

2、母、もしくは母的な存在に依存する
 

3、恋愛、パートナーに依存する
 

というところに出やすいです。
   

この3つは、違うように思えて
自分が表していない表現方法で 
表しているレイアーの他者を 
責めたり嫌ったりするけれど、 
そんなことしてみても
なんの意味もありません。
 

全ては、傷ついていて
愛を欲している自分を認める 
ところから始まります。
 

特に、 
1、社会的承認欲求タイプは
依存する自分を嫌ってるから、 
甘えている人を見ると 
虫酸がはしるし
 

2、3、の依存タイプは、 
ダメな自分でいないと依存  
出来ないけど、 
出来る自分を表してみたい 
という葛藤があるから 
1のタイプを嫌いますね。
 

だから、 
これらの人たちの争いは
全く無意味です。
 

わたしは、複合タイプでで
全部一通り濃くやり尽くしました 
 

これを脱却するには100%
エネルギーlevelの癒しと解放と 
変容が不可欠です。
 

傷ついているものに対して
傷ついてないと 
思い込もうとしても
どうにもなりません
 

思った通りになる
 

という言葉さえ
人は逃げに使うのだから。
 

自分が思った通りになる 
自分にとっての真実が真実である
 

という言葉も時に
 

現状を認めず抵抗をして
その抵抗を肯定するための 
材料となるのです。

===================================

幾世にも渡って
わたしは、ありとあらゆる 
闇の経験をしてきました。
 

最も、 
ディープで深い深い闇を。
 

ある時代では、 
自分の都合で絶望のあまり 
世界を憎み 
すべてを破壊する側に回り 
ました。
 

だからね。
みんが思ってるように、 
わたしは強くなんかなくて
きっと誰よりも  
脆くて弱いのだと思います。
 

そして、今世もまた。
憎しみと呪いと絶望。
 

罪、罰、絶望、恥、 
劣等感、否定、執着
依存、所有、憎悪、 
世界への怒り、自責、孤独
 

全てを体験し尽くしてきました。
 

ある時、 
『わたしの人生のテーマは  
 罪と罰』と解ったとき
 

どうして、そんな重いテーマ 
なんだろうと 
自分を呪いたくなりました。
 

どうして。
どうして。
 

。。。。どうして。。。。って。
 

とっても泣き虫なわたしは
幾度、泣いたかわからない 
くらいに泣きました。
 

人生、涙流し選手権があったら
きっと、優勝候補に入るだろうな。 
と勝手に思っています。
 

それくらいに、どこまでも、 
漕いでも漕いでも、 
辿り着けないくらい
灯りが何処にもみえない絶望。
 

深い深い闇過ぎて
あまりにも弱い自分のことが
世界中で、一番、嫌いだった。
 

でも、海底から覆してきた、 
体験があったからこそ
わたしの地球での全人生を通して
オリジナルワークをつくることが 
できました。
 

人生かけてるどころじゃないのです。
地球での全人生かけて、 
ようやくようやく生み出せた
わたしの 魂の 渾身のすべて。
 

Freedom Destiny
フリーダム ディスティニー
 

運命を革命する。
 

幸せになることを、 
もう一秒も待ちたくなかった 
わたしは、
最速で、それでいて、本質的に
本当に変われるものをつくりたかった。
 

変化とか変容とか
ありきたりな言葉では現せなかったので
 

『革命』
 

ということばにしました。
 

だって、 
世の中変化とか変容といっても
本当に変われるものなんて、 
ほとんどないんだもの。
 

運命を革命するワーク。
 

感情の原点解放から、 
性格が生まれ変わり
(幸せを阻害するありとあらゆる 
 苦しみの原因、重い感情。 
 罪、罰、絶望、恥
 劣等感、否定、執着、依存、 
 所有、憎悪、世界への怒り、 
 自責、孤独の解放)

関係性の糸の修復により 
人間関係が変わります。
(人間関係の糸のしがらみを解放し、 
 関係性の糸の質を 
 純粋な愛に戻していきます。
綾というわたしの名前 
そのもののワークです)

= 貴方自身の鎖を解き放ち、 
  自由という運命を生きるために。
 

自由ってね。
色々な自由があるけれど
 

わたしがお伝えしているのは
『貴方自身からの自由』です。

===================================

【捨てられた ということ】
  

誰かに捨てられたことも
捨てたことも
 

本当は、 
ぜんぶ無かったとしたら
どうする?
 

捨てるということ自体が
実は無かったら、 
どうするだろう?
 

捨てられた。と思える時
実は、相手だって  
そんなことはしたく 
なかったけれど
今の自分の幸せを 
生きるためには、 
それが最善だと思って
やむをえず、 
しただけかもしれない。
 

逆に
見捨ててしまった。 
と思える時、
同じように、見捨てる 
ことなどしたくなかった 
けれど
 

今の自分の幸せを 
生きるためには、 
それが最善で
見捨てたというよりは、 
『自分を大切にした』
だけかもしれない。
 

何時だって
愛が無かったわけじゃない
 

何処にでも愛はあった。
 

離れる
別れる
 

ということがあったならば
 

ただ、何時も一緒にずっと 
いることが 
『二人にとって』
ベストではなかったのです。
 

『お互いにとって』
必ず、最善の方向にしか 
進んでいないのです。

===================================

もう、 
苦しみは終わりでいいよ
 

優しさ故に 
誰かのために 
平和を望むが故に
 

我慢したり 
犠牲になったり
尽くしたり
 

そういうのは
もう、終わりでいいね
 

自分の幸せを
生きて。
生きて。
 

家族の中で
貴方が最先端なことを
恐れなくていい。
 

だから、先ずは
貴方が1番に幸せになって
進んでいくのです。
 

そうしていくことで
その先に
貴方の愛する家族に
 

憎んでしまうほどに
愛する家族に
いつの日か
出来ることが必ずあるから。
 

全ての幸せは
貴方が幸せになることから 
始まる。
 

微笑み合える関係性など
想像つかないくらいに
傷つけあったとしても
 

微笑み
愛しあえる時のためにある。
 

だから、諦めないで
例え諦めていても
本当に諦められることなど
出来ないのだから
 

貴方が、本当に望む未来の方を
 

信じて。
信じて。
 

例え、貴方がそう思えなくても
宇宙は、貴方を愛しています。

===================================

【目的】
  

真の目的
真意は
本人にしかわからない
 

外側から 
上辺で判断出来るものではない
と何時も思う
 

そういった意味で
使命を成し遂げるとは 
孤独なものだ
 

わたしの目的は、 
人々の覚醒、
新しい世界をつくる 
ことである。
 

昨年、ある方に
『貴方は一人で覚醒するのではなく
 皆と共に覚醒をすると決めている。
 

 高いところから見下ろすのでなく
 同じ地に立って導こうとしている。
 

 それを成す為に 
 どんなにお金や名声や権力を 
 手に入れても、 
 

 真の目的使命を 
 絶対に見失わないと 
 硬く深く魂に刻み込んでいる。』
 

と言われ、感激した。
全くもってその通りだったからだ。
 

このことを、他の誰かから
自分から何も話さずに、 
ただ理解されたのは、 
私にとって大きな癒しだった。
 

三次元的な広告や
三次元的な言い回し
それ自体が目的なわけではない。
それが好きだからやるわけじゃない。
 

そういう方法でしか
響かない層に働きかけるために
行うだけのこと
 

真の目的を達成する為に
行うだけのこと
 

綾さんは
【変わってしまった】
と言われることもあるかもしれない。
 

それは、そういう風にしか
見えないのであれば、それもまた良し。
 

わたしの真の目的は
何時だって変わっていない。
目的を成す為に、自分の進化と共に
時に規模や方法が変わるだけ。
 

今日もまた
わたしはわたしを生きる。

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【熱血が熱血を呼ぶ】
 

『一刻も、待てないんです! 
 今直ぐやりたいんです!』
という人が、時々現れます(笑) 
 

ものすごーーーーーーーーーく 
やる気があるというか
やる気の固まりみたいな人。 
 

まあ、わたしも 
そういう人間なので
人のことは言えないけれど、熱い(笑)
 

いいねいいね!
 

やる気がある人大歓迎♡
やる気だけは、わたしには 
どうにもならない。 
 

逆にやる気さえあれば、 
今現状がどうというのは
さほど問題ではない。

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【朝っぱらから、熱血】
 

会社とか組織とか人材とか
 

わたしは、 
人材育成のシステムを 
垣間みてきたけれど
やっぱり『会社都合』なんだよね。
 

仕事が出来る人を育てる。 
っていう感じなのよね。
 

今は、転職が当たり前に 
なってきたから
益々会社は、自分のところで 
丁寧に誰かを一から育てよう 
という気が失せてる。
 

それで、使い捨てとか 
レンタル的な要素が増えてる。
 

だって、せっかく育てても 
すぐに移動されちゃ
会社の利益的には徒労に終わるから。
 

転職する側もする側で、待遇面
『お金、休み、ポジション』などで、 
ドライに選ぶ。
 

なんでかって 
『その人にとって、会社って、 
 どれも似たようなもの』
だからなんじゃないのかなって 
わたしは思うの。
 

『何処にも存在しない』
『自分にとってかけがえのない』
会社だったら、 
そんなにみんな簡単に辞めるかしら?
 

自分にとって、 
そうではないから、 
簡単に転職を考えるわけです。
 

会社に魅力がないんだよ。
 

本当にその会社が好きだったら、 
独立したって
その会社と何かしら 
連携していきたい。と願うはず。
 

人間とは、そんなに感謝がない 
生き物じゃない。
 

ただ、現状の仕事とか 
会社とかというのが
感謝が湧かないような、 
合理的優先主義のシステムに 
なっていて
それが加速しているから、 
そう思えるだけ。
 

だから、個人事業の人が 
増えてきているわけだけれど
世の中、全員が 
社長さんや起業家向きでは 
なかったりする。
 

当たり前だけれど、 
それぞれの特性や個性という 
ものがあって
組織に関与していた方が、 
輝く人もいる。
 

皆が発揮していく状況を 
つくりだすには
新しい社会システム、 
組織システムをつくりだして 
いくことが
重要になってくる。 
とわたしは考えている。
 

その為には、 
そのシステムをつくれる 
リーダーを増やしていくのが、 
最重要。
 

会社に従属する人間社会は 
終焉のゴングが鳴ってる。
 

そうではない。
これからは
 

『人間が主役の、組織』の時代だ。

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貴方という太陽を輝かせなさい
貴方という太陽は、 
貴方にしか輝かせることは 
できないのだから。
 

それでいて、 
貴方は誰かにとっての惑星で
惑星である貴方も楽しむことが 
できるのです。
 

誰かにとっての惑星だけを生きる 
人生を終わらせなさい。 
 

それは、貴方の人生ではなく 
他の誰かの人生。
従属の人生を生きることに 
なるから。
 

自分は太陽としてだけ生きる人生を 
終わらせなさい。
それは、他の誰かの光と力を奪い
孤独の人生を生きることに 
なるから。
 

太陽として生きながら
誰かにとっての惑星である自分を 
楽しみなさい。
融合と調和と尊重が、 
貴方を支えてくれます。
 

個が極まり 愛が広がったとき
人々は美しさを 讃え合うのです。

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もう一つ
 

要所要所で、 
ブレーキ、締めたり
見定めたりということは 
起こってきますが
 

忘れないでいただきたいのは
『今年は、どこまで行けるか!』
というのが、全体のベースです。
 

『発揮』です。
 

ブレーキ、締めたり、 
見定めることすら
『進むために起こっている』
という感じです。
 

満潮時と、干潮時があって
今年は、満潮なのですよ。
満潮時で起こっている 
波の1つ1つに惑わされずに、 
最初に掲げたことを 
成し遂げていきたいですね♡
 

そのためには、 
ポイントポイントの 
波に飲まれて一喜一憂せずに 
全体の流れを見定めながら
マクロ視点をもち、 
ミクロに取り組んでいくことです。

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【極から極へ 二元性 お金の話】
 

先日、けっこう厳しい 
話をしました。
お金の話ですね。
 

ワークを受ける際に、 
借りたりしないでください。
自分のお金で受けてください。
と、そう言いました。
 

ところが、わたしだけでなく、 
世の中の流れ的に
色々なワーカーさんが 
一斉に言うような感じと 
なったために
 

逆に今度は、 
そっちが過剰さとなって、 
伝達が行われていることが 
判明しました。
 

☆他の人のところでみたのですが、 
 分割での支払いは、 
 ダメなんですよね?
 なぜ、ライトワーカー育成 
 プログラムは 
 分割が可能なんですか?

ワーク単発、 
伝授講習の単発受講に関しては 
もちろん、そうです。 
というか、当たり前ですが、 
それしか一切、 
受け付けておりません。
 

ただし、わたしが今 
提供させていただいている
ライトワーカー育成プログラム 
というのは
幾つかの伝授ワークが入っている、 
総合プログラムです。
 

そのため、1日、1日で、 
しっかりとエネルギー的に、 
きちんと完結しているため、 
今年の3月までの対応では 
ありますが、 
1日あたりということで、 
分割も可能にしたということです。
 

ですから、分割の意味合いが、 
全くもって別物であり
それに当てはめることは、 
大変無意味です。
 

☆自分で稼いだお金じゃ 
 なくちゃダメなんですよね?
 すごく受けたいと思っていたら、 
 急に(遺産や、親族がくれた。
  

 または、権利的な収入で) 
 入ってきたお金なのですが
 それで受けようと思って 
 いたのですが、 
 ダメなのでしょうか?

全くダメではありません。
自分で稼いだ。 
というところで限定されてしまう 
必要はありません。 
 

問題となるのは、 
『新たに、借りる』 
というところにおいてです。
自分のお金であれば、 
何の問題もありません。
 

****************************
 

物事というのは
いつも、大抵、 
逆に振れすぎるものだなあと 
つくづく感じます。
 

振り子から、振り子。
 

過剰になりすぎた、 
過剰さを削り取りたいだけなのに
全部なくなっちゃう。
 

物事を伝えるって、 
本当に難しいですね

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一斉ワークがはじまると同時に
倒れるように、爆睡。。。。
 

パワフルに高次元でワークを 
行うときって何時もそう。
顕在意識が働いてないときほど
良いワークができるのです。
 

起きて目を開いた途端、 
ふと。わかりました。
 

『あ!』
 

衝撃的な気づき。
 

それは、昨年起こったこと。
いまの景色というすべての答え。
 

『そうか! そうだったのか!』
とわかったのです。
 

わたしは、ずっと使命、 
ライフワークで生きることを 
応援するお仕事をさせて 
いただいてきました。
 

独自の方法で 
様々な方の使命をサポート 
してきたのです。
 

ライスワーク 
(ただ、生きるためだけに 
 したくない仕事をして稼ぐ) 
 

ライクワーク 
(自分の好きなことをして、 
 好きな仕事をする 楽しい) 
 

ライフワーク 
(人間的使命 苦楽を超越している 
 深い喜び 絶対的な生き甲斐) 
 

ライトワーク 
(誓願、宇宙的使命 行うことが、 
 その人自身 呼吸)
 

おおまかに分けると、 
この4つの段階がありますが
ライスワークからであっても、  
ライフワーク、ライトワークに
一気にもっていくサポートをするのは、 
わたしの得意技です。
 

この中で、最も本人の認識が 
つきにくいのが
ライクワーク
ライフワーク
の違いです。
 

昨年、 
サポートさせていただく中で
言語が通じなかったことが 
ありました。 
 

話が通じなかった時というのは、 
本人はライクワークが 
やりたかった。 
というのがはっきりしました。
 

その後に出逢う方や、 
引き続き学ばれている方は
ライクワークを望まれる方が 
現れません。 
むしろ、生粋の 
ライトワーカーさんばかりと 
出逢っています。
 

そうか。そうだったんだ。
わたしって、もう、 
ライクワーク(楽しく稼ぐ)という 
段階を望む方たちのサポートが、 
昨年途中から、 
単に出来なくなっていたんだ。と。
 

わたし自身が、 
更なる深淵なる宇宙的使命に 
生きているから。
 

人間、ライクワークを行う人
行う時期も、あるものです。
体験が必要な人もいます。
 

わたしも、 
そこも体験した人のひとり。
それも楽しいし、 
経験にもなります。
 

楽しく稼ぐことを 
サポートしている人は
他にもたくさんいます。
もう、それはわたしにとっての 
役割じゃないんだ。。。。と。
 

それで良かったんだ。
ただ、それだけだったんだ。
話が通じないことも何もかも。
すべて、それで良かったのだと、 
謎がとけました。
 

いつも完璧。
 

本当にいつも完璧。
 

そんな風に感じていたら
不変の愛のシェアが風にのって 
わたしのところに届きました。
 

大変安らかな心地でいます。
 

引き続きワークを行わせて 
いただきます。

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【エネルギーワークを選ぶ際に】
 

エネルギーワークを選ぶ際に
みなさんに 
おすすめしている選び方。
わたしが気をつけているのは 
以下の3つです。
 

1、どんなエネルギーワークか。
  どんな質のエネルギーワークか、 
  どんな効果が期待されるものか。
  どんな変容を促すものか。その質。
 

2、どんな人が行っているか。
  どんな人のエネルギーワークか。 
  どんな特性が期待される人か
  ちゃんと自身も取り組んでいる人か、 
  自分と向き合っていて
  整えている人かどうか
 

3、どんな人が受けるか。
  つまり、自分自身がどんな状態か。
  疑心暗鬼の状態か、 
  またはワーク提供者との信頼が 
  築けている状態か。 
  ワークを受けるごとに 
  どんどん受け取れる体質になって 
  いっていきます。
 

この3つが合わさったときに
最高に威力を発揮します。

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わたしって、つくづく
『現場の女』だなあ〜(笑)
 

事件は、会議室で 
起こってるんじゃない!
現場で起こってるんだ!
的な(笑)
 

そのため
机上論とか、 
実際に役立たないものとか
そういうのは、 
興味がさっぱり湧きません。
 

実際に変容するもの。
実際に役立つもの。
出来るだけ早急に、 
それでいて根本的であり
かつ、内面的現実的、 
どちらにも影響を及ぼすもの。
 

対して使えないものとか、
遊び程度のものとか
気休めのものとか
正直、全然興味がなくて、 
ど〜〜〜でもいい。
 

色々巡って、 
これでもかと 
色々なところにいって
それでも、なお、 
全く変化しなかった人はね。
相当、トラウマになっています。 
 

自分がいけないのか 
という気持ちにもなってる。
どこまでも先が観えない 
暗闇の中で生きていて
ようやくわたしのところに 
辿り着いたときには
相当、ぼろぼろで。
 

そんな人に伝えたい。
貴方が悪いわけじゃないんだよ。
 

ただ、方法が違っていただけ 
なんだと。
 

何千年も、何万年も。
もう、充分に待ったのだから
一秒たりとも、待ちたくないの。
 

はやく、幸せになりたいんだよ。
本当にただ、それだけ。
 

幸せって何かって、 
それは各々が決めることだけれど
深い暗闇にのまれたままで、 
覆せていない状態。
これは、総じて苦しいです。
 

でもね、必ず。
 

必ず、覆せる。
 

なぜなら、暗闇は、 
光に覆す為に、あるのだから。
 

覆した先に、ようやく、 
闇も光もすべてが愛だったと
体験を通して、わかるのだから。

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フリーダムディスティニー
家系カルマ8世代バージョンに
関してのご質問を 
色々いただいておりますので
お答えさせていただこうと思います。
 

Q1 8世代って、凄いなあと思うのですが、 
これは両親両家に対してですか?
 

A1 そうです。 
両親両家の家系を辿っていくと、 
『それぞれにおけるテーマ』  
みたいなものが、わたしにはみえます。 
 

それがどのように個に影響を与えているか
そして、家系カルマ、テーマから受ける影響を 
軽減し、本人の本来の望み幸せにたてるように、 
促していくというものです。
8世代全部行うと256になります。 
その全てにワークを行っていきます。
  

Q2 7世代ってよくきくのに、 
8世代なのは何故でしょうか?
 

A2なぜ、8世代かというのは、 
昨今、現場でワークをさせていただいている際に 
家系カルマの状態を拝見させていただいていると、 
今まで、7世代先までの対応でよいと 
言われているのが一般的かと思うのですが、 
8世代まで影響が現れてきていると 
わたしが感じて、そう判断したからです。
 

昨今、アセンションの影響で、 
様々なことが、どんどん変化してきています。
例えば、一昔までは 
ハイヤーセルフにアンカリングをしていれば 
良かったですがそれでは今どうにもならない。 
ということが起こっていて、 
宇宙そのものに宇宙的アンカリングや 
宇宙的グランディングができないと、安定しない。
という感じになってきています。
 

そのため、宇宙的アンカリングや 
宇宙的グランディングができるような 
ワークを厳選して、 
講習に取り入れているというのが実状です。
そうすると、かなり状態が安定してきます。
 

宇宙的アンカリングや宇宙的グランディングと 
なってくると固定的なアンカリングでは無い 
ニュアンスになってきますので
流動的でありながら、アンカリングしている 
という感じとなりますので 
今まで言われてきた、 
ハイヤーセルフとの繋がりというものとは 
全く別な感じになります。
 

こうして、様々なことが、 
今まで言われてきた概念に対しての 
対応や対処をしている限り、 
それは固定的でありますから、
限界があります。
 

アセンションにおける、 
最先端の技術を取り入れた 
エネルギーワーク現場では 
こういった現在の実状に合わせているので、 
固定的ではなく次々に新たなものが 
生まれてきているのです。
 

ご質問に戻りますが、なぜ8世代なのか。
それは、わたしが実際に仕事をさせて  
いただいている中で
8世代までの影響を受けはじめていると感じ
しかも、家系カルマの影響が、 
急激に強まっていると感じたので
今回この8世代バージョンを 
一斉ワークで提供することにした次第です。
 

Q3 妹にこのワークを行いたいのですが、 
妹に告げなくてもできますか?
 

A3 基本的に、この家系カルマのワークは、 
ご自身を中心として行うことを
推奨しています。 
もしくは、お子様を中心として行うのも、 
結局のところご自身にとっての7親等行える 
ということになりますから、 
お子様を中心として行っていただく分には、 
大変良いです。
 

誰かに何かしたい。 
と思われるのは、とても良いことですが
一番最初は特にご自身、 
もしくはお子様を中心として行われることを 
推奨しています。
 

ご姉妹に行われたい場合、 
お気持ちはわかりますが
結局のところ、 
嫁ぎ先の家系カルマがご自身に直接影響を 
及ぼしている。 
というところに疑問が湧きます。
ご自身の権限が及ぶ範囲内というところを 
考慮すると、
やはり本人を中心として、 
もしくはお子様を中心としてというのが 
良いかと思います。
 

なお、 
妹さんに対して、他のワークであれば
2親等という権限内ですので、 
無断で行っても大丈夫です。
 

様々なケースがありますから、 
詳細は初回コンサルテーション
にて状態を拝見させていただいて 
提案させていただけたらと思います。
(初回コンサルテーション 50分 18,000円)
 

Q4 以前、先祖供養ということで、 
神社で供養をしてもらいましたが 
供養してもらっていても、出来ますか?
 

A4 先祖供養という件について、 
様々なものがあるかと思いますが 
フリーダムディスティニー 
家系カルマ8世代バージョンは
それとは、また異なる 
アプローチレイアーから行うものです。
 

フリーダムディスティニーワークは 
『自由と解放』の性質をもつAyaが、 
過去生からの全ての人生。
地球に来てからの体験、 
経験の全てを通してつくられた 
オリジナルワークです。
 

よって、他のところで受けたものとは、 
全く別もので
比べられるものではありません。
 

新たな気持ちで取り組んでいただけると、 
良いかと思います。
 

これは、わたしの感じることですが、 
先祖供養にも本当に色々あって、 
『形式的なもの』も結構あります。
 

クライアントさんでも、 
以前あったのですが
形式的なものに、 
100万円以上つぎ込んでいて
もう自分は充分やった。 
と思っていたそうなのですが
実状、エネルギーレベルにおいては、 
これからはじめないと 
どうにもならなかった。 
というケースもあります。
 

様々なケースがありますので、 
やはり、コンサルテーションで
まず、観させていただかないと、 
何ともいえません。
 

というのも、 
家系カルマだけでなく、 
本人のカルマが原因だったり 
それらの複合だったり、はたまた、 
多次元的にアプローチしないとだったり 
第一優先した方がよい。というのが、 
本人の自覚がないレイアーが原因だったり 
することも、よくあるからです。
 

コンサルテーションでは
最も影響を強く及ぼしているものを 
提案させていただきます。
 

そのため、 
もう、家系カルマをすぐさま受けたい! 
という場合は
ダイレクトにお申し込みいただくので 
かまいませんが
どうしたらよいか相談が必要な場合は 
必ず初回コンサルテーションを 
受けられるのを推奨させていただきます。
 

Q5 8世代256バージョン、 
今回だけでなく、何時でも申し込めますか?
 

A1 はい、申し込めます。 
ただし価格に関しては、 
今回一斉ワークとして行うことによって、 
どのような方であっても、 
つまり家系カルマが濃くても 
価格の下限で一定価格で行わせて 
いただく形をとらせていただいておりますが 
 

通常期での申し込みの場合は、 
ご本人の家系カルマの状態を拝見し 
コンサルテーション内でチャネリングして、 
個々に合わせて価格を決めていきますので、 
人によっては、 
価格が上がる場合がございます。
通常期の価格は、 
86,400円〜129,600円です。

===================================

マクロが見えた時ほど
次はミクロに取り組むこと。
 

未来のスケールが広がった 
ときほど
今の一歩を進めてみること。
 

それがもっと幸せな未来を
クリエイトしながら
今の最大限をやり切る
 

所謂、 
ライフワークを生きるコツです。
 

いつまでたっても
未来の自分が出来ることを
追い求める旅を終わらせることが
ライフワークを生きるはじまりです

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【加護と籠】
 

過度の加護は、籠となる。
あなたが、自分の望みの 
あなたでいてくれたなら。
という限定付きの愛。母性のシャドー。
  

今年は、発揮の年。
 

過度な加護を終わらせ
籠から自由に羽ばたく時です。
 

『守られることのほうが 
 愛と感じる』
 

『与えてくれることのほうが   
 愛と感じる』
 

『加護されていることの方が 
 愛と感じる』
 

そういったことがあるならば
フリーダムディスティニーワークを 
おすすめします。
 

自由と、挑戦と、成長を 
愛と感じて輝いて生きられるように。
 

あなたが、輝く為には
加護されていては、輝けないのです。
 

過度の守りは、必要ないのです。
 

明日、2/2 一斉ワークを行います。
更なる自由と喜びで生きられるように。
 

『発揮』していけるように。

===================================

【無理になってきたこと】
 

何時も自分の進化と共に
関わることの出来るレイアー
スタンスは変わります。
 

全ての方を愛しているけれど
自分の本音。正直で生きることしか
わたしには出来ない。
 

喜びと感じられないこと以外は
わたしには出来ない。
 

そうした時。
いつもそうであるように
わたしの進化と共に
一緒に進化して超えていくか
離れるかということが起こります。
 

わたしは、ペースが速い。
動であるわたしは、 
留まっていることが出来ない。
 

愛している。いないとは
全く無関係に、 
離れることも起こってきます。
 

宇宙は、本音を叶え合います
 

節分前に、 
今まで以上に問われている 
もう出来ないこと& 
触れられなくなったレイアー。
 

1、スピリチュアルな行為について
罪悪感を抱いている方。 
選択に責任がとれず 
誰かのせいにしてしまう。 
自己責任がとれない方。
 

2、スピリチュアルな行為について
秘密にしなければならない。 
スピリチュアルと関わって 
いることを誰かに隠す、 
誰にも知られたくない方
 

3、自分がやり切ったことに対して、 
更に継続を頑張ろうとすること
 

4、過度な依存や執着がある人
 

5、変わることを躊躇っている人
 

6、加護を行うこと

===================================

【二元性 その1】
 

どうして、今の社会って
『あれ』か『これ』という 
選択肢しか存在しないんだろう?
 

例えば、結婚。
日本だと、基本1人の人と
結婚するか、もしくは、 
離婚するかしか存在しない。
 

本当は、その間に、 
色々なスタイルがあってよい 
はずだけれど
まだまだ、大変少数に留まって 
いるように思います。
    

週末婚とか、別居婚とか
色々なスタイルが出てきていますが、 
まだまだ少数派。
 

結婚して、ずっと同じ形のまま、 
それが居心地がよい。
そういう人もいるだろうけれど、 
本当にその割合の方が多いのかな?
 

いつから、 
1人の人と添い遂げることが
義務と正解になってしまったんだろう。
 

生涯1人の人と、同じ家で、 
ずっと同じように生活するのが
合っている人もいるだろうし
 

合っていない人もいるように 
思います。
 

誰だって、最初から 
この人と添い遂げない。という気で
結婚などしません。 
あとから、わかるのです。
 

結婚か離婚か。
という2択とからしか選べないから
全くもって、不自由。
 

0か100か。なんて、 
全然、望んでないのになあ。
100は、無理になったから、 
60とか40とか、 
その時々に合っている形で 
つき合いたいのに。
 

それは、愛が減ったとか、 
好きじゃなくなったのとか
言われても、全然検討違いだし、 
好きだからこそ0ではなくて
そうしたいわけなのに、 
それはなかなか伝わらない。
 

離婚は、どうしても『失敗』 
というイメージが植え付けられて 
いるよね。
だから、バツイチ。 
と言われるのだと思うのだけれど
何をもって、失敗となるのか、 
これまたさっぱりわからない。
 

これは、わたしの実体験だけれど、 
離婚するときに子どもの親として、 
共同育児はしたかった。
 

でも、パートナーとしては 
合わなくなったので
パートナーの部分だけ、 
終わらせたかった。
 

でも、そういうのが 
両方叶うスタイルになるには
いまの社会概念では、 
中々難しいのだと思います。
 

会社というか、 
組織もそうだけれど
もう、固定した形に、 
あてはめておくのは 
無理なんじゃないかなあ。。。

===================================

『全ては 愛』
 

わたしが伝える、この言葉が、 
胸に響くという感想を
よくいただきます。
 

きっと、色々なところで 
言われている言葉なのだろうけれど
わたしがこの言葉をお伝えすることに
意味があるのだと思います。
 

どの言葉も、 
自分が実際にその状態を 
体現していればいるほどに、 
それが響くものです。
 

わたしはこれからも、 
もっとこの言葉を体現できるように
自分と向き合っていきたいと思うし、 
今できる最善を尽くしていきたいと 
思っています。
 

それには、わたし自身が
今以上に二元性を超えていかなくては 
なりません。
 

わたしがわたしと触れ合える喜び。
 

色々な方との触れ合いと 
出来事を通して
もっとわたしを知っていける 
喜びと安らぎの中で

===================================

すべての出来事を
活かすか 
活かさないかは
 

貴方次第。

===================================

何が正しくて何が正しくないか。
正しさなどない世界の中で
 

何を選んで行くか。
何が最善か。
 

何が愛か。
問われます。
 

人間は愚かで、脆いものです。
情けないほどに。
失敗もするでしょう。
 

世界の全てから、見放されたと
感じる瞬間や
 

逆に見放さなくては 
ならないこともあるでしょう。
 

辛いこともあるし、苦しい時も 
あるかもしれません。
 

それでも変わらず あるものは
あなたが、ここに居ること。
  

あなたが、ここに生きていること。
 

例えそうとは思えない時ですら
すべては、最善の方向へ何時も 
繋がっているのです。

===================================

何でかなあ?
 

三次元的な目線で 
生きてる人(時)って
何で、答えを 
1つにしたがるんだろうね?
 

あれも、これも、原因で
それも、これも、 
重要であったとしても
 

『これだけ』
ということにしておきたいのよね。
 

『自分』か『他者』か
 

『これの影響』か 
『あれの影響』か
 

どっちもあった。
というところに着地しない。
 

目の前が、 
ものすご〜〜〜く狭いってことに
その時点では、自覚無しで、 
気付けていないという。。。
 

めちゃめちゃ、視点 
常にズームアップして、 
生きてる状態。
 

狭い 籠の中で  
閉じ込められている鳥のように。
 

もう、籠から出て、 
羽ばたくときですね♡

===================================

【依存 消滅】
 

依存させられた。
依存した。
 

これは、結局のところ
『依存がある』という状態です。
 

依存を嫌っている人は
依存を恐れている人
 

だから、 
エネルギーワークとかを嫌います。
 

『依存が、自分に あるから、 
 恐れる(見たくない)』
のですね。
 

本当に『依存 終了』
となった際には 世界から、 
依存が消えます。
 

ですから
依存させられる。 
ということ自体が存在しなく 
なります。
 

お尻をいくら、隠しても、 
あるものはあるし
何にも隠してなくても、 
無いものは無いのです。
 

距離感をとったり
離れたりするのは
 

『対処』であり、 
『根本的解決』ではありません。
 

依存させている。 
という人間を嫌う人は
『依存する自分を恐れている』 
のです。
 

依存が、世界から消える。
 

それが、本当の卒業です。

===================================

【いざ、新世界へ!!!!!!!】
 

新世界をつくる
世界を変える
 

一環して貫いてきた  
わたしの使命。
 

昨今 
『一緒に世界を変えたいんです!』
という熱い志の仲間が集ってきました。
 

覚醒にも取り組んでいて
現実的に、世界をつくることも
大切にしている方たち。
 

さあ、行くよ!!!!!!!!!
新しい世界へ!
 

*******************
 

https://www.youtube.com/watch?v=tsi5eJp4EVY

小学校のときに、 
新世界を演奏しました。
その際、  
わたしはピアノを担当して
皆の先導者役でした。
 

わたしという船は
【先導者を先導する船】
 

さあ、新しい世界をつくる
ライトワーカー、先導者諸君。
 

我の元に、集いたもう!
時は来たれり!
 

今がどうであるかは、 
さほど問題ではない。
 

闇に埋もれてしまっていても
必ずや、覆せる!
 

春には、 
面舵いっっっっぱ〜〜〜〜い
で、動くよ!
 

今年は、減速の予定なし。
 

世界の追い風と呼応して、 
本来のスピードで行くよ!

===================================

【辛口だったら ごめん!  
 男性と女性の覚醒格差について part 2 】
 

それが、どのように 
パートナーシップにおいて 
問題となるか。です。
 

1、覚醒してくると、 
依存関係に興味がなくなるので、 
依存っぽいのが、面倒くさくなる
 

2、覚醒してくると、 
我慢とか犠牲でいられなくなって、 
自分の幸せに生きよう! 
と思いますので、 
それを生きるようになってくるから、 
嫌なら、嫌。となる。
 

3、基本的に、 
『自分がそこに 
 存在しているだけで、完結』して、 
外側に寄りかかることが 
なくなりますから、 
寄りかかっているだけでは、 
一緒にいられなくなる。 
 

4、存在としての肯定感が 
出てきますので、 
『やってあげてる』 
『お世話してあげてる』
などの『やってる感』による、 
自己存在認識が必要なくなるので、 
これも興味がなくなる。 
 

5、言語が通じなくなるので、 
圧倒的につまらない。 
 

6、問題や課題を、 
自分のこととして、認識出来ない人と、 
一緒にいる感じが苦痛。
 

さらに、加速すると。。。
 

7、もはや、住む世界は、別だと感じる。
 

女性の方が圧倒的に多いけれど
男性が、こういう感じの立ち位置に 
なる場合もあります。
 

こういう落差が進まないように
協力体制で、サポートはさせて 
いただいておりますが
覚醒とは、『個々』が望むスピード 
というのがありますから
必ずしも、一致しない場合があります。

===================================

【仕事の上司、指導者に関して】
 

例えばね。
部下に文句をよく言う人 
いるでしょ?
あれはね、 
分離で生きてるからです。
 

そして、『誰かのせい』にする 
被害者意識が強いのですよね。
 

だから、 
部下のせいにしちゃうわけです。
 

ところがですね。
そうじゃなくて。
 

『自分の喜びは、 
 自分で責任とってる』
という状態の人で、 
 

さらには 
統合の意識で生きていたら
 

『あなたの、失敗』
ということは、起こりえません。
 

『あの人が』
という主語はなくなります。
 

そうではなくて 
『わたしと、あなたの課題』
として、捉えるはずです。
 

当たり前よね。
だって、自分の部下だったり
自分の会社の人間なんだから
自分の起こしてる事象以外に
ありえませんよね。 
 

しかも、失敗とか問題ではなくて
 

【より、向上するため  
 本当はどうしたいのかを知るため】
に、その事象を使うはずです。
 

誰かのせいには、しないのです。
 

誰かのせいにしているうちは
『分離』で生きている 
ということです。
 

自分の、今までの上司が
そういう人であったときは
自分も、分離が激しかったから。
 

自分が変われば、関わる相手は
そうではない人が現れます。
 

ちゃんと、合ってるひと同士が
引きつけ合います。

===================================

【辛口だったら ごめん!  
 男性と女性の覚醒格差について 】
 

あの〜〜実は、昨日 
『覚醒時における差が生じてしまう
 パートナーシップの相談増大中。  
 フレー!フレー!男性』
って書いたのですね。
 

そうしたら、 
男性からのお問い合わせが
数件来ました。
 

『どういうことでしょうか?』と。
 

こんなに反応が大きいと 
思いませんでしたが
聞かれたので、 
実状を書いてみようかと思います。
 

わたしのところに、 
来られていらっしゃる方で
『これをやったほうが良いですよ』
というアドバイスを、 
ちゃんと聞けて、実際にやる
ということが出来る人だと
 

半年で、 
かなり別世界にいるくらいに 
覚醒して、変容してしまいます。
(半年、必要ないGOGOタイプの 
 人もいっぱいいますが。。。笑)
 

1年すると、 
内面も現実も、相当変わります。
 

そうするとですね。
 

わたしのところに、 
直接来られている本人と
パートナーがいるとしたら
 

時速が、変わってくるわけです。
 

わたしのところに来られる方は
女性が多いです。
 

そして、スピリチュアルを 
『知っている』という、いわば
『認識ゾーン』から
 

本当に、その『状態になる』
ということに進んでいく
『本当の細胞レベルの覚醒』
ということに取り組めている、 
いない。で言うと。
 

わたしのところだけでなく
全体的に女性9対 男性1
という感じがいたします。
 

マインドレベルで、概念的に、 
理解するというところまでは、 
男性も進みやすいのですが
そこから
 

『実際に状態になる』ことに、 
取り組んでいる男性は、 
まだまだ数少ないといえるでしょう。
 

取り組めたとしても 
『瞑想』止まりのことが多いです。
 

瞑想は、自分で出来ますよね。
ですから、ある意味、 
安心なのですよ。
 

その先に
 

『他者に 身を委ねられるか、 
 預けられるか』
エネルギー変容ゾーンがあります。
 

これは、依存という意味では 
ありません。
 

依存がある人は、 
出るかもしれないけれど
それは、元々あるものが、 
出ているだけなのです。
 

本当に解決すると、 
出ないのですね。
 

ここで、また、 
大きな壁があります。
 

『他者にやってもらうなんて!』
 

そうです。
自分の力でやってる感が 
欲しいのです。
 

『こんなに、すごい ボク!』
がほしいのです。
認めてほしいのです。
 

依存が出ちゃう 
(出ちゃうということは
 根本的には、依存体質です)
自分を、怖がるし、 
他者を信頼出来ません。
 

そして、それが、 
非常にネックになっています。
 

男性の方の、全てが 
そうではないのですが
例えば、承認欲求とか、 
社会的な外面とか、責任とか。
そういったものが、 
男性の方が手放せないことが 
多いです。
 

個人レベルの話ではなく
全体レベルの割合の話です。
 

女性でも、承認欲求や 
社会的な外面はありますし
中には、男性顔負けに、 
承認欲求の固まりの方もいます。
 

『自分が やってる感』を欲して、 
それに走る人もいますが、 
割合の話でいったら
女性は感覚的に、良いと思ったら、 
けっこう進めちゃうところがあって
 

男性は
『論理的になっとくできないと 
 進めない』
『頭で、全部納得できないと、 
 やらない』
 

というところが、 
どうしてもあります。
 

それが、大きな 
『ブレーキ』になってしまう。
 

そして、 
その落差は進んでおり
大変、大きいように思います。

===================================

今のわたしだから
出逢える人がいる
 

今のわたしを
待っててくれた人がいる
 

随分今まで頑張ったね。
 

もう、苦しみを終わらせて 
いいんだよ
もう、悲しみを終わらせても 
いいんだよ
 

幸せになっていいんだよ

===================================

何だか  
2月2日の一斉ワーク
 

ものすご〜〜〜〜〜く
深い部分に切り込んでいく 
感じのようです(;゚∇゚)
 

『個々が、 
 人間としての尊厳を取り戻す』
についてのようなのです。
 

まさに、 
『解放』『自由』『尊厳』
わたしの得意フェーズ、 
そのものだわ!
とか思ってもいるのですが
 

『得意分野だ!よし!頑張ろう!』
と思う自分と
 

そのようなワークを行う 
ということはそれだけ
『ワークを行う 
わたし本人の負担も大きい』
ということで揺れております。
 

まあ、揺れてみても、 
結局やると思いますが
 

一体、 
何を言いたかったかというと
 

もし、わたしのような
エネルギーワーカーさんが
 

『キラキラ輝いていて、楽しく、 
 可笑しく、お金儲け』的要素で、 
働いているかというと、 
全然そうではない人も 
いっぱいいるということです。
 

あえて、 
大変な側面もあるという実状、
エネルギーワーカーの気持ち。
わたしの気持ちを露にして 
みました。
 

変化や影響をもたらせられる 
ということは
すごくディープなワークが 
出来るということは
 

同時に
 

本人への負担や影響も多大だ。  
ということです。
 

もちろん最大限守ってもいるし
最大限メンテナンスも入れては 
いるけれど
その上で、受ける影響がある 
ということです。
 

金額が高ければ高いほど
『それだけ、 
 ディープな影響を受ける』
ということなのです。
 

ですから、世間一般でいう
『稼げていいですね』
 

という概念からは、 
かなり、逸脱した感じです。
 

実体、実状、本音を書いてみました。

===================================

久しぶりに
真夜中に
ガバッと目が覚めて
 

ドバーッと情報が降りてきて
眠れなくなったあ〜

でも、それにも増して 
ハッピーなくらいに超重要な
フラワーオブライフの
組織形成のことだった♡(((o(*゚▽゚*)o)))

もう、歓びが漲り過ぎて
ちょっと眠いけど
全然、眠れなーい 笑)

===================================

コメントのやり取りの中で

伝えたいことが浮かびました。
 

いつも、わたしは
こうして世界から、 
発することを引き出されて 
いるのですよね。
有り難い事です。
 

************************
 

いつも、人間というのは
『自分だったらどうか』
というところからしか、 
みれないのです。
 

自分が愛ではなく我欲とか、 
損得とかでしかの
動機ばっかりだったとすると、 
 

目の前に
いくら『純粋な愛』が訪れても、 
疑うものなのです。
 

単純なことで、 
『自分ではありえない』からです。
いつも、自分目線がどうしても 
入るのです。
 

どんなに 
愛されていたとしても
とても愚かなことだけれど、 
そうしかみえない。
 

わたしもそうでした。

愛のスケール感というものが 
あります。
愛が広がれば広がるほどに。
 

自分の愛が広がれば広がるほど
景色のほうも 
『まさしく 愛』だということに
気付けるのです。
 

愛を疑うのは何故か。
 

とてもシンプルですが、 
その時は まだ
『自分が純粋な愛ではない  
 他の何か』の動機から 
行動しているということなのです。

===================================

わたしが行えることは
『あ〜〜〜 そっちいったら、 
 こうなるよ!』
という道案内人みたいなものです。
 

そっちに行くと、池ポチャ。
あっちに行くと、砂漠。
もっとあっちに行くと、迷宮。
 

道案内は、皆様の貴重な 
お金をいただいて
依頼されたからには、 
広範囲で、かつ
高次元的に多角的に 
観ておりますので
 

案内された本人にとっては 
現時点では何言ってるか 
わからないってことよくあります。
 

でもね、最近思うんだけど
 

人間って 
『体験したい生き物』だから
それもいいのかな。
 

わたしは、もう実際体験して、 
大変な経験するのは
もう充分なくらいにしてきたので 
飽きてるけれど
 

やりたければ、それをしてみるのも 
いいよね。
   

『ああ!そっちいったら、 
 池ポチャぁああああ!!!』
 

と大声で叫ぶことに、 
わたしが飽きました(笑)
エネルギー消費量、半端ないから。
叫んでみても、行きたい人は、 
みんな行くし。
 

だから、今後はね。
『池ポチャのようですよ』と
さらっと、お伝えするだけに 
留めることにします。
 

飽きるまでやり尽くしたら、 
次に進むけれど
それが、1年なのか、2年なのか。
はたまた、10年かかるか、 
来世までやるかはその人次第。
 

わたしは、もう少し、 
スマートに道案内をさせて 
いただこうと思います。

===================================

【お試し♡】
 

何時も、決めると、 
宇宙は問いかけてきますよね
『本当に、それをやりますか?』と。
 

そして、 
その決意が決定していることを 
確認するような事象が 
起こったりします。
 

そこで、 
『はい、やります』と言えたら
次に進むのです。
 

実は、これは大変シンプルで
良いも悪いもなく
ただ、単に 
『あなたの望みはこれですか?』
『あなたの望んでいることが 
 本当にこれですか?』
という問いに
 

『はい、そうです』か
『やっぱり、違いました』 
というだけなのですけれど
 

カルマとか封印とか、 
そういう囚われが多ければ多いほど
そこから、脱却できにくい 
ということが起こります。
 

シンプルになっていけばいくほど
『はい、そうします』 
と言えるのです。
 

特に、力みもなく。
 

それによって、 
どんどん新たに決めたことの方に
物事が流れるだけなのです。

===================================

もう一つ。
 

鈍感なうちは、 
どんな場所に居ても
どんな人と接していても 
平気ですよね。
 

感度が高くなれば、 
波動やら何やら感じるのは 
当然です。
 

そうするとここでまた見方に 
歪みが生じることがあります。
 

具合悪そうにして、 
他の人を馬鹿にしているのかと。
 

そういう特別感を 
味わいたいのだと。
 

そういう風に、 
わたしも以前思ってました。
 

でもね、 
実際そうなってみると
単純にそれだけ身体はって 
ライトワークしてるっていう 
だけなのです。
 

鈍感というのは
 

【いかに、世の中のことを 
見て見ぬふりをしているか】
 

ということにも 
かかっているのですよ。
 

いかに地球が汚れてるか。 
いかに人間が傷ついてるか。 
そこに目を向けて生きるなんて 
ことしたくないのです。
 

綺麗なところ。 
気休めであっても 
楽しそうな中に居たいのです。
 

憶測は何時も 
憶測でしかないのです。
 

実際にその状態になって 
みないうちは全て幻です。

===================================

【ランダム】
 

高次元的に生きれば 
生きるほど
時間の概念的に、ランダムに 
選択している感覚になります。
 

ライトボディーを 
エネルギーレベルで活性化 
している人であれば、段々と
その感覚がわかるでしょう。
 

今までは、 
1→2→3→4→5
そう、進んできましたが
そのように進まなくても 
良いのです。
 

ランダムに取り組んで 
良いのです。
今までと同じように 
順番に取り組もうとすると
意味がわからない 
といったことが起こります。
 

3→9→5
 

なぜなら、 
途中なのに、次に進むの?
という、通常では考えられない 
ことが起こるからです。
 

まるで、 
全部食事を食べ終わって 
いないのに、 
次を食べ始めるとか
 

一部屋掃除していないのに、 
次の部屋にとりかかるといった
意味不明な感じがしますが、 
それでいいのです。
 

わたしは、宇宙と呼応する。 
という言い方をよくしていますが
そういったことを伝えたくて 
お話しています。
 

起こっていることに耳をすまして
自分の感情に耳をすましていれば
物事は最善、かつ最速に進んで 
いきます。
 

カルマだったり、 
こだわりが多ければ多いほど
次の部屋に進めなかったりします。
 

順番を無視するのを嫌がるのは、 
マインドです。
でも、そういう生き方を
すればするほど、段々慣れてきます。
 

今までは、全部順番に部屋の扉を 
開けなければいけない感じでしたが
 

高次元的に生きれば生きるほど、 
全部の扉が同じ部屋にあります。
 

まるで、 
遊園地の鏡の部屋みたいに、 
いっぱいの部屋があるのです。
 

随分前の動画ですが、 
参考までにどうぞ♡

https://www.youtube.com/watch?v=nbMGiNhHc_o

===================================

この世の全ては愛に満ちている
 

これは愛で 
これは愛じゃない
そんな風に定義付けしている
ものがあるならば
 

愛に形をつけたならば
あっという間に形が 
流されてしまう
 

自分にとっての 
それまで信じてきた定義。
悪に満ちて汚れたものが 
どれほどまでに愛に満ちて 
いたのかを知っていく
 

わたしたちは 
何時も選び続けている
 

何かを選ぶということは
何かを選ばないということ
  

選ばなかったものを 
愛していないわけじゃない
 

ただ、今の自分にとって
もっと大切なものがあっただけ
 

選ばれないことと
愛されないことは無関係
 

選ばれていないように見える時
というのは、 
こちら側も何時も本当の自分は 
心底それを望んではいないのだ。
 

そうして
 

世界は、偏っているならば、 
どちらも愛であることを 
教えながら、 
自分の本当の望みを 
叶え続けてくれている

===================================

【雇用と新しい社会システム】
 

社会の事象をみていると
雇用ということに 
注目されている今。
社会の会社のシステムについて
それぞれが、見直してみる 
良い機会だと思います。
 

会社を辞める辞めない 
というところで
もどかしさを感じている人も 
更に増えてきている
ような気がしています。
 

わたしのところに 
来られる方は
やりたくないことが 
出来なくなるので
会社を辞めたりされる方も 
多いのですが
 

わたしから 
社を辞めることを 
推奨したことは一度も 
ありません。
 

ご自身が望まれていることを
応援させていただくことしか
しておりません。
 

実際に実状として、 
雇われていることの気楽さも 
あります。
誰もが起業気質ではないし、 
雇われているほうが楽だと 
感じる人もいます。
 

でも、 
自分のしたいことでは 
なかったりすると
同時に心は苦しかったりする 
ことがあります。
 

わたしのように 
シングルマザーで
子どもを抱えながら 
何処にも雇われずに 
 

個人事業で自力で稼ぐ  
というのは
かなりのエネルギーが 
必要になってくると思います。
 

のんびりするのが 
幸せだという人もいるし
どちらかというと、 
自分で何かを築くよりも
フォローをする方が好き 
という人もいます。
 

その人にとっての幸せは 
個々によって異なるのですね。
 

だからといって、 
今度世間一般の会社に勤める 
となると
やりたくない仕事しかなくて、 
自分の行いたい仕事からは
かけ離れてしまう。
 

今は、 
ここが極端だと感じます。
 

雇われる側の人間が、 
人としての尊厳が 
確立されていて
個々の個性を活かした 
社会システムがあったなら。
 

一丸となって進む 
スタンスではなくて、 
多側面的に物事を捉えて、 
活動を進めていく。 
 

グループとして固めて 
活動するのではなく、 
個と個の関わりという
スタンスを最大限に活かせば、 
無駄な争いは起こりません。 
 

多くの消耗は、 
どちらが正しいという 
全くもって、無意味なことに
決着をつけるところに 
労力がつかわれるからです。
 

それでいて、組織としても、 
まとまる部分もあり、 
きちんと利益が発生することが 
できることも重要です。 
 

そうでないと、 
後に続いて、誰もこれを 
やろうとしないですから。
双方にとって豊かで調和的なもの。
 

わたしは、それをつくりたい。
 

大それた発想かもしれませんが
多くの場合、雇うには、 
まず、先に仕事があります。
仕事が先にあって、 
それに当てはめるという感じ。
 

それも、もちろん良いです。
会社都合の側面もあっても 
良いですけれど
それだけでなく、 
個が主役になってくると、 
先に人間があります。 
 

人間が先にあって、 
その人間としての可能性を  
開いていく側面がある会社が 
もっと生まれてくると良いなと 
思います。
 

よくある企業研修的な、 
『単なる上乗せ』の 
スキルではなくて
可能性をひらくとは、 
その人そのものを、 
開いていくものという意味です。
 

そのためには、 
まず、会社の社長さんと
もしくは人事の方の力量というか
眼力と精神性が必要になりますよね。
 

個々の特性を見極められて、 
ライフワークを見極められる人 
でなくてはならない。
それでいて、  
ちゃんと利益も出すのだけれど、 
搾取することばかりに 
目がいっているようでは 
成り立ちません。
 

それと、雇われる側も、 
自立しているけれど
協力しようという意志が 
必要になります。
 

まだ、どこにもわたしが 
望むモデルが存在しない。
 

だとしたら、 
何時もそうであるように
わたしが、 
生み出すしかないのだろう。
 

そう感じています。
 

雇用について、仕事について
会社というシステムに関して
今一度、考えさせられます。

===================================

【動機】
 

これからもっともっと
動機がどんどん純粋になって 
いきます。
 

例えば
誰かに好かれるために 
頑張ってるとか
誰かに勝つために頑張ってる
とか
 

そういう 
上乗せした動機があったならば
それはどんどん消えていって
純粋な動機になっていきます。
 

上乗せした動機とは
【相手の為に】行う 
動機のことです。
 

自分が本当にやりたいことを
シンプルに行えるように 
なっていきます。
 

ニセモノの動機が剥がれた先に
ホンモノの動機が現れます。
 

ニセモノが剥がれれば 
剥がれるほど
どんなホンモノかが、 
露わになるでしょう。

===================================

【光と闇】
 

年明け早々
今まで、『光』だとされてきた
ことの闇が露わになっていますね
 

シンボルとして、 
社会を揺るがすニュースに 
なっている 
二つのどちらもそうです。
 

しかし、 
その闇すら本当に闇なのか
わたし的には、大変疑問であり
既存の概念である闇が 
本当に闇なのか。
 

一人一人が自分の内側に 
問いかけてみることが 
重要であると感じます。
 

たった一人 
もしくはグループを 
吊るし上げて叩くことを 
目的にするのではなく
私たちが、自分の内側に再度
 

『自分にとっての答え』
『自分にとっての真実』
 

を問う機会なのです。
 

わたし個人の感想としては
不倫というのは 
世の中の95%以上が
【悪である】 
としていますから
 

どちらか片方に偏りすぎた 
固定概念は壊れていくのは 
必然と感じています。
 

一つ、声を大にして 
言いたいことは、
不倫をしている方は、 
全然悪い人でも何でも 
ありません。
 

それは、誤解です。
 

不倫には様々な 
事情があるのです。
奥を辿れば 
様々な愛が交錯しています。
 

同じように離婚に関しては
私自身も体験もしましたが
その決断に愛がなかったわけでは 
決してありません。
 

憶測は、 
何時も憶測にしか過ぎません
本人しかわからないことを
とやかく言ってみても 
憶測の連鎖です。
 

自分がどうしたいか。
自分がどう在りたいか。
 

それを決める以外ありません。
 

昨年から兆候がありましたが
このように
【逆転】が起こっていきます。
序章に過ぎません。
 

闇だと言われてきたことが 
光であり 
 

光だと言われてきたことが 
闇である
 

長い間、闇は闇だとして 
虐げられてきました。
 

二元性が、終わる時です。

===================================

今だから
出逢える人がいる。
 

それは、今のわたしに 
わたしがなったから。
 

何時も、目の前に現れるのは  
わたし。
 

わたしが変わると
わたしの目の前に 
映し出すものも、変わる。

===================================

わたしという宇宙は
様々な宇宙たちと出逢う
 

どの宇宙も、 
わたしに色々なことを 
教えてくれた 

ずっと側にいる宇宙
長い間いっしょにいる宇宙
少しの間いっしょにいる宇宙
 

一瞬だけ触れる宇宙
頻繁には合わないけれど、 
重要なときになると現れる宇宙
 

愛は巡り巡って  
音を織り成していく
昨年末から開いたご縁が
どんなハーモニーを 
つくりだしていくのか
 

ひとつ解っているのは
想像できないくらいに、 
美しい調べとなるであろう
ということ。

===================================

【超重要 これからの未来 長文】
 

昨今
地球の過去の何処かで  
幾度も見た景色が
目の前に繰り広げられ
わたしに問いかける。
  

自分も、 
いつか見直したい記事であり
ここに書き留めておこうと思う。
 

お金、豊かさの格差と共に
これからの世界で 
起こりうることは
サイキック能力の格差である。
 

実際に急速に進んでいるし
更に加速的に進むことは 
間違いない。
 

昔は、 
能力に長けているものと
能力が無い 
(まだ開いてないだけ)もの 
との間で戦争が起こった。
 

何故起こったか。
わたしは、実際に両者の 
言い分を知っている。
 

能力があるものの言い分は 
こうである。
 

『自分の内側にしか 
 能力はないのに
 自分の内を探ろうとせず 
 愚かにも、 
 能力のあるものから 
 奪おうとした。』
 

能力がない 
(まだ開いていないだけ)の 
言い分はこうである。
 

『能力がある者が、無い者を虐げ
 力をふるって支配しようとした。』
 

両者の間には
言語の壁と意識次元の 
隔たりがある。
 

全く正反対に見えて、 
両者には共通している 
ものがある。
 

それは、『恐怖』だ。
 

能力の無い者 
(無いとしているうちは)は
有る者に絶対的な恐怖を 
抱いている。
 

自分には力がなく、 
どうにもならない劣等感と共に、 
絶対的な力を持つ者であれば 
あるほどに
『言うことを聞かなくては 
 ならない』となる。 
 

もちろん、 
そうなってしまう自分に 
課題があるのだが、 
これは能力のあるものにも 
問題がある。
 

1度でも
『わたしがいないと 
 貴方は何も出来ない』
と力を奪うようなことを言ったり 
 

『わたしの言う通りにしないと 
 何かしてやるぞ』
と脅したりしなかっただろうか?
 

受け取る相手の耳によっても 
意味は異なるので、 
 

例えば 
『自分を使えば 
 もっと効果的ですよ』 
と言ったのを 
勘違いされてしまうケースも 
あるけれど、 
 

『わたしの言う通りにしないと 
 何かしてやるぞ』は決定的である。
 

そして、絶対的な力を 
持っていればいるほど、 
驚異と恐怖の標的になりうる。
 

わたしは、一度だけ
『わたしの言う通りにしないと、 
 破壊してやるぞ』 
と言われたことがある。
 

それは、もちろん冗談だったし、 
本当にするはずはないと 
信頼したけれど、 
それでも冗談に聞こえないほどの 
威力があった。
 

聞くものによっては、 
マインドコントロールにも 
なりうるくらいの破壊力である。
  

そうして脅かされたり 
恐怖が積み重なったりして、 
能力が無い(開いてない)者は
 

1、能力が有るものに従属したか
 

2、能力が有るものから、解剖でもして 
 能力を奪おうとしたか
 

3、能力の有るものと互角に戦うために 
  核兵器を持ち出した。
 

理由はちゃんとあったのだ。
鶏が先か卵が先か。
そんな話をしてみても、 
自滅と破滅に向かうだけ。
 

武器のあるものと、 
丸腰のものがいたら 
人間の心情的に、 
自分も武器を持とうと 
するもので、 
それは、とても自然なこと。
 

わたしは、 
【4番目】の選択肢を
皆に伝えたい。
 

即ち
4、サイキック能力は 
誰にでもあり
方法さえ合っていれば 
誰にでも開かれていくことは 
できる。と。
  

ここで、重要となるのは、 
サイキック能力を開くと同時に、 
本人が癒されることだ。 
 

何故なら、 
癒されていない人間が 
サイキック能力だけ 
手にするとどうなるか。 
 

何時も刃物をどう使うかは
その人に委ねられている。
 

それと同時に重要なのは、 
サイキック能力者が、 
己の個性の全てを 
サイキック能力とすることを 
捨てることだ。
 

自分の素晴らしさの  
ほんの一部にサイキック能力が 
あるだけで、 
自分からサイキック能力を 
とったら何も出来ない 
残らないという状態から 
脱却することだ。
 

握り締めれば握り締めるほど
持っていない宝を人は欲するし
歪みができる。
 

だから、ある側面では
『サイキック能力を開くと 
 全然違う』 
と伝えなければならないのと 
同時に、 
 

『サイキック能力があっても 
 無くても同じ』  
と伝えなければならない。
 

矛盾とパラドックスに  
挑戦していくことが重要。

===================================

自分の課題を超えれば 
超えるほど
『色眼鏡』が外れますよね。
 

そうすると、 
色眼鏡無しの景色になります。
世界は違ってみえるのです。
 

どんなに、 
歪んだ景色があったとしても
それは、何時も、 
自分の眼鏡のせいで。
 

だから、 
色眼鏡の方を変えるしか、 
ないんだよ。

===================================

個を確立していない人は、 
個を確立する流れに向かう。
それは、とても大切なこと 
ですよね。 
 

それでいて、いつまでも、  
個というのは極まり続けます。
個を極立てていくのは大切です。
内面に取り組み続けて 
学び成長し続けるのも大切です。
 

それと共に、わたしは、 
その先がやりたい。
 

個が極まれば極まるほど、 
『独りじゃ、何もできない』
とわかるから。
 

個を確立した仲間と共に、 
協力の醍醐味、人間の醍醐味を
味わう喜び。
 

バラバラの素晴らしさを 
感じながら、バラバラだから
出来ないことがあって、 
助け合える喜び。

===================================

数年前のある時。
わたしは、決めました。
 

『違いを愛する 
 ということを学ぼう』
 

どんなに価値観が 
違っていても
それもまた愛であると
 

統合しようと 
取り組んできました。
 

他の場所は、  
わたしにとって 
居心地の良い場所ばかりで
 

とある場所だけは、 
私にとっては大変居心地が悪く、 
友人たちに
 

『あの場所は、 
 行かないほうがいい。
 貴方が傷つく』 
と止められました。
 

その手を振り払って 
わたしは、 
自分が自分で決めた試練。
 

自分が発言している
『違いを愛する』という言葉に、 
深みと真実が宿るまで、 
学びました。
 

同時に『繋げる』という 
役割を数年前に 
ありとあらゆる宇宙から 
推進されていたわたしは、 
かなり長い間の期間 
実行させていただきました。
 

昨年、春頃から 
宇宙がわたしにいうことが 
変わってきて
 

『貴方の世界を開かせなさい』
『貴方の世界をつくりなさい』
『貴方は独特で花の役目の人なのです』
『貴方のところに来たク 
 ライアントさんは、 
 貴方を必要としている人です』
 

一色になっていきました。
 

それを行うためには
『自信』と『孤独』に 
向きなわないとならず、 
それを超える必要がありました。
 

昨年冬から今年になってからは
どの宇宙からも
『GO!!!!!』としか言われず。
 

宇宙から求められることも
変わってきていて
 

『貴方は充分に学んできました。 
 人がとやかく言っても、 
 気にせず、やりなさい』 
 

『慎重さも大切だけれど、 
 どこまで進めるかに 
 チャレンジしなさい』 
 

『富や財に、今の貴方は 
 飲まれることはないのですから、 
 目的に必要ならば、活かしなさい』 
 

『予想以上の幸運やチャンスの 
 状況に沢山恵まれますが、 
 慌てふためかず落ち着いていなさい』
 

になっています。
 

人によって
課題の移り変わりは様々。
 

何時も宇宙は口を揃えて
自分の今の課題が何か教えて 
くれるのです。

===================================

最も最強の闇は
『本人が、その闇の存在を 
 気付いていない闇』です。
むしろ、光と思っている場合に 
それが起こります。
 

何時も世界を揺るがしてきたのは
悪そうな悪ではなくて、 
『正義』を振りかざしたりする 
ことだったりします。
 

光極まれば闇だし、 
闇極まれば光。
 

世界の何処かに、 
光だけの誰かが存在しないかと
探し求めてみても、 
 

いつも、 
打ち砕かれてしまうでしょう。
 

表だけは、存在しないのだと 
わかるまで。

===================================

新しい世界に
踏み出そうとしている時
 

今までと同じやり方には 
ならないよね
 

自転車に乗る際に
補助輪つきから、補助輪 
無しに変わるくらい違う
 

今まで補助していた補助輪は
むしろ足かせになっていたりして
 

補助輪が無くていいのかなと
戸惑う場面も訪れるけれど
それで良いんだという確信が
 

新しい乗り方が出来るように
推し進める
 

上手くいかなくなっていること
自分の喜びではなくなっていること
 

それは
 

補助輪付きの自転車だったり
合わなくなったヤドカリのお家
似合わなくなった洋服
 

そういった『卒業』の 
アイテムなのです。
 

卒業していくことと
新しい世界に入っていく 
ということは表裏一体なのです。

===================================

愛しき人よ
 

貴方が貴方らしくいることが
そのままで既に愛されるに 
値することを 
世界に知らせてください。
 

蒼き星よ
 

守ってしまうほどに
怖がりで臆病で愚かだからこそ、 
純粋性と勇気を発揮出来る 
チャンスに恵まれていることを、 
宇宙の完美に気付かせてください。
 

光の糸よ
 

類稀な浸透力で
生きる力と命の誇りの息吹きが
肉体に注がれる奇跡を奏でて 
ください。
 

祝福を。
 

全てに祝福を。

===================================

【なってみないとわからない】
 

人は、なってみないと 
わからない生き物です。
 

ある時
お金で悩んでいる人に
お金持ちの人が
 

『人生、お金の有る無いが 
 人間を決めるわけではないよ』
と諭しました。
 

確かにそれは、 
お金持ちの人が得た教訓で 
真実だったけれど
お金が無い人には 
意味がわかりませんでした。
 

お金持ちになってないのに、 
その心境を本当に手に入れるのは、 
無理だったからです。
 

また、ある時 
サイキック能力が高く 
過去生をたくさん知っている人が
 

やたら、過去生を知りたがって 
いる人に 
『過去生なんて知ったところで 
 意味がないよ』
と諭しました。
 

これもまた、 
過去生が色々みえる人の 
真実だったけれど、 
過去生を知らない人には 
本当の意味ではわかりません 
でした。
 

キャビアを食べたことの
ある人が、無い人に
 

キャビアは 
そんなに騒ぎ立てるほど
美味しいものでもない 
と言ったけれど、 
食べたことの無い人には、 
本当には 
伝わっていなかったのです。
 

わたしは、そういった事象を
『マリーアントワネット状態』
と勝手に名付けていますが、 
覚醒のお仕事というのは、 
マリーアントワネット状態が 
非常に起こりやすいお仕事と 
いえます。
 

『こうすれば、幸せになれますよ』
と、まだその心境になったことのない
食べたことのない相手に、 
根気よく説明をし続けるお仕事です。
 

わたしは、 
何時もマリーアントワネット 
であることを自覚していますが
段々覚醒すればするほどに
解離が進めば進むほどに
 

マリーアントワネット状態が 
酷くなります。
 

幸せだと、 
苦しみがどうだったか
わからなくなるのです。
 

だから、 
言葉が通じなくなります。
 

覚醒のサポートしている人なら
誰しもが、 
そのもどかしさを感じながら
生きています。
 

それでも、今出来うる最善を。
今日もまた。

===================================

愛していることと
与えることとは無関係。
 

愛していても
愛しているからこそ
与えないこともあるし
 

愛していても
与えられない場合がある。
何故なら、 
誰もが一人の人間という
制約の中で生きているから。
 

100パーセント。
何時も自分の望みの全てを 
叶えてくれることが愛だと 
錯覚定義していると
 

それは、何時までたっても
手に入らない幻なのだと 
解るまで
世界が愛してくれないという 
ことが続く。
  

そうして 
世界を憎んでいるのだ。
 

そういった場合、 
先ず、重要なのは
 

愛していることと 
与えることとは別である。 
と知ることから始まる。

===================================

一斉ワークが、大変好評で
ご感想を拝見するごとに、 
喜びがこみ上げてきます♡
 

1/1と1/11 2回開催して、 
良かったなあ♡(*´∇`*)
 

最近、 
エネルギーワークを 
すごく力を抜いてできるように 
なっていて、 
力を抜けば抜くほどに、 
良い感じで出来るように 
なってきています。
 

どんどん幸せになって、 
どんどん心に安らぎが 
訪れていって
どんどん自分を愛していって。
 

みんなが、進化し  
本当の自分を思い出して
いくことを眺められる幸せ。
 

それでいて、昨今、 
ある危機感を感じています。
それは何かというと、 
『言語が通じなくなることの 
 加速』です。
 

これから、高次元的に、 
開いているひとと、 
開いてない人の間で
ますます言葉が通じなく 
なります。
 

今年、来年は、 
『高次元意識がひらかれて 
 いる人を生み出す』
ことに、再重要項目の1つ 
として掲げて活動する予定です。

===================================

あるところに  
青虫がいました。
ある時、 
青虫は蝶の話をきいて
 

『わたしも、 
 蝶になれるのかもしれない』
とそう思いました。
 

そうして、 
どんどん蝶に詳しくなりました。
 

蝶が、どんな風に考えて、 
どんな風に生きて
どんな考え方になって、 
どんなに素晴らしいか
そういったことに、 
とっても詳しくなったのです。
 

ところが、 
ここで問題が起こりました。
 

何度も話をきいているうちに
『こんなに、 
 詳しくなったのだから、 
 自分も蝶だ』
と錯覚してしまったのです。
 

青虫は、蝶になれたと錯覚して、 
あたかも蝶であるかの
ように話し始めました。
 

みんな、蝶の話を知りたがり 
ましたから、 
それは多いに盛り上がりました。
 

ところが、 
蝶のことに詳しい青虫は、  
ちっとも幸せには
なっていきませんでした。
なぜなら、まだ、 
青虫だったからです。
 

こんなに、蝶に詳しいのに、 
なぜなんだろう。
こんなに蝶の勉強をしたのに、 
なぜなんだろう。
 

とっても不思議でした。
 

ある時、青虫は  
ある人に言われました
『あなたは、青虫ですよ』
 

青虫は、怒りました。
顏を真っ赤にして怒りました。
 

何言ってるんだ! 
あいつは、特別なふりをしている。
あいつと、わたしは、同じだ。
 

聴く耳をもたないでいたら、 
自分がまだ青虫であることを
思い知らされる事象が起こって、 
 

ついに、青虫は
『蝶に詳しい青虫』 
であったことを 
徐々に認めはじめました。
 

認めてからは、 
蝶に実際になれるように 
エネルギー的に変化していって、 
サナギから蝶に変容しました。
 

ところが、 
ここでまた問題が起こりました。
 

実際に蝶になった途端、 
どれほどまでに恩恵を得たか 
計り知れないサポートツールと、 
 

蝶になれるよう 
サポートしてくれた蝶の存在が 
鬱陶しくなってきました。 
 

してもらったことを全部 
『無かったこと』に 
したくなってきました。
 

自分が『最初から、蝶』 
だったように 
振る舞いたくなりました。
 

そのためには、 
ここまで導いてくれた蝶と、 
蝶になっていける 
エネルギーワークを 
捨てなければなりません。
 

そうして、 
『全部自分がやっています』 
『わたしは、最初からこれです』
 

と自分を出したくなったのです。
 

なぜ、等身大の真実。 
本当のことを言えないのか。
  

『わたしが凄い』ということを、 
何よりも言いたかったので
 

他の誰かの助けや、 
素晴らしいツールがあった 
という真実は邪魔でした。 
 

サポートしてくれた蝶が、 
自分よりも色々なサポートが 
できる蝶だったので、 
 

同じツールを使うとどうしても、 
サポートしてくれている蝶よりは、 
能力がないということを 
見続けなくてはならないので
それが、プライドを許しません 
でした。
 

ただ、1つ、この蝶は、 
気付いていないことがありました。
 

『自分は、まだサナギである』 
ということでした。
 

実のところ、 
まだ、誰も蝶になど、 
なっていなかったのです。
 

一方で、同じく 
サナギの蝶がいましたが
この蝶は、 
『自分は、まだサナギである』 
ということを知っていました。
 

ですから、 
ここで終わるわけではない。 
と自分の状態を把握していました。 
 

自分の力量の未熟さを見る 
ことのできる強さと
向上しようという強さが 
ありました。
 

それでいて、 
今出来る最善を提供しようと 
していました。
 

ツールだけが、 
全てではないけれど、 
ツールによって
大きく自分が変わったことを 
認めることができました。
 

それと共に、 
ツールだけに頼らず
自分自身を知り、 
その素晴らしさを活かそうと 
していました。
 

自分の素晴らしさと共に、 
ツールをつくってくれた人の愛。
ツールを提供してくれた方の愛、 
見守ってくれた人の愛。
 

その全てがあって、 
自分の変化があった 
ということに感謝していました。
 

もっと素晴らしい能力をもった 
蝶はたくさんいましたが、 
未熟さと向き合いつつ
自分がどんどん向上していこうと 
思える指針になりました。 
 

それと同時に、未熟さ自体が、 
既に貴重さそのものである 
ということも知っていました。
 

自分で全部出来たんです。
最初から、こういう自分だった。
という風にすることよりも 
 

自分の力を見せつけるよりも、 
選んだことは
『世界の多くの青虫に、 
 本当に変容するということ』
を伝え、 
サポートしたいと思っていました。
 

どちらも、サナギですが、 
サナギとしての生き方が 
異なります。 
 

これによって、 
蝶の細胞の割合がどのように 
変わってくるのか。
 

サナギたちが、 
今後どのように 
変容していくのかは
 

神だけが知っています。

===================================

望めるって、才能。
 

望むところに立つには
『そんなに素晴らしい状態に 
 なっていい自分。 
 幸せになっていい自分』 
を許可できないと望めない 
からです
  

望めないと、 
そもそもスタートラインに 
立てません。

自分が幸せじゃないのに
他の誰かの幸せなど、 
心底望めるはずもありません

自分がいっぱいいっぱい 
なのに他者のことばかり。
それは、犠牲です。

自分が幸せにどんどん 
なっていくことは、 
他の誰かの幸せをどんどん 
願えることでもあるのです。

===================================

今は、種まき。
花まで咲くことを 
期待しなくていい。
 

それは、例えるなら
ウィンドウショッピング 
だったり
お部屋の物件の下見を 
している状態。
 

実際には、 
まだ買っていないけれど
実際には、 
まだ決まってないけれど
 

その作業があったからこそ
その次が見えてくる
 

また、訪れよう
いつか必ず来よう
 

それを決められる
 

ほんのすこし体験してみる
ほんのすこし詳しく見てみる
 

それが、後の世界を形取る。

===================================

水星逆行の影響は
確かに感じる。
 

通常ならば、 
80キロで走れるところが
40キロでしか進まない。
 

だから こういう時こそ
『40キロ』を嫌わず
40キロを積み重ねる
 

出来ることをやっておく。
 

40キロだからこそ
景色がスローだからこそ
【見極められる】
ことがある。
 

それが、 
80キロになってからの
大きな失敗を防ぐ。
 

もし、 
今進まなかったとしても
本当に現実化したいことなら
 

もう一度、改めて
自分の望みを【望む】ことも 
出来る。
 

いつも、 
全てデメリットに思えることは、 
メリット。
 

活かすか。活かさないか。で
全ては決まる。

===================================

全部一人で出来たら
他はいらないね
 

だから、 
全部一人で出来る世界には
他人はいないんだよ
 

全部一人の世界も同時に 
在りつつ
 

他人がいるのは
 

助け合えるため
愛しあえるため
  

愛する喜びは 
己の光の輝きを
愛される喜びは感謝を
もたらしてくれる
 

いっぱい、 
愛しちゃっていいんだよ
いっぱい、 
愛されちゃっていいんだよ

===================================

アンパンマンは瀕死だった。
 

顔を皆に、 
与え過ぎてしまって
ほとんど、力尽きそうだった。
 

ライトワークと 
準備ワークと一斉ワークと、 
水星逆行で、疲れ果てていた。
 

『もう、ダメだぁ〜(>_<)』
そして、力尽きて、まさに
今倒れようとした時
 

ジャムおじさんが現れた。
 

『アンパンマン、新しい顔だよ!!!』 
シュルシュルシュル〜!!!
 

そして、アンパンマンは 
新しい顔になって、 
倒れなくて済んだのでした♡
 

新しい顔になったアンパンマンは 
新しい顔を皆に分け与えるのであった。
 

メデタシメデタシ♡
 

注) 実話です♡

===================================

【落ちこぼれ】
 

実は、 
わたしは落ちこぼれです
 

現実化でいう、 
規模とか拡大といった 
観点で見たら
ノロマな亀 そのもの。
 

潜在意識のお仕事を 
していた時の当時の仲間は、 
規模をかなり拡大していて、 
世界に進出しています。
 

当時の仕事のパートナーとの
決定的な別れ目は
 

提供していた
潜在意識のメソッドによって
 

変化を実際する人 と
変わらない人。
 

パートナーは、前者だけをとり
わたしは、後者が 
何故変わらないのか
そこに着目したのです。
 

私自身も、わたしが一番弱く
落ちこぼれでした。
 

でも、落ちこぼれだったお陰で
今にたどり着くことが出来ました。
 

落ちこぼれだったから
辿り着けたのです。
 

当時、クライアントさんの 
変化の度合いは、 
およそ50パーセント。
残りの50パーセントは 
変化しませんでした。
 

今は、変化の質が
違い過ぎて当時と比較出来ないし、 
余りにも別世界過ぎるけど
 

個人的な体感でいったら
濃度と速度が
800倍くらい違うかな?
 

何処まで、変化するかは
個々によって差異があるけれど
100パーセント変化に至っています。
 

当時と違って
拡大することだけに固執して 
ないけれど、それでいて
 

『あなたは、広げる人ですね』
と、様々な指導者に 
言われるくらいに 
 

拡大するということも、 
わたしの望みです。
 

落ちこぼれって、悪くない。
自分の力では、どうにもならない
ということを、体得できるし
 

深遠なる自分に
真実に
 

たどり着くチャンスに 
満ちているから。

===================================

温泉にゆったり浸かり
まったりの時間♪( ´▽`)
 

伊勢神宮、清々しくて
とても心地よかったです。
 

色々凄かったですが
一番、驚いたのは
タクシーの運転手さん。

行きも帰りも
エネルギー的に
素晴らしかったです。

実のところ、 
東京横浜辺りだと
半分くらい霊障だったり、 
濃かったりするんだけど

伊勢は違いました!
タクシー心から好きだって
始めて思ったかも。

神の使いですね。

帰りの際に余りにも 
素晴らしかったので、 
お話してみたら

『神様に呼ばれる時しか、 
 内宮への送迎には出来ない』
と仰っておりました。

完全に感覚で 
送迎をされている模様

調子が悪い時とかは、 
禊に行ってから
外宮内宮と順番に行くのだ 
そうです。

ライトアップされた伊勢神宮
とても美しかったです。

次回は、昼間に♪
次回が、どうやら、直ぐのようです。

===================================

ひたむきに
取り組めることがあるって
すごく幸せなことですよね。
 

協力を楽しめるって
すごく幸せなことですよね。
 

ただ今、コンテンツ制作 
まっただ中なのですが
色々な方に助けていただいて
本当に、幸せいっぱいで、 
つくっています。
 

協力する醍醐味って、 
こうなんだなあって。
誰かに、委ねれば委ねるほどに
わたしは、もっと自分しか 
出来ないことに集中出来ていって 
 

どんどん  
アイディアが浮かんできて
作品をつくることができます。
 

もっと、お願いしちゃおう♡
どんどん、お願いしちゃおう♡

===================================

もう一つ
 

覚醒って一方通行ですよ。
 

辞めるとか
マインドで思ってみても
 

ご本人の魂が、 
何を望むかに
かかっておりますので。
 

マインドと、 
魂のギャップが
あったりすると大変ですよね。
 

流れるプールに
長い間逆らうと
 

大変です(⌒-⌒; )

===================================

何時もそうなのですが
わたしの話は、 
話す相手によって、 
引き出されるものが異なります。
 

教えていても、 
教える側の方が、 
わたしから引き出したいものが
何かによって、教えている内容も 
変わります。
 

色々な方、色々なレイアーの方と 
関わることで
わたしが、伝えられる領域は、 
広がるということです。
 

依存について、もう少し 
書いてみることにします。
 

わたしは、頑張り屋さんでした。 
超がつくほどに。
そして、同時に 
『全部自分でやっている』
という傲慢さをもっていました。
 

どうして、 
そんな風に傲慢に立つのか。
何処かで、甘えたい衝動がある 
気持ちをひた隠しにしながら
わたしは、かたくなに自分を 
守っていました。
 

なぜなら 
『そのままでは愛されない。 
 ダメなわたしでは愛されない』
 

深く深く、 
それがわたしの根本に 
あったのです。
 

それを脱却する方法としては
『無条件で愛してくれる人』
の存在です。
 

どんな自分か。 
というところは、関係ない。
情けなくって、愚かで、 
弱いわたしだけれど 
   

そういうわたしでも、 
そのままのわたしを愛して 
くれた人がいて
それで、わたしは存在としての 
肯定をしていくことが
出来ていったように思います。
 

頑張っているときよりも、 
人にいっぱい頼れれば頼れるほど、 
情けなさも感じますが同時に 
『世界からこれほどまでに 
 愛されている』ということを 
実感することができました。
 

極度の自立の時期が長かったため、 
頼れたときには
むしろ、極度の依存に振れました。
 

愛をむさぼるように。
むさぼるという言い方が、 
ぴったりなくらいに
独りで頑張っていたわたしは、 
愛に飢えていたのです。
 

飢えている 
ということを認めるのも、 
一苦労。
 

当時、嫌っている依存的な人。 
見下している依存的な人と
自分が一緒になるのが嫌だったけれど
 

でも、自分もまた同じなのだ。
と認めざろえないくらいに、 
愛を切望していました。
 

そうして、わたしは、 
時に依存的になる自分を感じながら。 
そうして依存的な自分を直視しながら、 
 

依存から本当の意味で脱却して 
『依存』ではなく『頼れる』ように 
なったように思います。
 

傷つけば傷つくほどに 
距離をとって、 
人と関わるのを避けてしまっていた 
のですが、 
距離ではごまかせません。
 

依存的な感情が 
浮き彫りになればなるほど
それは、母を求めているのであって
 

母から無条件の愛の経験がない 
わたしにとっては
麻薬のような危険性を感じて、 
幾度も逃げたくなったし
離れようともしました。
 

でも、それでも、そこと、 
しっかりと向き合いました。
 

距離をとることは、 
時に自分の休暇となります。
疲れすぎたときは、 
それも良いでしょう。
 

距離ではごまかせないのです。 
関わり、触れ合って、 
自分の未熟さや情けなさを 
感じながらも、 
 

関わりながら、頼りながら、 
形成してきたように思います。

===================================

幸せなふり。
し続けるのもいいけれど
 

本当は、幸せじゃないって  
認められたら
悔しかったり、情けなかったり、 
負けた気分になるかもしれないけれど
楽になります。
 

勝ち気なわたしは、ある時
世界に全敗してみました。
 

いくら、知識を振り絞っても、 
勝てない相手がいて
エラそうにしているその人を 
貶めてやろうと思ったけれど
出来なかった。
 

本当は、 
エラそうに観えていた 
わたしの目に
眼鏡がかかっていたのでした。
 

全敗の体験。
それが わたしを 
大きく変えることとなりました。
 

傲慢のために。
自分の保守のために。
よく見せるために。
自分のプライドのために。
 

という殻に、 
大きくヒビが入って割れたからです。
知識で固めてきたプライドが、 
全部崩れさりました。
 

その後も、殻のおかげで、 
わたしは、 
幾度も壁にぶちあたりました。
 

なぜ、守るのか。
それは、とても 
傷ついているからです。
心の奥底では、怯えて 
『助けて』と言っています。
 

それに、 
気付いてあげられるか。
最も弱くて 
愚かな自分が存在することを、 
認めてあげられるか。
 

それが、始まりです。

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【依存と自立】
 

実は、極度の依存と 
極度の自立は
わたしからしてみると 
『同じ状態』にみえます。
 

極度依存的な人は
何でも自分でやろうと 
する人をみて 
うさん臭く思えます。 
 

『あんなに、自分ひとりで 
 抱え込んでどうするんだ。 
 誰かにもっと素直に頼れば 
 よいのに』
 

極度の自立な人は
何でも誰かに頼ろうと 
する人をみて 
うさん臭く思えます。 
 

『何で、あんなに人に 
 甘えて頼るんだ。 
 自分自身で行うことが 
 大切でしょ』
 

頼りすぎてしまうのは、 
どうしてか。
ゆだねすぎてしまうのは、 
どうしてか。
 

自分自身だけで 
頑張りすぎてしまうのは、 
どうしてか。
 

これは、実は 
違う理由のように思えて 
『原因は同じ』です。
 

どちらにしても 
『中心から、距離』 
がある状態です。
 

自分が、  
中心から離れていれば 
いるほどに、 
逆の人を目の前に現して、 
苛立ったり憎んだりします。
 

でも、何時も 
わたしたちの目の前に 
現れるのは
 

『自分が使えていない、 
 自分自身』
 

極度依存と極度自立から、 
脱却するには。
 

『中心』へ還ることです。
 

統合して、 
真実の自分に還ることです。
 

そうすると、 
極度依存の人をみても、 
極度自立の人をみても
 

『中心から、離れてるなあ』 
としか、感じません。
それ以上のことを、 
自然と感じなくなります。
 

『どちらが、正しい』は 
消え去ります。
 

同じであったことに気付いて 
いくのです。
そういったこと1つ1つが 
統合への道のり。
 

自分を愛していく道のり。
 

目の前に繰り広げられている 
ことに対して、感じる感情。 
 

自分の感情に責任をとって 
いくことが、重要です。

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【癒しに長く 
 取り組んできた方の実状】
 

わたしのところに 
来られる方の中には
もう、癒しには何年も 
取り組んで来られた方も 
いらっしゃいます。
 

ありとあらゆる、ヒーリング。
ありとあらゆる、瞑想法。
ありとあらゆる、内観
 

ご自身でもヒーリングも 
出来たりしていて
それでいて、なぜ。 
なぜ変わらないんだ?
 

ほとんど、もう、 
瀕死の状態で、 
諦めることしか考えられない 
状態で来られる方も 
いらっしゃるのです。
 

お金もかけたし、 
自分でも一生懸命 
取り組んできたのに
 

なぜ?。。。。。。?
 

それは、ほとんど絶望です。
癒しに取り組んでいないのなら、 
自分で取り組んでいないという
自覚がありますから、 
まだ、いいのです。
 

これから 
取り組めばよいのですから。
 

しかし、取り組んできた。 
ということが明らかで 
あればあるほど。 
 

全く好転していかないことが、 
まるで終わらない悪夢のように 
なってきます。
 

わたしも、  
悪夢の中にいたことがあります。
どうして。。。。どうして、 
こんなに取り組んできたのに
 

わたしは、 
変わっていないんだろう。
 

周りの人が変わっていけばいくほど。
『わたしが、ダメなんだ』
 

そう思いがちです。
 

でもね、ハッキリ 
お伝えさせていただきます。
 

そうじゃないんですよ。
『貴方が、ダメな人なのでは 
 ありません』
 

『ただ、方法を 
 間違っているだけです。』
 

はっきりいって、 
フォローする側の人が 
真実の自分を確立し
高次元的にひらいていて、 
 

霊障から、カルマから、封印から、 
人間関係の修復から何から 
根本的なところからの変容や 
 

覚醒のフォローのアプローチが 
出来る人が一体どれくらい 
いるのか?
  

正直なところ、 
数えられるほどしかいません。
ですから、ただ、それだけです。
 

自分が悪くて、 
ダメだからなわけではありません。
まだ、辿り着いていなかった。 
というだけなのです。

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わたしらしさを発揮できる 
ワークを提供できるように
なってから、 
 

エネルギーワーカーとしての 
活動が楽しくて仕方ないです♪
 

力を抜けば抜くほど。
わたしが、わたしを手放せば 
手放すほどに
 

よいワークが 
出来上がっていく感じが、 
とにかく面白いです。
 

昨年までは、 
どちらかというと、 
スピリチュアル ティーチャー
としての活動に力を入れて 
おりましたが、 
 

今年は
スピリチュアルティーチャー
スピリチュアルメッセンジャー
エネルギーワーク  
メーカー&ーワーカー
 

の三本建てかなあ♡
メッセンジャーは、 
春以降から開始します。
 

どれも、連動しているもの。
どれも、欠けたら 
できないことばかり。
 

わたしは、現場が好きです。
教えるだけでなく、 
現場の声をきくって大事。

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明けまして おめでとうございます
爽やかな晴れやかな 
お正月を迎えております。
 

今年は、 
個々が個々の限界を突破していく
未知なる飛躍と超越した 
発揮の年になるでしょう。
 

そして、それを成すためには、 
人と人が織り成して協力して 
いくことが鍵となっていきます。 
 

協力していけばいくほどに、 
最も己を発揮していくことに 
集中し、己を超越していける 
でしょう。
 

わたし個人の今年のキーワードは 
『Home』『築く』『発展』です。
 

わたしは、 
とても飽きやすい人間で、 
同じことを続けていられず
全てを0にしては、 
また新たに生み出すということを 
繰り返しておりました。 
 

そのため、0から1を 
生み出す力には長けており
最も馬力が必要な0から1への 
立ち上げサポートはとても 
得意としています。
 

それでいて、 
わたし自身は旅人のような気分で、 
何処かに着地する場所を 
探していたように思います。 

仕事も、 
2年で大きく形が変わる 
サイクルが続いておりましたが
 

昨年は、 
わたしがわたしの立ち位置に 
立ったことによって
長期に渡って、築きたいと思える 
基盤を完成いたしました。
 

長期とは、35年かけて 
行うことに関してです。
 

築いていくためには、 
未来に得るであろう 
新しい材料の素材集めばかりに 
意識を向けるのではなく、 
今ある材料に意識を向けて、 
形にしなければなりません。
 

発展するためには、 
全てを投げ出してゼロにする 
ということではなく 
新しくなりながらも、 
『残す』ということへ 
挑戦していくことが重要です。
 

わたしにとって未挑戦、 
未開拓である
『築く』『発展』に挑戦しつつ
わたしそのものが、 
誰かにとっての『Home』と成りて
仕事においての『Home』 
フラワーオブライフを築き
 

プライベートにおいても 
温かい家庭 
『Loving Home』を得て
花開く一年にしたいと 
思っております。
 

皆様、今年も、 
どうぞよろしくお願い致します。

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来年、フラワーオブライフが
本格的に、始動していくために
 

今年中に、 
出逢ってくださっている方たち。 
様々な存在や、色々な方たちに 
助けていただき
本当に感謝しております。
 

わたし1人では、 
何も出来ません。
皆様のお力があって、 
たくさん助けていただいて 
ご協力いただいていることで、 
巡るのです。
 

また、1人。 
心強い仲間が現れました。
 

どうか、 
これからのわたしが
わたしを存分に発揮できます 
ように。
 

どうか、 
ひとりでも多くの方が
愛に気付いていけますように。
 

どうか、 
ひとりでも多くの方が
自分を思い出していかれます 
ように。
 

どうか、 
ひとりでも多くの方が
幸せに満ちあふれていかれます 
ように。
 

どうか、ひとりでも多くの方が
輝かれていかれますように。
 

星のひとつひとつが織り成して 
星座をつくっていくように。
 

煌めきのフラワーオブライフの 
囁きを感じながら。

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みなさんが光として
より輝きを増していく姿。
拝見させていただく度に、
あまりにも美しくて 
涙ぐんでしまいます。
 

本年最後のセッションにて
輝いていかれる姿を拝見できて、 
幸せ♡
 

人は、時に、情けなくて愚かで 
弱いこともあるけれど
それでも、 
生きるという素晴らしさを
皆の姿を拝見して、何時も 
学ばせていただいています。
 

こんなに人は変われるんだ 
という奇跡を眺めさせて 
いただける幸せ。
 

人がどんどん幸せになっていく 
姿を眺めるのが
わたしにとっての最高の極上の 
幸せ。

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【嫌っているものが、最も必要なもの】
 

皆がどんどん幸せに 
なっていけば
自分の願っている 
クリエイションができれば  
嫉妬とか妬みとかは生み出され 
ませんよね。
  

例えば、 
わたしの得意分野として
実現。クリエイションがあります。
 

ところが、 
実現。クリエイションに 
抵抗がある人だったり 
『望む』ということに 
抵抗がある人は、 
 

こういうワークをみると
『我欲』とジャッジして 
嫌悪を抱き 
受けないということが 
起こってきます。
 

でも、 
実際のところ、一番必要 
だったりするのですけれどね。。。(^▽^;)
 

逆に、実現していくのは、 
得意だけど、 
甘えられないとか
頑張り過ぎとか。 
自分を大切に出来ないとか。
 

そういう人に限って
『頼れる』とか 
『大事にする』とか 
『楽に生きられる』というワークを 
受けなかったりします。
 

でも、これまた実際のところ、 
一番必要だったりするのです 
けれどね。。。。(^▽^;)
 

得意分野を伸ばすのも 
良いでしょう。
 

でも、これからは益々 
『動いていない歯車』があると
それによって、 
回らないということが起こって 
きます。
 

苦手なところ。 
取り組んでいなかった 
ところにも矛先を向け、 
チャレンジすることは、 
大切ですよね。
 

『どれも大切』『どちらも大切』
という人は、 
バランスがとれてきていますので
全てにおいて、もっと伸ばして 
いきましょう♡

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【育て方 考察】
 

人を育てるって難しいとつくづく
感じます。
 

答えがない中で 
どちらにもメリットデメリット
両方が存在する中で  
今の自分の指導方針はこれとして 
それを行うしかないですよね。

例えば、わたしはどちらかというと
『あなたにも、出来るよ』
として、自信を育みます。

『今出来る最善を行うことが大事です』
として、 
実際に提供できるようにしていきます。

そうすると 
『わたしにも、出来るかも♡』
という感じで、実際に出来て
提供できるようになるのですが 

落とし穴が存在します。

その落とし穴は、例えば、 
稼げてないうちは、現れないのですが
稼げ出しはじめると 
『もう、出来た!』
となってしまうことがあるのです。

全然、まだまだの部分もあるんですよ。
覚醒においては、全然まだまだ。
むしろ、これからのところだらけなのに

でも、稼げたということで、 
『勘違い』しはじめてしまう。

自信をもつのは 良いことです。
でも、同時に謙虚さも失って
『自分の力でやってる!』
という感じで生き始めてしまうと、 
道から逸れます。

覚醒において、謙虚さを失って、 
継続しなくなることは『致命傷』
なのです。

だから、そこは、口酸っぱく 
言っているのですが
人間、うまくいけばいくほどに、 
聴こえない。
目に入れたくなくなるものです。

逆に、どちらかというと
『まだまだ』
『ここも、まだまだ。
 あそこもまだまだ。』

として、成長を促すのが強い人も 
いますが
確実に覚醒において継続していくし
謙虚さや感謝を失わずに生きること 
ができますが

これにもまたデメリットが存在します。

つまり 
『まだまだ過ぎて、自分で 
 何かなどできない』
と感じやすく、 

提供をするということまで、 
向かえない
ということが起こります。

最も、良いのが 
『提供し続けながら、 
 自分にも向き合い続ける』
ということなのですが。

まあ〜〜〜〜。。。。。。 
びっくりするくらいにほとんど
出来ないです。

『自分の力』を見るのも大切です。 
愛を表現すること。
『他者の力』を見るのも大切です。 
世界からの愛を受け取ること。

でも、きっと、この両方をちゃんと 
見れるというのは
『自分の力だけ 
 ということにしようとする。
(自信がない。認められたい。)』
ことから、脱却していないと難しいし

『他者の力に頼るほど、 
 自分には力がないことにしておきたい』
(自信がない。誰かにやってもらえる 
 ことの方が愛だと感じている)
からも、脱却していないと難しいし

かなり、バランスとれてないと、 
どちらかに偏ってしまうもの
なのかもしれません。

===================================

【振り返り】
 

過去は振り返らない。
という言葉は
スピリチュアルでよくきくけれど
気がつくと、
過去を振り返っていたり
 

振り返らないではいられない 
くらいに辛い時には 
この言葉はとても有効なのだと
思います。
   

逆に、どんどん楽になって
どんどん幸せになって
今を生き出すとどうなるか。
 

過去は自ずと振り返らなくなります。
過去のことは、考えなくなります。
幸せだし、何不自由ないし、 
希望に満ちているようになります。
そうなると、今度何が起こるか。
 

『今しかみなくなる』のです。
 

確かに、今を生きる というのは 
とても大切なことです。
 

でも、過去を見すぎている時に 
課題があったように
今しかみないことにも課題があります。
 

1、どう、変化したのか。 
  変化したプロセスを忘れるので、 
  感謝を忘れる
 

2、変化前の人の気持ちを忘れるので、 
  寄り添えない。わからない。
 

3、寄り添えないので、 
  その人たちの気持ちになって、 
  文章が書けない。(伝達できない)
 

今を生きることは素晴らしいことです。
でも、忘れ去ってしまうことで、 
行えなくなることもあります。
 

わたしも、どんどん自然と忘れて
いってしまっています。
伝えられる人というのは、もう一度 
その時の自分に降り立つことができる人。
 

来年春くらいからは、 
メッセンジャーとしての活動も
再開しようと思っているので 
『降り立つ』ことができる人に 
なろうと思います。

===================================

【2,4,8,16,32,64,128,256】

何だか、フリーダムディスティニーが
わたしの予想を遥かに超えて
どんどん発展していきます(;゚∇゚)
 

今日は、父と母の8世代上まで
ワークをしてみました。
 

わたしからしてみると
9世代上までということになります。
 

なぜ8なのかは知りませんが
256までやりたかった感じです。
 

父方の方の家系カルマと
母方の方の家系カルマ。
 

家系カルマは、   
色々人に頼んで幾度かワークを
していただいたこともあります。
 

自分でも、こうして、 
家系カルマが出来るようになる 
なんて思いもしませんでした。
 

フリーダムディスティニーの 
発展系なのでオリジナルですし。
それにしても、これがもの凄い画期的!
 

すっごく見違えるように
ピカピカになりました!(o゚▽゚)o゚
 

母方と父方の抱えているテーマが
それぞれに違っていて、 
家系別のテーマがあるのだなあと
しみじみ感じました。
 

年末に、家の大掃除だけでなく
家系カルマまで、更にすっきり♡
 

8世代までって、 
幾らくらいで出来るかなあ?
先ずは、  
コンサルテーション入れてもらって
見せてもらって、 
チャネリングで決める感じかなあ。

===================================

お正月スペシャルの鳳凰のワーク。
自分でつくっておいて何だけど
モニターの方が別人になっていて
ビックリ( ̄O ̄;)
 

集中力が劇的にUPした上に
『これ、出来なかったらどうしよう』
という迷いがなくなったそうです
 

『集中したいことに 
 集中出来るようになる』
『どんどん挑戦出来る』
『活き活きと仕事に取り組める』
『やりたいことに闘志が漲る』
『チャレンジしていること自体を 
 楽しめる』
 

あまりの効果に、ビックリしたので
勉強に取り組み出している息子にも 
丁度良いからかけることにしました。
 

自分が受験生とか?の時に 
このワークかけたかったなあ〜 笑) 
資格とろうとしてる人とか。 
事業を立ち上げしようとしてる人とか。 
新しいこと始めようとしてる人とか。
 

益々、来年凄そうです( ̄O ̄;)
周りが、皆こんな感じになっちゃって
わたしは、わたしの世界に追いついて 
いけるかしら?

===================================

【夢を叶えた先】
 

小説も、ドラマも。
ハッピーエンドになるものだって
何時だって、 
終わりがハッピーエンドで。
 

終わりの先のはじまりに
何があるのか。
 

夢も目的も
叶えていく冒険という道中が、 
楽しいのであって
 

すべてが叶ったその先に
何も見えなかったら、 
やはり恐いのかもしれない
 

最初から、 
すべてがハッピーであったら
何も物語りは、はじまらなかったし
 

向かう先があるから、 
生きることができる
 

目的なく生きるのもよいけれど
何処かで目的を探せるから 
生きられるのだろうし
 

そうすると、目的を 欲を 望みを  
望めることが 望みだから 
それ自体が目的 ともいえるのかも 
しれない。
 

全ての料理を全部食べ終わったら、 
一体どうなるだろう。
 

10日間の旅行の最終日のような
気持ちになって
最終日が終わりたくない気持ちも 
湧くかもしれない。
 

クライマックスでファンファーレ 
が響くときに
いよいよ来た!という思いと共に
何処かで、 
もうすぐ終わってしまうせつなさを
感じているように。
 

来年は、ブレーキを緩めてアクセルを 
いかに踏み込めるかが勝負なのに、 
何処かでブレーキを外せない
わたしがいたのは
色々な要因があったけれど、
1つには
クライマックスのせつなさによるもの
だとわかった。
 

一番盛り上がってきた、この感じは 
全てが叶うことへ まっしぐらに向かう 
わたしを意味していたから。
 

言い訳ができないくらいに 
『揃いすぎていた』のだ。
 

ここに、留まって、 
クライマックスのファンファーレを
もう少し、聴いていたかったのだと思う。
 

そうして、もたもたしていたら 先日
『全てが叶ったゴールの先』  
の道を垣間みた。
 

不確かで、全く不透明で、 
わからないけれど
ゴールの先に進んでいく道がある。
 

それだけで、わたしには、 
今のゴールまで全力で踏み込める 
動力になった。
 

この冒険の書が終わっても、 
次の冒険の書がある。
 

どんな冒険かは知らないけれど、 
その確かさが 
ブレーキを緩めることになったのは、 
間違いなかった。
 

そうして、今日もまた一歩。

===================================

【嫌われるということ】
 

小さい頃描いていた
嫌われる=ダメなわたし
という図式は
 

当てはまらないこともあると
知っていますか?
 

嫌いっていうのにも、色々あって。
嫌いになるまでにも、色々あって。
 

愛しているのに、 
期待以上に手に入れられなかった 
からこそ、嫌うことや
 

自分が、望んでいることを 
叶えているけど 
自分には出来ないので嫌いになったり
 

自分には、 
手に入れられないものを  
持っているから嫌いだったり
 

自分と反対に見えて 
同じだから嫌いだったり
 

自分には無いと思って 
抑圧しているものを 
現しているので嫌いだったり
 

色々。色々。
 

嫌うには、色々な理由があるから
全員に嫌われないようにしてみても 
無駄だし
 

嫌われることを恐れていては
自分の愛を表現することなど
出来やしない。
 

嫌いというプロセスは、 
わたしがわたしを愛する為に 
必要なプロセスだから
 

嫌ったり嫌われたりしながら
愛してゆけるのだから
 

嫌ったり嫌われたりすることを
嫌わなくていいんだ。
 

もっと広くて
もっと深い愛を
 

知れるチャンスの芽が
そこにあるのだから。

===================================

何時でも壊れられる 
っていうことを
受け入れていくことは 
 

何時でも再生出来る 
っていうことを
知っているということ
 

壊れる度に新しくなる 
のだとわかっていれば
 

壊れること自体が 
脅威ではなくなる
 

破壊と創造。
どちらも、愛おしく、愛おしい。

===================================

【足跡】
 

誰もまだ 
踏み入れたことのない
未踏の地へ 歩み出す。
 

ギュ ギュ 
と きしむ音。
 

一歩一歩。
一歩一歩。
 

振り返れば 足跡。
その足跡があるから
今ここにいる。
 

冒険がまた 始まる

===================================

【昨今の動向と、これからの動向】
 

情報が流れるスピードが 
はやくなってきました。
重要なキーワードが出回るのが 
はやくなってきました。
 

インターネットで、加速的に 
情報伝達がはやまりました。
音楽も、本も、何もかも、 
色々な方法で入手することが 
たやすくなってきていますよね。
 

スピリチュアルにおいても、 
同じことが起こっていますが
昨今、 
それが加速的にはやまって 
いるような気がいたします。
 

例えば、『三位一体』 
というキーワードですが
あっという間に、 
こんなところまで届くんだ。
というところまで届くように 
なってきました。
 

ということは
【これからは、体現していない 
 スピーカーはあまり必要と 
 されないでしょう】
 

スピーカーというのは 
『三位一体が大切なんですよ』と、 
ただ言ったり騒いだりする人です。
 

どこでもきけるわけですから。
もう、知ってるし(笑)
 

そうじゃなくて、 
『三位一体が大切なんですよ』 
といいながら
『本人が実際に 
 三位一体の状態である』とか 
 

『実際に三位一体になっていくには、 
 どうすれば良いかという実体験』
というところも含めて、語れる 
スピーカーに、皆の興味が集まります。
 

化けの皮がより剥がれて、 
等身大というところがより現れてくる 
でしょう。
 

益々、自分がどうであるかが、 
問われますね。
楽しい時代になってきたものです♡

===================================

【父性と母性 成長と肯定 
 覚醒時統合していく際の変化】
 

『あなたは、
 あなたのままで素晴らしい』
 

スピリチュアルを行っている人 
であれば、 
こういう言葉をきいたことが、 
一度はあるのではないでしょうか。
 

わたしも、この言葉を
お伝えすることがあります。
どういう場合に使うか。 
(チェネリングして自然と 
 言っちゃってるのですが)
 

それは、後に検証すると 
【ダメな自分は愛されない】 
として、 
否定と愛されない。というのを 
セットで両方もっている人に対して、 
よく言います。
 

否定に否定を積み重ねてきて、 
ボロボロになっている人には 
ほぼ、このスタンスをとります。 
 

成長するということよりも、何よりも 
『どんなあなたでも、愛しています』
ということを、体現するために、 
全力で丸ごと愛することに 
そこに、エネルギーを注ぎます。
 

このフェーズが専門の人もいるでしょう。
『あなたは、
 あなたのままで素晴らしい』 
という担当の人です。
 

これは、 
母性を使った、肯定のフェーズです。 
 

世の中全般的に、母性、肯定が欠けて 
育ってきた人がとても多いので  
母性を必要とする人は、 
とても多いですから、需要も多いです。
 

ところが、ある程度、癒されてきたり 
『わたしは、 
 何してても 愛されるんだ!』 
といった自信が出てきている人。 
 

『どんな自分でも愛される』 
ということに少しづつ自信が出てくると、 
今度は父性を使って、成長に促します。
 

『もっと、望むようなあなたになれるよ! 
 やりたいと思ったことが出来るよ!』 
です。
 

ここで、指導者が 
絶対的に現していくのが必要なことは
 

『やれるか やれないか。 
 出来るか 出来ないかと 
【愛しているかどうか】は 別である』 
というスタンスです。
 

それは、 
自分自身の父性と母性の統合にも 
かかっていますので
統合されていけばいくほどに 
『父性と母性』『成長と肯定』を 
バランスよくつかう指導方針となります。 
相手の状態をよく観ながら。 
 

相手の状態とは、 
マインドレベルだけではありません。 
バイフォーカルをつかって、 
魂レベルの望みもキャッチしながら、 
指導していきます。
 

『どちらも愛』として、 
肯定と否定を織り交ぜて、 
現状肯定と成長を促します。
 

最初はどちらかというと、 
肯定が多めになっていた人も
『現実を変えたいんです!』とか 
『覚醒したいんです!』
と望まれたら、 
 

成長していけるように、 
両方を使いながら指導していく 
わけですが、 
 

ここで時々、嫌われるということが 
起こります。
 

【肯定は欲しかったんだけど、 
 否定は欲しくなかった】
とうことなのですが、 
 

難しいのは肯定というぬるま湯に 
何年も浸かっていると 
出るのが非常に難しくなりますので、 
 

あまり長らくずっと肯定という 
ぬるま湯に浸けることだけが 
愛ではない。
というスタンスですし、 
 

わたし自身が愛を体現する際に
父性と母性両方使うことのほうが 
とても自然なので、 
そうさせていただいています。
 

それは、時に厳しくもあります。
『覚醒して内面をみること』 
『望むことを実際に現実化すること』
このどちらもにおいて満遍なく 
指導していきますので、 
厳しいかと思います。 
 

なぜなら、 
内面が覚醒していくだけに取り組む。
もしくは、 
望むことを現実化するだけに取り組む。
どちらが一方に取り組んでいた方が 
楽なのです。 
 

両方というのが、一番難関であり、 
そして、両者の合わさったところが 
三位一体なのであり、 
最もバランスがとれています。
 

世間をみれば、 
どんな指導をしているか。 
というところで
指導者本人が
統合されてきているのかどうか。
ということもわかりますし 
 

指導されるほうも、 
『何を欲しているのか』
『完全であり不完全である 
 両方の側面の自分を愛する 
 フェーズに入っているか』 
というのも、みる人がみれば、 
全部丸わかりです。
 

そして、 
その時々での最善を行えばよい。 
というか それしか出来ません。 
 

そして、それが必要な人が 
目の前に来ます。
 

わたし自身も 
統合に向かう路半ばです。
それでも、 
『どちらも愛』 
であることをお伝えし、 
体現し続けていこうと思います。

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【指導者選び】
 

けっこうメンター、指導者選びって、 
皆悩んでたりするのよね。
ということで、 
指導者選びについて、
ちょっと書いてみます。
 

☆1人の指導者につく、 
 メリットデメリット
 

☆何人かの指導者につく、 
 メリットデメリット
 

これ、両方あります。
先ず、1人の指導者につく 
メリットとしては
信頼関係が構築できるし、 
ずっと観てもらってるから 
いちいち、もう一度同じ話を 
し直したりして 
色々話さなくても良いですよね。
 

『継続』が成せることは、
とても大きいです。
深いレイアーまで、取り組んでいく
ことができます。
 

更には、
成長過程、今までのプロセスを
指導者が熟知していますから
一緒に仕事で協力できるところが
出来てきたり
 

指導者自体が、
進化していく指導者であれば
『お互いに、成長し、育み合う、
 高め合う』
感じを味わえます。
 

デメリットとしては、 
指導者が自分のカラーを 
一色で『バーン』って出す
タイプだった場合、 
  

妄信や依存が起こりやすいです。
『答えは、赤だ!』と言ったら、 
全部右向け右的に 赤だとなります。 
 

これは、指導者のタイプにも 
よりますね。ですから、 
妄信や依存から脱却しなくては 
なりません。
 

『混ざっていていい』という感じで、 
個々のカラーを尊重する指導者だと、 
さほど、そうはなりません。
妄信は生まれにくいです。 
わたしは後者ですね。
 

また、1人から学ぶと、 
どんなに素晴らしい指導者だとしても
限界があります。 
1人分というところです。
 

次に
☆何人かの指導者につく、 
メリットデメリットをお話し 
してみますが
 

何人かの指導者につくスタイルは、 
更に2つに分かれます。
1、ころころと、指導者を変えていく
2、同時に数人の指導者にみてもらう
 

1、ころころと、指導者を 
  変えていくメリット。
色々な、カラーを味わえます。
 

もう1つ、メリットというか。 
『メリットっぽい』こととしては、 
『新しい感じがする』といった 
ところでしょうか。 
 

ただし、これは、要注意で、 
新しい自分になった!というのを
ころころ変えることによって 
得ているだけかもしれません。 
 

デメリットとしては、 
全然自分のことを観れません。
取り組める内容は、浅い部分です。 
深いレイアー。
じっくり取り組むところまで、 
辿り着きません。 
 

所謂、ジプシーになりやすいのは、 
このタイプ。
ですので、どちらかというと 
『指導者を探している』状態という
言い方が、ふさわしいかもしれません。 
 

人間関係も軽薄な付き合いとなります。 
一緒に何かを取り組むという 
ところまではいかないでしょうね。 
 

このタイプは実は 
『人間関係を深くつき合うのが恐い』 
のかもしれません。
 

ですから、奥まで入るかもしれない 
というところで、次に行って
また、浅いレイアーを 
1からはじめるのです。
 

2、同時に数人の指導者にみてもらう。
色々な、カラーを味わえます。
色々な、指導方針を味わえます。
 

そして、 
『継続』も同時に起こっているので、 
信頼関係も築いていけます。
非常にバランスが良いです。
視座が広くなります。 
色々な世界を学べます。
 

デメリットとしては、 
『混乱』が生じる というところです。
なぜなら、 
指導者の指導方針は、違っている 
ことが多いです。
 

あっちではAと言われ、 
こっちではBと言われる。
そして、 
『どちらも、真実だったりします』
方針の違い というだけですね。
そういうことが、多々起こってきます。
 

そうすると、 
何をどうしたら、良いのか。 
定まりません。不安定になります。 
『自分的にはこう』 
というのを確立していないと、 
振り回されます。
 

色々な指導者選びの 
メリットデメリットを書いてみました。
まとめると
 

1、1人の人に観てもらう場合。 
 

長く深く信頼関係を築けて
発展していく関係性を味わえる 
醍醐味あり。
妄信と依存に注意。
 

2、ころころと、 
  指導者を変えていく場合。 
 

色々なカラーを観てまわれる探求を 
満たすことができる。
落ち着かなく、浅いレイアーの 
くり返しになることが多い。 
 

この人は。 
という指導者に出逢えていない。 
 

3、同時に 
  数人の指導者にみてもらう場合。
 

色々な、カラーと、指導方針を味わえて、 
継続もするので
信頼関係も築いていけるバランスタイプ。
指導方針の違いによる、 
葛藤と内なる争いを収められるか。
不安定さに注意。
 

というところでしょうか。
ちなみに、わたしは、色々研究した結果。
1と3の融合のスタイルに落ち着いています。
 

すなわち、 
『メインメンター』は、ずっと同じ人。
その他、その時々に必要な 
サブメンターをポイントポイントで
必要に応じて、ポイントで入れる。 
というスタイルです。
 

これだと、メインメンターとの
信頼関係も育めますので
安定して、どんどん深いレイアーに 
取り組んでいけます。
 

自分の活動も行いやすく、 
広げやすいですね。
また、1から。ということには 
ならないうえに
色々なカラーも味わえます。
 

妄信や依存になりにくいし、 
新しい風も取り込める上に
信頼も育めます。
 

2は、思いつかないというか、 
考えつきません。
『どちらかにするんじゃなくて、 
 両方にして、増やせばいいのでは?』
という思考なので。 
 

迷ってるくらいなら、 
両方にすればいいと思うのですが
金銭的に。とか、そういう制限があると、 
2に行きやすいのでしょうか。
 

以上、指導者選びに関して、 
書いてみました。
 

皆さん、素敵な指導者と 
素敵な関係を育めるといいですね♪

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【期は 熟した】
 

いいねいいね〜♡
潜在意識一本だった方々が、 
ちょこっとずつ
エネルギーワークとか 
取り入れ始めた。
どんな質のものかは、別として。
 

そうすると、 
わたしがこれからつくる
ティーチャーさん向けのコンテンツ。
これとの接点が出来始める。
 

エネルギーワークの抵抗が、 
薄れてくる波が、 
押し寄せてきている。
 

もの凄く空いていた間が 
埋まり始めてきている。
 

幼稚園年少と、大学院までは、 
一気にはいけないけれど
幼稚園年長まで来ていれば、 
高校と中学と小学校をつくれば
エスカレーターが出来る。
 

そうすると、 
一気に流れが来るだろうな♪
まだ、来年は、 
波が来るのが序章、手始め 
といったところか。
 

ヒーラーとか 
ライトワーカーというと、 
現実的な側面がないと 
思われがちだけど、 
わたしは、全然そうではなくて、 
もの凄く現実的にビジネス 
というところを嫌わずにいます。
 

だって、ヒーラーや 
ライトワーカーが豊かじゃないと
意味ないから。
 

時代の流れを読むのが好きです。
世界のニーズを読み取るのが好き。
日本で、まだ、誰も発売していない
輸入ベビーカーを販売していた頃も 
楽しかったけど
今も、違うジャンルで同じことしてるなあ。
 

それと、ツールだけでは、 
益々どうにもならなくなるだろうね。
ツールが出回ってくればくるほどに。
 

『本人という人間そのものが問われる』 
だろうから。
『実力』それと 
『経験』を養っておくのが鍵。
 

しかし、それを養えるところは、 
まだ数少ない。

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ただ、ひたすら丁寧に。 
真っ直ぐに。 
 

真面目に仕事をしていると
それを観ている誰かは必ずいるものだ。
ということが、起こっています。
 

誰に見せるわけでもない。
誰かに認めてもらうわけでもなく
ただ、ひたすら、丁寧に。 
真っ直ぐに。真面目に。
 

逆にいうと、 
ひたすら丁寧で真っ直ぐで 
真面目な仕事しか出来ない 
不器用さんでもありますが(^▽^;)
 

筒抜けになってきている 
からでしょうか。
 

わたしが、どんな思いで 
どんな仕事をしているかも
筒抜けに。
 

そして、それを見抜かれて、 
色々なレイアーの方たちから 
声がかかる。ということが 
起こり始めています。
 

祝福を受け止めつつも。
 

やはり、わたしは、 
何時ものように、ただひたすら、 
丁寧に真っ直ぐに真面目に。 
仕事をし続けるのです。

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【Home】
 

いつも、 
わたしは十字路の真ん中で 
旅人が通り過ぎていくのを 
眺めていました。
 

そうしながら、 
わたし自身も旅をしていました。
 

素敵なレストランをひらくことが 
出来るように
最高の素材集めをしたり、 
わたし自身も料理の腕を磨いて 
きたのです。
 

家を持たず、ふらふらと、 
屋台をしておりました。 
 

ある時。旅人であることをやめて
『ここに家を建てよう』
そう思って、場所を決めました。
 

家とは、わたしそのもの。
わたし自身が、 
自分の立ち位置を 役割を 
しっかりと定めたのです。
 

その次に 
考えなくてはならないことは
『どんな家を建てよう』
ということです。
 

どんな家にするのか。
じっくりじっくり。
大切に大切に。
次世代につなげる家を。
レンガの家、 
 

ただ今 
サクラダファミリアのように 
建設中です。
 

どんな料理を出す 
レストランにするのか。
これは、ようやく、 
納得できるものができました。 
 

ただし、何時ものことながら、 
更にメニューは増え続けますし
わたし自身の料理の腕も 
上がり続けます。
 

わたしがどんなレストランを 
出したかったか。
力を注いでいて、 
最も得意な料理は、フルコースです。 
 

厳選したお野菜やお肉やお魚、 
調味料やらを各地から、取り寄せ
 

また、自家栽培の特殊なハーブ、 
自分の庭でしかとれない果実 
なども使い 
『自家』『他家』のどちらも 
こよなく愛し、 
『自他融合』の醍醐味を味わって 
いただけます。
 

素材に拘るだけでなく、 
料理人としても 腕を磨いて 
きましたので
料理人を育てることをいたします。 
 

また、総合的な視座をもっており、 
フルコースを出しておりますから 
レストランとしての 
立ち上げサポートは最も得意分野です。 
 

料理とは 
『自分が何をつくりたいか』も 
わからなくてはなりませんし、 
そもそも『自分』を知らないと 
何もつくれません。 
 

『外側からの素材』だけでは、 
レストランは建てられません。 
 

『自分という素材』 
『自分の役割』の確立。
『どんな料理を出しているかを 
 説明できる』 
ことも重要です。
 

フルコースを味わいながら、 
美味しいレストランを 
ご自身でも立ち上げられるように 
サポートしていきます。
 

いわば『覚醒のフルコース』 
を提供しているお店です。 
 

フルコースにするためであれば、 
自他の拘りはありません。
益々充実したフルコースに 
なっていくでしょう。
 

来年の春までに、 
レストランの基盤を整え
 

春からは、
レストランとしての営業も 
行いつつ
レストランのレシピを 
使いたい方に、 
レシピをお届けしつつ
 

自家栽培のハーブと 
果実のラインナップを増やし
 

レストランの立ち上げ 
サポートを行いつつ
レストランをより知って 
いただけるような活動も 
行っていく予定です。
 

真に人を導くことができる 
ライトワーカー。
覚醒のミシュラン店。 
 

フルコースを提供しながら 
『どれも、大切。』 
『どれも、愛』
と語りかけていきます。
 

そして、何年か、かけて、 
ミシュラン星の数1番の
『街』をつくっていきます。
 

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実際のミシュラン レストランの 街の記事

http://heyazine.com/story/san_sebastian

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【お金】
 

お金というのは、 
つくづく【コミット】そのものと
感じています。
 

どれだけ受け取れるか。 
というところ。
その決意代金そのものです。
 

様々な価格体系、 
様々なお支払い方法。
色々試してみましたが
 

自分が提供したいものに対する
適切な対価や支払い方法を 
選ぶことは、必要ですね。
 

お客様に寄り添おうとして、 
お支払い方法を分割だったり、 
安価なものもつくったり
色々提供してきましたが、 
それが果たして、良かったのか。
と問われると、正直微妙です。
 

わたしは、 
しっかりとコミットしてくださって
いる方をサポートしたいのですね。
 

『どのような人と関わり、 
どのような人をサポートしたいか』
そんなことを、ここのところ、 
ずっと考えておりました。
  

答えが、少しづつ。1つ1つ。
形になってきています。

===================================

きょうは、もの凄い日だった。
ありえないくらい  
重要なことが 2つわかった。
 

明日、わたしが 
長期のヴィジョンを決める!と
宣言したから、 
それに間に合うように
宇宙が用意してくれたんだ。

もし、これが可能だとすると
わたしは、最高の 
クリスマスプレゼントを
受け取ることになるだろう。

2つ中、1つを報告すると
フリーダムディスティニーのワーク。
『家族バージョン』 
というのが出来そうです。

今までは、 
母と本人。とか、 
父と本人。とか
多くても、両親と本人。 
という関係性の修復でした。

でも、母と父。という関係性を、 
本人が受けている影響も多大で、 
今日も1つ影響を受けていた 
ことがわかりました。

ここも含めて、 
家族バージョンのワークも 
つくります。
通常のが、54,000円で、 
家族バージョンのだと86,400円で
モニター募集してみようかな。

家族が多数いた場合も、 
この価格で対応できるかは
要トライ検証して、 
確認していかなければ。

兄弟との絡みも含めて、  
修復した方がよい場合もあるし
要トライ。

もう1つは、壮大過ぎるうえに、 
要確認が必要だから
また後日発表します。

===================================

愛によって
全てが変わる
 

変わるというより
本当の自分を取り戻す。とか
自分が現れる。 
といったニュアンスが近い。
 

昨今、 
今のわたしに近い存在が 
密集してきている。
 

類は友を呼ぶが
もっともっと濃くなる♡

===================================

『貴方は、愛の人ですね』と
人生の重要な場面で
重要な人に言われてきました。
 

同じ言葉を、 
世界は告げてくれます。
 

世界から告げられることで
わたしは、 
わたしを思い出すことができます。
 

一体、このフェーズに関しては
どうしたらいいんだろう
と、半ば途方に暮れていたところに
突破口が開けました。
 

来年の風が、  
わたしの身体を駆け巡り、 
過去と未来と今に
今まで以上に愛を観て
 

泣き虫のわたしは、 
また泣いてしまいました。
 

風は。
たおやかに。
しなやかに。
優しく。優しく。

===================================

【遠慮】
 

勧めるのが苦手な人は、 
断れない人。
 

人の助けを受け取るのを 
遠慮しちゃう人は、 
無理して他者を助けることがある人。
 

何を隠そう
自分自身に気を使って 
遠慮してるんだよ

===================================

【後と先 先と後】
 

本当は、後も先もないのです。
その人にとっての 
先と後があるだけなのです。
 

交差点で行き交う人々のように
あちらからこちらへ
こちらからあちらへ
そちらからこちらへ
 

行き交っています。
 

どちらから、どちらへ 
向かうのが正しいか。 
それは先だとか後だとか。
そういったことに 
エネルギーを注ぐのは、 
全くもってナンセンスです。
 

正しさは、探してみても 
見つかりません。
  

自分にとっての、 
向かいたい方向性を知る 
という使い方にすると活かせます。
 

また、どのジャンルも、 
どんどん発展進化していますから、 
かつて見た世界であっても 
新しい自分で世界を見定めれば、 
新しい発見があります。
 

例えば、 
「全てを受容するのが重要で、 
 ヒーリングは古いもの」 
というヒーリング全般を嫌っている 
潜在意識系の人が存在するとします。
 

でも、その人は、 
受容するのが重要なのは 
当然わかっていて、 
受容と統合に効果的な 
ヒーリングもある  
ということをまだ、知らないだけ 
かもしれません。
 

実は、例えで出した人は、
以前の私ですけれどね。
 

チャンスを手にするようにするには
 

1、どのジャンルも嫌わないこと
 

2、わたしは何も知らない 
 ということを知っている 謙虚さ
 

3、以前関わって 
 ウンザリしたジャンルであっても、 
 自分自身が変わっていれば、 
 全く新しいものを現すかもしれない 
 フレッシュさを 受け止める心
 

何しろ、自分が変わってれば
映る景色の方も変わっているのです。
    

さて、今日の景色は何が映るかな?♡

===================================

霊障はね。
顏に出るよ。
 

ずっとついてる場合は、 
そんなに変化ないかもしれない
けれど つけたり、外したり、
している場合は 
かなり顏が変わる。
 

だから、 
顏を観察しているって大事だね。
 

活躍しているとか、 
していないとか。
そんなこととは、関係なく 
霊障つけるよ。
 

むしろ、霊をつけてからの方が
もの凄く行動する人もいます。
 

霊障つけてまで。
自分を明け渡してまで、 
活躍したいとは
わたしは思わないなあ。
 

皆さんは、どうかしら?

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どんなネガティブな感情も
『もっと、幸せになりたい』
とか
『もっと、幸せになれる』 
ということを
教えてくれているんだね。

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【世界の幅】
 

受講生の皆様には、 
既に詳しくお話して
お伝えしていることですが
こちらでも、 
ちょこっとお話してみます。
 

ここのところ、色々な側面において
幅が広がってきている感じが致します。
 

選択の幅です。
 

何事においても、 
どちらにも、行きやすく
振れやすいです。
 

もの凄く加速的な感じで進んで 
おりますので
足し算であったのが、 
かけ算みたいに感じる方も
出てくるかもしれません。
 

それは、人によって、 
大ピンチにもなりえるし
大チャンスにもなりえます。
 

自分が信じてる世界が、 
バン!と目の前に繰り広げられます。
 

大チャンスだと思っていても
大チャンスに飲まれて足元をすくわれ
高いところにいるように錯覚すると
奈落に落ちる可能性もまた、高し。
 

大チャンス的な香りを感じれば 
感じるほどに それを感じて、 
どうしても安全運転になってしまい
ブレーキが強くなってしまいがちな 
臆病なわたしですが、
 

適度な感じで緩めていくのも大切だと、 
先日アドバイスをいただき、 
つくづく、わたしって 
恐がりさんだわねえ。。。(^▽^;)
と思うのでした。
 

まあ〜〜 それにしても 
びっくりするくらいに慎重に 
レンガの家をつくっている感じが
していて、 
1つ2つ崩れても、 
他はビクともしない感じで
2重にも、3重にも、幾十にも、 
何かをつくっている感じがしてます。
 

潜在意識レベルで 
色々つくってる感じはしますが、 
何かまでは解らず。
 

一体、何をつくってるんでしょうかね。。。(;´▽`

===================================

【感謝ループ】
 

原動力が、感謝であるとき。
他者や宇宙が
『宇宙がわたしを愛してくれている』
という愛を感じながら、 
生きることになります。
 

この場合、  
すべては上手く回り出します。
こんなに愛を受けているわたし。  
出来ることを行わせていただこう。 
と感じられて、 
行わせていただいているときには
既に完結しているからです。
 

逆に、原動力が、 
自分(の力を見たい) 
であるとき。
『わたしが、何かしている』 
という感じで生きることになります。
 

この場合、 
途中から苦しくなります。
こんなに頑張っているわたし。 
それなのに、世界は思ったより
期待したように、 
返してくれないからです。
そうして、不満が溜まります。
 

行っているとき、同時に、 
終わっている。
 

常に清算されている状態で 
在ることが
豊かさの秘訣です。

===================================

【未熟と完璧】
 

貴方にも、今 
提供出来ることがあります。
 

今出来る最善を尽くすことで、 
体験を伴いながら成長していきます。
 

未熟なのは、何時も未熟で
完璧であれば、完璧である故の 
不完全が存在しています。 
 

よく観ると未熟なままでも、 
どれにも等しく価値があるのです。
 

それと共に、提供者は、より 
自分自身が癒され 
成長していくことも大切ですね。
癒されていればいるほどに、 
提供出来る質が異なります。
 

時々、 
どちらが正しいのでしょうか?
と問われます。
 

何が正しいか、 
それは自分で決めてください。 
とお伝えさせていただいておりますが、 
 

わたしの好みとしては、 
両方大切にしております。

===================================

【女性としての幸せ】
 

女性としての幸せは、 
この3つにあり
この3つ全てが発揮され、 
両立して叶っているところに
ある場合が多い。  
とわたしは考えています。 
 

人によって、 
幸せは異なりますから、 
これに当てはまらない場合も 
色々あっていいし、 
決めるのは本人ですが
 

でも、かなり多くの場合、 
【本当は、望んでいるのに、 
 どれかを諦めていたりする】 
ことがあるのです。
 

☆母としての自分。
☆女としての自分。
☆人間としての自分。
 

1、母としての自分。 
これは、実際に子どもを 
生んでいるとかいないとか、 
そういったこととは、無関係です。 
 

自分『の』子どもであるかとは 
無関係に『母性』ということを 
いかに発揮しているか。 
というところでの充足感です。 
 

場合によっては、 
3のライフワークと 
関わる場合もありますね。
 

2、女としての自分。 
パートナーシップ。 
女性が女性として輝けること。 
最高のパートナーシップによる充足。 
 

性的なこと含めて、 
『女』を満喫し、充足しているか。 
というところ。
 

3、人間としての自分。 
使命や誓願。ライフワーク。  
自分のしたい仕事を 
最大限に発揮しているか。 
 

世界、地球、人間としての 
わたしらしさ、特性を活かすこと
 

この3つ。 
この3つ全てを望む方に、 
実際に揃っていくように
サポートさせていただこうと 
思ってます。

===================================

【『も』とわたし】
 

小さい頃から、 
あれもこれも美しい。
どれもこれも素晴らしい。 
という視座がありました。
 

みんな持っているんだろう 
と思ったら
話が通じないということが 
起こりました。
 

みんな『これがいい』 
という感じで
あれもこれもというのは、 
選び方として許されないのです。
 

あっちが良いのなら、 
こっちはダメでしょ。 
というのが通常で。
 

1つでいいでしょ。 
というのが通常で。
 

どちらかにしなさい。 
と皆言うのです。
 

幼いわたしは、 
そうじゃなくて、あっちとこっち。
両方ということを伝えたくて。
でも、伝えられなくて。
 

幼稚園の時に 
覚えている出来事で 
印象的な出来事があります。
 

遊ぶ道具に、 
カラフルなフラフープが 
あったのです。
青や白。赤や黄色。色々な色が 
7色くらいありました。
 

お遊びの時間に、 
様々なもので遊ぶのですが
わたしは、カラフルなフラフープを、 
フラフープとして遊ぶのではなくて、 
7色を楽しむ遊びをしていました。
 

誰も、フラフープで遊んでなど 
いなかったのですが
わたしが遊んでいたら、 
皆が自分も遊びたくなったのか
フラフープを持っていってしまい 
ました。
 

わたしは、 
言いたいことが上手く説明できず、 
泣いてしまいました。 
 

『そうじゃないの。 
 フラフープがしたいわけじゃないの。 
 7色ある輪で遊びたかったの。  
 1色でも欠けると 
 もうわたしが遊びたい遊びは 
 出来ない。』
 

『どれもこれも揃ってないと、 
 わたしにとっては無いことと 
 同じで、無意味』
だったのです。
 

大人になってからも、 
その感覚はほとんど、誰にも 
わかってもらえませんでした。 
尊敬している人。 
色々解っていそうな人。
全てを知っていそうな人でさえ、 
 

『も』はダメだ。と言ったのです。
 

それは、仕方のないことでした。
何故なら、 
その感覚を元々持っているのは、
わたしが地球に来る前の 
星の叡智だったからです。
 

だから、誰かにわかって 
もらえることを期待していては 
ダメだったのです。
 

【宇宙視座】と、 
わたしはそれに名前をつけ
その概念を教えることにしました。
 

このように 誰にもわかって 
もらえないようなこと。
誰にもわかってもらえないこと 
だからこそ。
 

貴方が、その大切さを発信し 
伝える役なのかもしれません。
 

皆が当たり前にもっていないこと、 
それは孤独です。
しかし、孤独さこそが、 
オリジナリティ、価値となるのです。
 

どれも嫌わない。どれもあっていい。
『も』であること『が』わたしです。

===================================

地球にフラワーオブライフ
宇宙レムリア 
光のグリッド形成をしております。
 

個々が本当の自分らしさを。 
存在を顕現しながら
オリジナリティが 
尊重しながら 
繋がり織り成していく喜び。
 

バラバラである悲しみが
1輪1輪の花を咲かせたとき
薔薇薔薇である喜びと成ります。
 

アース フラワーオブライフ。
地球全体が花と成る。
 

貴方も一緒に花を咲かせませんか?

===================================

本当に叶えたい望みに 
許可出来ないとき。 
 

【幸せを許可しない何か】に 
阻まれているのです。

===================================

【妥協】
 

人生に妥協はいらない。
 

妥協という言葉を訳してみると
それは
【本当の望みではないこと】を 
クリエイトしようとしてるって
いうことだからだ。
 

一番、最高の望みを望んでいいんだ。
 

叶えていいんだ。

===================================

さっきの記事の続きですが
未熟を感じて、 
ダメな自分とグチグチしてみたり、 
否定している暇があったら
一歩でも進んでみることです。
 

上手くいかないかもしれない。
幾度も失敗するかもしれない。
やっぱり情けなさを感じるかも 
しれない。
 

それでも むしろ だからこそ 
今 前に出せる最大限の一歩を 
全力でやることです。
 

【遠い未来は、 
 今 という足元に 
 繋がっているのです】

===================================

わたしって、 
なんて未熟な人間なんだろうと、  
つくづく思います。
技術的にも、自身の課題的にも。
ホント、未熟。
 

ため息が出そうなくらいの 
未熟さを感じるとき。
 

何時も、わたしたちは、 
向かいたい未来を観ていて
今とのギャップ。 
乖離が激しいときに、 
感じる感情だから
 

苦しいほどの未熟さは、 
それだけ自分が変われる
余地が大きい。ということを 
教えてくれているのです。
 

だから、未熟さは
わたしたちに、 
何時も向かいたい方向性と
 

そこまで一体どれくらいの距離が 
あるのかを指し示してくれる
羅針盤みたいなものなのです。
 

そして、本当の望みが何かも 
教えてくれるのです。

===================================

【使命】
 

人によって、 
色々な使命があります。
 

どれも、命かけて 
人生かけてる使命。
 

様々な種類の使命が 
あるけれど
 

1つ共通している使命が 
あります。それはね。 
 

【貴方が幸せになること】
 

大切な大切な使命。

===================================

どんどん、 
統合目線で生き始めると
『相手が誰。』とか、 
関係なくなっていくよね。
 

ただ、何時も 
『自分と対話してるだけ』 
という感じになるよね。
 

ある時、目の前に
『サイキック能力は、 
 皆にあると言いながら 
 サイキック能力が更に開くことを 
 否定する者』が現れました。
 

それは、つまり
『もっと未知なる領域に開くことを 
 恐れているわたし』だったから
 

何故、恐れるのか、 
何故、自分を嫌うのか。 
 
 
サイキック能力の自分の素質を 
否定するの何故か。問いました。
 

でも、周りは 
訳分からんという感じで、 
何言ってるかわからないようでした。
 

自分自身と対話してる感覚の人と
そうでない人だと、言語は通じない。
 

でも、自分自身と対話している自分を 
目の前に現したなら、 
それは自分の可能性なのです。

===================================

【やめられない とまらない 
 ネガティブに潜む 密かメリット】
 

大抵の『何故だろう。。。?』 
というような
ネガティブ、デメリットには、 
本人にとっては
それを上回るほどの 
メリットが存在しているから
創造し続けます。
 

例えば。
 

☆なんで、いっつも 
面倒みるような男。 
弱いダメな男ばかり
とつき合うの〜?
↓ 
 

『面倒を観ている。とか、  
 頼られる。というところに
 自分という存在価値を 
 見出しているから、 
 やめられない』
 
 
☆なんで、ずっとわたしって、 
 自分1人じゃ出来ないんだろう〜?  
 もっと行動力があって、 
 出来るようになりたいのに〜
↓ 
 

『誰かに甘えられる。 
 依存できる。やってもらう
 与えられるということが 
 愛であると感じているから、 
 やめられない』
 

☆なんで、いっつも 
 波瀾万丈すぎる人生が 
 起こるの〜? 
 もっと安定したいのに〜
↓ 
 

『問題が起こっている、 
 スリル感や高揚感が楽しい。 
 波瀾万丈である自分 
 というところに価値があるので、 
 やめられない』
 

☆なんで、あの人って、 
 いっつも意地悪なの〜? 
 やっぱり酷い人だわ
 もう、優しくされたいのに〜
↓ 
 

酷い人ということで、 
責められるし、 
自分が可哀想という 
被害者でいられる。
誰かを憎み続けられる。 
許さないでいられる。
 

本当に、やめたければ、 
メリットも捨てなくっちゃ。 
 

甘い蜜も終わりにしないと、 
終わらないのです。

===================================

外に支配者がいるわけではない
もし、貴方が 
支配者が外にいるように 
思えたとき 
 

外に支配されてしまう 
弱さがあるから、 
貴方が支配者を
外につくっているだけに過ぎない。
 

支配されることを選ばないとき
貴方を支配するものは、 
世界から消え去る。
 

支配自体から、 
完全に自由になるのだ。

===================================

外に支配者がいるわけではない
もし、貴方が 
支配者が外にいるように 
思えたとき 
 

外に支配されてしまう 
弱さがあるから、 
貴方が支配者を
外につくっているだけに過ぎない。
 

支配されることを選ばないとき
貴方を支配するものは、 
世界から消え去る。
 

支配自体から、 
完全に自由になるのだ。

===================================

【振り回される人たちの増大と対策】
 

自分にとっての真実を 
確立していない人が、 
今までは、他者の記事を 
読み漁ると (外を探すと) 
何だか答えがあったりしたもの 
ですが、 
 

ここのところ、 
その探し方見つけ方決め方では、 
上手くいかなくなってきている 
のを見受けます。
 

こうなることは、随分前。 
多分2年前くらいから伝えてきました。 
 

主張と主張。個と個が益々際立ち、 
自分を確立することが大切で、 
そうでないと、外に振り回されて 
訳がわからなくなりますよ。と。
 

今の時代、確立せねば、 
簡単に混沌に流されてしまう。
 

ハッキリ言って、 
答えが出されていること自体が 
重要なんじゃないんです。
出ている経緯が 重要なんです。
 

☆どのように答えを出しているか
 

〜 誰かのブログ、誰かの言葉、 
誰かの書いた本。。。etc は 
参考にしかならず
〜自分の内側から答えを出せるか。
 

☆答えがわからない 
(自分にとっては 
 答えが出ていない)なら、 
 

【現時点では 
 答えが出てないことが答え】だと
受け止められる

わからない状態を嫌わずに 
受容出来るか。
 

☆影響力の強い人から、 
エッセンスを学ぶ際に、 
崇拝と盲信に陥らず、 
【これは意見が一緒だけれど、 
 これに関しては自分はこうだ】 
という風に活かせるくらいの 
適度な謙虚さを持てるか。 
 

自分を完全に明け渡して 
依存しないでエッセンスを学び  
取り入れられるくらいの、 
いい感じの自立が出来るか。
 

3つとも、重要だけど
世の中を眺めると、 
3つとも出来ている人は 
多くないです。

===================================

【内なる真実】
 

光と闇の概念も
統合の概念も。
 

結局のところ
他の誰かの答えを 
自分の答えとすることは出来ず、 
自分にとっての真実を明らかに 
するしかありません。
 

体得していくしかありません。
 

わたしが伝えていることも
一つの例として、 
あげることしか出来ないから、 
全てわたしが話した通りでは 
ないです。
 

指導者やスピリチュアルメンターの 
言葉に、耳を傾けるのは大切ですが、 
だからと言ってそれを丸ごと 
受け容れるのは危険です。
 

自分にとっての真実が 
見出されていたのにも関わらず、 
他者の話を鵜呑みにし続けている 
ことは、苦しいことです。
 

その一方で、 
自らが抵抗をしている為に起こす 
正しさの主張の為に 
聞く耳を持たなくなることは  
愚かなことです。
 

この見極めが本人にとっては 
超絶難しいですね。
 

光や闇の概念、統合について。 
 

指導者によって、 
全く捉え方が異なります。 
そして、それらは 
どちらか一方が正しいわけ 
ではなく、 
役割の違いによって両方 
正しいのです。
 

【同じものを、違う角度で、 
 自分にとって大切なことが何か、 
 というところから話している】 
のです。

===================================

【無知】
 

神は言った
 

知る という執着を捨てなさい
どんなに知ろうとしても 
知れないのが答えだから。
 

考える というところから 
出した答えは 
憶測や見解に過ぎず
何時も真実からはかけ離れている。
 

外側の知識 という知識を集めても
寄せ集めに過ぎず
 

叡智は、常に内にあるものだ
 

憶測や見解からではなく
『わかる』という真実と 
一体になるには、 
感性を高め感覚と繋がり、 
自分自身の課題を超えていくこと。
 

色眼鏡を外せば 外すほど
クリアに世界が観えて
『わかってくる』

===================================

高次元的なサポートする人が
本人の未来を観ながら
また、過去生とかを含めて 
総合的に観て話をするのと
 

本人が 
今世とか、今の自分を観ながら 
話をするのとでは通じないって 
いうことは起こりますよね。
 

高次元的な方がエラいとかを 
言いたいんじゃないですよ。
 

こういう一文、書かないと、 
誤解を受けるので、 
入れなくちゃなのかなあと思うと 
ちょっと面倒くさいので、 
そのうち省くけど、 
今日のところは入れてみます。
 

時間軸とか全人生とかの 
広いレイアーで観てもらうという 
ことがあるのなら
 

『何だか、さっぱり意味わからなくても  
 いい』とか
『何だか、さっぱり意味わからなくても、 
 やる』
というスタンスは重要です。 
 

顕在意識で、 
全部わかろうとするのは、無理です。
 

わかんなくても、いいや。
という 
自我の手放しが重要ですね。
 

今まで、怪しいのいっぱい 
受けてきましたよ(笑)
あまりにも笑えるので、 
皆さんにシェアしてる
わたしが受けたことのあるワークは
 

『古代のお魚さんみたいな綾さんと、 
 今の綾さんの統合 17万円』です。
 

これ、やりました(笑) 
自分の顕在意識レベルでは
さっぱりわかんないけど。
 

だって、覚えてなかったんだもの。
 

でも、やってみると、あら不思議。
肺呼吸しやすくなりました。
 

『全部 顕在意識で納得できないと 
 やらない』
というスタンスでは、 
出来ることがとても狭いですね。
 

全てのものは 
『やってから、わかる』からです。
 

わからなくてもいいや〜〜   
というスタンスの人は
どんどん進化出来ます。

===================================

自己否定から生まれる成長は 
苦しいですよね。 
 

なぜなら、 
否定から生まれているからです。
 

ダメだ。という目線からでは、 
何処かで 何かを
切り捨てているのです。
 

否定からではなく
既にいま美しくて更に美しくなる。
 

否定からではなく
今までの好みはこれだったけれど
今の好みはこれ。
 

そういう風に 
自分を捉えられたら
既に完璧だし
これからも完璧な中での
成長がしていけるのでは 
ないでしょうか?
 

それと同じように
世界に対しても同じことがいえます。
 

あれが、 ダメ。
あの国が ダメ。
ああいう、政治が ダメ。
 

ダメダメダメダメダメダメ。。。。
ダメ出しから、 
世界を変えようとしても
変わらないですよね。
今まで、何も変わらなかった 
ように。
 

世界に対しても
 

既にいま美しくて
更に美しくなる。
 

既に在る完璧さに目をやりながら、
『自分はどうしたいか』
ということに 
 

意識を向けることが大切だと 
思うのです。

===================================

多分 何時も みんな 
本当に言いたいことと、 
言ってることが少しズレている
 

多分、何時も みんな 
本当に欲しいものと、 
得てるものが少しズレている
 

本当は、何が、 
言いたかったのだろう
 
 
本当は、何が、 
欲しかっただろう
 

決して埋まることのない
代替え品を変え続けてみても
代替え品が 
目新しい代替え品に変わるだけ。
 

代わり映えのない 
目新しい代替え品に飽きたなら
 

代替え品を手にするのを 
やめなきゃ。
 

埋まらないもので、 
埋めようとするのもやめなきゃ。
 

3つの花
3つの玉
3つの心臓
 

重なり合って
織り成していくとき
 

今此処に

===================================

12/12に『信じるこころ、確信』
をテーマに一斉ワークを行います。
 

実は、12/1には、案内文が
既に書けていたのですが
どうしても告知に至れませんでした。 
 

そうしているうちに、 
わたし自身が更に『信じる』ことを
進化させるために、 
様々な事象が起こってきたのです。
 

その事象を通して、 
『愛を愛として、 
 受け止め 信じられる力』
の重要性を深く感じました。   
 

いくら目の前に 
愛が出されたとしても
その人が『愛ではない』と 
打ち消したとき、 
それが真実となります。
 
 
そういった場合 
『また、わたしを 
 愛してくれなかった』という
ある種のパターンに 
ハマっている場合があります。 
 

全てがそうではありませんが、 
母親から無条件の愛によって 
愛されなかったことから 
起こりうる 
 

母への憎しみが 
内に存在しているため
事実とは、無関係である証拠を、 
世界にずっと創り続けているのです。
 

『ほら、あなたもわたしを 
 愛さなかったのね』と 
言い続けている人生です。
ですから、裏切りが続きます 
(それを創造しているのは本人です) 
 

そして、無条件さの代わりに、 
『認めて、凄いといってくれる人』
を追い求め続けます。 
 

それはとても苦しいのです。 
ずっと凄くあるために生きるからです。 
本当の自分ではなく 
見せる生き方をし続けねばなりません。
 

そういったことを超えて、 
愛を愛として受け止め、 
認められる力をワークの一部に 
加えさせていただきました。
 

また、自分が信じたことを 
成し遂げていく途中で、 
例え困難が現れたとしても 
 

それを打破できるほどの、 
強い追い風もまた現れ、 
成し遂げたいことに対する 
応援が訪れ、 
受け取れるようにするエッセンスも
ワークの一部に加えさせていただきます。
 

『困難』は 
『やり甲斐』に変わるのです。
 

挑戦していること自体が、 
既に達成で、 
自分に誇りを感じられながら
生きられるように、 
サポートさせていただきたいと 
思っております。
 

昨今『自分を信じ抜く力』は、 
とても大切になってきている 
ように思います。 
 

多くの方が、 
ご自身という愛を貫き通し、 
ご自身を顕現されることによって 
世界に平和が訪れることを 
願っております。
 

多くの方に、届きますよう、 
シェア大歓迎です。
 

皆様のお力をどうぞ  
お貸しください。

===================================

また、ある時
指導者はこう言いました。
 

『全部 何時も 思ったことを 
 そのまま言っているだけです。 
 ただ、愛しているだけです。』
 

わたしは思いました。 
そんなことってあるだろうか。 
ただ、何の理由もなく
人を愛するなんてことあるだろうか。
 

おかしい。どうにかして、 
闇を暴いてやろう
 

そうして、躍起になって 
指導者の粗探しをし始めたのです。
     

『あいつは、こうかもしれない』
『ただ、愛してるなんて嘘だ』
 

わたしは、必死でした。
 

そう思ってる時に、 
同じ意見の友人が近くに現れて、 
指導者の悪口大会が始まりました。 
 

わたしは、 
『そうそう!』と頷いたり 
『いやー。。。そこまででは 
 ない気がする』と思ったり 
 

複雑な板挟みの気持ちでした。
そのうち、友人たちが       
 

『アイツは悪だ。 
 支配的で傲慢だ。だから、 
 あそこに行くのをもう辞めなさい。 
 貴方が傷つくだけだ。』 
と言いだしました。
 

そんな時に指導者に逢いに行ったら
見抜かれて 
 

『内なる戦いを終わらせなさい。 
 どちらかを選ぶしかできません』 
と言われて、 
 

わたしは指導者についていくことを 
決めたのです。
 

何のことはない。
友人の声も、何もかも。
全ては、 
内なるわたしの声であったのです。 
 

わたしは、指導者を信じられなかった。 
どんなに愛してもらっていても 
愛を信じきれず、 
綻びを探すことに一生懸命でした。
 

わたしが必死だったのは
『そんなに絶対的な 
 凄い愛があったら困る』からでした。
 

当時の自分は、 
嘘と策略に満ちていたから、 
相手もきっとそういう部分が 
あるのだろうと思ったのです。
 

純粋な愛。 
そんなものが、世の中に存在すると 
認めてしまったら、 
今の自分の未熟さや 
自分のちっぽけさを 
認めざろえなくなってしまう。 
だから、亡き者にしたい。
 

絶対的な愛の否定。
その人を否定し 
愛を否定しようとしたのです。
 

当時の自分を振り返ると
何と愚かなことだろうと思います。
 

純粋な愛を求めていたのに
いざ、それが目の前に現れたら
全力で拒否していたのですから。
 

それくらい、わたしは 
人を愛を信じられなかったのです。 
そうなるほどに傷ついていたのです。
 

そういう愛もあるんだ。 
と認めたら
自分の未熟さが浮き彫りになりました。 
でも、そこに立てないと 
成長もありません。 
 

向き合えないと始まれないのです。

===================================

ある時 目の前の人が 
わたしに こう言いました
『お金に困っているのです』
 

わたしは言いました。
『そうなんですね。 
 実はわたしもそういう時が  
 あったのですが、 
 お金に困らなくなったのです。 
  

 随分稼げるようになりました。  
 自分が望む方向性を 
 目の前に映し出したなら、 
 本当に望む方向に貴方も 
 きっと進めますよ』
 

ところが、後に 
『あの人は、 
 お金があることを自慢している。 
 傲慢だ』ということを 
 陰で噂されていることを知りました。
 

ある時 目の前の人が 
わたしに こう言いました
『感じられなくて困っているのです』
 

わたしは言いました。
『そうなんですね。 
 実はわたしもそういう時が 
 あったのですが、 
 サイキック能力を良い方法で 
 開いていったら、 
 感じられるようになったのです。 
 自分が望む方向性を 
 目の前に映し出したなら、 
 本当に望む方向に貴方も 
 きっと進めますよ』
 

ところが、後に 
『あの人は、 
 サイキック能力があることを 
 自慢している。傲慢だ』 
ということを 
陰で噂されていることを知りました。
 

わたしが究極お金がない時に、 
贅沢なお店に連れていってくれて、 
贅沢な買い物をする姿を 
メンターは身を以て教えてくれました。 
 

後ろ姿から何を学ぶか。
 

わたしが究極サイキック能力が 
開かれてない時に、 
『こうして、観るんだ』と 
観方を教えてくれました。 
出来ないことが 
出来るようになる幸せ
 

それは、愛そのもので
教われるってことは
未熟さがあるからで
それって最高に幸せだと思うのです。
 

わたしは、 
自分がこういう人だったから、 
誰かにも同じことをしているだけなの 
だけど、 
何時も喜ばれるばかりじゃなくて、 
時に、石を投げられるんだ 
というのが身を以てわかりました。
 

晴れ時々ブタ。 
という本がありました。 
スピリチュアルティーチャーは
晴れ時々石 
稀に 槍が降ってくるものです。
 

それでも、伝えていくかな。
『貴方にも、出来るよ』って。
 

画像は、大好きなスズラン。
アンネの日記で有名なアンネが書いた
アンネの童話という 
本の中に登場するスズラン。
 

お花の一つが、シャランシャランと
鐘を鳴らしたら。
他のお花も、 
鐘であることを思い出して、 
鳴ってゆけるから。

===================================

指導してくれる人がいる幸せ。
 

指導者もずっと変容し 
覚醒し続けてくれるからこそ、 
ずっと指導してもらうことが 
可能となります。
 

前に人がいるから、 
そこに向かえる安心感があります。
 

自分という特性や役割の先頭だけで、 
先頭は十分過ぎるほどに 手一杯。 
覚醒のプロセス的には、 
せめて前に人がいて良かったと 
心から思います。
 

自分の立ち位置を 
真に受け容れるということは、 
同じに立とうとすることではなくて、 
ましてや同じにするために
蹴落とそうとすることでもなくて 
(出来ないですけれどね)
 

むしろ、謙虚さと共に
先と後ということも含めて
受け容れることです。
 

先と後を受け容れた時にだけ
自分の役割を受け容れられ
真の同じが見えてくるのだから。
 

使命とは、 
先と後を受け容れた時しか
現れてこないのです。
先と後の価値に差がないと 
心から受け容れられないと、 
出来ないことです。
 

わたしは絶対的な 
『愛の温度』に 
興味があります。 
それが指導者を選ぶ基準です。
 

今まで、様々な人と、 
人生で会って来ましたが、 
わたしを心から魅了し、 
心が震えるほどの、 
愛の温度の持ち主は3人しかいません。
 

考え方が、違うところがあったり
人間だから、その人自身も 
課題があったり。
 

でも、そんなことは、 
さほど問題ではありません。 
自分が確立して 
自分の立ち位置に立ってないと 
キツイけど、 
それは自分の課題であったのであり、 
確立してれば、恐れることはありません。
 

絶対的な 温度。
愛の 温度。
愛の 純度。
 

それを学ぶためであれば
イギリスでもアメリカでも
世界中何処へでも飛んでゆきます

===================================

逆風を見た後に
超絶、追い風が吹いた♡
 

これだけの追い風と共に進めば
逆風さえ、 
髪を撫でるそよ風だろう。
 

なんで、こんなに、 
この数日激しいんだろうと思ったら、 
12/12の一斉ワークで提供する内容を、 
私自身が更に超えて 
それも含めたエッセンスを 
提供出来るように 
というのがあったのが判明しました(^◇^;)
 

今日は、1日セッションだから
帰ってきたら、告知案内します♡
 

野生の馬。
暴れ馬で大変だったけど
ようやく 
自分を乗りこなせるように 
なってきたよ♡

===================================

大好きなマザーテレサの言葉。
 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 

人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。
 

あなたが善を行うと、 
利己的な目的でそれをしたと 
言われるでしょう。 
気にすることなく、善を行いなさい。
 

目的を達しようとするとき、 
邪魔立てする人に出会うでしょう。 
気にすることなく、やり遂げなさい。
 

善い行いをしても 
おそらく次の日には忘れられるでしょう。 
気にすることなく、し続けなさい。
 

あなたの正直さと誠実さとが、 
あなたを傷つけるでしょう。 
気にすることなく 
正直で、誠実であり続けなさい。
 

あなたが作り上げたものが、 
壊されるでしょう。 
気にすることなく、作り続けなさい。
 

助けた相手から、 
恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。 
気にすることなく、助け続けなさい。
 

あなたの中の最良のものを、 
世に与えなさい。 
けり返されるかもしれません。 
でも、気にすることなく、 
最良のものを与え続けなさい。
 
 
最後に振り返ると、 
あなたにもわかるはず、結局は、 
全てあなたと内なる神との間のことなのです。
 

あなたと他の人の間のことで 
あったことは一度もなかったのです。
 

マザーテレサ

===================================

なるほどぉ〜。
皆嫌うのは、傲慢さと支配かあ。
 

わたし、傲慢も支配も、どっちも
あるけどなあ〜
 

己にもあるって、 
自覚して、統合すると 
適度に活かせるように 
なってきます。
 

そして、恐れが軽減すれば、 
両方とも自然と減ってきます。
 

指導してたって、
わたしも人間だし、 
覚醒している道半ば。 
わたしもまだまだ未熟です。
 

理想の完全な人間を 
探すのもいいけれど、 
 

完全は、何処にもいないです。
人間だからね。
 

勝手に期待されて、 
勝手に失望されることがある。 
これもスピリチュアルティーチャー 
全般に起こりうることです。

===================================

ふむ。。。
波を起こせば、 
もう片方の波も起こるか。 
さすれば、 
もう片方の波も愛そう。
 

波の激しさが、もう一方の 
波の激しさも生み出すが、 
起こったことによって、 
もう片方も分離から統合に 
進むかもしれない。
 

波を起こしても、起こさずとも
何も変わらないし
既に全てが等しい。
 

何かをしても、何もしなくとも
同じだけれど、 
地球の進化。 
地球と同じ方向に行く仲間に 
エネルギーを注ぐのが私の使命。 
 

地球と共に行く、 
行かないは個々の好みだけれど、 
わたしは行く。
 

だから、最初から、 
答えは決まっている。
 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
 
わたしは、 
サイキック能力を 
後天的に開きました。
 

サイキック能力者に 
劣等感を感じながらも、 
羨ましさも感じながら、 
それでも、 
自身が向上することに 
全力を注いできました。 
 

【サイキック能力者を 
 目の前に出したなら 
 それは自分が現れたわけで、 
 自分の可能性】だと 
いうところも、 
信じ抜いたからです。
 

分離目線でアイツと見るか。 
あの人は自分だと見るか。 
捉え方で全てが変わってきます。

===================================

サイキック能力が 
ひらかれること=覚醒 
ではありません。
霊的な進化が覚醒です。
 

しかし、 
サイキック能力がひらかないで
感じられないままでは   
どうやって、本当のことが 
わかるようになるんだろう。
 

という疑問が沸き起こります。
 

だから 
サイキック能力をひらくこと=覚醒 
ではないけれど
覚醒していく際に、 
それぞれが、それぞれのペースで
感覚をひらいていくことも、 
覚醒に関わる大切な要素の 
1つだと思うのです。
 

はあ〜〜 この辺り、 
丁寧、かつ口すっぱく 
言ってる気でいるのに
全然伝わってないこともあるのかも?  
と思ったら
けっこう がっくしぃ〜 (-_-;
ふう〜。。。
 

これって、過去生でもあったなあ。
サイキック能力者への迫害と弾圧。
 

誰でも、あるんだから
それぞれが、それぞれの 
ペースで、誰かと比べずに
ひらいていけばいいのにねえ?  
と思ってしまうのは
わたしだけなのかしらん?

===================================

支配される 
(つまりは、あの人は
 わたしを支配した)
 

ということを感じている自体で
『支配される』『支配する』が、 
その人の中にありますよね。
 

自分が、支配される 
ということから、完全に脱却して
 

本当の意味で、自立する
ということを行えば
『支配される』『支配する』という 
『支配』自体から脱却できるのです
 

脱却というのは、 
自分にあると完全に 
受け容れることです。
 

誰かに従ってしまった 
自分の依存的な態度。
弱さというところに、 
矢印をかえさないと
 

何時までも、被害者のふりした、 
加害者になるのです。

===================================

ジャンプする前はね。
しゃがむよ。
 

しゃがんでから、ジャンプするの。
だから、しゃがむことを 
嫌わないようにね。
 

しゃがんだまま、 
伸びきっちゃったゴムみたいに
ならないようにするためには
テンポよく進めていくのが、大事です。
 

だから、わたしは 
テンポを大事にしています。
音楽と一緒ですね。

===================================

自力で頑張ってみるのを 
味わってみるフェーズを
体験してみるのも、いいとは思う。
 

でも、結局のところ 
自力だけで生きるということは
『自力の限界』っていうのを
思い知らされるんじゃないかな 
とも思うし
 

更には 
『こんなに自分は頑張ってるのに!』
という未消化の思いがいつも漂うね。
 

頑張ってるわりには、 
たいしたことない。
こんなにやっているわりに、 
合わない。
 

『リターン』が少ない。
そう思えてくる。
 

先に、『自分が頑張ってる』 
というところから
返してもらう図を描いてるから
『例え、実際、得ていても、 
 足りない感じがして 
 苦しかったりする』のです。
 

逆に
『誰かに、 
 こんなに愛されてるんだ』とか
『宇宙から、 
 こんなに愛されてるんだ』とか
 

そういう風に心底、感じられたら、 
愛されてると解ると
『ありがとう』って 
湧いてくるものだから。
感謝が沸き起こるんだよ。
 

そうなると
 

『こんなに愛されてるわたしが、 
 宇宙に、今、出来る何か』
をしようとし出すのです。
 

それだと、図式的に、 
全くリターンを求めてないのです。 
 

アクションを起こすときには、 
既に完結しているのです。
 

だから、見返りは、 
自力(という思い込み)から 
発生しているともいえるのです。

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ホンモノの愛っていうのはさ。
 

気に入られようとするのとは 
違うの。ましてや、 
人気者になろうとするのとは
全然違うんだよ。
 

ところが、 
ただ、愛で生きてると
気に入られようとしなくても、 
人気者にならなくても
 

お金も仕事も何もかも、 
全部上手く回るのです。

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【望み】
 

望んでないことがわかるから
望んでいることもわかって
だから、私たちは、前に進める
 

色々な人の想いが
自分の想いを固めてくれて
だから、わたしは、前に進める
 

同じ想いと
違う想いがあるから
だから、誰かとわたしがいる
  

一人でつくりあげた望みなどなくて
 

何時も何時も
誰かとつくりあげた望みを
叶えていくんだ

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【真実の答え】
 

真実の答えには、 
何時も根拠や理由ががない。
 

逆にいうと、 
根拠や理由が先にある答えは、 
マインドで導き出したものだから 
 

憶測や検証から出した答えで、 
真実の答えではない。
 

真実の答えは、「そうである」と 
ただ、わかるだけで、 
 

そうだとわかっているものが 
証拠を欲したりはしない。

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顏って、自分を語るよね。
 

軽くなっていったり、 
統合して調和的になれば
どんどん綺麗な顏になるし
 

戦っていたり、 
正しさを主張している時は
どんどん歪んだり、 
厳つい顏になる。
 

顏は、嘘つかない。
 

目は、もっと嘘つかない。

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【覚醒の第一歩】
   

覚醒の第一歩は、 
『わたしは何も知らない』
ということを、 
心から自覚することです。
 

自分で、自覚出来ていない 
自分がいること。
顕在意識では、 
認識出来ていない 
自分を認めることです。
    

わかっている自分 
というところから創られたものは
【わかっているという決まった枠】 
から発生していています。 
 

その枠を壊して、 
概念を新しく創り直すこと以外に
本当の意味で 変容というのは 
起こらないし
覚醒も起こりません。
 

だから、 
真に変容し、覚醒していく際には
わかっている自分からではなく
何時もわからない自分からしか 
生み出されません。
 

でも、人は、 
わからない状態を怖がるし
わかっていた方が安心します。
 

だから、わからなくなる 
という現象を嫌がります。
覚醒のプロセスで幾度も 
それが起こってくると
段々、慣れてきます。
 

自分は何でも自分のことを 
知っている。という人は
何処かで、それを打ち砕かれる 
時がくるか
それとも、そのままか。
 

魂が覚醒を望んでいるならば、 
何処かで打ち砕かれることは 
必須です。 
いかに無知であるかを思い 
知らされます。
 

自分では、どうにもならない。 
ということを味わうことによって
打ち砕かれることもあるでしょう。
 

一方、心の奥底から、 
『自分(という自我)では 
 どうにもならない』 
ということを、確認すると  
 

自分(と認識できている自分だけでは) 
どうにもならない。とわかりますから、 
プロセスはスムーズに進んでいきます。
 

所謂、サレンダーが起こったという 
ことです。
サレンダーは、一度起こったから、 
それで全て終わりではありません。 
 

『サレンダーした自分』 
というところに執着が始まったとき
それは、もうサレンダーではないのです。
 

そこからが、むしろ、始まりです。

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【方針決定 3】
 

本人がどんどん幸せになる 
ことで、周りも幸せにする
ライトワーカーを育成します。
 

わたしが、知っている 
ライトワーカーさんは
何時も本当に、 
命がけで仕事しています。 
 

本質的な変容を促進する 
影響力や、 
ディープな仕事が出来る 
ということは、
ある意味、それだけ身体を 
はっているということです。
 

特に、対地球。対世界全体の 
ワークをしている人は、 
負担もそれだけ大きいです。
そういった方たちが、 
体調にもかなりの影響が出て 
いるのをたくさん見てきました。
そのお役目の方には、 
感謝しかありません。
 
 

ライトワーカーは、  
そういった覚悟が必要だし、 
自分自身の課題を色々超えて 
いくこと自体が仕事だったり 
するわけで
自分の進化が、そのまま仕事に 
なります。
  

自分と向き合う姿勢が必須なのは、 
変わらないけれど
 
 
わたしは、そういった 
ストイックな側面だけでなくて
『本人がどんどん幸せになる』 
ことで世界を変えていく
次世代のライトワーカーを 
育成したいと思っています。
 

この一週間、 
長期的な着地点を決め、 
方針を定めるフェーズに入って 
おりますが
 

【わたしが幸せになることが、 
 わたしの仕事です】 
 

と言えるような 
内面的にも、現実も、 
どちらも幸せになっていく
そんなライトワーカーさんを 
育成したい。 
それが重要だと感じました。
 

特に、世界が混沌として乱れれば 
乱れるほどに、 
『自分だけが幸せになること』 
ということに、 
人は罪悪感を感じやすい生き物です。
 

そんな時であっても、 
そういった外側の流れに 
惑わされず、幸せでいい。 
という軸を失わない人材。
幸せに変えていける人材を 
育成したいです。
 

どんどん幸せになっていくには、 
3つの大切な要素があります。
3つの大切な要素は、 
わたしを構成しているエッセンス、
そのものでもあります。
 

1、不幸せであることを直視し 
  受け止められる力
2、幸せを具現化していく実現力
3、絶対に諦めない心
 

不幸せを幸せに 
(本当に望んでいる方向に) 
覆していけばいくほどに、 
全てが愛であると真にわかるのです。
 

これらと共に、 
個々のオリジナリティを発揮しながら
愛に溢れるライトワーカーを 
育成していきます。
 

明日から、 
ライトワーカー育成プログラム 
上級3連続。
楽しみです♡

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覚醒していって
カルマや封印といった
重荷を降ろしていって
恐怖を解き放っていって
 

統合していけばいくほどに
本来の感情の使い方になって 
いきます。
 

感情に呑まれるのでもなく
感情に振り回されるのでもなく
感情を嫌うのでもなく
 

静かな中に 沸き起こる それは
自分が、本当は何を望んでいるのか
という道標であり
 

愛であることを教えてくれるもの
ナビゲーターとして
使えるようになってくるのです。

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切り捨てても、切り捨てても
一部の自分だけを好きになっても
何処までも、 
自分はついてきます
 

削除して、消そうとすれば 
するほどに 苦しいだけ。

統合していけばいくほどに
消す必要などなかったし
そもそも消せてもいなかったのだと
いうことがわかってきます。

どの感情も
どの自分も

ただただ、愛おしく、愛おしい。

色々な立場を 色々な役柄を
その時々に交代して味わって
色々な想いが巡って。

想いを辿ると、望みが見えてきて。
向かう方向がわかるのです。

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自分の幸せを、
他の誰かが決めることは
出来ません。
 

違う言い方をするならば
自分の幸せが何かを 
決めるのも自分で

自分を幸せに 
してあげられるのも
自分しかいないのです。

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どんなに健康に気を使っても
生き方自体が
生き長らえる為に生き
 

成したいことが 
成せていないのであれば、 
どんなに寿命が長かったとしても
後悔が残るだろう
 

さすれば、結局のところ
後悔のない人生を
生き切ることが大切で、 
それが【活きる】ということでもあり、 
 

死を本当に直視したものが、 
人生を活きられる。

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【夢を紡ぐ】
 

ずっと 誰かの夢を応援して 
きました。
夢を形にすること。
現実化すること。
 

それは、今でも
得意分野の1つでもあり
誰かの夢を応援することが、 
すなわちわたしの夢そのもの
だったからです。
 

それぞれの夢がある。
そう思って、 
出来るだけわたしの夢に 
巻き込まないようにしてきました。 
なぜなら、それだと、 
わたしの夢になってしまうから。
 

そうしてずっと生きてきましたが
この1年の間に景色が変わって 
きました。
 

出逢った人たちの中に
そして、これから
出逢うであろう人たちの中に
【一緒に夢を紡ぐ仲間たち】 
がいたからです。
 

自分の夢が、誰かの夢の 
一部となっていて
         

誰かの夢が、自分の夢の 
一部となっている。
 

そんな奇跡をこれから、 
紡いでいける幸せ。
 

課題は山積みで、 
やることだらけだけれど
それでも、 
紡いでいけること自体が
築いていけること自体が
既に幸せです。
 

描いている絵もあるけれど
今が既に達成に溢れていて。
 

達成をしている夢を見続ける  
夢が、あってもいいよね。

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嘘をついている と、 
誰かを疑う癖がついている人は
【自分が、普段から 
 嘘をついていて
 本音を隠して生きている人】
です。

http://spotlight-media.jp/article/216884190523549804?utm_source=facebook&utm_medium=social&utm_campaign=own_page

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【色眼鏡がもたらす影響力】
 

ある時、皆が 
Aさんに対して抱くイメージが 
とても悪かったことがあります。
 

理由はとてもシンプルで、 
影響力のある人が、 
Aさんに対して良くないイメージを 
持って嫌っていたのです、 
それを発信して周りを巻き込んで 
いました。
 

もっと言うと、影響力のある人は
自分のシャドーをその人に観て 
嫌っていただけでしたが、 
他の人は、それに気づくことなく 
【Aさんが】嫌な人間で悪い人だと、 
どんどん思い込んでいきます。
 

いかに、
色眼鏡自体から脱却するかで
本当のその人自身が観えます
 

それと共に、 
【誰かの色眼鏡の連鎖】を外して 
【自分が、どう感じるか】
というと